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中途半端な存在16‐1

 


 競技場の外は、内側に比べて静かだ。

 加えてぼくが今来た場所は競技場の影となって暗い。じめっとした空気も漂っている。



 そこの木陰で彼は眠っていた。

 いや、正確にはぼくに眠らされたまま放置されていた


「休め」ということは言っていたものの、捨てられた子供が目が覚めた時に誰もいないという状況にならないで済んでよかったと胸を撫でおろす。


 元凶が何を言っているんだって話だが、かといって彼を起こして自然に人目のつくところに戻す余裕は、デアーグとの試合前には無かった。



 正直、今が冷静かって質問にも首を横に振れる。

 さっきなんてもう、試合の名残で感情が暴走しきって緑の異端者がいるにも関わらず、デアーグに不満をぶつけた。

 その時の『傷ありがとう』で頭真っ白になって、そのあと水で顔を洗って幾分か落ち着いてはいるが、今も余裕ではない。


 今だって、ぼくはカイと顔を合わせることが出来ず困っていたから、思い出したようにここに来たのだ。


 カイの前で今は上手に取り繕える気がしない。

 正解を選べる気がしない。

 どんな顔をすればいいのか分からないから、こんなとこに来たのだ。


 少年、ヘススの暗い茶色の髪はもたれかかっている木と近しい色をしている。今は閉ざされている目も開けば、木の葉と同じ色をしているだろう。



 彼は割と童顔低身長気味な緑系統の血が入っているのもあって元から幼く見えやすい。

 でもこうやって眠りという何にも影響されない状態だと、本当に暗い場所には不似合いなぼくの一つ下の少年だと実感させられる。




 ……ほんと、ぼくは酷い奴だな。


 ぼくは、ぼくを慕っているこの少年をカイに会わずに済む理由として起こすんだから。


「ヘススくん、おきて」


 ぼくの呼びかけに、ぱっつんぎりになった前髪の下の瞳がゆらりと開く。


 開いて、すぐにはっとしたように見開かれる。


「エル様! その怪我どうされたんですかっ、すみませんボクなんで眠って――」

「落ち着いて。君はぼくに眠らされたんだよ。そのあとちょっと色々放置しちゃってごめんね」



 起きて早々、ぼくなんかを心配しないで欲しいな。

 そう口から出したくなるが、この子相手には無駄だと分かっているので、気をそらすようにする。



「なるほど。エル様がボクを眠らせたのならそれが正解なのでしょう。ですが、エル様。お怪我をされているようですが、どいつの仕業ですか? お守りできていないボクでも、犯人を殺すことくらいはできますので、やらせて下さい」


