連続攻撃
「無詠唱なので、ひょっとしたらそのおかげで魔法を連続で使うことができるのかもしれません」
セリーがロクサーヌに惑わされることなく見解を述べる。
詠唱省略はあんまり関係ないと思うが。
魔法を連続で放つにはジョブを複数持つことが肝要なだけで。
「まあ詠唱がない分、早くは撃てるか」
「いえ。そういうことではなくて……」
セリーがロクサーヌと視線をかわした。
何かあるらしい。
「違うのか?」
「えっと。普通、パーティーではスキルや魔法を使うときは声をかけあってから使います」
「私たちのパーティーで魔法やスキルを使うのはご主人様だけなのでいいのですが、複数の人が同時に詠唱を行うと詠唱がうまくいきません。詠唱共鳴と言われています」
ロクサーヌの説明をセリーが引き継ぐ。
詠唱が重複するとよくないのか。
それでは確かに、魔法を連続で撃つどころの騒ぎではないな。
ロクサーヌが言い出したところをみると、誰でも知っていることらしい。
俺は初めて知った。
「そうなのか。知ってた?」
「知ってる、です」
「私も聞いたことがあるような気がします」
ミリアに尋ねると胸を張る。
ベスタも知っているらしい。
「詠唱共鳴があるので、複数のパーティーが協同して迷宮を探索することは基本的にありません。一つのパーティーに魔法使いが複数入ることもあまりありません。交代で魔法を放ったりすることはあるようですが」
「なるほど。さすがセリーだ」
そういえば、魔法はかなり威力があるのだから後衛に魔法使いを三人そろえれば強いパーティーができるはずなのに、今までそんなパーティーは見たことがない。
単に魔法使いが少ないというだけでなく、別の理由があったのか。
二人以上が同時に魔法を撃とうと詠唱するとうまくいかないと。
MPの問題もあるから、交互に使うことはありとして。
「迷宮に入る者なら常識中の常識です」
「そ、そうか。普通は詠唱が邪魔をして魔法を連続では撃てないが、俺なら関係ないと」
セリーの冷たい目線から顔をそらし、一人で納得した。
「さすがご主人様です」
ロクサーヌが温かく迎えてくれる。
心の友よ。
いや。心の妻と呼びたい。
「まだ実験段階だがな。もう少しテストを続ける」
その場を取り繕い、遊び人のテストを続けた。
ロートルトロール二匹が次に出てきた魔物だ。
この相手なら問題ない。
ファイヤーストームを二発ずつ重ね撃ちする。
九発めを放った後、少し様子を見た。
魔物は倒れなかったので、十発めを撃つ。
再びロートルトロールが燃え、煙になった。
クリティカルが出たかどうか分からないので、最後が微妙に使いにくいな。 クリティカルが出ていれば、十発めは無駄になってしまうし。
魔物がいないときに全体攻撃魔法を念じるとMPだけを消費して無駄撃ちになる。
魔物が倒れるのを確認しながら使った方がいい。
クリティカルが大量に発生したら七発で倒れて八発めが無駄になることもありうるが。
現状そこまで考慮することもないだろう。
七発で倒れるようなことはまずほとんどないはずだ。
次の団体は、ロートルトロール三匹にハットバットが一匹だった。
遊び人をつけてから初めて対するハットバット。
遊び人のスキルは、頻繁に取り替えられないのが困りものだよな。
ハットバットに対しても火魔法を使うしかない。
そんなことよりも枠が一つしかないのが問題か。
四つとはいわないが、せめて二つスキルを設定できれば。
二つあれば、その階層と一つ下の階層の魔物の弱点属性魔法を設定できる。
ハットバットは火魔法に耐性があるわけではないのが救いだ。
二発ずつファイヤーストームを重ねていく。
この先はどうするか。
あれ?
