39 助けてくれ
他人からの期待には気付けた。
オレの根幹の仲いい奴と穏やかな日々を過ごしたいという願いにも気づけた。
でも、他人にとっての自分の価値の重さには気付けてなかった。
ずっとずっと周りのみんなはオレのことを大切に思ってくれてたのにな。ずっと心配してくれてんのにな。
気づいているつもりだったんだ。
けど、オレが弱いからだとか、自分の力量不足に転換しちまったりさ、
優しいからと相手の人格のおかげだと変換しちまったりさ、
素直に受け取れなかったんだ。
自分へ向けられる負の感情だけ増幅させてたんだ。100の励ましや声援があったとしても、1の貶しで全部聞こえなくなってたんだ。その他も深読みして周りに責められてる気になってたんだ。
オレが思っている以上にオヒメサマという嘲笑的な意味を含まず、ただカイ・キルマーという平民の少年を、期待だけじゃなくて、人として大切にしてくれる人がこんなにもいるのだ。
『だけど、おれ自身もおれのこと大切にしなかった。それはきっとおれを大切に思う誰かもおれと同じ思いをしてた』
オレがエルが苦しんでいるのを見て悲しいように、オレが傷ついて悲しんでいる人がいんのにさ。
いつもオレがエルに不満に思っているようなことを、オレも周りにしていた。
「ごめん……」
「っ次似たようなこと会ったらお前の貯金箱全部割るっ!」
「おう、ごめんな」
なんとかそう謝罪を口に出せば、ゼーグは「けが人なのに手荒に扱って悪かったな」と手を放す。
椅子に座りなおしたゼーグが、自分を落ち着けるように深呼吸する。
「で、何しに行こうとしたんだ?」
「へ?」
急な質問にオレは間抜けな声を出す。
「あんな怪我でもどっか行こうとしたんなら用事があったんだろ? 怪我人のお使いくらいはやるぞ」
組んだ足に頬杖を組んだ体制は気だるげなのに、めっちゃ親切なんだけど。
「え、いや……いい」
でも、その申し出は断ることにする。
だって、他の平民の奴ならともかく、エルとゼーグはあんま関わったことがねぇ。
あと……ダックスの奴がエルのことをあんまよく思ってねぇみたいだから。
「どうせジングフォーゲルを探しに行くとかだろ」
「へ?」
「図星か。人探して呼びつけるくれぇ簡単なこと出来ねぇと思われんのは心外だな」
にやっと笑う元同室者になんて言えやいいのか分からず口ごもる。
その様子を見て、ゼーグはわざとらしくため息を吐いて首を横に振る。
「はあ~ぁ、カイ君はどうしていつも図々しいのに、肝心な時には人を頼るのは下手なんですかねぇ」
わざとらしい皮肉めいた行動と言動は、いつものゼーグっぽい。
でもその内容には今は腹が立つことはない。むしろ正しくて納得させられる。
ああそっか、エルに言えたこっちゃねぇや。
オレも『助けて』が言えてねぇや。
今回の件だってそうだが、以前の先輩の事件の時だって、オレは周囲に助けを求めることが出来なかった。
貴族が絡んでるからさ、他の平民の奴らを巻き込んじゃいけねぇと思ってさ、抱え込んでさ、そんで苦しくなってた。
思い悩んでるときに、無理に平気なふりをしてさ、自分にも周りにも大丈夫だって言い聞かせてた。
でもよ、結局いつかはボロが出るし、限界もある。
そん時、どうにかなっていたのはオレが誰かに助けられていたからだ。
助けても言えないオレを誰かが見かねて助けてくれてんだ。
先輩の事件の時は、デューター現寮長と黄の令嬢が、
今回はダックスやオリス様、他にも色々な人にオレは助けられている。
今だってこうやってゼーグがオレに頼ってもいいと教えてくれている。
「うん」
「うんって、お前素直に頷くんじゃねぇよ。調子狂うだろ」
「だって普段図々しい癖に肝心な時に頼り下手なのは合ってからよ。なるほどなってさ」
赤と黄のあのやばい奴らが言う通り勿論、最初から他人に頼って甘えりゃいいってもんじゃねぇよ。
でもよ、あいつらのは多分極論なんだ。
その極論を鵜呑みにするくらいには、オレの視野は狭かったよ。
オレは友達が一人で苦しんでたらその嫌だ。
もし気づかない内に潰れてしまったら、なんで気づけなかったのかとなんで助けられなかったのかと後悔するから。
助けてって言ってほしいし、なんか暗い顔してんのに気づいたらオレの出来ることはしてやりてぇ。
だから、テレル様があんなに望んでいた試合の放棄をオリス様にさせたくなかった。
