文化祭
登場人物
満月 雅 : 才色兼備の優等生。
新月 虚との勝負に勝つために、執事服に身を包みホールに立つ。
陽光 欠 : 不思議な雰囲気のある少女。
雅をサポートするために、執事服を身を纏いホールに立つ。
新月 虚 : 満月 雅のライバル。
満月 雅と文化祭でどちらのクラスの出し物が人気になるか勝負を挑んだ。
高薙 敦 : 新月 虚の幼馴染。
身長が高く衣装が似合わなかったので、文化祭では裏方を担当。
星空 数多 : 勉強が苦手な少女。
学校行事が大好きで、文化祭を盛り上げようと文化祭実行委員に立候補した。
闇空 覆 : 少し不真面目な雰囲気のある星空の親友。
星空に誘われて文化祭実行委員に立候補した。
黒白 麗音 : 音楽家の名家に生まれた天才。
ピアノの先生の急用でレッスンがしばらく休みの為、文化祭実行委員に立候補した
寺崎 糸 : 黒白の親友の少女。
黒白に誘われ文化祭実行委員に立候補した。
張山 縫 : 裁縫部の部長。
文化祭の準備では衣装づくりの責任者となる
注意
- この物語はフィクションです。
実在の人物、団体、建物とは一切関係ありません。
- この作品を生成AIの学習等に使用するのはご遠慮ください。
- このepisodeには以下の要素が含まれます。
- 百合
- シリアス
- ホラー
文化祭当日の朝。
新月 虚は更衣室の姿見の前で眉を顰めた。
「どうですか?」
制服姿の高薙が肩越しに姿見を覗き込む。
「どうですかって?敦、この衣装は何なの?」
新月 虚は服の胸のあたりを摘まんで引っ張る。
「メイド服です。文化祭のメイドカフェの制服です」
高薙はわざと見当違いの答えを返す。
「そう言う意味じゃないの。
なんで、私のメイド服だけデザインが違うのよ。私もああいうのがいいのだけど」
新月 虚は背後で雑談をしている寺崎と黒白の方へ視線を向けた。
新月 虚以外のメイド服は仕事の邪魔にならないように装飾が少なく、寒くならないように丈の長い。使用人用の作業着という感じの物だった。対して、新月 虚のメイド服は、白のフリルが過剰に飾られ動きにくく、丈は短く、スカートにいたってはミニスカートである。他人の視線を引き付けるための衣装と言った感じの物だった。
衣装に対し不満気な新月 虚を高薙がなだめようとする。
「虚様はエースであり、メイド長です。
ですので、他のメイドとは一線を画す恰好を」
「良い様に言って誤魔化そうとしないで……」
新月 虚は高薙の説明を途中で切り、良く研がれた日本刀のような鋭い視線を向けた。
「すみません。私の趣味です。
ですが、こちらの方が虚様に似合っております」
高薙は軽く頭を下げ、謝罪の意を示した。
新月 虚は額に手を置いてため息をつく。よく考えれば不自然な点はいくつかあった。
第1に、新月 虚のメイド服だけ完成が遅かった。第2に、製作中のメイド服を新月 虚にだけは決して見せようとしなかった。そして、第3に、裁縫が得意でもなければ、手先が器用でもない高薙が衣装づくりに関わっていた。
これら3つの事実を整理さえしていれば、このメイド服は予想で来ていた。そうすれば、阻止もできていた。
「はめられた」
心の中で後悔の念が広がる。
「はめてませんし、とてもかわいいですよ」
高薙はそう言いつつ、寺崎と黒白の方を見た。2人は文化祭テンションで、お互いのメイド服姿を褒め合っていた。
高薙はそんな2人へ手招きをした。2人はそれに気づき近づいてくる。
「どうされました?」
寺崎が首を少し傾けて尋ねる。
「どうです。我がクラスのメイド長は……」
高薙は、アルファベットのKの字のような体制になり、新月 虚のメイド服姿を披露した。
「可愛いです」「似合っています」
2人は新月 虚ににじり寄りながら、口々に褒めた。
新月 虚は頬を上げつつも、顔を背けて表情を隠す。そして、1人で更衣室の出入口へと歩き始めた。
「ホールに行って、オペレーションの確認するわよ」
新月 虚はメイド長らしい威厳のある声で着替えが終わったメイドたちを引き連れていく。
「あの……虚様」
ドアノブに手を掛けた新月 虚を、高薙の声が呼び止める。新月 虚はドアノブに手を掛けたまま上半身だけ高薙の方へ向ける。
「敦。どうしたの?
何もないなら、あなたはキッチンの準備をしに行きなさい」
「忘れ物です」
高薙は手に持った猫耳カチューシャを顔の高さで掲げる。
「つけないわよ」
新月 虚は冷たい返事を返す。高薙はそれでも食い下がる。
「つけてください。
これ、抜け毛防止の意味もあるので、衛生上必要です」
新月 虚は衣装担当の衣崎の方を向いた。
「いひっ。ごめんなさい」
衣崎は弱々しい声を出して跳ね上がる。別に新月 虚が睨んだわけではない。
「つい出来心で……」
衣崎は何を覚悟してかギュッと目を瞑る。
新月 虚は衣崎をこれ以上恐れさせないように柔らかい声を出した。
「別に怒ってないわよ。
それより、予備のカチューシャはないの?」
衣崎はゆっくりと眼を開ける。
「すみません。ないです」
「困ったわね」
「ですが、カチューシャはフリーサイズなので、別のシフトの人から借りられるはずです。
貸してもいいという人がいないか探してみます」
衣崎はそう返しつつ、クラスの女子グループにメッセージを送った。高薙は祈るように衣崎を見つつ、猫耳カチューシャをギュッと握る。
すぐに着信音が鳴った。
「北原さんが使ってもいいって言ってくれました」
衣崎はそう報告して、カチューシャの入れてある段ボールから、北原の分を取り出した。
「ありがとう」
新月 虚はお礼を言ってカチューシャを受け取る。高薙は未練がましくゆっくりとした動作で猫耳カチューシャをしまった。
新月 虚はカチューシャを付け、再びドアノブに手を掛けた。
「それじゃぁ、頑張りましょ」
新月 虚は後ろのメイド達に声を掛けて更衣室をでる。高薙や他のメイドもそれに続く。
遂に文化祭が始まる。
雅と欠は文化祭の開会セレモニーが終わると、2人で体育館を出た。
保護者や生徒、他校生で賑わう出口付近ではぐれないために手を繋ぐ。
放課後や休日には当たり前の様に繋ぐ欠の手。しかし、こうして校内で繋ぐのは新鮮であった。
そもそも、欠は校内での雅との接触を避けていた。
でも、今日は違う。校内なのに雅の隣に欠が居た。欠が雅を避ける必要はなかったのだ。
2人は執事喫茶のシフトの時間が一緒だった。それに、星空と闇空が文化祭実行委員の仕事で忙しく雅の側にいられなかった。
つまり、2人が一緒に居ても不自然ではなかったのだ。
そこで、2人は午前中を共に過ごすことにした。
人混みを抜けたところで、雅は欠の方を見た。
「欠。何か気になる出し物とかあるかしら?」
