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文化祭準備 闇空

登場人物

 星空 数多 : 勉強が苦手な少女。

      学校行事が大好きで、文化祭を盛り上げようと文化祭実行委員に立候補した。

 闇空 覆 : 少し不真面目な雰囲気のある星空の親友。

      星空に誘われて文化祭実行委員に立候補した。

 満月 雅 : 才色兼備の優等生

      全校生徒の憧れの的

      感情をあまり外には出さない

 陽光 欠 : 不思議な雰囲気のある少女

      かわいい

 新月 虚 : 黒白の腐れ縁。

      才色兼備の優等生。

      期末テストの準備で忙しいため、文化祭実行委員にはならなかった。

 黒白 麗音 : 音楽家の名家に生まれた天才。

       ピアノの先生の急用でレッスンがしばらく休みの為、文化祭実行委員に立候補した


注意

- この物語はフィクションです。

 実在の人物、団体、建物とは一切関係ありません。

- この作品を生成AIの学習等に使用するのはご遠慮ください。

- このepisodeには以下の要素が含まれます。

  - 百合

  - シリアス

「これを見てくれ」

月曜日の昼休。

闇空が雅の机に1枚の紙を広げた。雅はさっき食べ終わったお弁当と引換にカバンから出した古典単語帳を閉じた。

闇空は期待と興奮に輝いた目で2人を交互に見つめる。まるで、そのA4サイズの紙には古の大海賊が残した秘密の財宝のありかでも書いているかのようだ。

闇空の視線に促されて、雅は古典単語帳を置き、その紙を手に取って眺めた。

紙には、白いシャツの上から臙脂のベストを着て、黒のスラックスを穿いた人の絵が描かれていた。

首元には蝶ネクタイを結び、手には白い手袋を着けており、とても普段着には見えない。

髪型はポニーテールで、体のラインは男性にしては丸い。反面、顔はキリッとしたイケメンで顎が鋭く、胸が平らで女性にしては直線的だ。

性別不詳である。ただ、美形ではある。

そして、『王子様の甘い笑顔』『目覚めの口づけをするための唇』と言った言葉(フレーズ)がパーツパーツに添えられていた。

「どうだ?」

闇空が雅に感想を促す。

「格好いいわね」

雅はそう言って紙を机の上に戻した。闇空は嬉しそうに「だろ」と声を出した。

そんな闇空には悪いが、雅はこの紙の正体について見当がついていなかった。夢見る少女の考えた理想の恋人像か、一昔前の少女漫画の設定資料の様に見えた。

しかし、そのどちらも闇空とは紐づかない。謎である。

雅は眉間に皺を寄せて、顎に手を置いた。

「ところでこれは何なのかしら?」

「えっ。見て分からなかったか?

 文化祭の衣装の完成図だ。張山さんが土日に考えてきてくれたんだ。それで、満月の分だけ借りて来たんだ」

「なるほどね」

雅は闇空の説明に一旦頷いた。

そして、一拍置いてから、

「この絵に描かれている人って、もしかして私の事だったのかしら?」

と驚いた。

「似てるだろ」

闇空は得意げな顔をする。まるで、自分が作ったものであるかの様に誇らしげである。

「そうね。ただ、私、こんなに格好良くないと思うのだけど……大丈夫かしら?」

雅は苦笑いを隠しながら、もう一度紙を見た。似ていない訳では決してないが、美化しすぎているように思える。プリクラで、美顔とか、美白とかのフィルターを何重にもかけた後のような自分ではない別物の様に感じてしまう。

思わず眉間に皺が寄る。

「そんな顔するなって。

 満月は美人だから、メイクとかで何とでもなるからさ」

闇空はいい笑顔でサムズアップをする。

雅は左手で頬を押さえながら、憂いを帯びた声を出す。

「そうかしら……。

 後、このところどころにかかれている言葉は何かしら?

 『王子様の甘い笑顔』とか……私には荷が重いわ」

「それはまぁ……えっと……そうだな……キャッチコピー。

 ただのキャッチコピーだ。余気にしなくてもいい。

 まぁ、満月なら大体の衣装が似合うから気にしなくていい」

闇空は同意を得ようと星空の方を見た。

今まで一切会話に入ってこなかった星空は、頬杖をついてボーっとしていた。

「ほ し ぞ ら」

闇空は顔の前で手をひらひらと振った。特に反応はない。

「ほ し ぞ ら」

もう一度更に顔に近づけて手を振る。それでも反応がない。

「ほ し ぞ ら」

顔に触れそうなほどに手を近づけてもう一度試す。

星空は「うわぁ」と驚いて、後ろに下がろうとする。後ろの机と椅子がぶつかりゴンッと言う鈍い音が出た。

「どうした?」

闇空は中腰になって、星空の顔を覗き込んだ。

「なんでもない()()