あー。いろいろめんどくさいことになってきているな。
ロートルトロールが倒れた後も遊び人は火魔法を使うしかない。
つまり、ロートルトロールが倒れる前から魔法使いで水魔法を使えば、全体として見ればハットバットを早く倒せる。
今回は三匹いるから、ロートルトロール最優先でいいだろうが。
せめて九発めはどうするか。
クリティカルが発生している可能性もある。
クリティカルが発生していれば九発で倒れるから、九発めと十発めが両方火魔法である必要はない。
ただし、どっちかは遊び人なので火魔法しか撃てない。
その前に、魔法使いが放った火魔法か遊び人が放った火魔法かは区別されているのだろうか。
どうなんだろう。
九発めはウォーターストームと念じた。
続けて、十発めのファイヤーストームを念じる。
霧と火の粉が周囲を舞った。
両方使うとえらいことになるな。
遊び人に水魔法はセットしていないので、これは魔法使いの水魔法だ。
普通にうまくいったらしい。
魔物は、水と火で熱湯地獄だろう。
熱湯地獄の中、ロートルトロールが倒れた。
クリティカルが出ていたのかどうか。
考えてみれば、九発でロートルトロールが倒れるのならハットバット一匹しか残らないから、十発めは単体攻撃魔法でよかったのか。
まあそのくらいのMP使用量の違いは誤差の範囲だろう。
むしろ、七発めや五発めもウォーターストームでいくべきだっただろうか。
ハットバットとロートルトロールが出てきたら、風魔法と火魔法を交互に使うことが全部の魔物を最短で倒す道になる。
それとも、魔物の数が減れば前衛は楽になるから、優先して数を削るべきだろうか。
今回はロートルトロールが三匹だから数を優先でいいとして、一匹一匹くらいならどうするか。
ハットバット二匹とロートルトロール一匹ならどうするか。
遊び人は火魔法しか使えないから、ハットバットを先に倒すことは大変だ。
というか無理なのか。
遊び人は火魔法を使うしかない。
水魔法と火魔法を交互に使えば、ハットバットとロートルトロールは同時に倒れる。
少ないロートルトロールでも先に倒してまず数を減らすべきなんだろうか。
いろいろと考えることが多いな。
一匹残ったハットバットにブリーズボールを放つ。
続いて十二発めのファイヤーボールを。
げ。頭上で火の球が踊った。
ブリーズボールとファイヤーボールは干渉しあうようだ。
干渉なのか共鳴なのか。
炎が盛んに揺らめきながら、ハットバットに向かっていった。
大丈夫なんだろうか。
あるいは、逆に相乗効果があるとか。
土魔法と火魔法で溶岩地獄とか。
いけそうな気がする。
その場合、弱点魔法や耐性はどうなるのだろうか。
水魔法か火魔法かに耐性があるだけで、熱湯地獄は防げるとか。
駄目じゃん。
ただでさえ分かりにくいのに、さらにこんがらがるな。
シンプルにいこう。シンプルに。
攻撃魔法は少し間をおいて別々に放った方がいい。
クリティカルを考えればいつ倒せるのか分からないし。
というか、クリティカルが出なかったとして、いつ倒せるんだ?
あー。めんどくさい。
ブリーズボールとファイヤーボールを交互にぶつける。
蝙蝠が風に揺れ、続いて火の球がぶつかった。
次のブリーズボールで、ハットバットが墜落する。
ここまでか。
別々に使って正解だ。
「単体攻撃魔法も連続でお使いできるのですね」
「いろいろ面倒で大変だがな」
火魔法しか連続で使えないことは、スルーしてくれるらしい。
セリーの心遣いに感謝しておく。
次の相手は、ハットバット二匹とロートルトロールだった。
げ。まだ考えがまとまっていないのに。
思わずウォーターストームを放つ。
いかん。
ハットバットが二匹だったので、いつもどおりつい水魔法を使ってしまった。
水魔法でよかったのだろうか。
二発めに火魔法を使う。
まあいいや。
魔物が三匹なら前衛の三人と一対一だ。
一匹だけを減らすメリットはそれほどないだろう。
ハットバットを倒すのが遅れれば戦闘時間が延びるから、デメリットも大きくなる。
本当のところどうすればいいのかは、よく分からん。
「やった、です」
それに、こういうこともあるんだよな。
ロートルトロールが石化した。
熟考してロートルトロールを先に倒した方がいいという結論が出たとしても、すべてが無になりかねない。
考えるのは無駄だな。
適当でいいや、適当で。
適当にいこう。
ウォーターストームとファイヤーストームを交互に撃っていく。
ロートルトロールが先に煙になった。
石化すると魔法に弱くなるから、先に倒れるのは当然だ。
