文化祭準備 星空
登場人物
星空 数多 : 勉強が苦手な少女。
学校行事が大好きで、文化祭を盛り上げようと文化祭実行委員に立候補した。
闇空 覆 : 少し不真面目な雰囲気のある星空の親友。
星空に誘われて文化祭実行委員に立候補した。
黒白 麗音 : 音楽家の名家に生まれた天才。
ピアノの先生の急用でレッスンがしばらく休みの為、文化祭実行委員に立候補した
満月 雅 : 才色兼備の優等生
全校生徒の憧れの的
感情をあまり外には出さない
陽光 欠 : 不思議な雰囲気のある少女
かわいい
張山 縫 : 裁縫部の部長。
文化祭の準備では衣装づくりの責任者となる
注意
- この物語はフィクションです。
実在の人物、団体、建物とは一切関係ありません。
- この作品を生成AIの学習等に使用するのはご遠慮ください。
- このepisodeには以下の要素が含まれます。
- 百合
- シリアス
中学時代の私は、黒白の嘘のせいで、孤立した。
私には友達は多いつもりでいた。休み時間にはおしゃべりもするし、放課後には一緒に遊びに行く。
お泊り会だってした。
でも、そんな友達は誰も私を守ってくれなかった。
ただの遊び友達だったのだ。
高校では、そんな友達はいらない。
たった一人でいいから何があっても私の見方になってくれる盾が欲しい。
そんな思いを抱いた私は、高校で2人の少女に目を付けた。
満月 雅と陽光 欠だ。
2人とも孤立しやすい特徴を持っていて、それゆえ教室では独りでいた。
満月 雅は、感情を表に出さない性格と群を抜く才能、容貌故に近づきがたい。
陽光 欠は、眼帯の下に隠された傷と口数の少なさ故にとっつき難い。
その反面、2人とも1人の時には寂しさからくる暗い影を瞳の奥に宿した。独りでいるのが好きと言うわけではないのだ。
こういうタイプの人間は、私の盾に最適だ。
私から近づけばすぐに友達になれる。他に友達を作ろうとはしないので、気に入られさえすれば、私に依存させてしまえる。依存させれば、私を見捨てない。
つまり、私の盾になってくれる。
だから、私は2人の内どちらかを自分の盾にすることにした。
私はあまり悩むことなく満月 雅を選んだ。
理由は簡単だ。
満月 雅の方が美しく、頭が良い。おまけにスポーツもできる。それだけ、周りから信頼され、周りへの影響力が高い。要するに学内の権力者だ。
私が孤立したとしても、満月 雅が側にいるだけで、私の味方になってくれる人は増えるだろう。
一方の陽光 欠は、暗くジメジメしたところで、私に寄り添ってくれるぐらいしかできないだろう。
と言うわけで、私は自分の盾にするために満月 雅と仲良くなった。
そう、私も満月 雅を利用するために近づいたのだ。
そんな私は、闇空と何が違うのだろう?
類は友を呼ぶ。
私と闇空は似た者同士なのかもしれない。
でも……。
いや……。
だから……、私は闇空とやり直したい。
私だって初めから雅が好きなわけではなかった。
趣味も考え方も全く違う。そんな雅に無理矢理自分を合わせる。
ただ守ってもらうためだけに、自分を押し殺す。
ほとんど読まない本を無理にたくさん読んで賢いふりをする。雅との会話で出てきたものをこっそり調べて、偶々趣味が被ったふりをする。
正直しんどい。
辛い。
でも、孤立するのに比べればマシだ。
だから、喰らい付いていた。
そんな日々の中で、私は雅の良さをたくさん知った。そして、雅の事が好きになっていた。
雅は私を守ってくれる盾ではなくなっていた。
雅とはお互いに支え合ったりする親友になっていた。
きっと闇空も……。
私は闇空と同類だから解る。
だから、闇空を許したい。
「それでは、本日の実行委員会を終わります」
黄道の声によって、放課後の教室に集められた実行委員達は解放された。しかし、それで今日の仕事が終わったわけではない。まだ、教室ではクラスメイトが文化祭の準備をしている。そこに合流する。
星空も、この後は、雅の演技指導の見が……手伝いをする。
でも、その前にするべきことがあった。
星空は息を吸って自分の隣を見た。闇空がペンケースに筆記用具を仕舞っていた。
「あの……」
星空は枯れたような声でそう切り出して、やめてしまった。
星空の声に気づかないのか、その間にも闇空は黙々と筆記用具を片付ける。
闇空は、この後、張山の衣装づくりの手伝いへと向かう予定だった。。そのため、早く声を掛けなければいけない。
そうでなければ、次の文化祭実行委員会まで闇空と話せなくなってしまうのだから……。
星空が声を掛けるのをためらっているうちに、闇空の片づけは終わってしまった。
闇空が立ち上がる前に声を掛けなくては……。
星空はそう思い声を出そうとした。しかし、意外にも闇空から先に声を掛けられてしまった。
「あの、星空さん」
闇空は距離を探るようなぎこちない声を出す。
「なっ、何?」
闇空から声を掛けて来るとは思っていなかったので、星空は取り乱した。
「少し話がしたいのですが、この後大丈夫でしょうか?」
闇空は星空の顔色を窺いながら、恐る恐る声を出す。
「いいよ。私も闇空さんと話したいことがあるの」
星空は、渡りに船と、快諾して周囲を見回した。教室にはまだ人が残っていた。
「2人っきりで落ち着いて話したいの。だから場所を変えない?」
星空はペンケースとメモ帳代わりの生徒手帳をもって立ち上がった。
「そうですね」
闇空も立ち上がる。
2人は特に話すでもなく、黙って歩いた。
星空が前を歩き、闇空が後ろに続く。お互いに距離を探っているようでむず痒い。
文化祭準備期間のため、校内に残っている生徒が多く、2人っきりで話せる場所はなかなか見つからない。
最終的に、第1校舎と第2校舎の間の中庭に漂い付いた。2人はビオトープ前のベンチに距離を置いて腰を下ろす。
「ねぇ、闇空さん」「あの、星空さん」
2人がほぼ同時に口を開く。そして、お互いに譲り合い静かになる。お互いに目くばせをする。
