夜ご飯と
「…あの、ゲーム以外では私もおかしなことだと思いますわ。でも、こうなって来るのなら皆さんに言っておかなければならない事があります。」律子は、穏やかだがよく通る声で言った。「実は、私は自分の事を偽っておりました。実際は誰かと別れたとかありませんし、歳も実際はもっと年上で、非日常を求めてという理由でもありません。これに参加したのは、久しぶりに人狼ゲームを皆で楽しみたいと思ったからです。私は、何をするのか問い合わせて人狼ゲームをすると先に知っておりました。なので、これに参加したのですわ。それ以外には興味もありません。あの、男女の事とか今、間に合ってますので…ゲームに集中して欲しいです。」
間に合っているってどういう意味?
皆は思ったが、相手が居るということだろうか。
よく見ると、律子の指にはいろいろ指輪が嵌まっているのだが、左手の薬指にも、しっかり銀色の輪が嵌まっていた。
他の指輪とごっちゃになって、分からなかっただけだった。
「…あれ」陽太が、それに気付いて、言った。「もしかしたら、律子さんって結婚してるの?」
律子は、苦笑して左手を握った。
「…はい。だから間に合ってますの。」
だったら言い寄るとかまずいなあ。
寛と健は驚いた顔をしていたが、あからさまにガックリした顔をした。
芙美子は、勝ち誇ったようにパンパンと手を叩いて言った。
「はいはい!じゃあもうこの話は終わりね!」と、悠斗を見た。「あなたもだけどね。気を付けてよ?しっかりしてよ?」
悠斗は、渋い顔をしながらも頷いて、香織を見た。
香織は、どうしたのか関係ないという風な顔をして、横を向いている。
悠斗は戸惑ったようだったが、香織はそれから、悠斗とは少し距離を取っているように見えた。
そうしてそのまま、またグレーの人達の話を軽く聞いた。というのも、皆がなんだか気もそぞろで、集中力が完全に切れてしまっていたのだ。
なので昼の会議は、グダグダになって終わったのだった。
陽太は、今夜は何を食べようかなあとキッチンへとぶらぶらと入って行った。
朝、昼と出来合いの物を食べていたし、夜ぐらいは何か作るか、と思って材料を見ていると、藍が入って来た。
「あ、陽太!ここに居たの?」と、玉ねぎを手にしている陽太を見て、目を輝かせた。「何か作るの?」
陽太は、頷いた。
「まあ、ちょっとだけカレーでも作るかなって。みんなの分じゃないぞ?まためっちゃ野菜切らなきゃならないから。でも、そうだな、太成と保と大和と…五、六人ぐらいなら食べられるかな?ルーひと箱分作るつもりだから。ほら、牛筋とかあるし、これを圧力なべで一気に煮込んでカレーにしようかって。」
藍は、うんうんと頷いた。
「大丈夫。誰にも言わないから。見つけたら食べてもいいよってことだよね?」
陽太は、頷いた。
「そうだよ。じゃあ藍は、米炊いてくれる?」
藍は、頷いた。
「うん。このおっきい炊飯器の使い方覚えたから大丈夫だよ。」
藍は嬉々として米を軽量カップでザカザカと計って、米を研ぎにかかる。
陽太はそれを見て、自分もジャガイモを洗い、ニンジンの皮をむいてせっせとカレー造りを始めた。
圧力鍋というのは有能だ。
あっさりと30分ぐらいでカレーが出来上がってしまい、炊飯器の方が米を炊き上げるのに時間が掛かっているようだった。
炊飯器の前で藍と一緒に話をしながら待っていると、太成が入って来た。
「陽太、ここに居たのか。」と、鼻孔を広げた。「めっちゃ良い匂い~!カレーだあ。」
完成を上げる太成に、陽太は頷いた。
「そう。藍が米炊いてくれてね。でも、人数分作ったんじゃないから、みんなに言うんじゃないぞ。残ってたら食べてくれていいからってことで。オレ達の分が無くなるしな。」
太成は、頷いた。
「うん。でも保さんと大和さんが探してたから、来るんじゃない?」と、振り返った。「あ、ほら。」
二人が、郷と芙美子も連れて入って来た。
「わあ~マジ?カレー?」と、芙美子は鍋を見た。「でも、あんまりたくさんじゃないよね。」
陽太は、慌てて言った。
「ルーひと箱のつもりだったけど、二箱分作ったんだよ。それでもこれだよね。絶対全員分はどうにもならない。だって20人だし。」
「1、2…」大和が、数を数えている。「今七人居るよ。多分いける。余る余る。」
芙美子が、言った。
「律子さんも居るの!呼んでいい?」
良いと言ってないが、芙美子はそこを出て行く。
郷がそれを苦笑しながら見送っているのを見て、藍が言った。
「芙美子さんは律子さんが好きなんだね。」
郷は、頷いた。
「そうみたいだ。なんか話を聞いてもらって、気持ちが軽くなったとか言っててな。あのお嬢ちゃんは落ち着いてて穏やかでおっとりしてるだろう?中身はしたたかそうだが、表向きな。だから芙美子はすっかり律子律子で。」
