滝への道
「クーラタルの迷宮へは明日の朝に入ろう。今日はこのままハルバーの二十二階層で戦う。ロクサーヌ、頼む」
「分かりました」
二十二階層に移動した。
料理人はつけずに戦うことにする。
数をこなせば、尾頭付きはなんとでもなるだろう。
遊び人のスキルには魔法使いの初級土魔法をつける。
ハルバーの二十二階層では、マーブリームの弱点属性である土魔法をセットするのがいい。
土魔法ならハットバットにも使えるし。
というのに、二十二階層で最初に遭遇したのはロートルトロール二匹だった。
そういうもんだよな。
一発めにファイヤーストームと念じ、続いてサンドストームと念じる。
火の粉と土が舞った。
今回は火と土だが、全体攻撃魔法はあまり干渉とかないようだ。
魔物を溶岩地獄に突き落とせたのでよしとする。
土が溶けてはいないので、溶岩地獄というより砂風呂だが。
気持ちよさそうだな。
駄目じゃねえか。
魔法を連発してロートルトロールを倒す。
砂風呂でもちゃんと倒れた。
問題はないだろう。
「……」
セリーがいぶかしげに俺の方を見ている。
ロートルトロール相手に土魔法を使ったしな。
そういえば火魔法を連続して撃てるようになったと説明したのだったか。
「二十一階層では火魔法だったが、ハルバーの二十二階層では土魔法を連続して使えるようにした方がいいだろう」
「なるほど、そういうことでしたか。そんなことまでおできになるのですね」
セリーが俺の説明に納得し、感服したようにうなづいた。
最初の説明の仕方をミスったような気がしないでもないが、結果オーライだ。
「さすがご主人様です」
ロクサーヌの方は、いうまでもない。
「すごい、です」
「そうなんですか」
こっちの二人もロクサーヌにつられている。
意味が分かっているのかどうかは、分からん。
次に出てきたマーブリーム一匹とロートルトロール二匹の団体にも火魔法と土魔法の連続攻撃をお見舞いした。
土魔法を連続してマーブリームを先に倒した方がいいかどうかは、よく分からないので考えないことにする。
あれこれ考えても石化が出れば結局無駄になるしな。
魔法が魔物に襲いかかる。
「来ます」
げ。お返しにマーブリームが水魔法を撃ってきやがった。
やはり先に倒すべきだったか。
まあ間に合わなかっただろうが。
ロクサーヌがきっちりかわす。
水は俺の横を飛んでいった。
ロクサーヌより後ろにいるこっちはひやひやものだ。
魔法を放ちながら魔物を待ち受ける。
ロートルトロール二匹を先頭に突っ込んできた。
「××××××××××」
「ロートルトロールは私とベスタで。ミリアは右を」
「はい」
「分かりました」
ミリアが何か尋ね、ロクサーヌの指示で前衛陣がフォーメーションを組む。
ロートルトロールにはロクサーヌとベスタが対応した。
ミリアは、水魔法を使って遅れているマーブリームの相手をするようだ。
ここでマーブリームを石化させても、遊び人は土魔法しか撃てないから、ロートルトロールを先に倒すことはできない。
かといって、ロートルトロールは二匹だから、片方だけ石化してもあまりうまみはない。
ミリアが戦うのは、何が相手でもいいわけだ。
今回は石化が発動することはなく、魔法で三匹を倒した。
マーブリームの弱点の土魔法とロートルトロールの弱点の火魔法を使ったので三匹が同時に倒れる。
連続で魔法が使えるようになって、戦闘時間が短くなったから、石化はあまり発動しなくなった。
しょうがない。
「白身、です」
ミリアがドロップアイテムの白身を持ってきた。
料理人をつけていないので、尾頭付きが残ることも少ない。
こっちもしょうがないだろう。
ミリアは別に白身でも嬉しそうだし。
贅沢にならないのは偉い。
白身のてんぷらを死ぬほど食べさせてやろう。
「せっかくマーブリームのいる階層に来たんだから、今日の夕食は白身三昧にするか」
「はい、です」