埒が明かないので、星空から口を開いた。
「ねぇ、闇空さん。
自分の親友は新月さんだけで、私たちはただの情報を得るための道具だと思っていたんだよね」
「はい」
一拍置いてから闇空が肯定する。
「それは闇空さんの本心なの?」
星空は闇空の方を見る。闇空は謝罪するかのように視線を下げる。闇空の顔に後悔の影が差す。
「満月さんは虚様の敵です。
ですから、2人と仲良くすることは、虚様への裏切りになると思っていました。
私は虚様から返しきれない程の恩をいただきました。その恩を裏切りで返すような真似だけはしたくなかったんです。
だから、『2人とは友達ではない。ただ、虚様に有益な情報を盗むためだけに一緒にいる』と自分に言い聞かせて来たんです。
ですが、私にとって2人は大切な存在だったんです」
闇空は地面に向かってそう吐き出した。
もっと早く気づいていれば……。もっと早く言い出せていれば……。
後悔が心を満たす。
「そっかぁ。辛かったね」
そんな闇空に星空が優しい声で同情してくれる。闇空は恐る恐る星空の顔を見た。
星空は校舎から漏れ出る光に照らされて、昔の綺麗な顔をしていた。
だから、闇空は心の内側で拳を強く握れた。
「私は2人を裏切りました。
そんな私がこんなことを言うのは図々しいと分かっています。
ですが、2人とやり直しさせて欲しいです」
闇空は右手を星空の左手へと伸ばそうとした。でも、その手を引っ込めた。そこまで図々しくはなれない。
そんな闇空の右手を星空が掴んだ。
「えっ」
闇空から思わず声が出る。星空はそんな闇空の手をもう離さないとでも言うかのようにギュッと握った。自分の手同士をつないだ時のような生暖かさをお互いが感じる。
「そうだね。覆。私達、親友としてやり直そう」
星空は身内にしか見せない自然な微笑みを見せてくれた。
「本当にいいのですか?私は2人を利用していたんですよ」
闇空は確認せずにはいられなかった。
「いいよ」
星空はしっかりとした力の入った声でそう答えてくれた。そして、「あの、覆……」と弱々しく切り出した。
「何でしょう?」
「実は私もね。雅を利用していたの」
星空は俯きがちにそう告白した。
「……」
「私が雅と仲良くなったのは、雅を盾にするためなの。雅は人気者で、強いから、仲良くなれば、黒白みたいなのから守ってもらえると思ったの。
その為だけに仲良くなった。
でも、今は本当の親友なの。
『盾にする』って言うのはただのきっかけになったの。
覆の『情報を得る』っていうのもきっとそうなるよ……」
「星空……」
闇空は自分の一部の様に同質な左手を握り返した。星空は驚いて左手の力を緩めた。でも、すぐにさらに強く握り返した。
星空は左手の感覚に頬が緩みそうになるのを誤魔化そうと、空を見上げた。闇空もそれに連なる。
中庭から見上げる夜空は校舎からの光に邪魔されて星が少なかった。
数多の星々が輝く星空。幕の様な闇に覆われた闇空。その2つが適度に混ざり合ったような夜空だった。
「ねぇ、覆」
「何だ?」
「親友としてやり直すのだから、私の事は数多って呼んで」
「……」
「……呼んで」
「分かったよ。
あ……あ……数多」
「少し顔が赤いよ。覆」
「そんなことねぇよ。この暗さじゃわからねぇだろ」
「分かるよ。覆のことだから」
「……」
「……」
文化祭準備のため、雅が学校を出た頃にはあたりは真っ暗になっていた。
ぽつりぽつりと等間隔に街灯の立つ薄明るい道を、雅は1人駅へと向かって歩く。雅から街灯2つ分ほど距離を置いて、欠が後ろを歩く。
2人はそのまま駅の中へと入る。
駅の中は文化祭準備で残っていた生徒達で混雑しており、その混雑に紛れお互いを見失う。
電車が来ると、雅は1両目、欠は2両目に乗り、電車が走り出す。
電車がK山駅に着くと、何時もの様に乗客の大半が降りる。何時もの様に欠が立ち上がり、雅の左へと座る。
「雅。疲れてない?」
欠は雅の顔をじっと見つめた。
「大丈夫よ」
雅は張り付けた微笑みを返す。
「本当に?固い顔をしている」
欠は雅の左頬に右手を伸ばし、ムニムニと揉みほぐした。雅はそんな欠の右手を左手で掴み、そっと引きはがした。
「少し考え事をしていたからかしら?」
雅は欠の手を解放して自分の頬へと左手を当てる。
「何を考えていたの?」
欠は自分の右手を座席の上に戻し、雅を覗き込んだ。
「秘密よ」
雅は左手を口の前に移動させ、人差し指を立てた。
「文化祭の事?」
欠は右手に体重をかけ、雅の方へと体を寄せる。
「いいえ、違うわ。今は秘密」
雅は左手で欠の肩を優しく押し、距離を作る。欠に詰められないように、欠の右手に左手を重ねた。
「まぁ、いいか」
欠はそう言って背もたれにもたれかかった。
そして、「そんなことより、文化祭楽しみだね」と小学生のような純粋な笑顔を浮かべた。
「そうね」
欠の笑顔に雅の頬も少し上がる。作り物ではない自然な笑顔が咲く。
欠は文化祭準備の間、演劇部を中心としたクラスの女子達と上手く付き合えていた。良く楽しそうな笑顔を雅以外にも見せていた。
それを見るだけで雅の胸の縄は緩んだ。
「早く衣装完成しないかな。雅の執事服姿楽しみだなぁ」
欠は期待に満ちた声を出す。
「そんなに期待されても困るわ」
雅はほんのり苦い顔をする。
「大丈夫。張山さんが雅の為に最高の衣装を用意してくれるから……」
「あの衣装ね……」
雅の頭の中を張山の作ったキャッチコピーが泳ぎ回る。こっぱずかしい。
雅はくすぐられたような笑みを押さえて、反撃に出る。
「私は欠の執事姿も楽しみだわ」
「そう」
欠はさりげなく、しかし、何処かに陰のある声を出す。
「欠は私よりも美人だから、張山さんの衣装が合わされば、誰もが目を惹かれる程格好良くなるわよ。
私なんかよりも、学校の人気者になるんじゃないかしら。
もし、欠のファンクラブが出来たら、私入ろうかな」
雅は期待に満ちた目で欠を見た。
「そうだと……嬉しいわ」