大和が、言った。
「郷さんは、芙美子さんから告白されて付き合う事にしたんですか?」
郷は、ハッハと笑った。
「オレみたいなおっさんに。でもまあ、どうせ船を降りるまでのことだろうし、その間だけでも一緒に居てやることにした。ここで会ったから良く見えてるだけなんじゃね?熱に浮かされてるようなもんだから、この仕事が終わったらこんな日雇いのおっさんなんか見向きもしないさ。」
おっさんと言っても、郷は47で芙美子は36だ。
芙美子はそんな薄情な性格ではないように思うのだが、どうだろうか。
そこへ、丞が入って来た。
「おお、ここにいっぱい居た。会議は7時からだからな。投票ルームで。」と、鍋を見た。「お!カレーじゃん!」
藍が、鍋を守るように言った。
「駄目だよ!もう順番決まってるの。ここに居るみんなと芙美子さんと律子さんが入れた後、きっと残るからそれ食べて。20人分はないから。」
言われて、丞は神妙な顔をした。
「分かった。これだけあったら残りそうだし待ってる。」
そこへ、芙美子と律子が入って来た。
「律子さん連れて来た!カレー食べるって!」
律子は、フフと笑った。
「まあ久しぶり。こういう家庭的なカレーってなかなか食べられなくて。」
律子は、嬉しそうに鍋を見ている。
陽太は、やっと米が炊きあがったのを見て、言った。
「…お。ご飯ができた。じゃあ順番にカレー入れてってね。セルフサービスで。残ったら誰でも食べて良いってことで。」
「こっちに福神漬けあったわよね。」
芙美子が言って冷蔵庫を開けている。
「別にどっちでもいいじゃねぇか。そっちのたくあんでもオレは別にいいけど。」
郷が言う。芙美子は、頬を膨らませた。
「駄目。私は福神漬けが好きなの。」
一気に狭くなったキッチンの中で、皆が皿を手にご飯を入れてカレーを掛けてと行ったり来たりと騒がしくなり、作った陽太と藍は、早々に皿を手にキッチンから出たのだった。
みんながカレーを持って出て来たので、外に居た人達もパッと顔を輝かせた。
「カレー作ったのか?」
そう聞いて来たのは、悠斗だった。
太成が、言った。
「陽太がね。でも、人数分はないからカレーを食べたいなら早く行かないともう無いかもしれないよ。悠斗はさっきご飯どうするって聞いたのに、返事しなかったじゃないか。」
どうやら太成は、キッチンへ来る前に悠斗に声を掛けていたようだ。
悠斗は、慌てて言った。
「あの時は考え事してて。キッチンに行って来る。」
そうして、離れて彩菜と話している香織に声を掛けに行っていた。
香織は、美しい眉を寄せて首を振り、彩菜が何やら悠斗に返しているのが見えた。
カレーを食べながら、藍が言った。
「…なんかあれから香織ちゃん、悠斗に冷たいよね。悠斗の片想いだったのかな?」
太成が、頷いて小声で言った。
「多分。悠斗から一方的だったのかな。みんなの前であんな風に言われて、香織ちゃんも嫌になったのかもしれない。」
律子さんみたいに、自分はそうでもないのに、皆から責められて嫌になったのかもしれない。
藍は、言った。
「まあ、香織ちゃんってかわいいし、別に悠斗でなくてもいいんじゃないかな。」辛辣な言葉に驚いていると、藍は続けた。「だってそうでしょ?こんな場所だから、誰かに頼りたくて寄って来たら守ってもらえるかなって拒絶しないかもだけど、悠斗のあの様子だと守ってもらえるかなんて分からないじゃないか。それこそ、丞さんとか永人さんとか、しっかり発言するタイプの方が頼りがいがあるように見えて来るよ。郷さんが言ってたでしょ?芙美子さんが自分を好きだって言うのはこんな場所だからって。郷さんのほうがよっぽど見えてるよね。」
言われて見たらそうかも。
陽太は、思いながら項垂れてキッチンへと一人で向かう、悠斗を見つめた。
「でも、これからは分からないよな。」陽太は言った。「悠斗が良いヤツだって分かったら、また話すようになるかも。」
「試してみる?」藍は、意地悪げに言った。「僕さあ、そういうの見透かすの得意なんだ。今、村の大部分に真占い師だと思われてるのは陽太だろ?香織ちゃんとしては、陽太の方が利用価値があると思うよ?だって、相方だと思ってもらえたら村に意見を落としてもらえて、真置きもあり得るかもと考える。だから陽太と仲が良い僕が、こっちで一緒にご飯食べない?って誘ったら絶対来るよ。賭けてもいいよ。」
そんなに小狡い子だろうか。
陽太が半信半疑で顔をしかめると、藍は立ち上がった。
「まあ、見てて。」
そうして、彩菜と二人で離れた場所で話している、香織に近付いて行ったのだった。