星空は闇空を避ける様に顔を逸らす。

「なんでもない()()?」

闇空は怪訝そうに顔を遠ざけて、不自然な星空の言葉を復唱する。

そんな闇空をよそに雅が声を掛ける。

「星空。何かあったなら相談して頂戴。

 今日の星空は心ここにあらずと言った感じでおかしいわよ。さっきだって、卵焼きにコロッケ用のソースかけていたし……」

雅は星空をじっと見つめる。

「大丈夫だよ」

星空は不自然ながらも元気な笑顔を浮かべる。

「そう。でも、気づいていないだけで、熱でもあるんじゃないかしら?」

雅は星空の額へと手を伸ばす。

雅の掌が星空の額に吸い付く。雅の手は滑らかで温かく、星空の額は普通に冷たかった。

「熱は……ないみたいね」

雅は手を離してほぉっと息を吐く。

「当たり前だよ」

星空はそう返す。雅はそんな調子の星空に念のため、釘を刺す。

「それならいいわ。でも、星空は文化祭実行委員の仕事で忙しいのだから、体調管理はしっかりしなさい」

「ありがとう。分かってる」

雅と星空の母娘のようなやり取りが終わると、闇空が星空に紙を突きつけた。

「星空。張山さんが満月の衣装デザインを考えてきてくれたんだ。どうだ?」

星空は紙を受取り、上から下へと眺める。

「おぉ。かっこいい。さっすが張山さん」

星空は雅の方を向いてそう言った。

「私、こんなに格好良くないと思うのだけど……」

雅は苦笑いを浮かべる。

「大丈夫。大丈夫。

 雅は素材がいいから、メイクや服装次第で何とでもなるよ」

星空も闇空と似たようなことを言った。

雅は2人が似ていることに、クスッとかわいらしく笑った。

「雅。どうしたの?」

「何でもないわ。2人が大丈夫と言うなら、大丈夫なのでしょう」

雅はそう答えた後で、闇空の方を見た。

「そう言えば、執事って燕尾服のイメージがあったのだけど、衣装にはないのね?」

「確かに」

雅の言葉に星空も同調する。

「まぁそうだよな……。

 私も張山さんに聞いたんだ」

闇空も同じことを思っていた。

「それで、どうなったのかしら?」

「本物の執事は普段、燕尾服を着ないとの回答が……」

「本格派ということね」

「後、予算の都合で燕尾服は難しいらしい」

闇空は残念そうにそう付け加えた。

「なるほどね」

雅は相槌を打つ。そして、3人は静かになる。

……。

沈黙を破るように闇空が口を開く。

「安心しろ。

 燕尾服が無くても、所作が完璧なら執事に見えるはずだから。

 その辺は演劇部と歴史研究同好会に頼んであるから」

「演劇部と歴史研……。不安だわ」

雅は珍しく嫌そうな顔をする。

「雅なら大丈夫だよ」

星空がそう言って励ます。

「うちの演劇部。全国常連の超強豪よ。

 演劇部の練習は野球部より厳しいことで有名なの。その演劇部の演技指導って相当なスパルタにならないかしら……。

 それに、歴史研は歴史研で、時代考証には妥協を許さないスタンスだから……。

 今から文化祭まででその2つを満足させるクオリティにするのは現実的ではないのだけど、本当に大丈夫かしら」

雅は弱音を重ねる。雅の肩に闇空が手を置く。

「流石に、演劇部も歴史研も部員以外にそこまでは求めないだろ……。

 それに、陽光さんや男子たちもいるし、雅だけにかかりっきりにはなれないから……」

「そうね。頑張ってみるわ」

雅は自分に言い聞かせる様にそう口に出した。

「ああ。

 後、衣装について、今週中なら手直しが出来るらしい。

 変えたいところとかあれば張山さんに伝えておくが、あるか?」

闇空は、先生が生徒に対するような言い方で、そう聞いた。

「特にないわ」

考える素振りすらせずに、雅はそう返した。

着飾らなくても十分美しいからか、雅は服装にあまり興味がない。

「星空は?」

闇空は星空にも聞いた。

星空は一拍置いて、「えっ、私?」という反応を示す。今日の星空はやっぱりおかしい。

「ああ。満月の一番側にいる身として、アドバイスとかないか?」

闇空が頷く。

星空は少し考えてから、「大丈夫だよ。張山さんのデザインは完璧」と返した。

それを聞いて、闇空はクリアファイルに紙をしまおうとした。

「ちょっと待ってくれるかしら?」

雅が声を上げて、闇空の動作を止める。

「どこか気に入らない部分でも見つかったか?」

闇空はクリアファイルから紙を抜きだし、雅に差し出した。

「いいえ。そうじゃないわ。

 ただ、確認してもらいたい人がいるの」

雅は紙の端をつまむ。

「これは私達の執事喫茶の企業秘密だからな。他のクラスの人には見せるなよ」

闇空は紙のもう片方を持ったまま念を押す。

「大丈夫よ。他のクラスの人ではないから」

「そうか」

闇空は手を離した。雅はカバンからクリアファイルを出し、紙をしまった。



放課後は実行委員会があった。

今日の実行委員会は、軽く報告を行った後、黄道の口から文化祭準備に関する詳細な説明が行われた。説明が終わると、各委員の役割決めを行い、解散となった。

星空は黒白と関わらないようにすぐに教室を出た。闇空も星空について出る。

「これから文化祭準備が本格的に始まるのか。来週から放課後の文化祭準備が解禁されるし、完全下校も延長されるのか。楽しみだな」

闇空は柄にもなく浮かれ気味に星空の横を歩く。

「うん」

星空は、闇空との会話を拒絶しようと、淡白に答える。

闇空は星空の反応の薄い様子に黙ってしまった。

蛍光等の白い光にチカチカ照らされた廊下は静かになる。普段は意識することのないジーッという音が耳につく。

闇空は嫌な予感めいた居心地の悪さを感じた。

黙ったまま2人は階段まで歩いた。

やはり居心地が悪い。

そんな中、闇空は思い切って口を開いた。

「星空。やっぱり、今日は様子がおかしいぞ。何かあったか?」

闇空の言葉に何も答えず、星空は薄暗い階段を下りていく。闇空は星空の後ろについて下りる。

1階まで下りると、星空は1階立ち止まった。

「ついて来て」

星空はそう言って階段の裏に広がる影の中へと入った。闇空もそれに続く。

階段の裏には、1畳程の狭い空間があり、その先に備品を貯蔵して置く倉庫がある。日中でも薄暗く人目に付かないため生徒たちの密談などに使われていた。