欠は辺りを見回した。各教室には色画用紙が張ってあり、そこに出し物が書いてあった。お化け屋敷に画廊、自作映画館に遊技場と色々ある。出し物ほとんどは開会セレモニーの間も営業していたため、既に人が入っていて、中にはもう行列が出来ているものもあった。
しかし、そんな出し物達の中に欠の注意を惹くようなものは見当たらなかった。
「う~ん。特にないかな。満月さん」
欠はわざとよそよそしくそう返す。もちろん雅はその意図に気づいた。
「陽光さん。それなら、もう一度体育館に戻らない。もうすぐステージでなぎなた部の演武が始まるはずなのだけど……」
雅もよそよそしく提案する。
「満月さんが興味あるなら、私はそれでいいよ。私はみんなの憧れの満月さんと一緒に校内を歩けるだけで十分楽しいから」
欠が小学生の様に純粋な笑顔を浮かべる。
雅は別に体育館のステージに興味があるわけではなかった。しかし、欠の言いなりになればいいと思っていたので、どこを回りたいかと言ったことを何も考えていなかった。だから、欠と一緒ならどこでも良かった。
「なら、体育館に行きましょう」
成り行きで行き先が体育館に決まろうとしていた時だった、
「珍しい組み合わせね」
と後ろから声を掛けられた。
2人が後ろを振り返ると、メイド服を着た新月 虚がいた。後ろには、手持ち看板を持った制服姿の高薙もいた。
新月 虚は雅に目を据えながら、「どこ行くか決まっているの?」と聞いた。
雅は欠の方を見た。欠は小さく頷いた。それを見て、「まだ決まっていないわ」と返した。
「なら、8組に来なさい。メイドカフェをやっているの」
新月 虚が挑発的な視線を向ける。
「いいわよ」
雅がそう答えると、『そう来なくては』と言うような嬉し気な笑みを浮かべた。
「私が直々に接客をしてあげるわ。8組のメイドカフェのクオリティの高さの前に、敗北を悟り絶望しなさい。この勝負勝つのは8組だから」
新月 虚はメイドとは思えない失礼なことを言い放った。
「私達。客なのだけど、なかなか無礼なメイドだね」
欠は雅に耳打ちする。
「そうね。でも、あの自信からして、相当の物を用意していそうよ。少なくとも外れではないわ。期待できそうね」
雅はそう返す。
「それもそうだね。後、偵察にもなるし……」
2人は新月 虚に続いて歩きだした。
8組の前には7人ほどの待ち列が出来ていた。まだ時間も速いのに大盛況である。因みに9組の方にも4人ほどが並んでいて、8組には負けていたが人の入りは良かった。
「まだピークタイム前なのに人が多いわね」
新月 虚は予想外の待ち列を見て困ったように頭を掻いた。
「満月 雅。本当にごめんなさい。
すぐに案内できないわ。少し待ってもらわないといけないのだけど、大丈夫かしら?」
新月 虚は顔の前で手を合わせて頭を下げた。雅は欠の方を見た。欠は教室前に置かれた看板のメニューに夢中になっていた。相当興味を示している。これなら、少し待つことになっても大丈夫だろう。
「問題ないわ」
「ありがとう。
少し待たせる分、ちゃんとサービスするから列に並んでいて」
新月 虚はそう言って、後ろの扉から教室へと入っていった。雅は欠の手を引いて最後尾に並ぶ。
「満月さん。オムライスがあったよ」
欠は自然と瞳孔の開いた瞳で雅を見る。
「そうなの。すごいわね」
雅は子供の話を聞く母親の様に優しい相槌を返す。
「後、カツサンドとパンケーキも……」
欠の口からワクワクが止まらない。
それ程、8組のメニューは凄かった。9組も飲食店を出店したから解るのだ。
文化祭では食材の在庫管理や調達、オペレーションの観点からちゃんとした食事を複数種類提供するのは難しい。その上、屋内では火気の使用が禁止されている。その為食事を提供するなら、焼きそばやカレーと言った1つのメニューに絞り、それだけを運動場の屋台で提示するのが現実的である。
そんな状況で、8組は複数の食事メニューを教室の中で提供するのだ。相当の工夫をしているはずで、欠が夢中になるのも無理はなかった。
「オムライスにしようかなぁ、カツサンドにしようかなぁ……」
欠は鼻歌交じりにそう言う。本当に楽しそうで見ていると雅まで楽しい気分になる。
「中に入ってから考えたら?」
「そうだねぇ」
欠は上機嫌に返す。
文化祭は3学年×9の27クラスと各部活、有志の生徒、教員が出店する。毎年50を超える出し物が出る為、各出し物ごとの滞在時間は短く回転率は高い。
そのため、2人は15分程で8組に入店することが出来た。順番が来ると、入口に立つメイドが教室の扉を開ける。メイドに案内されるまま教室に入ると、待って居たのはメイド長新月 虚直々のお出迎えだ。
「おかえりなさいませ。ご主人様」
新月 虚が聞きなれない猫なで声を出す。雅と欠の2人は、失礼ながらこんな声を出せるのだと感心した。
「こちらへどうぞ」
新月 虚は2人を窓際の2人席へと案内する。そして、「少々お待ちください」と言って、教室の後ろ側へと消える。
雅はその隙に辺りを見回した。
教室は後ろ側が1m程パーテーションで分けられている。そのスペースがキッチンやメイド達の休憩室となっているのだろう。席は窓際にカウンター席が6席、2人席が2組、4人席が3組となっている。
机や椅子は教室の物を使っており、メニューにリソースを割いた分、ここで力を抜いていることが伺える。だが、力を抜いているだけで手は抜いていない。
椅子は座布団をしき、座り心地を良くしたうえで、上からカバーをかけて、学校の椅子と気づかれにくくしていた。
2人席や4人席のテーブル、カウンターは机をくっつけて作っている。しかし、それだと机同士の継ぎ目が気になる。そこで上からベニヤ板を天板として乗せて継ぎ目をなくし、白のテーブルクロスでベニヤ板を隠していた。それにより机を複数くっつけて作られたテーブルやカウンターは元から1つであったように感じれた。
また、各テーブルには真ん中に花が生けられており、内装に華やかさをプラスしていた。
総じて、内装については凝りに凝っているわけではないが、予算や時間の範囲内で少しでも良くしようという工夫が窺えた。
そんな感じで教室内を観察していると、欠が雅の事を見ていた。雅と目が合うと、欠から話題を振った。
「ねぇ、満月さん。そう言えば、新月さんだけ衣装が違うことない?」
言われてみるとそうだった。
「そうね。なんでかしら?」
「謎だね。でも、満月さんもあんな感じで特別仕様にすればよかったんじゃない?」
「そうかしら?」
雅は少し苦笑した。ああいった目立ちかたは好きではなかった。
そんな話をしていると新月 虚がお冷とメニューを持ってきた。メニューはクリアフォルダを利用したタイプで、写真が多くわかりやすかった。
時間がかかりそうだと見た新月 虚が裏へと下がると、欠が「少し早いけどお昼はここで食べない」と提案した。寝坊した休日の朝食位の時間帯であった。でも、雅は欠には逆らえないので「いいわよ」と賛成した。