欠は無理に苦しい笑顔を浮かべる。
雅も欠も2人とも黙ってしまった。雅にとって苦手な部類の沈黙が始まる。自分の傷が強く痛む。
雅はそんな自分の傷に触れないようにしながら、話題を変えようとした。
話題の種を探して、車内を見回した。
車窓は夜の闇に黒く塗りつぶされており、ぎこちのない自分の顔が映っていた。車内に人はおらず、電車の揺れに連動して動く車内広告に目が引かれる。
車内広告には、最近話題の投資の事や宝くじの事、近々行われる条例の改正に関する事が書かれていた。デパートの物産展の広告でもあればよかったのだが、どれも参考になりそうになかった。
そうこうしている内に電車は駅に止まり、扉が開く。人の出入りはなく晩秋の夜風のみが車内を出入りする。
2人は肩をすくめた。
電車が再び走り出すと欠は雅の方へと身を寄せた。
「寒くなって来たね」
欠は右手を雅の手から抜き、両手を擦り合わせる。
「そうね」
雅は独りになった自分の左手を右手で包み込み温める。
「ねぇ、雅。日曜日に冬服を見に行かない?」
欠は2人の手が重ねられていたスペース分雅の方へと詰めた。冬用の厚いスカート2枚ごしに雅の肌の感触が伝わる。
「そうね。でも、まだ早いんじゃないかしら?」
雅はそう返しつつ、手を座席の上に戻そうとした。しかし、欠が距離を詰めてきていたため、自分の膝の上に手を置いた。
「行くだけ行って見ない?」
欠は膝の上の雅の手に自分の手を重ねた。
「そうね」
雅は欠に逆らえない。
M山駅で欠と別れ、雅は1人家までの道を歩く。
ふと空を見上げると、済んだ晴れ空に月が浮かんでいた。その周りには星々が光る。
満月 雅はため息をついた。
月の光はまだ淡い。
だから、星々の中に紛れることが許される。
太陽の光は強すぎる。
それ故、星々には交われない
太陽とともにいられるのは月のみかもしれない……。
「セイロン、アッサム、ダージリン……」
手に持った紙を置いて星空が頭を抱える。
「どうした?どうした?」
おにぎりを片手に闇空が声を掛ける。
「闇空。なんで文化祭のメニューに10種類も紅茶があるの?覚えられないのだけど」
星空は助けを求める様に闇空を見上げる。
「ドンマイ。うちは本格派だから」
闇空は星空の肩に手を当ててなだめる。
「本格派?
じゃあ、なんでカップケーキとクッキーは1種類ずつしかないの?」
星空はそう訴えかける。
「まぁ、カップケーキやクッキーは作るのが大変だから、何種類も作れないんだよ。
でも、紅茶はティーパックだから簡単に種類が増やせるんだ。
メニューの種類が多い方が本格的だろ……」
闇空はそう答えておにぎりを口へと運ぶ。
「待って。紅茶はティーパックなの。本格派って何?」
星空は闇空に不満を漏らす。
そんな星空を見て雅が箸を置く。
「星空はホールに出ないのだから、覚えなくても大丈夫じゃないかしら?」
「キッチンには入るから、覚えておかないと……本番テンパりそう」
星空はそう言い聞かせて、もう一度紙を手に取る。
「そう言うことね。なら、頑張りなさい」
雅は納得して箸を持つ。星空は覚悟を決めて、文化祭メニューに向き合おうとする。
そんな星空を、雅が「お行儀が良くないわ。お昼を食べ終わってからにしたらどうかしら?」と窘める。
星空は「はい」と素直に紙を置く。
それを見てから雅は焼き魚に箸を伸ばした。星空はほぼ手つかずのお弁当の卵焼きを口へ入れた。
雅の口内から焼き魚がなくなると、雅は思い出したように「闇空。そう言えば、文化祭準備期間中の勉強の方はもういいのかしら?」と切り出した。
「勉強?」
闇空は素っ頓狂な声を出し、頭に疑問符を浮かべた。
「文化祭準備期間は、勉強時間確保のために昼休みとかは一人で過ごしていたでしょ?」
雅は説明を加えた。
それに合わせて星空がアイコンタクトを送る。
「あぁ。予習の貯金が大分できたからもう大丈夫だ」
闇空は適当に話を合わせた。雅は、「そう。それは良かったわ」と何も疑わずに返す。
そして、「闇空が居ないと、私も星空も寂しいから」と付け足した。
闇空は星空の方を見た。星空と闇空の視線が交わる。2人の頬が赤くなる。闇空はどこか嬉しそうで、星空はどこか照れくさそうだ。
星空は雅の方を見るふりをして、視線を逸らした。雅は良く染みた大根の煮物を箸で切っていた。
闇空も星空から視線を逸らす。そして、おにぎりを頬張った。
放課後、雅と欠を含んだホール係の生徒達には、演劇部によるスパルタ演技指導が待って居た。
今日は実行委員会がないので、星空は闇空を誘ってそれを見学しようとしていた。
机を教室の後ろに下げ空間を確保し、今から演技指導が始まるというタイミングで、張山が教室に入って来た。
「余っている人いない?」
張山は肩で息をしながら教室を見回す。
そして、星空と闇空の姿を見てニヤリと言う笑みを浮かべる。
張山は小走りで2人の元へ近寄り、逃げられないように2人の手を掴む。
「フクちゃん。星空さん。暇だよね」
「何?」「どうした?」
2人は困惑の声を上げる。そんな2人に張山が説明する。
「衣装の製作がかなり遅れているの。と言うか、始めに考えていた衣装の数じゃ足りないことが発覚して、急いで追加の衣装を作らないと行けなくなったの。
今のままじゃ間に合いそうにないから、手伝って」
張山は2人の手を引っ張りながら、そう言った。
文化祭実行委員として、こういう問題は放っておけない。2人は演技指導の見額を諦めて、立ち上がった。
衣装製作は空き教室にミシンを3台ほど持ち込んで行われていた。被服室はあるが、他のクラスも使用する関係で使える時間は限られていた。
ミシンには張山をはじめとした裁縫部の部員が突き、他の生徒たちは手縫いで行う部分を分業していた。
星空と闇空はその中でも、ベストへのボタン付けを任された。
「こうして、そうして、これでよしっと」
星空は20分程かかりやっと1つ目のボタンの取り付けが終わった。普段針仕事をしない上、少し雑なところがある星空からするとボタン付けは大仕事だった。