蛍光灯の光の届かない暗い空間の中、2人は向き合う。

「ねぇ。闇空。私達に隠していることとかない」

星空は優しい声を繕った。空間の暗さと俯き気味であるために表情は見えない。

「何もないぞ」

闇空はそう返し、星空はため息を吐く。

星空は息を吸い、一瞬ためらった後口を開いた。

「私、先週の土曜日に温泉街に行ったの」

星空は顔を上げて闇空を見つめる。星空の潤んだ瞳が微かな光を反射する。

闇空には星空がこれから言うであろうことが予想された。それでも、ごまかす様に「いいなぁ」と相槌を打った。声は震えていたのかもしれない。

「いいでしょ」

星空は作り笑顔を浮かべた。そして、問い詰めるために声のトーンを暗くした。

「でね。足湯カフェに行ったの。そしたらね。闇空にそっくりな人と、新月さんにそっくりな人が入って来たの」

「ドッペルゲンガーって言うんだろ。実在したんだな」

闇空は無理があると分かりながらも、白々しくそう返す。

星空は逃げられないように闇空の両肩を掴んだ。

「誤魔化さないで!」

星空は廊下に響き渡る程の大きな声を出す。

「……」

闇空は視線を下げて黙る。

「2人の会話が聞こえたの。闇空は今まで新月さんに情報を流していたんだよね。

 文化祭の衣装とかメニューも新月さんに流すつもりだったんだよね」

星空は出来る限りの優しい声を出す。

「ああっ」

闇空は渋々認めざるおえなかった。

「闇空。新月さんに弱みでも握られて、脅されているの?それなら、私たちに相談してよ」

星空は、闇空が話しやすいように、肩を掴む力を緩める。

闇空は観念したようにため息をつく。

「いいえ。虚様はそんなことはしません。

 すべて私が勝手にやったことです」

闇空は力いっぱいこぶしを握った。星空は両手を通して肩が強張るのを感じる。

「本当なの?」

星空は縋るように聞いた。

「はい」

闇空はそう答える。

「どうして?」

星空は感情を抑えた震える声を出す。

星空の感情を示す様に、闇空の肩を掴む力は強くなる。闇空はそんな両肩の痛みに耐える。

「私は、虚様に恩返しがしたかったのです」

闇空は重くのしかかる声でそう答えた。

「恩返し?」

星空は想定していなかった答えに力が抜ける。闇空はそんな星空に説明を始める。

「星空。私が1年生の時に卓球部にいたのは知ってますよね」

「うん」

「私が卓球部を辞める決心が出来たのは、虚様のおかげなのです。

 当時の私は『逃げることは悪い事』だと思いこんでいました。その為に、卓球部にいることが苦痛でしかたないのに逃げられずにいたのです。

 虚様はそんな私に退部と言う正解を示してくださったのです。私を卓球部(ルールのおり)から解放してくれたんです。

 私はそのおかげで変われました。救われました。

 だから、その恩に報いたかったんです」

闇空はそう言い終わると哀しい微笑みを浮かべた。

「待って!1年生の時から新月さんと繋がっていたの?」

星空は早口気味にそう聞いた。

「はい」

闇空はあっさり認めた。

星空は闇空を2番目の親友だと想っていた。闇空の事は良く知っているつもりでいた。だから、闇空と新月 虚の過去に驚き困惑した。

それと同時に裏切られたという感情と怒りがじわじわと滲み出て来た。

そんな感情を抑えて、未練がましく、もう一度確認した。

「つまり、私達と友達になる前から、新月さんと繋がっていたの」

「はい」

闇空はやはりあっさりと答える。

「……」

「……」

お互いの表情も見えづらい薄闇の中をしばしの沈黙が支配する。

その沈黙の中で、星空の中に闇空に関する最悪の考えが浮かんでしまった。

星空にとっては闇空は親友だ。だから、まだ心のどこかで闇空を信用していた。

そのため、星空は最悪の考えを口に出すことが出来た。

「闇空。

 まさかないとは思うけど、念のために確認させて……。

 私達親友(ともだち)だよね。

 新月さんに流す情報を手に入れる為だけに、私と雅に近づいて、親友(ともだち)のふりをしていた……

 とかぁ じゃないよね」

「……」

闇空は黙ってしまった。薄暗闇の中なのに、闇空の困った顔が鮮明に映った。

「えっ」

闇空の予想外の反応に、闇空との友情が軋んでいく。

星空は、歪な形に変形しつつある友情へしがみつく様に、願望を込めて闇空を見た。

「違うと……私たちは親友だと言ってよ」

闇空は申し訳なさげな顔をした。

それだけで星空には十分だった。軋みに軋みんだ友情は、これ以上軋みきれなくなって、内部から裂壊した。

闇空は意図せずに友情にとどめを刺すような言葉を放ってしまった。

「申し訳ございません。

 私にとっての友達は虚様だけです」

友情の欠片は完全に砕け散る。

星空は粉々になった友情の前で呆然と立ち尽くす。

星空の腕が下がり、闇空は解放される。

星空は、我が子の亡骸から離れられない母猿のように、砂と化した友情を丁寧に掬い上げた。

「私達は 親友(ともだち) だよね」

未練たらしく水を加えて泥団子の様にまとめようとする。

「すみません。違います」

でも、上手く友情はまとまらない。それでも、諦めずにまとめようとする。

そんな星空の歩み寄りは闇空には伝わらない。伝わっていても、闇空は応えられない。

闇空はこの場をより早く切り上げようと、地面に両ひざを付けた。躊躇いがちに両手をつき、上目使いで星空を見た。

星空は闇空の行動に「なに?」と困惑しながら半歩下がった。

闇空は力のこもった目で星空を見据える。

「星空さん。

 虚様は私にとって唯一の親友で、私はそんな虚様の役に立ちたかったんです。

 だから、勝手に虚様に情報を流しました。

 虚様は本来このようなことをする方ではございません。ですが、このことが公になれば、虚様が勘違いされてしまいます。

 私はもう情報を流さないと約束します。何でも言うことを聞きます。

 ですので、このことは秘密にしていただけないでしょうか?」

闇空はしっかりと頭を下げた。

新月 虚のために無防備な姿をさらす闇空に、星空は吹っ切れた。

その為に、星空が未練がましく丸めた泥団子は完成してしまった。完成しても泥団子は泥団子。それに、完成したそれは乾ききっていない泥のままの表面をした醜い憎悪(どろだんご)だった。