欠はハンバーグオムライスとクリームソーダのセットを、雅は卵サンドとコーヒーのセットを注文した。
注文してから5分程すると、新月 虚が料理をもって現れた。注文してからくるまでの時間を考えると、しっかりとした調理はしていないのだろう。元々予想出来ていたことではあるが……。
それでも、ハンバーグオムライスと卵サンドは美味しそうに見えた。
卵サンドは、パンに耳のない長方形で、具の卵サラダは卵を荒く潰してあり白や黄色の斑が見受けられた。それが4つ白いお皿の上に置かれ、彩にパセリとミニトマトが添えられていた。
ハンバーグオムライスは、オムライスの横に握り拳ぐらいの大きさの平べったいハンバーグが添えられてあった。オムライスの卵はしっかりと熱の入った固めで、半球に整えられたチキンライスの上にその卵が被せられていた。
そこにメイド長が直々にケチャップで絵を描いてくれるというサービスがあった。
「ご主人様。何になさいますか?」
新月 虚が今日のために練習してきたであろう甘え声を出す。照れに照れてているせいで、いつも以上にかわいく見えてしまう。
欠は少し悩んでから、ニヤッと笑った。
「相合傘ってできますか?」
「えっ」
欠の言葉に雅が反応する。それ以上に新月 虚が動揺する。
新月 虚はそれでも平常心を心掛けながら、「できます」と答える。
欠は雅の反応には気づかず、「お願いします」と頼んだ。
新月 虚はオムライスの上、いや皿全体に、相合傘を描いた。その右側に『カケル』と書く。そして、左側の1文字目に『ウ』と書いた。その瞬間、欠が眉を寄せた。新月 虚は文字を書くのに必死なので、それには気づけない。とうとう左側に『ウツロ』と書き終えてしまった。
新月 虚は引き気味の視点で完成図を確認する。自分で、しかもサービスで書いた相合傘に頬を真っ赤に染める。
「ご主人様。大好きです」と言い残すと、逃げる様にバックヤードに消えた。
新月 虚が居なくなると、欠は口をとがらせて雅の事を見た。雅は何故か安心した。
「まぁ……食べましょ」
雅はそう促して手を合わせた。欠も手を合わせて、それからスプーンを持つ。そして、相合傘をなかったことにでもするかのように、スプーンでケチャップを塗り広げた。
「陽光さん。新月さんは私達の関係知らないのだから仕方ないわよ」
雅が欠をなだめる。
「そうだね。それに、メイドカフェはメイドさんと交流するところだしね」
欠はそう言い聞かせて、オムライスを1口食べる。
「おいしい」
さっきまでの不機嫌な顔が緩む。
「良かった」
雅もつられて頬が緩む。欠はもう1口オムライスを口に入れる。そして、よく味わう。
「うん。やっぱり美味しい。
チキンライスは多分冷食。でも、冷食の中でもいいやつを使っている。卵は作り置きの物みたいだけど、チキンライスに温められていて、冷たくはない。文化祭の出し物と考えればクオリティは高い。
満月さんの卵サンドはどんな感じ?やっぱり美味しい?」
欠は興味津々と言った目で雅の卵サンドを見た。雅はコーヒーを置いて、卵サンドへと手を伸ばした。
「すごく美味しいわよ。
パンはしっとりとしていて、中の卵サラダはまろやかで濃厚、それに荒く潰しているためゴロゴロとした卵の触感がいい」
「そうなの」
欠は更に興味深げに卵サンドを見た。
「4つもいらないから1つ食べてみる」
雅は欠の視線に負けてそう提案した。そもそも、時間帯的に4つも食べるのは厳しかった。
「それなら1つ」
欠は卵サンドを手に取り、噛り付いた。目線を上に向けて考えながらよく味わう。
美味しい。しかも、洗練された味がする。
「なるほど……やるわね」
欠は感嘆の声を漏らす。
「なるほど?」
何かに気づいたような欠の口ぶりに、雅が説明を促す。
欠は卵サンドをオムライスの皿において、説明を始めた。
「この卵サンド、学校の裏門前にあるパン屋さんの物なの」
「裏門前……」
雅は自分の記憶を探る。学校の裏門前には5階建てのビルがあり、その一階にシャッターが常に閉まっているお店が一軒あったはず……。
「もしかして、いつもシャッターが閉まっているお店……」
「そう」
「あそこって営業していたのかしら?」
「営業しているし、すごい人気店だよ。人気店過ぎて5時開店で7時ごろに完売して閉店するから、満月さんは空いているところを見たことないんだよ。
そこの卵サンドの味がするの」
欠はそう言ってもう一度卵サンドを口へと運んだ。「やっぱり美味しい」と溢す。
雅もつられて口へと運ぶ。そう説明されてから食べると新しい発見があった。
作り置きのサンドウィッチのはずなのに、パンがしっとりとしている。それに卵サラダも食べ応えの為に荒く卵を潰しているが、不思議と味には斑がない。その上、濃厚なのにくどくない。こまかな違いだが、これが人気店の実力なんだ。
雅が感心していると、欠が何気なく呟いた。
「でも、これどうやって仕入れたのだろう?」
人気店の卵サンドをメイドカフェで提供できる数仕入れたと考えると確かに不思議である。
「新月さんが今朝早くに買い出しに行ったのじゃないかしら?」
雅にしては珍しく冗談を言った。
欠はニコッと笑って、「それなら面白いね」と返した。そして、スプーンを持ち、オムライス付属のハンバーグを切って口へ運んだ。ハンバーグは、父親の仕事が遅くなった時に買って帰る大学の学食のハンバーグの味がした。素朴で安心する味だ。
そんな欠の事を、雅が卵サンドを食べる手を止めて眺めていた。
欠は雅も欲しがっているのだと勘違いした。ハンバーグを一欠片と、オムライスをスプーンに乗せて、雅の方へと差し出す。
「満月さん。卵サンドのお返し」
雅は片手を前に出して、「ありがとう。でも、卵サンドだけで十分だから、陽光さんが食べて」と返した。
「遠慮しないで」
「本当に大丈夫だから」
「そう」
欠は不思議に思いつつ、スプーンを口へと運んだ。
「思ったよりも長居してしまったわね」
雅は8組の前で時計を見ながらそう言った。
「そうだね。でも、想像以上にクオリティが高かったし……」
「本当にそうよね」
雅は少し心配そうな声をだす。そんな雅を欠が励ました。
「満月さん。8組のメイドカフェのクオリティは凄かった。でも、私たちの執事喫茶だって負けてないよ」
「でも、私たちはあんなにすごい料理は出していないわよ」
「満月さん。私たちはメニューじゃなくて内装や接客で勝負するって方針だよ。相手の力を入れている料理だけなら勝てなくても、総合力なら戦える」
「……」
雅は黙ってしまう。
「ところで、これからどうしよう」
欠は話題を変える。
「……私たちのシフトまでは1時間も時間があるわね」
雅は通行人の邪魔にならないように、廊下の窓側に移動してパンフレットを開く。欠は雅に寄り添う様にパンフレットを覗き込む。雅は、欠が見やすいように、パンフレットを持つ手を下げた。