そんな自分の成果を誇らしげに眺めていると、闇空が「どうだ?」と覗き込んで来た。闇空は既に1着分のボタンを付け終わっていた。
「どうよ」
星空は自信満々で自分の付けた第1ボタンを見せつけた。
「どれどれ……」
闇空はそれを観察して、悩まし気な顔をした。星空はそんな闇空に褒めて欲しそうな目で迫る。
「イイトオモウヨ」
悩んだ末、闇空は含みのある褒め方をした。星空は少し引っ掛かりつつも満足と言った顔をする。闇空は『これでよかったのか?』と心が痛くなった。
そこに張山が休憩がてら様子見に来た。
「2人とも進んでいる?」
「はい」
星空はさっき付けた第1ボタンを張山に見せた。
「あっ」
張山は気まずそうに声を漏らす。
「何?」
星空は首を傾ける。
「星空さん。ごめんなさい」
張山は第1ボタンをグッと引っ張った。ボタンの付け方が甘かったため、ボタンから糸が伸び、生地とボタンの間に1cm程の間が出来る。
「ほんの少し縫い付けが甘いみたい」
張山は申し訳なさ気に言う。
「……」
星空は自身のほつれた暗い顔をする。
「星空さん。初めてだから仕方ないよ。フクちゃんに教えてもらいながら、付け直して……」
張山は闇空にアイコンタクトを送る。
「任せておけ」
闇空は了解のサムズアップをする。
「星空さん本当ごめん。後、フクちゃん、星空さんをよろしくね」
張山はそう言い残して、ミシンの前へと戻っていった。
「まぁ、慣れてないと難しいよ。頑張ろう」
闇空は星空の肩に手を置いた。
「うん」
星空は気分を入れ替えて頷いた。
それから30分ほどすると、星空は第1ボタンを付け終えた。今度は闇空に手取り足取り教えてもらったので、しっかりとしたものになった。
星空はグーッと両腕を天井に向けて伸ばす。心地の良い達成感にひたる。
「少し休憩するね」
星空はそう言って立ち上がった。
「ああ」
闇空はボタンを付けながらそう答える。闇空は休憩を取るつもりはなさそうだ。こういう作業が案外好きなのかもしれない。
星空は1人廊下へと出て、休憩がてらの散策を始めた。
絵画に描いたような赤い夕陽に染められた赤黄色い校舎。普段ならば静まり返っている。
しかし、今はそんな校舎のどの教室からも、声と活気が溢れていた。
文化祭準備期間という非日常のワクワクを実感する。
その雰囲気を楽しみながら、星空は校舎内を見回した。ある程度見終わると、中庭へと向かう。
中庭のベンチに腰を掛けて、時間を過ごす。少しずつ集中力が回復してきて、もう少し頑張ろうという気になれる。
星空は大きく息を吸って吐いた。そして、肩甲骨をぐっと寄せた。
「よし。がんばろう」
星空は立ち上がり、歩き出した。階段の前まで来ると話し声が聞こえて来た。
どうやら、階段裏のスペースで女子達がサボ……休憩しているようだった。普段ならば、特に気にすることはなかった。
しかし、今日は立ち止まって盗み聞きをしてしまった。
「黒白 麗音」
その名前が耳に入ってしまったからだ。
「黒白に指図されるなんて我慢ならないわ。
どの面下げて文化祭実行委員なんてやっているのかしら」
「ほんとそれ。『申し訳ございませんが』みたいな感じで反省してますよ感を出しているのがホントムカつく」
「わかるわ~。なんで新月さんとか、寺崎さんは黒白を受け入れているのかしら?」
女子達は黒白の悪口で嬉々として盛り上がる。これはかつて星空にしたことへの正当な報いだ。
『すがすがしい』
星空はそう思おうとした。でも、そう思えなかった。何故だか分からないが、消化不可能な綿のような不快感が胃の中を満たし気持ち悪い。
星空はそれをぶつける様に、わざと足音を立てて階段を上った。
部屋に戻るとボタンの取り付けを再開した。
星空が散策している間に、張山はベストを1着仕上げ、闇空は2着分のボタンを付け終えていた。
星空はそんな2人に負けないようにと、針を手に取った。
闇空に教えてもらったことを意識しながら、ボタンを縫い付けていく。第1ボタンよりも短い時間でボタンを付けられた。
試しにボタンを引っ張ってみた。
「うぇっ」
ボタンの付け方が悪かったみたいだ。やり直しである。
糸を切って付け直す。さっきよりも慎重につけていく。今度こそ完成したと思った。
でも、ボタンを引っ張るとまたダメだった。
夜の自室。ベッドの上で天井を見つめる。電気は消してある。しかし、街灯の光がカーテンの隙間を僅かにぬい、部屋の輪郭程度は分かる。
星空はため息をつく。
「黒白 麗音」
そう呟く。
彼女は、星空の中で絶対悪だった。
それなのに黒白の陰口を聞いても、笑えない。それどころか、胸の中がモヤモヤッとする。
右手で額を押さえる。
闇空と一緒に居る日々は本当に幸せだ。闇空と仲直り出来て良かったと思う。
それが出来たのは、きっと黒白のおかげなんだ。
最後の最後で自分の感情に折り合いがつけられなかった部分。その部分を埋めてくれた。
あの黒白が……。
それに、黒白は星空を庇って?くれた。第一回文化祭実行委員会。あの場で黒白は黙っていることだってできた。そうすれば、孤立するのも陰口を言われるのもすべて星空だった。黒白は苦しまずに済んだ。それなのに自白した。
星空は自分の髪の毛を引っ張った。考えれば考える程、感情と理性がぶつかり反発しあい疲れて来る。
矮小な感情が「黒白を許すな」と声を大にして主張する。理性がどんなに説得しても、感情は折れようとすらしない。
考えて考えた。
でも、今日は無理だった。
星空は目を閉じ、睡魔に身を委ねた。
次の日の放課後。
星空は今日も衣装づくりに駆り出された。頭の中にボコッボコッと浮かんでくる黒白の事を振り払い、ボタン付けに集中する。
昨日程ではないが、集中は出来ていない。
そんな星空を見かねて闇空が声を掛けた。
「休憩しないか?」
星空は「うん」と頷き針を針山に戻した。
2人は中庭のベンチに腰を掛けた。
「ねぇ、覆」