星空はそんな感情を両手で抱え込むように覆い隠し、闇空を見下した。

「私は闇空のこと好きだったし、友達だと思っていた。

 一緒に居るとそれだけで楽しかった。

 でも、闇空は私の事、新月さんへの恩返しのための道具としか思っていなかったんだね。

 私といるときも新月さんの事ばかり考えていたんだよね」

押し殺しても押し殺しても言葉の中に軽蔑の念が出て来た。

闇空は頭を下げたまま歯を食いしばった。

「ねぇ、闇空さん。

 新月さんに情報を流していたことは秘密にしてあげる。

 だから、ねぇ、z……ぜっ……絶交しよ。

 文化祭準備期間は、実行委員のこと以外で私たちに近づかないで。そして、文化祭が終わったらもう二度と私たちに近づかないで。

 もし破ったら……新月さんが卑怯な真似をして情報を集めていたって鳶葦に流すから」

星空は闇空にそう吐き捨てた。

「承知いたしました。

 ありがとうございます」

闇空は頭を下げたままそう返す。

「『ありがとうございます』かぁ。

 新月さんがよっぽど大切なんだね」

「……」

「さようなら」

星空は頭を下げたままの闇空の横を通り、廊下へと出た。

星空が居なくなってしばらくすると、闇空は独り立ち上がった。

何故か流れる涙をハンカチで拭き、ふぅと安堵の息を大げさに吐いた。

「虚様に迷惑を掛けずにすんでよかったです」

闇空はそう自分に言い聞かせた。



「闇空。何かあったのかしら?」

次の日の昼休。雅が1人で昼食をとる闇空の背中を見ながら、そう声に出した。

星空との約束に従い闇空は2人の元へと来なくなった。闇空が新月 虚と繋がっていたことも、星空と闇空との約束も雅は知る必要がない。だから、星空も闇空も雅には言わなかった。

そのため、雅は闇空が心配だった。

「しばらくの間、休み時間とかお昼休みとかは1人ですごすらしいよ」

星空がぎこちなく繕う。

「何かあったのかしら?」

雅は娘を思う母親の様に右頬に手を置いた。

「文化祭実行委員の仕事で放課後は忙しいから休み時間とか、昼休みは勉強に当てたいんだって……」

星空はそれっぽい嘘をつく。

雅は「流石闇空ね」とすんなり納得した。雅は学年1位として勉強にこだわりがあり、テスト前などは休み時間とかに1人で勉強したいと思うこともあった。その為、星空の嘘を微塵も疑わなかった。

星空はほぉっと息を吐く。そして、闇空の方を見た。星空には何故か闇空の背中が小さく見えた。

「星空。闇空が居ないと寂しいのかしら?」

雅が星空の視線に割り込むように視界に入った。

「別に。雅が居るから平気だよ」

星空は、雅を心配させないように笑った。

それから2人は、何時もより早く昼食をすませた。昼食が終わると、何時もの様に会話が弾まなかったので、雅は英単語帳を、星空は小説を出し、自然とそれぞれの時間へと入っていった。

雅は単語帳に集中し、星空は集中し切れないままページをめくる。

去年までと変わらないはずの昼休み。それなのに、今は間が持たない。

星空は小説を閉じて、雅の方を見る。雅は星空の視線に気づき顔を上げる。

「何かしら?」

「何でもない」

何かを切り出そうと思ったがやめた。雅の邪魔はしづらい。それに、話題が浮かばなかった。

星空はもう一度小説を開く。文字を追うと眠くなるので、読んでいるふりをする。

雅も単語帳に視線を落とす。

雅は1分に1回程度ページをめくった。星空とは違い単語帳には目を通していた。

そうやって15分程度経過したころ、雅が顔を上げた。

「闇空が居ないと静かで落ち着かないわね」

「うん」

星空は複雑な気持ちで雅の言葉に同意した。



学校のと駅の間に位置する商店街。

アーケードのかかったメイン通り。その中程、店と店の間に知らないと入りづらい1本の小道がある。

その小道に入る。小道にはアーケードがかかっていないため空が見え開放的に感じる。しかし、左右の壁が迫っているため窮屈にも感じる。不思議な空間。

そんな小道の奥に、ステンドグラスをはめ込んだ木製の扉がある。

その扉を開けると、珈琲の香りと共に、時代の流れから隔離され保存され続けてきたレトロチックな空気が漂ってくる。

新月 虚は1人軽やかな鈴の音を背に、扉の先へと進んだ。

中を見回す。中は狭い事には変わりないが、外見よりかは広い。

左側にはダークブラウンのアンティーク調の机と椅子が並んでおり、右側にはカウンターがある。カウンターにはフラスココーヒー用のセットが6つ程度並んでおり、その奥の食器棚にはアンティーク品のカップが整列していた。