だから、オリス様がテレル様との色々で思い悩んでいる時に必死に本心を伝えたんだ。
だからエルが抱え込んでるもんがなんかはしらねぇが、助けてって言えるようにしてやりてぇんだ。
そうオレが思うように、オレが苦しんでいる時に、オレの助けになりたいと思ってくれてる人がいんだ。
赤と黄のあいつらはそれに甘やかされていると言うかもしれねぇ。
でも、誰もが完璧にやっていける訳ではねぇから、皆抱え込んぢまったら、皆苦しいだろう。
そんな風に思考がすっきりしたもんだから、オレは今滅茶苦茶、素直だった。
「開き直って肯定すんじゃねぇよ。やり辛い。……軽口叩かず真面目に返答する時点でお前、相当疲れてんな」
げっそりとした顔で突っ込むゼーグがなんか面白い。
「おうよ、めっちゃ疲れた! 体痛ぇし!」
「そんな明るく不調を訴えるな怪我人。んで、その怪我人がすべきことはなんだ?」
こういうのも失礼だが、普段はオレと同じレベルの地味なゼーグが今はめっちゃイケメンに見える。
「休む! でもエルをとっ捕まえて話してぇんだよ。あいつ放っておくとすぐに抱え込んでどんよりすっからよ」
「どんよりしてて、あのブープに試合前心配されてたやつが他人のこと言えんのかよ」
「な、なんでそれを……」
予想外の返しをされ、戸惑う。
「あのブープに隠し事出来ると思うか? なんか唸ってたからきいた」
「……」
が、答えを聞けば納得する。うん、あのブープだもんな……。
「特別だの凡人だのどーだかほざいてたみてぇだが。少なくともボクは人を貶めたり痛めつけたりして喜ぶような性をもってなけりゃ、どっちでも構わねぇよ」
「いや大体の奴がそんな趣味もってねぇよ……」
苦しんでる姿を見るのが愉悦なんてよっぽど歪んだ性格してんだろ。
あと痛がってるの見ると、自分もなんか痛い気分になるくね? ほら、大怪我した話を上手に話されると悲鳴上げたくなるし……もしかして、オレその流れで怖い話も苦手なんかな。
つーか、前にエルも同じこと言ってたな。
「いるんだよ世の中には屑が。ボクだって嫌いな奴には溺死しちまえって思うし。てかお前、試合でこんなんにされてよく言えるな」
「あ……」
ボロボロの姿を指摘されて言葉につまる。
う、うん、今回のこれはほとんどの人間が貴族の悪趣味でボコボコに苛め抜かれたって感じだからな。
いや別にオレも流石にこんなんされたし、エルも思い切り傷ついただろうから、あの二人については良い感情持ってねぇよ。
流石にあんな攻撃的な連中どうでもいいと思えるほど、オレは底抜けの心の広さは持っちゃいねぇし鈍感でもねぇ。
けど、なんつーか。
「……でも、なんかあいつらの喜ぶとかと違う気がする。少なくとも黄の貴族に感じたような気味悪さはなかった」
「はぁ?」
「いやマジで。黄色の奴は嘲笑ってる感じだけど。きんきら頭も赤の奴も癇癪起こして泣いてるガキみたいだった」
「……んなこと分析してんのか」
「ひくなよ」
げぇっていう考えがまんま顔に出てる友人にそう突っ込みを入れる。
「……ジングフォーゲルを探して連れてくればいいんだよな」
「おう、お願いします……ありがとな」
話ずらしたなと思いつつも、有難い申し出にオレは感謝する。
正直、この体じゃオレ探している途中にぶっ倒れてまた誰かを心配させて、怒られるのが目に見える。
「別にこんくらい手分けすればすぐ終わるし。どうせブープもダックスも暇し――どうした?」
灰色髪の友人の名が出た途端、引きつったオレにダックスが素早く反応する。
「ダックスか?」
「お前、なんでそんな察しがいいんだよ」
「いやダックスがジングフォーゲル苦手なんだろうなっていうのは知ってるし」
……ダックスの奴、そんなゼーグにもバレルくらいエルのこと嫌いなんか。
なんでなんか知らねぇが、そんなに嫌いならゼーグやブープがエルに関わるのも嫌がりそうだ。
それに、ブープは美形が苦手だし、ゼーグもエルと話したことないだろう。
こういうのもなんだが、エルとオレの元同室者達は友達の友達で、よくてお互い存在を知ってるくらいだ。探して見つけても気まずいかもしれない。
「正直、ボクもジングフォーゲルは何考えてのかわからないから苦手意識はある」
そう平民の友人はすっと茶色の目を伏せる。
やっぱりな。
エルに失礼かもしれねぇが、よく知らねぇうちはそんな印象になったっておかしくねぇ。でもな。
「あ、あの、エルは悪い奴じゃねぇぞ」