「なんだ?数多」
闇空は暗くて様子の見えないビオトープを観察しながら応える。
「なんでもない」
星空は聞こうとしていたことを飲み込む。
「何だよ。言いたいことがあるんだろ」
闇空は星空の方を見る。
「まぁ……」
星空は誤魔化そうとする。
「あるなら言えよ」
闇空は背中を押す。
星空は一瞬ためらって飲み込んだものを吐き出した。
「覆って、黒白 麗音と仲いいの?」
「……」
星空の唐突な質問に闇空は口を固く閉じた。代わりに、星空の左手を右手で握った。闇空の右手は震えていた。もう離したくないというほどに強く握っていた。
「新月さんと黒白 麗音って仲良いでしょ。だから、覆とも仲良いのかなって思って……」
「数多。……ごめん」
闇空は今にも泣きそうな声で謝った。
星空はそんな闇空に笑いかける。その笑顔に攻撃的な意味はなく、ただ闇空を安心させるための物だった。
「黒白 麗音は、今は私の敵。
でも、覆が黒白 麗音と仲良くても、そのことで責めるつもりはないから、安心して」
星空の言葉にガッチガッチに握られていた闇空の手から力が抜ける。入れ替わりに、星空が手にギュッと力を入れる。
「覆。もし、黒白 麗音と仲がいいなら、あなたの知っている黒白 麗音について教えて」
「えっ」
闇空は想定外の星空の発言に、思わず声が出た。
星空は天を仰ぎ、闇空に意図をさらけ出す。
「黒白 麗音は、私にとって敵だった。
でも、そんな敵に私は2回も助けられた。それで、私の中の黒白 麗音が変わっていったの。
私は黒白 麗音を許したい。そして、昔の事を忘れて解放されたい。
でも、私の中のちっぽけな中学時代の私がそれを許そうとしてくれないの。
だら、黒白 麗音の良いところをもっと知りたい。そして、中学時代の自分と折り合いを付けたい」
星空はそう言って視線を下げ、闇空を見つめた。星空の瞳は力強く真剣で、奥の奥に苦悩を隠していた。
闇空は「そうだな」と言って、黒白を頭の中に浮かべた。少し成形しつつ、黒白について語り始めた。
「私の知る黒白の良いところは、先ず、優しいことだな。いつも誰かの役に立とうとしていて、困っている人は見過ごせない。
闇空の言葉に星空は俯いた。握られた右手を通して、星空の迷いが闇空に伝わる。
「数多」
闇空は星空の方を見る。俯いているため顔は見えない。ただ、星空は自分の中の何かと真剣に向き合っていた。
「他にもいいところがあるの?」
星空は先を促す。
「あぁ。
黒白は視野が広い。だから、気が利く。
他には」
「ねぇ、覆。もしかして、黒白 麗音って、いい人なの?」
星空はそう割り込んだ。
「高校になってから付き合いだした私にとっては、いい人だよ」
闇空はそう答える。
星空は俯いたまま、闇空に体を寄せた。闇空はそれを受け入れる。
星空はため息をつき、少し黙った。
しばらく静かな時間が流れる。
「ねぇ、覆。私は黒白さんを許すべきだよね」
闇空の耳元で、背中を押して欲しそうな声がする。
「あぁ。それが2人にとっていいよ」
闇空はそう返す。
「ありがとう。そろそろ戻ろっか?」
次の日。
夕方の実行委員会が終わると、星空はすぐに黒白の席へと向かった。
「黒白さん。少し2人で話したいことがあるのだけど、時間空いてるかな?」
星空は出来る限りの丸い声を出す。急いで筆記用具を片付けていた黒白は、顔を上げ、声の主が星空だと認識すると驚いて固まった。まさか星空から話しかけられるとは夢にも思わなかった。
そんな黒白を守るように、寺崎が星空に敵対的な視線を送る。
「寺崎さん。2人で話したいの」
星空は敵意のない微笑みを浮かべた。
寺崎は確認を取るように、黒白の方を見た。
「糸さん、先に教室に帰っていてください。
星空さん。大丈夫ですわ」
黒白は2人にそう返した。寺崎は渋々了承した。
階段裏の薄暗い空間。
2人は静かに対話できる場所を探してここにたどり着いた。2人はこの薄暗い空間で向かいあう。
「星空さんから声を掛けて頂けるとは……。
安心してください。どんな罵声でも耐え抜く覚悟はできています」
黒白が穏やかな声を出す。皮肉やからかいで言っているのではなく、心から覚悟を決めていた。
「そう言うのじゃないよ。
1回あなたとしっかり話がしたくなったの」
星空は黒白に見せたことのない顔を見せた。雅達の知る普段の優しい顔だ。
「話ですか?」
「うん。先ずはありがとう」
星空は素直にお礼を言えた。
「私は星空さんにお礼を言ってもらえるようなことは何もしていませんわ」
黒白は戸惑い気味にそう返す。
「黒白さんは私を2回も救ってくれたでしょ。
第一回文化祭実行委員会と、闇空と喧嘩した時で……」
「そんなことないわですわ。
第一回文化祭実行委員会については、過去の私の尻ぬぐいです。闇空さんとの喧嘩については、きっと私なんかが居なくても2人なら仲直りしたと思います」
「それでも、ありがとう」
星空は晴れやかな声でお礼を伝えた。黒白は返答に困り、黙ってしまった。
そんな黒白に星空が語り掛ける。
「黒白さんは変わったんだよね」
「そう見えますか?」
黒白は綺麗な透き通った声で聴き返す。
「うん」
「それでしたら、きっと新月さんのおかげです」
「そっか。新月さんに変えてもらったんだ」
「はい」
「昔の黒白さんはもういないんだよね」
黒白は自分に言い聞かせる様にそう言った。そして、真剣な眼差しを黒白へと向けた。鼻から少しだけ息を吸い声を出す。
「だったら、私はあなたをy」
中学時代の星空が喉元をグッと押さえつけて来た。続くべき言葉が喉にたまり、出てこない。息苦しくなり、仕方なく、気道を塞ぐ言葉を飲み込んだ。
黒白には、星空が言いたかったことも、言えなかった理由も理解できた。
だから、救われたような気がした。
黒白は両手を胸に当てて、穏やかな微笑みを浮かべた。
「星空さん。もう十分ですわ。
私は星空さんにしたことを反省しています。
改心もできたのだと思います。周りの人達のおかげで変われたのだと思います。