カウンターの奥で新聞を読んでいたマスターが老眼鏡を上げて新月 虚をみる。

「1名様ですか?」

「私と同じ制服を着た()が来ていませんか?」

新月 虚は先生相手に使う柔らかい声を出す。

「でしたらあちらに」

マスターが指す方を見ると、闇空が胸の上あたりで控えめに手を振っていた。新月 虚はマスターに一礼すると、闇空の方へと歩き出した。

床には装飾として板が張ってあるため、1歩毎にギシィィッという板の軋む心地の良い音がした。

新月 虚が闇空の前に座ると、マスターが新月 虚の分のおしぼりとお冷を持ってきた。

マスターは2人の間の正方形の机にそれらを置くと、カウンターの奥へと下がった。

闇空はメニュー表を新月 虚の前に出した。

「落ち着いた雰囲気のいいお店ね」

新月 虚はメニューを見回しながらそう言った。

「私のお気に入りの場所です」

闇空は照れくさいのかお手拭きを取り、無駄に入念に手を拭いた。

「おすすめとかあるの?」

「レギュラーコーヒー」

闇空の答えに、新月 虚は露骨に苦い顔をする。闇空はその顔を堪能した後で付け足した。

「と、ミルクセーキ」

「なら、ミルクセーキで……」


注文を済ませると、闇空が水に口を付けた。そして、ゆっくりとした動作で、机に水を置く。

「今日はお忙しい中来ていただきありがとうございます」

「別にいいわよ。今は割と暇だし……」

新月 虚も水に口を付ける。

「あなたこそ忙しいでしょ?」

新月 虚は水の入ったコップを置きながらそう聞く。

「今はまだ大丈夫です」

闇空は冗長に手を拭く。さっきも拭いていたはずである。

新月 虚はそんな闇空の様子に何かを先延ばしにしようとしているのだと気づいた。

だから、本題を促した。

「でっ、今日は何で呼び出されたのかしら?」

新月 虚はそう言いながら、軽く組んでいた足をといた。闇空はお手拭きを置き、もう一度ゆっくりと水を飲んだ。

そして、

「申し訳ございません。

 虚様に情報を流していたことがばれました」

と一息に言った。

「大丈夫なの?」

新月 虚は即座にそう聞いた。闇空もクラスの中で孤立しないか心配だった。

「安心してください。

 星空さんにしかばれておらず、星空は黙っていてくれると約束してくれました」

闇空は見当違いの答えを返して笑った。

「よりによって星空さんにばれたのね」

新月 虚は闇空とは対照的に暗い顔をする。

「ですが、星空さんだから黙っていてもらえます」

「そうね。星空さんには許してもらえたのね。

 良かったわ」

新月 虚は安心したように笑った。対照的に闇空は暗い顔をする。

「許してもらえたんでしょ?」

新月 虚は闇空の表情故にそう聞いた。

闇空はその問いには答えず、報告を続ける。

「黙ってはもらえるのですが、その代わり、今後一切虚様に情報を流さないと約束しました。ですので、私は虚様のために何もできない役立たずになってしまいました。

 申し訳ございません」

闇空は頭を下げた。

「頭を上げなさい。

 あなたの情報はとても役に立ったわ。でも、なければないで大丈夫よ。

 そんなことよりも、星空さんとはどうなったの?」

「……」

闇空は星空との関係については口を開こうとしなかった。

「しょうがないわね」

新月 虚はため息をつき、雅に対するときのような鋭い声を出した。

「闇空 覆。

 星空さんとどうなったか話しなさい」

闇空はため息を吐いた。闇空は新月 虚の命令には逆らえない。

せめて、新月 虚を心配させないようにと、精一杯の笑顔で「絶交しました」と言い放った。

「えっ……」

新月 虚は重い一言に瞬きすら忘れて固まった。

「虚様。

 私が星空さんに近づいたのは満月さんについて探るためです。もう情報を流せない以上、私には必要ない関係です。

 ですから、そんな顔しないでください」

闇空はわざとへらへらと何でもないかのように言った。

新月 虚は思わず自分の胸を押さえた。

「でも……」

新月 虚らしくない弱々しい声を出す。それを闇空の声が覆いかぶさりかき消す。

「そう言えば、期末テストの準備は順調ですか?」

「……」

新月 虚は何も返せない。

闇空は上機嫌を装って続ける。

「私、今回は文化祭の準備の裏で期末テストの準備にも力を入れてきました。

 満月さんばかりに気を取られていたら、案外私に学年1位を取られるかもしれませんよ」

闇空は虚しく笑う。

「……」

闇空の言葉に、新月 虚は反応しない。

闇空は居心地の悪さから話題を変えようとした。そんな闇空にぴったりのタイミングでマスターが配膳の準備をしていた。

「虚様。できたみたいです」

「ミルクセーキ。楽しみだわ」

新月 虚は機械的にそう(わら)った。

マスターが注文の品を持ってくると、間を持たすために、2人はすぐに口を付けた。

コーヒーは苦かった。ミルクセーキの味は甘いということ以外分からなかった。



闇空 覆はかつてルールの檻にとらわれていた。

赤く染まる放課後の卓球場(ろうごく)

賽の河原積の様に、独りただサーブ練習だけを繰り返す。

その孤独な背中を、新月 虚は痛々しく感じた。

見ていられなかった。

だから、解放した。

それで、闇空は自由になると思っていた。

でも、そうはならなかった。

闇空は忠誠を誓い、自らに鎖を付け、その鎖を新月 虚に差し出した。

それは友人関係ではない。ただの従属関係だ。

歪で不健全な関係だと分かっていた。

でも、闇空の忠誠(おもい)を無駄にしたくなかった。だから、折を見て解放する前提で、鎖を受け取ってしまった。

その結果、今度は自分が闇空を苦しめてしまったのだ。

新月 虚は闇空と別れた後、闇空と昔過ごした学校の図書館へと向かった。

1人で帰る気になれなかったので、高薙の部活が終わるのを待つことにした。



「フクちゃん。フクちゃん」

闇空が独り昼食の準備をしていると、張山が声を掛けて来た。

因みに、『フクちゃん』と言うのは闇空のニックネームである。『闇空 覆』の『覆』の音読みから来ている。

闇空が張山の方を見ると、張山は両手を闇空の方へと伸ばし、手に持ったぬいぐるみを見せて来た。

「これなぁんだ」

張山はぬいぐるみをふるふると動かす。

ぬいぐるみクイズの始まりである。

張山は部活で生物系のぬいぐるみを作っている。それが完成するたびに、こうやってクイズを出す習性があった。

今日のぬいぐるみは四角錐の底面をへこませて、全体的に丸みを帯びさせたような形である。また、色は薄水色で、頂点に向かって黄色や緑の点列が走っている。なんだか表面は柔らかそうで、不定形の可能性すらあり得る。