「今は……体育館で『校長先生の長い話 ~私の青春~』がやっているわ」
「なにそれ?」
「分からないわ。でも、2時間も校長先生が1人で話すみたいよ」
「……それよりも、せっかくだから運動場の屋台を見に行かない?」
「いいけど、屋台って食べ物しかないわよ」
「もうすぐお昼時だし、ちょうどいいでしょ?」
「……さっきオムライス食べたわよね」
「でも、まだ食べられるし……」
「まぁ、そうよね」
雅はパンフレットを閉じて歩き出した。欠もそれに続く。
運動場の入り口で、星空は辺りを見回していた。今日の空は曇りがちで、真上に輝く太陽が雲に隠れると、肌寒く感じる。でも、それはまだマシだった。一番の問題は目の前の屋台だ。
星空は、文化祭実行委員の仕事で、今朝から校内を巡回していた。そのために、いつも以上にお腹が空いていた。
そんな星空を焼きそばの実演販売が容赦なく襲い掛かる。
始めはいい。具材を炒めている段階ではそこまで誘惑してこないから。でも、そこに麺が入ると怪しくなる。中華麺の袋を引きちぎるように雑に破いて、具材の上に四角い中華麺をドサッドサッドサッドサッと乗せる。そこにほぐすために水を掛けると、蒸気と共に美味しそうなジュワッという音がして食欲をそそられる。麺がある程度ほぐれてくると、止めと言わんばかりにソースをかける。しかも、惜しみなくたっぷりと……。ソースの匂いが星空の元まで漂い、お腹がすく。
星空は思わずお腹を押さえた。
早く焼きそばを食べたくて仕方なくなった。それでも、星空は闇空を待って居た。
文化祭実行委員の巡回の休憩に2人で昼食を取りに来た。そこで、闇空が飲み物を買いに行ってくると言って第一校舎の自販機へと向かった。自販機で飲み物を買うだけなのですぐに帰ってくると思って待って居るのだが、闇空の姿は遠目にも見えない。そのため、星空は運動場前で待たされ続けていたのだ。
「遅い」
星空は空腹にイライラして、タンタンタンと右足を何度も地面へ打ち付ける。『先に屋台見てるね』と言うメッセージを送ろうかと考えた。そのころになってようやく闇空が現れた。
「遅くなってごめん」
闇空は両手を合わせて頭を下げる。
「まぁ、いいよ。それより飲み物は?」
星空は闇空の体を一通り眺める。闇空は手ぶらである。
「自販機の硬貨投入口がテープでふさがれていて、使用できなかった」
闇空は頭を上げて、不満げにそう漏らした。
「そう言えば、そうだったわね」
「数多。もしかして、知っていたのか?」
「まぁ、ふさいだの私だし……」
星空は気まずそうに眼を逸らす。
「数多。そう言ういたずらは良くないぞ」
闇空は星空を窘める。
星空は胸の前で両手を振りながら弁明する。
「いたずらじゃないよ。
屋台の売り上げを伸ばすために、文化祭中は自販機を使用禁止にするの。昨日、闇空達がパンフレットの準備をしている間に、黄道会長に頼まれたの……」
「なるほどなぁ。
でも、言ってくれれば、校内1週せずに済んだのに……」
「それはごめん。ど忘れしていた」
「まぁ、しょうがない。割高だけど、屋台で飲み物買うか」
2人はそんな雑談をしながら、運動場へと入った。
星空は焼きそばと唐揚げを、闇空はきつねうどんを買った。後、昼に案内所の仕事の入っている黒白と寺崎への差し入れとして、たこ焼きと焼き鳥を買った。
2人は運動場の真ん中にあるイートインスペースのベンチを確保した。本当はテーブルが欲しかったが、テーブル席はすべて埋まっていた。
2人はベンチの真ん中に身を寄せる様に座り、両端にそれぞれの食べ物を置いた。
星空はやはり焼きそばから手を付けた。男子柔道部伝統の焼きそばは、疲れた肉体に染みる濃い目の味つけだった。期待通りのソースの味がグイグイと迫ってきて美味しい。具材は豚肉のみ。キャベツや玉ねぎと言った野菜はない。その代わり、肉はスーパーで買ってきたパックの豚バラを切らずに入れたのではないかと思うほどに大きく、それがいくつも入っている。
男子高校生らしい雑な印象を受けるが、それが魅力となっている。
次に唐揚げに口を付ける。女子バスケ部の屋台の唐揚げは普通に美味しかった。星空の祖母の作る唐揚げに近く、味つけは甘めのしょうゆ味で、衣は薄くサクサクしていた。3個が1つの串にさしてあるものが2つあり、食べやすくボリュームもあった。
星空がガツガツと焼きそばと唐揚げを食べるのと対照的に、闇空はゆっくりとうどんをすすった。
出汁を一口含む。なじみのあるいりこ出汁で安心する。
「今年の文化祭は結構忙しいな」
闇空が少し上を見ながらそう溢す。
「そうだね。実行委員の当番とクラスの出し物で自由時間が今しかないからね」
星空は午後からの後半戦に備えるために焼きそばをズルッと頬張る。
「一日働きっぱなしだなぁ」
「ほんとね。覆は自由時間とか欲しかったよね」
星空はご機嫌を窺う様に闇空の顔を凝視する。文化祭実行委員会は初めてだったので、ここまで忙しくなるとは思っていなかった。そんな実行委員に、雅の代わりとして闇空を巻き込んだのだ。星空は負い目を感じた。
「そうだなぁ……」
闇空は去年の文化祭に思いを馳せた。
去年の文化祭は張山に誘われて裁縫部の展示を見に行って、その後は……。1人で校内をただ回っていた。それに比べれば今年は……。
「自由時間はあまりなくてもいいかな。今年は十分充実しているし……」
闇空はそう笑った。
「良かった」
星空も笑う。
「覆。そろそろ行こうか?」
闇空が食べ終わるのを見て、星空は立ち上がった。
「そうだな」
容器の残った出汁を溢さないように闇空がそっと立ち上がる。2人はゴミ箱の方へと向かって、人混みの中を歩き始めた。
ふと、星空が足を止めた。2、3歩進んでから闇空はそれに気づく。
「数多。どうした」
闇空が顔だけ星空の方へと振り向く。
「雅だ」
星空は人混みの中を指さした。星空の指の先で、雅と欠が2人でベンチに腰かけていた。欠は屋台で買った食べ物を美味しそうに食べ、雅はそんな欠へ優しい微笑みを注いでいた。
「ほんとだ」
闇空はそう言って2人の方へと歩き出した。
「待って……」
星空がそれを止める。
「どうした?」
「次の仕事もあるし、行こう」
星空は雅達を無視して、ゴミ箱の方へと歩き出す。
「そうだな」
せめて挨拶ぐらいはと思いつつも、闇空は星空について行く。
星空は俯きがちに歩く。
雅と欠は自分たちよりも仲が良さそうに見えた。それに、雅が自分達以外と親しくしているのを初めて見た気がした。
「ねぇ、闇空」
「なんだ?」
「雅と陽光さんすごく仲良さそうだったよね」
「嫉妬か?」
闇空がそうからかう。
「違うよ」
星空はむきになって大きめの声で断言する。闇空はこれ以上踏み込まない。
「そうだな。満月にしては仲よさそうだよな」
「そうだよね。あんなに仲いいの、なんかおかしくない?