続いて、ハットバットも落ちる。
クリティカルが出ていたのかどうか。
いや。もう深く考えるのはよそう。
その後は深く考えず、適当に戦っていった。
適当が一番だ。
実験は、少しだけ行う。
ハットバットが出てきたときに、一発めにファイヤーストーム、二発めにウォーターストームと念じた。
火の粉は出たが霧は発生しない。
水魔法はうまくいかなかっただろう。
すぐにファイヤーストームと念じると、火の粉が舞う。
こっちは成功だ。
多分、一発めの火魔法は魔法使いの火魔法が発動したのではないだろうか。
二発めにウォーターストームを撃とうとしても、遊び人には水魔法がなく、魔法使いは火魔法を使ってしまっているので発動しなかったと。
そこでファイヤーストームと念じれば、今度は使っていない遊び人の火魔法が発動する。
次のウォーターストームは成功したから、一発めに魔法使いの火魔法が発動したことは間違いない。
魔法使いの魔法から先に発動するのは、ジョブの順番が関係しているのだろうか。
戦闘が終わった後、試しに、サードジョブを遊び人に、シックススジョブを魔法使いにしてみる。
次の団体はロートルトロールとラブシュラブの組み合わせだったので火魔法のみで沈め、その次の団体にハットバットが出てきたとき、水魔法を使った。
火魔法水魔法の順番で、ちゃんと霧と火の粉が舞う。
水魔法火魔法の順番でもうまくいった。
あれ、と思ったが、遊び人には水魔法はない。
最初の水魔法は魔法使いの水魔法が発動し、次の火魔法はまだ発動していない遊び人の魔法が炸裂したのか。
理屈にかなっている。
やはり先につけているジョブから順に発動していくのだろう。
魔法使いと遊び人の順番は、遊び人を先にした方がいいということだな。
後は深く考えずに魔物を狩っていく。
多少は無駄も出たかもしれないが、しょうがない。
遊び人の効果は、英雄の効果の知力中上昇に戻した。
レベルが低いうちはそれほどの効果はないだろうが。
魔法職が二つ使えるというのは大きい。
探索もサクサク進む。
もはやこの階層では敵なしと考えていいのではないだろうか。
好事魔多しというから気をつけなければいけないが。
遊び人にも馴染んだころ、二十一階層のボス部屋が見つかった。
入った小部屋には前と後ろにしか扉がない。
待機部屋だ。
「待機部屋か」
「はい、です」
ミリアはやる気だ。
二十二階層に抜ければマーブリームだしな。
デュランダルを用意して、遊び人をはずす。
遊び人に代えて戦士をつけた。
Lv30まで育てたからもう剣士にする必要はない。
遊び人のスキルをラッシュに変更する手もあるが、ボス戦の時間くらいでは元に戻せないだろう。
魔法職が二つになったのだから、デュランダルを出さずにこれからは魔法で戦う手もあるな。
どうすべきか。
ボス戦でも魔法で戦った方がいいだろうか。
まあ急に戦い方を変えるのもよくない。
今回はデュランダルでいいだろう。
そうはいっても相手はボスだし。
どうせ次の二十二階層ではボスと何度も戦うことになる。
その中で、一度魔法で戦ってみればいいだろう。
あるいはより慎重を期すなら、下の階層から戦ってみるのもいい。
ボス部屋への扉が開いたので、デュランダルを持って中に入った。
煙が集まって、魔物が二匹現れる。
ロートルトロールとロールトロールだ。
ベスタがロートルトロールの方へ、他の三人がボスに向かった。
俺はボスに状態異常耐性ダウンをかけてから、ロートルトロールに斬りかかる。
横の安全な位置から、ロートルトロールを、その後ロールトロールも倒した。
今回石化は出なかったが、俺は魔物を後ろから襲っているだけだから、ほぼ安泰だ。
これなら固定砲台になってもいけそうか。
ロクサーヌはもちろん、ベスタもちゃんと魔物を相手に戦えている。
ボス以外のもう一匹の方は、その階層に出てくる魔物だから、常に戦っている相手だしな。
迷宮の洞窟で戦うときと違って、ボス部屋では接触するまでの待ち時間がないから、戦闘する時間は長くなるが。
まあそれは二十二階層のボス部屋で考えればいい。
今は二十二階層へ足を踏み入れるだけで十分だ。
「二十二階層の魔物は、マーブリームか?」
「はい。ハルバーの迷宮二十二階層の魔物はマーブリームになります」
セリーに確認を取る。
やはりマーブリームか。
料理人をどうするかが問題だな。
探索者、英雄、遊び人、魔法使い、僧侶、博徒と六つもジョブを使っているのに、まだ足りなくなるのか。
贅沢に慣れると人はどんどん駄目になっていくようだ。