でも、私はまだ贖罪をできていないんです。
だから、許されなくても当然です」
星空の双眸に黒白の笑みが悲しく映る。ギュッと奥歯に力を入れた。血が滲むように自分への嫌悪と口惜しさが滲み出る。
「でも、黒白さんは私を2回も救ってくれた」
中学時代の自分にも言い聞かせる。
「星空さん。私はその程度で償えていいとは思っていません。私が、あなたに与えてしまった苦しみを良く考えてください」
「……」
星空は苦り切った表情をする。返せる言葉がない。
「でも、星空さんが少しでも私を許したいのでしたらば……。
許す代わりに、私の事は忘れてください。私を無理に許そうとして、苦しまないでください。私が与えてしまった苦しみを忘れて解放されてください。過去の事で苦しむのは加害者だけで十分なんです」
黒白の声が抱擁するように、星空を包み込んだ。
『黒白は本当に変わったんだ』
星空は心の奥底からそう感じた。その気持ちを中学時代の自分へとぶつける。
「黒白さん。私はあなたも昔の事も忘れる。だけど……」
星空はゆっくりと息を吸い、中学時代の自分と折り合いをつけた。
「その前に、私はあなたを許します。
だから、黒白さんも私の事で苦しまないでください」
言いたかった言葉は今度こそ出てくれた。黒白はその場に崩れ落ちた。
「ありがとうございます」
黒白の頬を晴れやかな涙が撫でる。やっと、いや、こんなにも早く肩の十字架を下ろせた。
「お互い文化祭実行委員として忙しいのだから、もう戻ろ」
星空は黒白へと手を伸ばした。
「はい」
黒白は触れる事の許された手を取った。
土曜日の朝10時15分。
星空はG城前駅から路面電車に乗った。今日はなんと闇空の家に遊びに行くのだ。
実は今まで一度も闇空の家に行ったことがなかった。未知の領域である。
そんな闇空の家へ思いを馳せながら、初めて使う路線の風景を眺める。
見慣れない住宅街を抜け、聞きなじみのない駅をいくつも通り過ぎる。車窓から少しづつ家が減っていき、代わりに田畑が増えて来る。
『もう少し時期が早ければ綺麗だっただろうなぁ』と考えながら稲刈りの終わった田んぼを見ていると、闇空から名前を聞いた目的の駅の名前が聞こえて来た。
そして、電車が減速を始め、駅に止まる。車窓から見える駅には、見慣れた制服姿の闇空が居た。
路面電車の扉が開くと、闇空は参考書を閉じ、星空を出迎える。
「なかなか遠かっただろ」
「うん。でも、意外と近かった」
星空は辺りを見回す。田んぼとそれに紛れた住宅があるのみだ。
「いいね。空気が美味しくて……」
星空は深呼吸をした。
「そうか?まぁ見ての通りの田舎だからな」
闇空は自然と歩き始めた。星空はそれについて行く。
あまり変わり映えのしない田んぼと住宅しかない風景の中を2人は歩く。途中、知らないと住宅にしか見えないような喫茶店で少し早い昼食を済ませる。
それから、闇空の家へと向かってまた歩き始める。
「なぁ、数多」
闇空が後ろを歩く星空に声を掛ける。
「なに?」
「私の家に来たいなんて言い出して、急にどうしたんだ?」
「特に何も。ただ、覆の家にはまだ言ったことなかったから、1回言って見たいなって思って……」
「家。何もないぞ」
「別にいいよ。覆の家だし……」
「……」
「……」
「今ならまだ引き返せるぞ。どこか別の場所に遊びに行かないか?」
「急に何?もしかして……。
自分の部屋見られるのが恥ずかしくなった?」
星空は冗談半分そうからかった。
「……」
闇空は黙ってしまい反論しない。図星であった。
そんな闇空の反応が、星空の興味を引き付ける。
「何があるの?何があるの?」
星空は後ろから闇空の両肩を掴んだ。
「何もねぇよ」
闇空は少し鬱陶しそうに星空の手を肩から払った。
しかし、星空の妄想は、部屋に何かあるに違いないという方向へと膨らんでいった。
「大丈夫。私と覆の仲だから……」
星空は隣まで来て闇空の顔を覗き込む。
「何もないって。それより、家についたぞ」
闇空が立ち止まる。
当たり前だが闇空の家におかしな要素はなかった。不動産屋のチラシにあるような一般的な家だった。
「ただいま」「おじゃまします」
普通の玄関を抜け、普通の階段を上がり、普通の廊下を進み、闇空の部屋の前に来る。
闇空がドアを開けると……。
そこには闇空のきっちりとした本当の性格を反映したような整った部屋が広がっていた。
「闇空らしい良い部屋だね」
星空はそう言って闇空の部屋に入り、もう一度見回した。
匂いは人の感知できるレベルでは無臭。闇空は、芳香剤で飾り立てしたりしないだろうし、普段部屋の中でお菓子を食べるようなこともないのだろう。
家具はベッドと学習机、本棚、座卓と必要最低限のものがある。デザインはシンプルで、同じメーカーの物なのか統一感がある。かなり古いものだろう。闇空が小学生の時から使っていそうである。しかし、大事に使われているため傷などは一切ない。
そして、部屋の広さは星空の部屋と同じくらいであった。それなのに、全体的にものが少ないため広く感じた。
「おもしろいものは何もないだろう」
闇空も部屋に入り座卓についた。
「でも、予想通りだった」
星空も座卓に着く。
「そう言えば、覆って休みの日は何をしているの?」
話が途切れたタイミングで星空がそう切り出した。特に意図はないが少し気になった。
「誘われれば外に遊びに行って、誰かと遊ばない日は、学校の自習室で勉強かな?」
闇空は特に何ともないようにそう言った。
星空の口からは「うわっ」という声が漏れる。
「『うわっ』って、何だよ?」
「休みの日にまで学校で勉強するなんて……。
さすがに引くわー」
星空はわざとらしく口に手を当てた。
「なら、数多は何をしているんだ?」
「私は普通に家で動画見たり本読んだりしてるよ。
覆は動画とかは見たりしないの?」
「結構見るよ」
「えっ。どんなの?」
星空は目を輝かせて前のめりになる。