あの2人に接点なんてなかったはずだし……」
星空は訝しむように顎に手を当てる。
「まぁ、言われてみれば……。
でも、2人とも執事喫茶のホールスタッフで毎日一緒に居たわけだし、そこで演劇部にしごかれているうちに仲よくなったんだろ。吊り橋効果というやつだ……多分」
「そう言うもの……だよね」
星空は納得しきれないながらもそう返した。
「ああ」
闇空は同調してくれた。
「雅。あっち向いていて」
欠は隣で着替える雅に静かにそう告げた。
「分かったわ」
雅はベストのボタンを留めながら、欠に背を向けた。欠は雅が背を向けたのを確認してから、眼帯のゴムに指を掛けた。髪を耳に掛けるときのような指の動きで、眼帯のゴムを外す。眼帯の下に隠した欠の左目が、左目を両断する刺し傷が露になる。
雅はそれを感じ取り、目をギュッと瞑り、唾をゴクリッと飲み込んだ。蝶ネクタイを結ぶ手が止まり、2人っきりの更衣室に緊張が走る。
欠は慣れた手つきで新しい眼帯のシール面を右目に当てた。ずれていないか、傷が完全に隠れているかをロッカーの扉についた鏡で確認する。それが終わると、左髪を留めていたヘアピンを外す。左髪がスッと下り、欠の眼帯を完全に隠す。ヘアピンをロッカーの奥に大事にしまうと、「終わったわよ」と雅に声を掛けた。
場の空気が緩む。雅は目を開いて、ふぅと息を吐いた。そして、欠の方を見向いた。
欠はやはり美形だった。
その上、張山の作った衣装が、欠の中性的な美しさをよく引き出していた。雅の瞳孔が無自覚に大きく開く。
「欠。かっこいいわよ」
雅の口からそう言葉が漏れる。欠は「そう、ありがとう」と低い声で返した。
そして、話題を変えるかの様に雅の結びかけの蝶ネクタイを解いた。
「雅。私に結ばせて」
欠は蝶ネクタイの両端を持つ。雅は欠が結びやすいように視線を上に向けた。
欠の両手が雅の首元で素早く動く。慣れた手つきですぐに結び終わる。
「雅にはこっちの結びからの方が似合っているよ」
欠は満足げに自然な笑みを浮かべる。
「……ありがとう」
執事喫茶の中には、2人席が6組と4人席が3組ほどある。今はその半分ほどが埋まっていた。ランチメニューがないので、この時間帯の客の入りは少ない。それを考慮すると繁盛している方だった。
ホールのスタッフは割と暇していた。護崎を除いては……。
護崎 卓はイケメンではあった。しかし、あまり自分の容姿を良く見せようとしない。学外では母親が用意した服を着て、自分で服を選ぼうとしない。化粧はおろか、スキンケアなども一切しない。そんな感じなので、護崎のかっこよさは埋もれがちだった。
それでも、素材は一流だ。張山の用意した衣装を着て、張山の指定した髪型にして、演劇部に仕込まれた立ち振る舞いをすることで、護崎は化けた。普段特に興味関心なく護崎を見ているクラスの女子達でさえ、惚れかねない程の美少年となっていた。
そんな護崎は当然の様にホール内の視線を吸い寄せた。ホールのアイドルである護崎が席に何かを持っていくたびに、客は護崎に声を掛け、護崎はその度に足を止めた。
護崎は注文の途切れる隙を窺い、キッチンの中へと隠れた。キッチンには藻部が居た。別にサボっているわけではない。客が優先的に護崎に声を掛けるので暇でキッチンに下がったのだ。つまり、サボっているのではなく、いじけていたのだ。
「おつ」
「あぁ、ほんと疲れたよ。
なんか俺だけ働いてねぇ」
「おっ。自慢かぁ?それとも嫌味かぁ?」
「違げぇよ」
「まぁ、満月さんと陽光さんが来たら交代だ。後少し頑張れよ」
藻部はポンポンと肩を叩く。
「なんでお前は他人事なんだよ」
護崎はそうツッコむ。
「だって、お嬢様方は卓を望んでおられるんだから、ランチタイムに入った時に俺のシフトは終わったんだよ」
「おい。それでもホールには立てよ」
「まぁまぁ。それよりこの後どうする?」
「とりあえずメシを食べに……」
「そうだな。じゃあ、満月さんの執事姿を拝見したら、運動場で飯を食べて、それから体育館に女子ダンス部のステージを見に行こう」
「あぁ。てか、女子ダンス部って何だ。ダンス部だろ。女子しかいないだけで……」
2人がそんな雑談をしていると、キッチンを任されている空田が2人の元に来た。
「護崎君。新しいご主人様とお嬢様が来ました。言ってください」
「何で俺なんだ。藻部に行かせろよ」
「護崎君が行った方がお嬢様が喜ばれるので……」
「えぇっ」
護崎が嫌々ながら立ち上がろうとしたその時だった。
ホールから一斉に花が開花しような黄色い歓声が上がった。3人はカーテンの隙間からホールを覗いた。
教室の入り口付近に2人の執事が居た。
女子にしては長身の体で、執事服を着こなした少女。満月のような雅な美しさを体現した少女。
そして、もう1人。女子としても小柄な体に執事服を纏った少女。太陽のような圧倒的な輝きを持ち、体格差を無視して月の光をかき消す少女。
2人は精緻な時計よりも乱れのない美しき歩調を刻み、ホールの中心へ移動した。美しさが許容値を超え神聖さへと変わる。ホール内の人々は、神々しき聖域に踏み入れた様に、物音一つ立てる事すら許されなかった。ただ、視線だけで2柱をおう。
2柱はお互いの背中を隠す様に背中合わせになる。そして、欠けることなき望月が言葉を発す。
「失礼いたします。
これよりご主人様、お嬢様のお相手をさせていただきます。雅と申します」
雅は演劇部仕込みの完璧な一礼を披露した。
次に圧倒的な輝きを放つ太陽が口を開く。
「同じくご主人様、お嬢様方のお相手をさせていただきます。欠と申します。
本日は雅ともどもよろしくお願いします」
欠が礼をする。
2柱はもう1度礼をして、キッチンの中へと入った。2人が消えるとホールの空気は急激に緩む。緊張の反動でご主人様、お嬢様方は急に話し始める。まるで、怖い先生が授業中に呼び出されて自習になった時のような賑やかさである。
キッチンの中の生徒たちは、突如自分たちの世界に入って来た2柱を眺める。
「護崎さん。藻部さん。
ここからは私と雅に任せて」
欠はそう言って3人の横を抜ける。雅もそれに続く。2柱は奥で、それぞれお冷とお手拭きの準備をしてホールへと戻った。
「陽光さん……だよね?」
空田が他の2人にそう聞く。
「多分」
藻部が確証がないながらそう答える。
「陽光さんって、髪下すとあんなに美人なんだな」
護崎がそう呟いた。
怒涛のランチタイムを耐え抜き、メイドカフェの客は一旦落ち着いた。その間に新月 虚と高薙は自由時間を取った。その前に頑張った2人にはまかないのオムライスが提供された。
「虚様。絵を描いてくれるサービスはないのですか?」
高薙はオムライスを前に新月 虚の方を見た。新月 虚はオムライスへと伸ばしたスプーンを置く。
「いいわよ。何にする?」
新月 虚はそう言いながらケチャップを手に持つ。
「でしたら、虚様のハートでお願いします」
高薙はからかう様にそう言った。絶妙にムカつく顔で……。
「いいわよ」
新月 虚はオムライスの上にハートの絵を描いた。そして、そのハートにひびを追加した。ちょっとしたお返しだ。
高薙は何食わぬ顔でスプーンを手に持った。そして、ひびの部分をハート全体に塗り広げなかったことにした。そして、したり顔をする。
「次は私が描く番ですね。ハートでいいですよね」
高薙は新月 虚からケチャップを奪おうとした。しかし、新月 虚がその前に、自身のオムライスにケチャップを掛けた。