闇空は眉毛の上あたりを中指で押さえながら記憶を探る。

「微生物……だよな」

闇空はうなるように確認した。

「違うよ」

張山は満足げにそう返す。学年3位の秀才を悩ませられるのが嬉しいのだ。

「違うのかー」

闇空は記憶の保存場所を探し出す様に、中指で押さえる位置を動かした。

「ヒントはね。海の生き物」

張山のぬいぐるみの動きが速くなる。

「う~ん」

闇空には見当がつかない。

「ギブアップもありだよ」

張山が闇空を誘惑する。

闇空は1分程考えて、わかりそうになかったので、渋々ギブアップした。

張山はそれを待って居たかのようにふふふと笑った。

「正解はーーーーー」

張山はそうもったい付けて、ために溜めてから「クシクラゲ、でした」と言った。

「これクラゲだったの?」

「クラゲじゃないよー。クシクラゲ だよ」

「ならクラ」

「違うよ」

張山は被せ気味に否定する。そして、早口で説明を始めた。

「クラゲはね。刺胞動物に分類されて、体内に刺胞という針を持っているの。でも、クシクラゲは刺胞が無くって、有櫛動物に分類されるの。それで……」

物理選択の闇空には張山の熱量と、クシクラゲは分類が違うことしか伝わらなかった。

「フクちゃん。キクラゲのことクラゲだと思ってそう」

張山がニヤニヤと頬を上げてからかう。

「流石にそれは分かる。キノコだろ」

「うん」

張山は残念そうに頷く。

「……」

「……」

少しの沈黙が2人を包む。

「そう言えば、フクちゃん。最近、星空さん達とご飯食べてないよね」

張山は唐突にそう切り出した。

「……」

闇空は何も答えない。

「私いつも別のクラスでご飯食べているでしょ。

 でも、『文化祭期間中は出し物について秘密の話もあるから、自分のクラスで食べなさい』って言われちゃったの。

 フクちゃん。良かったら一緒に食べない?」

張山はそう言いながら、ぬいぐるみをカバン取り付け、お弁当を取り出した。

闇空は少し複雑な顔で「ああっ」と答えた。



放課後。

星空は1人でゲームセンターに向かった。

今日は実行委員会が無く、おまけに金曜日だった。

その為、友達と遊びに行きたかった。しかし、今の星空に誘える友達はいない。

闇空とは絶交した。雅は、中間テストの結果に危機感を持ち、学年末テストの準備に専念しているため、誘えない。

仕方ないので、1人で遊ぶことにした。

と言うわけで、2人と遊ぶときには行きにくいゲームセンターに行くことにした。

中に入ると、クレーンゲームのコーナーを歩き、目当ての筐体を探す。先週、星空の好きなアニメのサプライが出たので、それを探す。

人気のアニメだけあり、筐体はすぐに見つかった。運よく先客もいない。

星空は近くの両替機まで早歩きで向かい、今日の予算の2000円を百円玉(だんがん)に変える。硬貨投入口の横に百円玉(だんがん)の塔を2つ築き、準備が整ったところで後ろから声を掛けられた。

「少しいいかしら?」

優しく丸みを帯びた少女の声。それ故に、声だけでは誰か分からなかった。

後を振り返ると、そこには新月 虚が居た。今日の新月 虚からは指すような威圧感は出ていなかった。

「何?」

星空は不機嫌な声を出しながら、百円玉(だんがん)を財布にしまった。

「闇空について、あなたと話がしたいのよ。別にゲームしながらでもいいわよ」

「私、クレーンゲームは得意じゃないから、邪魔者のいないときに集中してやりたいの」

星空は新月 虚を睨みつけて、ゲームセンターの外へと向かう。新月 虚ろもそれについて行く。


2人はゲームセンターの近くにある公園に来た。空いているベンチの端に星空が座り、隣に(かばん)を置く。

新月 虚はもう片方の端に座り、星空のカバンの横にカバンを置いた。

「私を付けて来たの?」

星空がドスの効いた声で先制攻撃をする。

「いえ。正門で出待ちはしていたわ。

 でも、来なかったから、諦めて書店に行こうとしたの。そしたら、偶然ゲームセンターに入っていくあなたを見つけたのよ」

新月 虚は穏やかな口調で受け流す。

「ふーん。あっそう。でっ、話って何?」

星空は蔑むように新月 虚を見る。

「闇空とは最近どう?」

新月 虚は星空にひるまずそう聞いた。

星空はその問いに般若のような形相を返した。星空の表情に、新月 虚は答えを悟った。

「そうよね」

新月 虚の目線が地に吸い寄せられていく。

「へぇ。心配なの?」

星空は棒読みでそう言う。

「当たり前でしょ。友達なんだから……」

新月 虚はそう返す。星空は奥歯にぐっと力を入れる。腹立たしい。

「いいわよね。2人は友達同士で……。

 私は闇空の事を親友だと思っていたのに、闇空は私の事何とも思ってなかったのよ。

 ただあなたの為だけに側にいたんだって。

 そんな惨めな私と何を話しに来たの」

星空は怒りと嫉妬と一緒に抑揚まで押し殺した声で呪詛を唱える。

「なるほどね。闇空らしいわね」

新月 虚は独り言を溢してため息をついた。

「闇空らしいって何よ?」

星空に独り言を聞かれていた。

新月 虚はこれを好機とばかりに、話し始めた。

「星空さん。

 あなたは闇空の親友なのだから、わかるでしょう。

 あの子は真面目過ぎるのよ。

 そんな自分を覆い隠して不真面目なふりをしているけど、根っこは何も変わっていない」

 新月 虚はゆっくりとした動作で星空を見た。星空は「何が言いたいの?」と返す。

「闇空は、星空さん、あなたと友達でいたかったのよ」

「……そんなの嘘よ。

 私は闇空本人に友達じゃないと言われたの」

「そうでしょうね。

 闇空にとってそれはただの自分の願望で、義務に反する行動だからね。

 闇空は悪い意味でも真面目でしょ。だから、何よりも自分の義務だと思っていることを果たすことを優先してしまう。

 今回、あの()にとっての義務は、私に情報を流すことだった。そんなあの()にとって、あなた達と友達になることは、義務に反した行為で、私への忠誠を覆す行為だったのよ。