「最近だと大学の先生とかが作っている線形代数学とか、力学とかの講義動画をよく見るかな。後は、大学の入試問題の解説の奴とか……。
勉強の間の良い息抜きになるんだよ」
星空の目の輝きが鈍くなっていく。
「なんか……覆らしいね」
「……そうかな?」
「そうだよ。そんなに勉強して、どうするつもりなの?」
素朴な疑問を口に出す。
「虚様の陰に隠れがちだけど、私だって学年1位になりたいんだよ」
闇空はそう答えて、おやつの羊羹を黒文字でズバッと切った。その一瞬闇空の瞳にストイックな鋭さが見えた。
「そう言えば覆って学年3位だったね」
「そう言えばって、私そんなに勉強できなさそうなのか?」
「うん。でも、学年1位かぁ。
私には想像つかないな。覆なら可能性あるよ」
星空はそう応援した。
「そうだといいなぁ」
闇空は黒文字を置いてため息をつく。
「厳しいの?」
「あぁ。
3位と2位の間には大きな壁がある。そして、2位と1位の間にも同様の……。
つまり、私と満月の間には高い壁があるんだ」
闇空は悩まし気にこめかみにこぶしを当てた
「そうなんだ」
星空はよく分からないなりに相槌を打つ。
指でつまめそうな夜空の月も、実際は人間なんかよりずっと大きい。月の本当の大きさがわかるのは近づけたものだけだ。遠くから見ている星空には、満月 雅という壁の本当の高さは分かりえなかった。
「あぁ。
だから、その壁を超える為に、土日も勉強しないといけないんだ」
こめかみにこぶしを当てたまま闇空が言う。闇空は足掻き苦しみながら頑張っているんだ。
「そっか。覆ってすごいなぁ」
高校の勉強について行けなかった星空は、ただただ感心した。
闇空は悪い気はしないとばかりに、羊羹に口を付けた。お茶の苦みが羊羹の甘さを引き立てる。
「やっぱり、覆も大学教授を目指しているの?」
星空は黒文字で羊羹を切りながらそう尋ねる。闇空は先ほどとは違った種類の悩まし気な顔をした。湯呑から霧の様に霧散した湯気が上がる。
「う~ん。まだ将来の事は決まっていないなぁ」
「そっか。でも、覆だったら医学科にでも行けるし、何にでもなれるよね」
「まぁな。数多は将来どうするんだ?」
「私は看護師になりたいなぁ」
星空は不安げに闇空の様子を窺った。
「なるほど」
闇空はそう口に出して頷いた。星空には闇空の反応の真意がつかめなかった。
「なるほどって、どういう意味?」
「いや、数多は人と話すのが得意で、他人に好感を抱かれやすいから向いているなぁと思って」
「そう?」
星空は嬉しそうに頬を上げる。
「あぁ」
「ありがとう。でもね、少し厳しいかもしれないの」
星空はため息をつき弱音を吐きだした。
「私の両親は国立大学に行かせたいらしいの。
でも国立大学の看護学科となると、今の私の学力じゃ厳しそうなの」
「数多。学力は勉強すれば伸ばせる」
闇空が両こぶしを握り締めて、そう励ます。
「そうかもしれないけど、それが難しいのよね」
星空は苦笑しながら、頬杖をつく。
「でも、中学時代の数多は受験勉強して、今の高校に入っただろ。なら、大学受験も同じだ」
「まぁ、そうかもしれないけど……。
中学時代はまだ勉強が楽しかったのよ」
「勉強がたのしかったかぁ。
まぁ、分かってくると楽しくなるだろうし、とりあえず手を付けてみるのはどうだ?」
闇空は名案の様にそう提案した。星空はため息を吐く。
闇空の提案は出来る人間の発想だ。それが出来れば苦労はしない。
「無理だよ。
私、高校の勉強は全然できないし……」
「だから、やるんだ」
闇空らしくな熱量の高い声を出す。
「受験まで、まだ1年以上あるんだ。
今から頑張れば、何とでもできるさ」
熱い。ただただ熱い。
闇空は学年3位だけあり、勉強に対しての情熱は心の内で常に燃やしていた。それが表に出ていた。
「なら、頑張ろうかなぁ」
そんな情熱に感化されたというよりは、押し負けたという風に星空は答えた。その答えに満足したのか、闇空は情熱を引っ込めた。
「じゃあ、文化祭が終わったら受験勉強を始めよう」
闇空はそう言った。
星空は息を吸って吐いた。
「そうだね。私、受験勉強始める。だから、覆も将来について考えよう」
「あぁ。後、学年1位にもなる」
明くる日。
星空はK川駅へと向かう電車に乗っていた。
雅がいつも利用している路線であるが、星空自体は滅多に利用しない。星空は雅の事を考えながら、流れていく車窓の景色を眺めていた。
車内は人が少ないながらも、練習試合か何かに向かうジャージ姿の中学生の集団がおり、騒がしかった。その為、心の整理もつかぬまま、電車はK川駅についてしまった。
K川駅の改札を抜けると、星空を今日ここへと呼び出した人間……鳶葦 伝が手を振ってきた。
星空は重い足を動かし、鳶葦の元へ行く。
「早速だけど、メッセージに書いてあった雅に関する噂について、詳しく聞かせてもらえる?」
星空は用事をすぐ終わらせようと切り出した。
「そう答えを急がないでください」
鳶葦は落ち着いた口調で返して歩き出す。星空は仕方なく、それについて行く。
『私は何で休日に鳶葦といるのだろう?』
不満が星空の中に湧いてくる。それでも、星空は鳶葦について行く。
交通量の少ない道を通り、あるビルの前まで来た。そのビルの1階には喫茶店がある。
その喫茶店のガラスの扉には白い文字で、『純喫茶 ぽすと』と書いてあった。
鳶葦はその中へと入る。カウンターの奥では、ママがモーニングのピークタイムの洗い物をしていた。ママは鳶葦の顔を見ると、特に案内するでもなく洗い物を続けた。鳶葦は気にすることなく、店の奥の席に着いた。
星空は戸惑いながらも、それに従う。
「お金のことは気にせず、好きなものを頼んでください」
辺りをキョロキョロと見回す星空の前へ、まるでウエイトレスのような慣れた手つきで鳶葦がメニューを出した。
「えっ」
星空は動揺する。
「貴重な休日に呼び出したので、これくらいは……。
それに、取材料込みです」