今度は新月 虚がしたり顔をする。高薙は『何むきになっているんですか』とでも言いたげなすまし顔をする。新月 虚は負けた気がした。何も言わずオムライスをかきこむ。高薙は新月 虚が描いた?ハートの写真を撮ると、新月 虚に合わせてオムライスをかきこんだ。
昼食を終えると、2人は調査の為に隣の執事喫茶へと向かった。因みに、新月 虚は次のシフトの為にメイド服のまま向かった。
執事喫茶は想像以上に賑わっていた。まだランチタイムが終わったばかりなのに、おやつにと10人程が外で待って居た。
「すごい人気ね」
新月 虚は高薙にそう言った。高薙は言葉の裏に隠れた新月 虚の不安を見抜いていた。
「そうですね。ですが、私たちのメイドカフェだって負けていません」
高薙はそう励ます。
「そうよね。
ランチタイムはあんなに忙しかったものね。それにおやつ時にも、きっと忙しくなるものね」
新月 虚は暗示をかける様にそう返す。高薙は「そうですよ」と肯定する。
10分ほどすると、4人ほどが中に入り2人が7、8番目になった。そして、2人の後ろには、6人ほどが並んでいた。
「なんか列が長くなっていない?」
「そうですね。早いうちに来れて、ラッキーだったと思いましょう」
「そうね」
新月 虚はそう返して、隣の自クラスの方を見た。時間の関係もあるのだが、8組の前に人は並んでいなかった。
それから、15分程すると2人の番となった。
「お帰りなさいませ。虚お嬢様、敦お嬢様」
雅が頭を深く下げできうる限りの低音ヴォイスで2人を出迎える。
背が高く、細身の雅には、執事姿が良く似合う。その上、堂々と、そして、主張の少ない所作は、美しくたった1礼で2人をコンセプトの中へと引きずり込んだ。
「流石、私のライバルね」
新月 虚は足元を安定させようと足を広げ、震えを無理に抑えた声を出した。空気に気圧されないように背骨に力を入れる。
「もったいないお言葉です」
雅はそう返して、案内を始める。教室の扉を抜けると、パーテーションと赤いカーテンで仕切られた小部屋に入る。
雅は扉を閉めると、「どうぞ」と言ってカーテンを上げた。カーテンの向こうには、学内の雰囲気から隔絶された空間が広がる。
教室の床を覆う深紅の絨毯。4方の壁はパーテーションと臙脂の布に隠されており、黒板や学内掲示、外の景色と言ったものは見えない。机や椅子も学校の物ではなく、別で用意したものだった。
この空間だけを見たら、学校の中だとは気づけないほどに完成度が高かった。
2人はそんな内装を落ち着かないと言った感じで見回しながら席に着いた。
雅は2人にメニューを渡し、「失礼します」と頭を下げて、キッチンへと下がった。
新月 虚は2人の間にメニューを置いた。
「メニューの数も多いわね。9割以上は紅茶だけど……」
「そうですね。こんなに種類があると悩みますね。虚様はどうしますか?
「私はミルクティーとクッキーのセットにするわ」
「でしたら、私も同じのにします」
高薙がそう返すと、新月 虚は呼び鈴を鳴らした。
しばらくすると2人の元に雅ではない別の執事がやって来た。
「虚お嬢様、敦お嬢様。申し訳ございません。ただいま雅の方が対応できないため、私がご注文を伺わせていただきます」
執事は隻眼で2人を交互に見ると、洗練された1礼をした。
高薙は一目惚れでもしたかのように、頬を赤くして固まった。新月 虚は嫉妬のこもったいつもより鋭い視線を高薙に送り付けた。高薙は慌てふためきながらミルクティーとクッキーのセットを頼んだ。新月 虚は少し不機嫌に「私もそれで」と言った。
執事は「かしこまりました」と1礼し、顔を上げるときに爽やかな笑顔を残して奥に下がった。
執事が居なくなると、高薙が口を開いた。
「さっきの執事かっこよかったですね」
少し声が浮ついている。
「そうね」
新月 虚は面白くなさそうに返す。
「9組にあんな人いなかったと思うのですが、誰なのでしょう?」
「陽光さんでしょ」
新月 虚は闇空から欠がホールに立つと聞いていたので、執事の正体に気づけた。
「あれがですか?満月さんよりも格好良くないですか?」
「私もそう思うわ。
警戒すべきは満月 雅だけだと思っていたのだけど、9組はとんでもない隠し玉を持っていたのね……」
新月 虚は自分の額を右手で押さえた。
そんな会話をしていると、他の客から解放された雅が2人の元に注文の品を持ってきた。
クッキーは500円玉ぐらいの大きさで、3枚分程の厚さがある。それが7枚ずつ小皿に乗っていた。小皿は白を基調としていて、外側に濃緑の葉と小さくてかわいらしい黄色い花の絵が描かれていた。
紅茶が注がれているのはアンティーク品のカップだった。カップの持ち手はロココ趣味の曲線的に凝った装飾がされていて、指を入れられそうな大きさの穴はなかった。
雅が紅茶を置き終わると、新月 虚が「9組も油断ならないわね」と声を掛けた。
「油断ならないですか?」
「えぇ。あんな隠し玉を用意していたなんて……」
新月 虚は他の客に接客している欠へと視線を向けた。雅は新月 虚の言葉の意味がやっと理解でき、ああっというような顔をした。その後で、まるで自分が褒められているように、いやそれ以上に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「はい。私たちの切り札ですから……」
「行ってらっしゃいませ。お嬢様」
9組を出て、3、4歩歩くと、新月 虚は高薙の方を見た。
「満足だったわね」
「はい」
「ただ、予想以上にクオリティが高かったわね。このままだと私達負けそうよね。
なんとかしないと……」
新月 虚は真剣な顔で前を向き口元に手を当てた。
「大丈夫ですよ。虚様」
高薙が新月 虚の思案の中に割り込む。
「楽観的になってはいられないわ。ただクオリティが高いだけじゃない。満月 雅と陽光さんという集客の2本柱が向こうにはあるの。何か策を考えないと、今のままじゃ勝てないわ」
新月 虚は再び高薙の方を見た。
「虚様。まだ8組には切り札が残っています」
高薙は確信に満ちた顔でそう返す。
新月 虚は心当たりのない切り札という言葉について聞き返した。高薙は明朗な声で答えた。
「私達にはまだ虚様の猫耳という切り札があります。これで集客アップ間違いなしです」
「つけないわよ」
新月 虚は条件反射的にそう返す。それに高薙が食い下がる。
「恥ずかしいのは分かります。ですが、もうそれしか方法がないんです。
虚様。8組は9組に勝つために一丸となって準備をしてきました。皆、頑張ったんです。分かりますよね」
「えぇ」
「虚様について来た皆と勝ちたいですよね」
「えぇ」
「でしたら、これしかないんです」
「……」
「……」
「分かったわよ」
新月 虚はため息をついた。
午後1時半頃に黒白と寺崎の2人は文化祭実行委員会の仕事から解放された。クラスの出し物のシフトは2時半からだったので、2人には1時間程度の自由時間が出来た。
「麗音ちゃん。シフトまで一緒に校内を回りませんか」
寺崎はそう提案しつつも、既に黒白の手を取っていた。
「はい。もちろんですわ」
黒白はそう返す。
「麗音ちゃんは行きたい場所とかありますか?」
寺崎の問いに黒白は一瞬黒目を上に向けた。
「いえ、特にないですわ。糸さんは?」
「私もないです。なら、とりあえず校内を見回してみますか?」