 殺すって、この子は何を言ってるんだ。ぎょっとしてその目を直視するが、緑色の瞳はどこまでも澄んでいて嫌になる。


「そんなことしなくていいよ。武闘大会でなったやつだし、カイに比べればこんなもの……」



 そう、カイに比べればぼくは軽い打ち身や擦り傷で済んでるのだ。

 だって、デアーグだ。しかもある程度理性のある状態のデアーグだ。ぼくには大怪我は負わせたりしない。



 そう、ぼくには負わせたりはしない。

 でもカイはデアーグにとってはただの邪魔な存在だろうから。あの時、もしあの緑の異端者がカイを吹っ飛ばしてくれなかったらどうなっていたことか。


「つまりデアーグ様が犯人なんですね。ではデアーグ様を殺しましょう」

「え」


 思考を飛ばして考え込んでいたら、ぶっ飛んだ発言をされ思考が停止させられる。


「デアーグ様が今回、エル様も、エル様が大事に思っているカイさんを傷つけたんでしょう。じゃあいらないじゃないですか」

「い、いらない?」

「はい、エル様を悲しませる存在なんてこの世に存在していい筈がないです」


 当然のことのように言ってのける少年の緑の目は、フェイスに劣らず真っすぐで正直気圧されそうになる。

 でも、これは気圧されている場合じゃない。


 発言だけでも聞かれたら、一応平民という設定になっているヘススじゃ、不敬罪か殺人予告かで処刑されたっておかしくない。

 貴族だとしてもデアーグよりは格下の出だと思うから、危険だ。



「ちょ、ちょっと落ち着いて。デアーグは侯爵子息なんだよ……」

「はい、ボクは処刑されますね。でも、ボクはあなたの幸せの糧となって死ねるなら本望です」

「何を言ってるの……」



 発言だけじゃ済ますつもりじゃない。実際に実行しようとしている。

 しかも、その代償である自分の命すらも軽く扱ってくる。そんな彼の様子にぼくは寒気を感じ、腕をさすりながら一歩足を引いてしまう。



「そう複雑に考えないで大丈夫ですよ。デアーグ様はエル様にとっていりますか? いらないですか? いらないならぼくが排除します」

「い……いるよっ」


 すぐにでも実行しに行ってしまいそうな彼に慌ててそう口にする。


「どうしてですか。あの方は貴方の意の沿わない行動ばかりしますよ」

「それでも……いるよ」



 試合後のカイの様子を覚えているにも関わらず、ぼくはデアーグという存在を否定しきれない。


 そんな自分に嫌気がさすけど、いらないと言えば確実な間違いとなるし、いらないと言えるような立派な奴でもない。いらないなんて言う方が問題だ。



 デアーグ自身にも告げた「嫌い」という感情が嘘なわけでもない。

「嫌い」だよ。彼のことが「嫌い」だ。



 いつだって、ぼくの大事な存在をぼくを守るためと言って害する。凶暴でヒステリックで手が付けられない。そういうところが大嫌いで仕方ない。




 だけど、彼も昔はあんなんではなかったんだ。



 彼が嫌っていたぼくのお母さんと、おしゃべりする日は遊べないと告げても、むすっと顔はするもののぬいぐるみを抱きしめて頷くくらいには寛容だったんだ。


 村の子供たちと遊んだ時の話も、真面目に聞いていくれるフェンリールの隣で興味なさそうなフリをして、その次の日には同じような遊びをしてくれたんだ。

 かくれんぼなんて二人で上手く出来るはずもないのにね。



 優しかったし、多少は良識があったんだ。



「デアーグはぼくを傷つけたい訳じゃない。むしろぼくのことを大切に思ってくれてるよ。ただそのやり方が過激なだけで」

「本当にそうですか? 理不尽な出来事から自分自身を守るためにデアーグ様をよくみていませんか。言葉で自分を好きと言ってくれるからと事実にもやをかけていませんか」

「……君に何が分かるっていうのさ」



 分かる筈がないんだよ。

 ぼくが嫌っている部分は、彼だけの責任じゃないんだよ。その責任は僕にもあるだなんて。



「多少は分かりますよ。理不尽に慣れた人間が抵抗をやめて理不尽を受け入れる……あなたのデアーグ様への慈悲は、洗脳から来ているものですよ」


 ほら、浅い。

 ぼくとデアーグでなければ、赤の人間でなければヘススの言葉は正しくなるかもしれない。でも、違うんだよ。



 ヘスス君は、赤の貴族の血を引いているとはいえど、流石に能力までは無い。

 それもそうだ。能力が発現してたらもう少しきちんと家に管理される。


 ……そういう話だとあの身体能力で緑の家がここまで放置してるのはおかしいのだけど、まあ大雑把な緑だからな。



 でも、ぼくという人間を恐れず、盲従するのを放置してはいけないな。



「……洗脳ね。ヘスス君、確かにそれはあるかもしれない」

「そうでしょう!」

「だけど、されているのは誰かな?」

「だ、だれ?」

「デアーグがぼくを洗脳できる訳がないんだよ。ぼくはデアーグぬいぐるみを見て何も影響を受けたことがないんだから。ぼくはデアーグに眠気を誘発させることが可能だけどね」



 ここまで言えばいいかなと様子を伺うが、ヘススは無表情だ。彼の生来のものだろうが、考えが読みにくい。事実しか口にしてはいないが、少し勘違いされるように工夫した。


 暗い影の中、生暖かい風が吹く。


「エル様がデアーグ様を洗脳したと? ありえないですね」

「え」

「そうしたならデアーグ様は、エル様にとってもっと都合が良い存在になってる筈です。あの方はエル様にとって都合が悪すぎる」



 確かに思い通りにデアーグを操ろうだなんてことはしていない。していないけど、だからといって――っ⁉ 


 今、木の枝が遠くで揺れた音がする。この音、小動物の類じゃない!



「まだフェンリー「ヘスス、人が来るから世間話にしようか」


 今日はへまをしてダックス君には貴族関係の人間だと察されたが、彼の性質としてそれを広めるような真似はしない。

 まだこの距離なら、会話の内容は向こうには聞こえてない筈だ。




 だから、ぼくもヘススも普通の平民のフリをしろ。




「エル先輩、試合お疲れ様です。治療しに行かなくていいんですか?」

「心配ありがとう。でも、ぼくのは軽傷だからなめとけば治るよ。カイみたいな怪我負った子の方を優先して欲しいからさ」


 木と木の上を飛び移ってるな、緑の異端者か? 


 いやでもあいつはそれなりに身長があるから、もっと枝がしなる音がする。


 そうなるとオリス様か? テレル様はあんま妙な行動をしないし。

 けど、オリス様は確か今、緑の異端者とデアーグと試合だ。

 さっき、すれ違った平民寮の子たちが「次の試合でオリス様がカイをボコボコにした奴らをボコボコにしてくれればいいのに」って言ってた。




 そんな試合中に誰がぼくらに用があるっていうのだ。


 じゃあ、誰? 近づいてきてる。一般人にしちゃ行動がおかしすぎる。




 あ、今、木の側面を思い切り蹴った。


「ヘスス!」

 気を付けるように声をかけた時には、もう遅い。




「そういえばヘススと言ったか、こいつは」


 深緑色にも見えるその髪の持ち主は、顔面の蹴りを防御したヘススの腕をまた蹴って、くるっと回転して着地する。




 左目下にあるツタのような痣や感情が見えにくい無表情は、こう近くで見るとやっぱりヘススそっくりだ。


 そう、ぼくはこの人物を見たことがある。




 ざあっと風が吹き、木の葉が落ちる。


「まあ、うちの面汚しが遊んだ結果の名などどうでもいいが」


 シャムロック・トルンプフ・ヴァルダー、緑の侯爵子息だ。



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