 だから、あの()はあなた達と友達になってはいけないと思い込み、自分にそう言い聞かせ続けたの」

新月 虚は立ち上がり、星空の前に立った。片膝をつき、頭の高さを下げ、星空を見上げた。グッと握り固められていた星空の両手を取る。

「星空さん。

 闇空はあなた達の事をいつも楽しそうに話していた。

 闇空は3人でいる時間がとても大好きだったの。

 そんな大切な時間を失い、無理に『それでよかったんだ』と自分の感情を覆い隠して笑っている闇空を私は見ていられないの。

 星空さん。

 あなたもそうでしょ。

 それに、闇空が私に情報を流していたのは、すべて私が指示したことなの。闇空は何時も嫌そうな顔をしていた。闇空は何も悪くないの。

 私があの()の忠誠心につけこみ、いいように利用しただけなの。金輪際こんなことはしない、あの()を利用するようなことはしないと約束するわ。

 だから、あの()が自分にとって本当に大切なものに気づけたときは、もう一度あの()の友達になってくれないかしら」

新月 虚の黒く澄んだ穢れのない瞳が星空を見つめる。星空は新月 虚の手を優しく振り払い、立ち上がった。

「少し感情の整理をさせて」

星空はカバンを手に持った。

「感謝するわ」

新月 虚は膝をついたままそう返した。

星空は公園の外へと歩き出した。星空が居なくなると新月 虚も立ち上がった。



目覚まし時計が起床の時間を告げる15分前。闇空の体内時計は目覚めの時間を告げた。土曜日だからと言って目覚めの時間が乱れることはない。

闇空はヘッドボードの上の文庫本へと手を伸ばした。目覚まし時計が鳴るまでは読書をして過ごす。なってからは、数学の問題集を行う。

朝食の時間になると、1階に下り、朝食を終えるとまた数学を再開する。それから、30分程度数学の勉強をすると学校へ行く準備をする。

休日でも自習室は解放しているので、学校へ行くのだ。

準備が整い、家を出ようとしたタイミングで、新月 虚からメッセージが来た。

『今日暇?』

『暇です』

『なら、私の家で勉強会しない?』

『分かりました。10時ぐらいに行けばよろしいでしょうか?」

『ええ』

今日は学校ではなく、新月 虚の家へ向かうことになった。


新月 虚の部屋、座卓に2人向かい合って座り勉強会をする。

午前中は、闇空が得意科目を新月 虚に教えた。昼食は2人で外に食べに行き、午後からは新月 虚が闇空に得意科目を教える。

3時頃になると、虚母がおやつを持ってきたので、休憩をとることになった。

「星空さんとは、まだ仲直りできていないんでしょ」

新月 虚は煎餅を一口大に割りながらそう切り出した。

「絶交しましたので……もう無理です」

闇空は気にしない振りをしてお茶をすする。

「それでいいの?」

「私の友達は虚様だけです。星空さんとはただ情報収集の為に……」

闇空は煎餅を口へと運ぶ。その顔を見て、新月 虚は口へ運ぼうとしていた煎餅を小分け袋に戻した。

「闇空。

 もう一度、星空さん達の仲へ戻りたいんでしょ」

新月 虚は闇空の瞳へと目線を据えた。闇空の煎餅を持つ手が一瞬止まる。

「闇空。あなたにとって、3人でいる時間はとても大切なものだったんでしょ」

新月 虚はそう語りかける。闇空はため息をつき、煎餅を小分け袋に戻す。

「そうですね。ですが、それが間違いだったんです。

 私には、虚様という私なんかにはもったいない程の親友がいます。それなのに、他の子と仲良くしたいなんて言うのが高望みだったのだと思います」

闇空は穏やかな口調を装ってそう言った。

「そんなことないわよ」

新月 虚は沈みゆく空気を軽くしようとわざと明るい声を出した。闇空はそんな新月 虚から顔を背ける。

「虚様。

 私は虚様の(ライバル)と仲良くしようとしてしまったんです。そんなのが許されていいと思いますか?」

「別にいいわよ。

 私と満月 雅はライバルであって敵ではないわ。仲も悪いわけではないし」

「……」

「それに、私は親友(あなた)支配(コントロール)するようなことはしたくない。あなたの交友関係はあなたが決めればいいわ」

「……」

「許されるなら、星空さん達と仲直りしたいんでしょ」

「はい」

闇空は顔を背けたままそう認めた。

「ですが、仲直りなんて無理です。

 私は星空さんを裏切ったのですから……」

闇空は無理に笑うのを辞めて、そう付け足した。そんな闇空に向けて、新月 虚は良く研いだ鋭い声を出した。

「ねぇ。闇空。

 星空さんにちゃんと謝った。

 星空さんに仲直りしたいって伝えた?」

「……」

闇空は何も答えない。

「してないんでしょ?」

「はい」

「何で?」

「私には虚様さえいれば十分だと思っていたからです」

闇空は両こぶしをぐっと握った。

「それは勘違いよ。

 もう、いや、初めからわかっていたでしょ。

 あなたにとって、星空さん達は私同様に大切な存在になっていたのよ。

 だから、星空さんにやり直したいって言ってきなさい」

「はい。ですが、星空さんは私のこと、許してくれるでしょうか?」

闇空は無意識に入れた力にこわばり、震えながら新月 虚を見た。新月 虚はそんな闇空を安心させるように優しい声を出した。

「あなた達はお互いにとって必要不可欠だったのよ。星空さんもそのことに気づいているわ。

 何か条件は出すかもしれないけど、きっと許してくれるわよ」

新月 虚はやっとまだ1欠片も食べれていなかった煎餅を口へと運んだ。

「はい」

闇空も煎餅を口へと運ぶ。



ピンポーン。

日曜日の午前10時頃。

星空の家のインターホンが押された。

星空は特に気にすることなく、部屋でアニメを見ていた。その為、玄関には母親が出てしまった。下の階から母親が誰かと話す声が聞こえる。しかし、星空はアニメに夢中でそんなもの気にかけていなかった。