「はい」
2人は歩き出した。
教室の前にある看板を見ながら歩いていると、一瞬寺崎の足が止まった。黒白はそれを見逃さなかった。
「糸さん。何か気になるものでもありましたか?」
黒白が足を止める。
「特にないです」
寺崎はそう言って歩き出そうとする。
「お化け屋敷ですか?」
黒白は近くの教室の出し物を口に出す。
「……」
「行きましょう。お化け屋敷」
「いや、でも人が並んでますし……」
「たったの4、5人ですわ。それに、どの出し物も並んでいますわ」
「……でも、麗音ちゃん怖いの苦手でしょ」
「……大丈夫ですわ」
黒白はわざと大きめの声を出し、自分の胸をポンッと叩いた。
「麗音ちゃん。無理しないでください。手震えてますよ」
「大丈夫です。大丈夫なんですわ。
寺崎さんもいますし大丈夫です。行きましょう」
黒白は寺崎の手を引っ張ってお化け屋敷の方へと向かった。
「麗音ちゃんを私の興味に付き合わせるのは気が引けます」
寺崎は足の裏に力を入れ抵抗する。麗音は一度足を止める。
「それならこうしましょう。
私、4時半からの音楽部のクラシックコンサートに興味があるんです。なので、お化け屋敷に付き合うので、シフトが終わったらクラシックコンサートに付き合ってください」
「……」
「糸さん。その方がお互いの事をもっと知れていいと思いませんか?」
「……分かりました。お化け屋敷に行きましょう。
ですが、怖すぎたら無理しないでください」
「はい」
4、5人の先客はすぐにお化け屋敷の中に消えていき、10分もしないうちに2人の番になった。
教室の扉を開けると、遮光用の黒くて分厚いカーテンが行く手を遮っていた。その先にはきっと暗闇が広がっているのだろう。
「麗音ちゃん。大丈夫ですか?」
「はい」
黒白は声の震えを必死に抑える。
「本当に?」
寺崎が確かめる。
「はい。案ずるよりも有無が安しという諺もあります。案外私怖いの平気な気がしてきました」
黒白はそう答えつつも寺崎の手を縋るように強く握った。寺崎の手に震えと手汗の感触が伝わる。寺崎は受け入れる様に強く握り返す。
「行きましょう」
「はい」
寺崎からカーテンの向こうへと入る。
カーテンの向こうは小さな小部屋になっていた。
部屋の真ん中にはLED電球が吊るしてあり、中は意外にも本が読めそうなほどに明るかった。
黒白はふぅと息を吐く。
「文化祭の出し物ですし、そこまで怖くはなさそうですわね」
そう油断したのもつかの間、パチンッという音と共に真っ暗になる。
黒白は寺崎の手を更に強く握り悲鳴を上げる。震えながらも、何とか立てている。
「大丈夫です。私がついています」
暗闇の中、寺崎の優しい声が黒白を元気づける。黒白は寺崎と繋がっている手に集中しつつ息を整えた。
「そうですね」
黒白は落ち着いた声を出し体勢を立て直す。
すると2人を誘導するように小部屋から続く順路が黄色い電球に淡く照らされた。2人は顔を見合わせる。黒白は唾を飲み込む。寺崎は黒白の手を引いて順路へと向かう。
寺崎は辺りを警戒しつつもカツカツと歩みを進め、黒白は寺崎に縋りつきながら引きずられるように進んだ。
通路の真ん中まで来るとまた電気が消えた。今度は黒白の悲鳴は聞こえなかった。ただびっくりはしたので息を整えようとする。
そこに後からドタバタという、人間より質量のある何かが4足で壁を這いながら近づいてくる音がした。
「逃げますわよ」
黒白はそう言って寺崎の手を引っ張る。その何かは速い。とにかく速い。ついには追い付かれ、追い越されてしまう。そして、足音が通路の先までついたところでまた電球が光る。
明るくなると2人の前に白装束の髪の長い女性が立っていた。
黒白が上げた2度目の悲鳴と共に辺りは暗くなる。再び灯りがが着いた時には白装束の女性は消えていた。そして、黒白は驚き地面にお尻を付けていた。
「麗音ちゃん。大丈夫ですか?」
「少し驚いただけです」
黒白はそう返して立ち上がろうとした。しかし、体が震え上手く立てなかった。
寺崎は黒白の手を引っ張り立ち上がる補助をする。立ち上がった黒白は、寺崎の手を離した。その代わりに、寺崎の腕にしがみついた。寺崎は密着する黒白の柔らかさと温かさ、そして震えを感じた。
「麗音ちゃん。無理しないでください。リタイアもできるみたいなので……」
「糸さん。まだ、平気ですわ」
黒白は更にギュッと寺崎の腕に縋りつく。
「本当に無理はしないでくださいね」
「はい。それより先へ進みましょう。
早々とこの空間を後にしようと、黒白は先を促した。
2人は歩みを進める。
白装束の女性が立っていた場所を左に曲がった辺りで、寺崎は黒白の気を紛らわせようと雑談を始めた。
「麗音ちゃんは、お化け屋敷とかには、あまり行かないんですか?」
「はい。まったく行きません。
糸さんはやっぱりよく行くんですか?」
「はい。実は好きなんです」
「意外ですわ」
「そうですか?」
「はい。糸さんもこういうのは苦手だとばかり……」
「そうですね。私って、小さくて、自分に自信がないので、臆病に見られがちなんです」
「すみません。そう言う意味ではないです」
「実際当たっています。私怖いの苦手なので」
「さっきから落ち着いていて、そうは見えませんわ」
「それは、好きで毎年夏にお化け屋敷巡りをしていたら、慣れてしまっただけです」
「そう言うものなのですね。羨ましいですわ」
「そうですか?慣れていない方が楽しいと思います。純粋に怖がれなくなってくるので……」
「……」
黒白は反応に困り黙ってしまう。そんな黒白に寺崎は言葉を加えた。
「ただ、慣れて来ると他のお化け屋敷と比較して、こういうところが良かったとか、この演出どうやっているのだろうと考えたりと言った違った楽しみ方もできます」
「そう言うのわかる気がしますわ」
黒白が同調する。
「私も昔は他人の演奏を聴いて純粋に美しいと思っていたんです。でも、今は純粋に感動することは少なくなりました。
でも、代わりに今までは気にしなかった細かい部分ま……ウヒィッ」
黒白が話の途中で変な声を出す。2人の3m程前の通路を白装束の女性が横切る。
「麗音ちゃん。私の経験から言うと、あの角を曲がると出ます」
寺崎は頼りがいのある声でそう警告する。こういうメタ読みのネタバレは野暮で好きではない。ただ、怯える黒白を安心させるためには仕方がない。
「ありがとうございます。心の準備をしておきますわ」
黒白は息を整えながらそう返す。
「恐かったら私の後ろに隠れてください」
「ありがとうございます」
黒白は寺崎の肩にしがみつき、その頼りがいのある小さな背中に自分の体を隠した。
「行きます」
寺崎は小さな声でそう告げる。
「はい」
黒白は覚悟を決めた。
2人は問題の角を曲がる。
そこには……何もいなかった。
寺崎は少し不満げな顔をし、黒白は安堵の息を吐いた。
そんな2人の後ろから、今にも消えそうなか細い女性の声がする。
「そっちじゃない。こっち……」
2人は反射的に振り返る。するとそこには、髪の長い女性の生首が黒い台の上に祀られていた。生首は目を閉じており、切断面から血が滲んでいた。その血は一筋の線となり伸び、台から地面へとぽたぽたと落ちる。その血の行く先をを2人は目で追う。血は地面を這い2人の足元で血だまりを作っていた。
不気味さに黒白は身震いをし、寺崎は恐怖を感じ思わず頬が上がる。