鳶葦の言葉に、星空は遠慮がちにメニューを見る。日にあせたセピア色のメニューに、写真はなく、料理名と値段だけが書いてあった。
ただより高いものはない。ここで高いものを頼むと後が怖い。星空はメニュー名ではなく、値段だけを見て一番安いメニューを探した。レギュラーブレンドだった。
「私はブラックコーヒーにしようかな」
星空はメニューのレギュラーブレンドを指した。
「分かりました。ブラックコーヒーとチーズケーキのセットですね」
鳶葦は注文を改変して、呼び鈴を押した。星空が訂正する暇もなく、奥からママが来た。
「決まった?」
ママはさっきからの少し雑な態度で、鳶葦にそう聞いた。口コミで悪評がつきかねない接客である。
鳶葦はそれを気にすることなく、チーズケーキとコーヒーのセットを2人分注文した。
ママは注文を聞き終えると、「伝。今日の注文分は来月のお小遣いから天引きしておくわね」と言った。
「はぁっ」
鳶葦はもう聞くことはないであろうと思える程の取り乱した声を出した。
「当たり前でしょ。身内からたかろうとするな」
ママはそう言ってカウンターへと戻ろうとする。鳶葦はママのエプロンを掴み引き留める。
「店の手伝いしているんですからこれくらいは……」
「それはそれ。これはこれ」
「でも、姉にはバイト代出してるし……」
「……まぁ、……そうねぇ。じゃあ、天引きの話はなしでいいわ」
ママの言葉を聞いて、鳶葦はエプロンを離した。
開放されたママはカウンターへと戻る。
鳶葦は額の汗を拭って、星空の方を向いた。
「失礼。取り乱しました。
薄々感づいているとは思いますが、ここは母が経営する喫茶店です。母の奢りですので、遠慮しないでください」
鳶葦はお冷に口を付ける。
「はぁ」
星空は何とも言えぬ返事をした。
それから2人は何ともない雑談をした。鳶葦は本題に入ろうとしなかった。
大方、星空がチーズケーキにフォークを入れるのを待っていたのだろう。口さえつけてしまえば、答え辛い話題を振っても逃げられなくなるから……。
星空は勉強はできないが馬鹿ではない。だから、鳶葦の魂胆には気づいていた。
でも、鳶葦のチラつかせている情報には興味があったので、その魂胆に乗っかることにした。ただ、相手の言いなりになるのは嫌なので、牽制をかねて一捻りした。
星空は注文の品が来るとすぐに、チーズケーキにフォークを入れた。
そして、『お前の作戦は見抜いているぞ』とでも言うかのように、雑談を断ち切り「そんなことより、噂の話をしない」と切り出した。
鳶葦は露骨な牽制に苦笑いしつつ「そうですね」と返した。
そして、相手の心を開かせるために、自分の持つ情報を開示し始めた。
「実は星空さんに先日話した内容は噂ではないんです。
私が実際にこの目で見た真実です」
鳶葦の言葉に、星空がゴクリと唾をのむ。鳶葦は何時もの正確な発音で先を続ける。
「私は休日などにここの手伝いをしています。そこで、満月さんが中学生ぐらいと思われる男の子と2人っきりで入って来たのを目撃したのです。
母曰く、1、2ヶ月に1回ぐらいのペースで来ているらしいです。
満月さんと一緒に居た男の子に心当たりはないですか?」
星空は震える手で水を飲み、平然を装って、「その男の子の特徴は……?」と聞いた。
「そうですね。
一番の特徴は髪型ですね。片目が隠れるアンシンメトリーの髪型です。顔つきは満月さんに引けを取らないほど美しいです。身長は満月さんの肩位で低いですが、声も高いですし、成長期がまだ来ていないとみられるので、これから伸びるでしょう。
あとは、2人は恋人の様に親しく、お互い下の名前で呼び合っています。『かける』という名前みたいです」
「なる……ほど」
「恋人じゃないかと睨んでいるんですが、年齢差的に弟や従弟の可能性もありますし、そこについて星空さんの意見を伺いたいのです」
「雅には弟はいないはずよ。親戚と何処かに行くという話も聞いたことないわ。
それに、親戚なら2人だけで行動するのも変だと思うのよね。
だからと言って、彼氏がいるとも聞いたことないわ……」
星空は腕を組んでうーんと唸る。
「そうですか」
鳶葦も腕を組み、ため息をつく。
2人はそのまま黙り、各々の脳内で男子中学生の正体について考察を行った。
そんな折だった。店の扉についている鈴が鳴った。カウンターの奥にいたママが入口の方へ小走りで向かう。
「いらっしゃい。今日も2名様ですか?」
身内ではないのでちゃんと出迎える。
それに対し、「はい」という馴染のある声が店内に広がる。
星空と鳶葦は考えるのを中断して、入口の方を見た。
そこには満月 雅が居た。
雅は星空が見たこともないかわいらしいワンピースを着ていた。その上、何時もよりも化粧に力が入っているように見える。
そんな雅の隣には、シャツとスラックスに身を包んだ1人の少年がいた。
鳶葦の情報は本当だった。
星空は少年を見たことある気がした。でも、どこで見たかは分からない。
気のせいなのだろうか?
読んでくださりありがとうございます。
面白いと感じて頂けたなら、次回も読んでいただければ幸いです。
次回は5月31日に投稿する予定です。
[今回の感想]
どうでもいい話ですが、闇空と星空の会話の中で3位と2位、2位と1位の差と言う話があったと思います。
私のいた学校だけなのかもしれないのですが、テストの順位って上位に行けば行くほど変動しない気がします。私の通っていた学校は、中学校も高校も、学年1位から5位までは基本的に固定でした。たまに順位が入れ替わることがあったのですが、入れ替わった後はその順位で固定になります。
少し不思議な現象のような気がします。
[次回予告]
次回はついに文化祭の話になります。
雅と欠、星空と闇空、新月 虚と高薙 敦、黒白と寺崎の4組それぞれの文化祭での様子を書いていきます。
文化祭準備ではシリアスが続いたので、次回はシリアス1、それ以外9ぐらいになるようにします。