しばらくすると、2つの足音が星空の部屋へと向かってきた。

星空はそれでもベッドに横になったままアニメを見ていた。

「数多。お友達が来たわよ」

母親がいきなり扉を開ける。

「ノックぐらいs」

星空は母親の方をみて固まる。

母親の後ろには1人の少女がいた。母親が言うには星空の友達である。でも、それは雅でなければ、闇空でもなかった。

あろうことか黒白 麗音だった。

黒白は母親の後ろに隠れる様に立ち、星空の様子を窺っていた。

星空はベットから起き上がった。そして、黒白を睨みつけそうになる。

そこで、母親の姿が視界に入り、無理矢理笑顔を浮かべた。

「お土産のロールケーキを切ってくるわね」

黒白の本性を知らない母親は、その言葉と黒白を置いて、一階へと下りた。

母親が居なくなったので、星空は笑顔をしまい、黒白を睨みつける。

「ピアノの練習は?サボったの?」

「先生に急用ができたので、来月中頃まではお休みですわ」

黒白は俯きがちに弱々しくそう答える。

「入りなさい」

星空はため息をつく。

「えっ。いいんですか?」

黒白は顔をスッと上げてそう答える。玄関だったらまだしも、母親が通してしまった以上追い出せない。

星空は「いいわよ」と答えるしかなかった。

黒白の頬が少し上がった気がした。だから、「別に許したわけじゃないから」と吐きたした。

「はい。分かっています」

黒白は恐る恐る部屋の中へと入った。

星空は嫌々座卓を出し、片側に距離を置いて座った。黒白は申し訳なさそうに、もう片側に正座した。

「普通に座りなさい。私が正座させているみたいじゃない」

「すみません。家の和室では正座なので……」

黒白はそう弁明しながらも脚を崩し、横座りになる。

『さぞ、育ちがいいんでしょうね』

星空は心の中で舌打ちをする。

「でっ、何しに来たの?」

黒白にいち早くお帰りいただくために、本題を切り出させる。

黒白はスカートの裾をギュゥと握り締めた。そして、黒白は小さく息を吸って、躊躇いがちに、かつ、遠慮がちに言葉を出した。

「星空さん。私なんかが口を出すのはおかしいと分かっています。ですが、言わせてください。

 闇空さんの事を許してあげて欲しいんです」

黒白はそう言い終わると頭を下げて防御形態になった。

「何であんたなんかに言われなきゃいけないのよ」

星空は威嚇するように両手をつき、机から乗り出した。黒白は更に頭頂部を盾にする様に更に頭を深く下げる。

運悪くそのタイミングで母親が入って来た。

「どうしたの友達に大声なんか出して」

母親が星空を睨みつける。

「ごめんね。うちの数多が……」

母親は他所行きの笑顔で、黒白の前にロールケーキとコーヒーを差し出す。黒白は「大丈夫です」と気を遣った笑顔を見せる。

そして、自分の娘には何も言わずに、娘を叱る時に浮かべる笑顔で、ロールケーキとコーヒーを置いた。

母親が出ていくと仕切り直しとでも言うかのように、星空はコーヒー、黒白はロールケーキに口を付けた。

黒白がデザートフォークを置く。

「私が言うのはおかしいと分かっていますわ」

黒白はさっきの続きから切り出し、言葉を続ける。

「ですが、そんな私が口を出したくなる程に、星空さんは哀しそうなんです」

星空はカップを置いた。カップとソーサーがぶつかるコットッという音が威嚇するように響く。

「哀しい?……あんたなんかに何がわかるの?」

星空は凍った水面の様に冷たく硬い声を出し、黒白を突き放す。

「星空さんが幸せかどうかぐらいは私にもわかります」

黒白は今度はしっかりと星空の顔を見てそう言った。

星空は眉間に力を入れ、黒白を威嚇する。黒白は目に力を入れて星空に食い下がる。

「あんたなんかに分かるわけなんてない。それに、分かられたくもない」

星空は黒白から目を逸らす。

「すみません」

黒白は伏し目がちに謝り、言葉を続ける。

「卑怯者の私はただ償いたかっただけなのだと思います。

 私は自分の過ちに気づいた時からずっと星空さんの幸せを願ってきました。私が理不尽に奪ってしまった分も取り返して、星空さんがもっと幸せになることを願ってきました。

 そのために、もしも私なんかに出来ることがあるならと星空さんの事を陰から見守ってきました。

 だから、わかるんです。星空さんが幸せかどうかが……」

「……」

星空はコーヒーへと口を付けた。長い話で冷めてしまったのか、酸味を強く感じる。

その複雑な酸味は何なのだろうか?自分を嘗て貶めようとした黒白への怒りなのか?自分の罪に向き合おうとしている黒白への同情なのか?黒白を許そうとしない自分への嫌悪なのか?

良く分からなかった。だから、言葉に困った。

星空がカップを置くと、黒白が話を続ける。

「そんな私から見て、闇空さんといるときの星空さんはいつも幸せそうでしたわ。

 星空さんにとって、闇空さんは唯一気を遣わずにいられる一番大事な親友だったんですよね」

「……」

星空は視線を下げた。

闇空との思い出が溢れて来る。

最初は雅との間にいつの間にか割り込んできた気に入らない奴だった。中間テストのときに2人っきりで勉強会をして少し打ち解けた気がした。そこから、少しずつ仲良くなって、2人で出かける様になっていった。そして、気が付けば親友になっていた。

それなのに今は……。

「星空さん。闇空さんと仲直りするべきですわ」

黒白なんかの言葉が心に響く。星空は力強く顔を上げた。

「そうよね」

星空は黒白なんかの言葉に同意をした。

星空をずっと陰から見て来た黒白だ。自分の役目が終わったことを察した。

「すみません。そろそろピアノの練習時間なので失礼します」

これ以上星空の視界に自分と言う有害物質(そんざい)が入らなくていいように、立ち上がり扉の方へと向かった。

「星空さん。幸せになってください」

黒白はそう言い残して星空の部屋を出た。星空はそれを見送らなかった。


星空は黒白が居なくなると、黒白が持ってきたロールケーキに初めて口を付けた。時間が経ちパサついていた。でも、包み込むような優しい甘みがした。

「『許す』かぁ……」

星空は折り合いのつかない心情を独り言として吐き出した。

読んでくださりありがとうございます。

面白いと感じて頂けたなら、次回も読んでいただければ幸いです。

次回は4月26日に投稿する予定です。


[お知らせ]

今回は闇空が中心の話でした。

もし「虚ろな月とルールの檻」を読んでくださっている方がいるなら、気づいていたかもしれませんが、「虚ろな月とルールの檻」の主人公は1年生の時の闇空でした。もし、読んでいない方で新月 虚と闇空の間に何があったか気になった方は読んでいただけると幸いです。


[次回予告]

次回が文化祭準備の最後の話になります。

星空と闇空の話に決着が着きます。

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