そんな2人が視線を上げると、さっきまで目を閉じていた生首が笑いかけた。
「やっと気づいてくれた……」
生首の満たされた声が耳小骨に染みる。
次の瞬間黒白は目を震わせながら、外にまで聞こえるほどの大きな声で叫んだ。寺崎はそれと同時に自分の肩が重くなるのを感じた。
「糸さん。すみません。
あと少しでしたのに」
「大丈夫です。
それより、落ち着きましたか?」
寺崎は黒白の頭を撫でた。
あの後、黒白は歩けなくなってしまったので2人はリタイアした。そして、少しでも明るい場所を求めて外に出て、中庭のベンチに腰掛けたのだ。
「あれは私でも怖かったです。ですから、仕方ないです」
寺崎は興奮を抑えた声でそう言った。
「そうですか?」
「はい。麗音ちゃんが落ち着くまで、スタッフの方と話していたのですが、3割ぐらいの人があそこでリタイアするらしいです」
寺崎の言葉に黒白は思い出して身震いがした。
黒白は寺崎に寄り掛かる。まだ、少し震えている。寺崎はそんな黒白を迎え入れる。
「落ち着いたら、メイドカフェに戻りましょ」
「はい」
「雅は?」
星空はキッチンに入るとそう聞いた。文化祭実行委員の仕事が終わり、やっと楽しみにしていた雅の執事姿を拝めると思っていた。でも、教室に入るとそこに雅はいなかった。
「3時からのおやつタイムに向けて、陽光さんと宣伝に行ったよ」
キッチン当番の張山がそう答える。
「どれくらい前に出たの?」
「10分ぐらい前かなぁ?まぁ、2人がいないと回らないから、すぐに帰るようには言ってるよ」
張山はそう答えながらティーパックの入ったカップにお湯を注ぐ。そんな張山に星空に遅れてキッチンに入った闇空が声を掛ける。
「張山さん」
「なぁに、フクちゃん」
「メニュー間違えています」
「えっ」
「紅茶がセイロンのはずがアッサムになっています」
闇空は伝票を指さして張山に見せた。張山はティーカップのタグと伝票を見比べる。
「本当だ。
でも、アールグレイ以外なら味の違いなんて分からなだろうし、大丈夫だよ……」
張山はそう言いつつもセイロンの紅茶を入れなおした。そして、もう一杯アッサムの紅茶を入れる。
「もったいないから2人でどうぞ」
張山はそう言って、2人にアッサムの紅茶を差し出した。
「ありがとう」
星空は何のためらいもなく受け取った。
闇空は受け取ろうとしなかった。商品に手を付けるのは気が引ける。それに、こういう備品はクラスみんなの物だ。
「フクちゃん」
張山は声を出して闇空に受け取るように促した。闇空は渋々受け取った。
2人が紅茶を飲み終え、キッチンのシフトに入ろうとした頃、ホールから大歓声が聞こえて来た。
「満月さん達戻って来たみたいだよ」
張山が2人にそう告げる。
そのすぐ後に雅がホールに入ってくる。
星空と闇空は雅の元へと駆け寄った。
「雅。かっこいいよ」
星空は目を輝かせながらそう言う。
「ありがとう」
雅は少し照れくさそうに返す。
「宣伝はどうだった?」
闇空がそう割り込む。
「上手く行ったよ」
そう答えながら、欠がキッチンに現れる。
「誰?」
闇空は初めて見る欠の執事服姿に困惑の声を上げる。
「私」
欠は左髪をかき上げた。
「……」
闇空は驚き言葉が出なかった。そんな闇空を無視して、執事モードの雅が欠に声を掛ける。
「欠。お嬢様方が待っています。戻りましょう」
「はい。でも、その前に……」
欠はキッチンに来るまでに取った伝票を張山に渡した。それを見届けて、雅はホールへ戻る。欠もそれに続く。
張山は伝票に目を通した。
「フクちゃんはこれ、星空さんはこれをお願い」
張山は2人に1枚ずつ伝票を渡した。2人は先ず紅茶から入れた。
「陽光さんってあんなにかっこよかったんだな。これは9組として嬉しい誤算だな」
闇空はそう言って星空の方を見る。
「うん」
星空は心ここにあらずと言った生返事をする。
ティーカップがお湯で満たされて行く。星空はそれを焦点のここにない目で眺める。
陽光 欠。
そう『かける』である。『純喫茶 ぽすと』で見た雅の隣にいた男子。それは、執事服を着た陽光 欠に酷似していた。
なぜ気づかなかったのだろう。
普段陽光 欠を見るときは、眼帯に視線が吸われ、彼女の顔をよく見てこなかったのだろうか?
まぁいい。
雅と欠には星空の知らない関係があることは確定したんだ。
2人にどんな関係があるのか?
2人は何故関係を隠しているのか?
疑問が次から次へと沸き上がり、沸き上がった疑問はティーカップから溢れ、ソーサーをも満たす。
「数多。おい、こぼれているぞ」
闇空が注意したときには、もう遅かった。机の上に薄茶色のわっかが出来ていた。
「ごめん」
星空はすぐさま注ぐのを辞めた。張山が布巾をもってフォローに入る。
「数多。大丈夫か?」
「うん」
「良かった」
闇空は息を吐く。
「でも、ごめん」
星空はうつむく。
「誰でも失敗はするよ。さっきは2人が飲んだから、これは私がもらうね」
張山はそう言いつつ紅茶で満たされたティーカップを慎重に啜った。
「今日は大変だったね」
左肩を回しながら欠が言う。その表情にはやり切ったという満足感があった。
「そうね。大盛況だったし、欠は大人気だったものね」
雅は左に座る欠を見て微笑んだ。
「ごめんなさい」
欠の表情に影が差す。影が雅にもうつる。雅は強引に作り笑いを浮かべた。
「文化祭。楽しかった?」
「うん」
欠は何時もの様に雅の左手に自分の右手を重ねた。
「演劇部や衣装担当の人と上手くやっていたわね」
「うん」
トーンが少し下がる。
「欠はみんなの嫌われ者じゃないのよ」
欠は雅の手をギュッと握る。
「……」
欠は雅に体を寄せ、下から覗き込んだ。
「雅。そんなことより、今日は雅より目立ってしまってごめんなさい」
見上げるような欠の目が雅の心を締め付ける。
「いいのよ。私は欠がみんなから注目されて、今度は純粋に嬉しかった」
「本当に?無理してない?」
雅の心の中を覗くように欠が雅を見る。
「ええ」
雅は自然にそう返せた。
2人の会話を遮るように車内アナウンスが入る。もうすぐM山駅だ。
もうすぐ2人っきりの時間は終わりを迎える。
読んでくださりありがとうございます。
面白ければ次回も読んでいただければと思います。
次回はほぼ3ヶ月後の8月30日に投稿する予定です。
[今回の話の感想]
ep11以降の黒白と寺崎のお互いに支え合う関係性が私は好きです。
そのため、ep12やep13の中に2人のやり取りを入れたいと考えていました。
ですが、文化祭の話は書くべきことが多く2人のやり取りを入れることが出来ませんでした。
今回、やっと2人のやり取りを書くことが出来ました。ep11以前では黒白に助けてもらうだけだった寺崎が、黒白を守るという関係を書くことが出来て良かったです。
今後2人の出番は少なくなる予定ですが、投稿ペース的に余裕が在る時には本編とは関係ない2人のやり取りを入れていきたいと考えています。
[次回予告と今後の投稿について]
次回からはついに最終章に入ります。
ですが、その前に2カ月ほど投稿を休止いたします。
理由としては以下の2点になります。
- 最終章のプロット作成
- 公式企画の「夏のホラー」への投稿準備
ここまで読んでくださった方々に最後まで読んでよかったと思ってもらえるような最終章になるように頑張ります。ですので、3カ月ほどお待ちください。