「もちろん尾頭付きも食べる。尾頭付きは、一日置いてあさってでどうだ」
「おお。はい、です」
こうしておけば、尾頭付きのドロップが少ないと不満に思うこともないだろう。
夕方まで探索を行い、尾頭付きも二個以上出た。
やはり、料理人がなくても数をこなせば大丈夫だ。
帰りには帝都に寄って、服を受け取る。
今日はメイド服ができる日だ。
帝都の冒険者ギルドにワープして、服屋まで移動した。
「いらっしゃいませ。服は出来上がっております。少々お待ちください」
店に入ると男性店員がすぐに対応する。
別に預かり証のようなものはもらっていない。
客のことはきっちりと覚えているらしい。
さすがは帝都の高級店というところか。
カウンターまで進んだ。
店員が入っていくときにちらりと見えたが、奥にはたくさんの衣装が置かれている。
あれが全部注文の服で、店員は誰が頼んだものかいちいち覚えているのだろうか。
尊敬してしまうな。
俺だったら無理だ。
どっかにメモくらいはあるのかもしれないが。
店員が服を一着持って戻ってくる。
メイド服っぽいので、間違いはないだろう。
あれ。
奥に、打掛っぽい衣装があるな。
前あわせの白い服だ。
妙に和風っぽい。
白無垢みたいな。
この世界にもそんなのがあるのだろうか。
いや。ガウンなのか。
バスローブみたいなものかもしれない。
別に振袖にはなってないしな。
「あれはガウンか?」
「どうでしょうか」
指差して聞いてみるが、ロクサーヌも知らないようだ。
「えっと。あれは」
「お。セリーは知ってるのか」
セリーは知っているらしい。
さすがセリーだ。
「神官ギルドで巫女になろうとする志願者に貸し出される衣装です。巫女服の一部をアレンジしたものだとか」
巫女服だったのか。
ならば和風っぽくても当然だ。
そうか?
「あちらは、さる家のご息女が巫女を志すので作った衣装でございます」
男性店員がメイド服を持ってきがてら説明した。
巫女用であっているのか。
そういえば、セリーは巫女になろうとしたことがあったんだよな。
巫女のジョブはレベルが足りず取得できなかったので、あまりいい思い出ではないだろう。
「やはりそうか」
「当店で仕立てさせていただければ、絹を使った柔らかな着心地の、本人の体に合った衣装をご用意できます。神官や巫女になる修行は、滝に打たれる荒行でございますから。スタイリッシュで、機能性、ファッション性に優れた一品となります。頼まれるかたも結構いらっしゃいます。いかがでしょう」
「まあ機会があればな」
巫女のジョブを獲得するために行われるのは、滝行だ。
滝行用の白装束なのか。
あれを着て滝つぼに入る。
白いし、絹だし、そんなに厚くもないだろう。
薄手の絹の白い服を着て水につかればどうなるか。
……ありだな。
「ギルドでの滝修行は男女別で行われます。それに、下もちゃんと着込みますから、問題ありません」
店員がそっと告げる。
おまえはエスパーか。
この店員、できる。
「近いうちにまた来るかもな」
「お待ちしております」
メイド服を受け取って、店を後にした。
服もあるので、一度家に帰る。
帝都の冒険者ギルドから家にワープした。
「では着替えますね」
家に帰ると、すぐにロクサーヌが服を脱ごうとする。
待て待て待て。
落ち着け、ロクサーヌ。
ロクサーヌが服を脱げば素晴らしいものがこぼれ出てくるのは分かっているから。
まだ夕食の食材も買ってない。
確かに、今まではメイド服を手に入れるたびにがっついてきたかもしれないけども。
俺が悪かった。
「いや。食事の後、身体を拭いてからでいい」
「そうですか」
なんとか落ち着かせ、食材を買いに出かける。
その後、夕食にした。
今日はてんぷらにして、ミリアに白身をいやというほど食べさせる。
ここ数日は比較的過ごしやすいが、これからは暑くなるだろう。
暑い日にてんぷらは作りたくない。
今季最後のてんぷらかもしれない。
「巫女になるのに修行する滝は、どこの滝でもいいのか?」
食事しながら、セリーに訊いてみた。
思い出すのは嫌かもしれないが。
しょうがない。
必要なことだ。
「ギルドによって決まった場所はあるでしょうが、特にどういう滝でなければという条件があるとは聞いていません」
「そうなのか。問題は滝がどこにあるか、だが」
「滝行をなさるのでしょうか?」
「そうだな」
いずれはやらなければならないだろう。
特にあのような衣装を見た後では。
いや。ジョブを得るのも必要なことだ。
「知ってる、です」
ミリアが知っているらしい。
食いねえ、食いねえ、白身食いねえ。
「ミリアは滝があるところを知っているのか」
「釣り、です」
滝つぼで釣りをしたことでもあるのだろう。
魚好きだからな。
食いねえ、食いねえ、白身食いねえ。
「ミリアは以前にも釣りをしたことがあったのか」
「このあいだ初めてした、です」
微妙に話が通じない。
この間とはいつだ。
「××××××××××」
「××××××××××」
「先日休みをいただいて釣りをしたとき、近くに滝があるという話を聞いたそうです」
「はい、です」
ロクサーヌがミリアから話を聞いて通訳してくれた。
釣りというのはあの釣りのことか。
ベスタがうちに来た日のことだ。
「あの港の近くに滝があるのか」
「少し前までギルドが修行場として使っていた滝があるそうです」
「川魚、釣れる、です」
なるほど。
ミリアの情報収集はそのためか。
まあ結果よければすべてよし。
食いねえ、食いねえ、白身食いねえ。
「修行場として使っていたのならさらに大丈夫か。なんで使わなくなったかが問題だが」
「危ない、です」
「魔物が出るようになって使われなくなったのでしょう。よくあることです」
今度はセリーが解説してくれた。
近くに迷宮が住み着けば魔物が出るようになる。
それで危険になって使われなくなったと。
この世界、やはりいろいろ大変なようだ。
よくあることらしい。
普通は危なくても、俺たちくらいなら大丈夫だろうか。
「それなら使えそうかな。一度見てみないと分からないが」
「見る、です」
釣りに行くのではないが。
まあいいか。
ミリアには白身のてんぷらを揚げてやった。
食いねえ、食いねえ、白身食いねえ。
江戸っ子だってね。
神田の生まれよ。
夕食はてんぷらを楽しみ、夕食後はメイド服を楽しむ。
食いねえ、食いねえ。
ちなみに、ベスタも含めて、メイド服を着た全員を一人ずつ寝室に運んだ。
なんで寝室で着替えないのかと思ったら、こういうことだったのね。
ロクサーヌがリビングでいきなり着替えようとしたのもこのためか。
もちろん、嫌な顔など微塵もせず、内心の不安などおくびにも出さず、全員を運ぶ。
ベスタも両手で抱きかかえ、問題なく運べた。
毎日迷宮に入って鍛えているからな。
特に重いということもなかった。
腰にくることもない。
その後の腰使いも絶好調だ。
毎日鍛えているからな。
翌朝、地図を持ってクーラタルの迷宮に入り、二十一階層を突破する。
二十一階層の魔物であるケトルマーメイドは土属性が弱点なので、遊び人のスキルは変えなくていい。
状態異常耐性ダウンをかけたのに石化は発動しなかったが、ボスは無事に倒した。
これでボス戦での石化は二回連続発動せず。
最初に運がよかっただけだろうか。
「クーラタル二十二階層の魔物はクラムシェルです」
「クラムシェルが残っていたのか。一応一回だけ戦ってみてから、ハルバーに行くか。ロクサーヌ、クラムシェルのいるところに案内してくれ」
「かしこまりました」
一度だけクラムシェルのいる団体と戦って、ハルバーの迷宮にワープする。
クラムシェルとはハルバーの迷宮で戦っているし、二十二階層の魔物の強さもハルバーの迷宮で確認済みだから、問題はなかった。
ケトルマーメイドもクラムシェルもそろって土魔法が弱点なので、クーラタルの二十二階層は戦いやすい階層だろう。