表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

事件を終えてからの宴


 数日後、最低限に補修された屋敷の箱庭で宴が行われた。

 アガトの関わった冒険者、商人、事件で活躍した兵たちが招かれてている。



「……なるほど。いささか滑稽な話であるな」


 歓待の途中で旅の経緯を聞いたニベア伯爵は一息ついた。吟味するように感想を漏らす。


「しかし、あの奇跡の御業(みわざ)を目の当たりにして受け入れぬわけにはいかぬ。女神殿自らが花園を育んだことには感謝の意を表している」

「もっと誉めて崇めてもいいのよ」

「うむ。貴女様に敬服の意を表して、僭越ながら支援を尽力させていただきたい。たとえばその、100億ゴールドの収支を得るという目的に我が輩の財を提供……」

「その必要はないわ」


 ノーマはきっぱりと断った。女神でありながら酒はまだ早いとのことで果汁で乾杯している。

「臣下が稼いだ金でこそ価値があるのよ。金持ちから無償で恵まれるのは違うでしょう?」

 ズルはよくないわ、と。だから商売という形でアガトが金を貰うために彼女は動いたのである。



「出過ぎた真似であったな」

「そんなことはありません。庭園の復興だけであれほどの金額をいただいてしまい恐縮の限りですから」


 なんと、ニベア伯爵は即金で2億ゴールドもの報酬を用意してのけた。

 提示された際にはそこまで受け取るのは……と辞退しかけるも「長い時間とそれに我が輩と庭師たちの想いを考慮すれば値する」と説得によって謹んでいただくことにした。ノーマは有頂天だった。



「それどころか、商業ギルドでの商会登録の推薦状まで一筆いただけるとは」

「件の探偵として依頼を請け負う間柄顔が広くてな。余所の町で商いをする上で役立つことだろう」



 商会を立ち上げれば他の町で商売を始める際にも融通がきく。自分のブランド商品などを開発してみるのも悪くない。

 ただし長年の業績などの信頼によって商業ギルドや貴族といった権威者から認められることが条件とされており、男爵の口添えでそれも叶うこととなった。


 それを契機に他の場所でも商いを行う方針を固めた。岩塩の卸売りだけでは100億ゴールドという目標にはほど遠いからだ。


「商会の命名についても要望に沿ってもよい。ガイウス商会のように創立した者の自らを名義とすることも珍しくはないが」

「アガト商会、というのはいささか顕示欲が増しているようでご遠慮したいですね。少々検討してみようかと」

「それなら相応しい名前があるわ」



 アガトの商談用の衣服を指さして女神ノーマが言った。具体的には左胸のシンボルを。それは山羊の角が果物と花に満たされているようなデザインがあしらわれていた。


「アンタの袖に付いているそのマーク、豊穣の角(コルヌコピア)でしょ? すなわちあたしの司るありがたい象徴よ!」

 ノーマ・コルヌコピアと名乗る少女が持つそれは、神話にもなぞらえられた角であったと。


「そう、なのかい? 凄い偶然だね、知らなかったよ」

「だからこれからアンタの立ち上げる商会はコルヌコピア商会でどうかしら!? あたしのために儲ける商会なんだからピッタリでしょう?」

「うん、まぁ、いいんじゃないかな。不服はないよ」

「決まりね! ありがたく名付けてどんどん稼ぐのよ!」



 それからご機嫌な女神がごちそうへ向かって立ち去った後、ニベアは話を振ってきた。

「我が輩も気がかりにはしていたのだ。通りすがりの商人にしては、その衣服は高価すぎる」


 指摘にアガトは息を止める。


「案ずるな、盗品だと疑っているわけではない。貴族には家名を表すシンボルが往々にあしらわれているのだ。我が輩たちの世界では身元をぶら下げるのと等しい。存じていなかったのか」

「……あしからずながら」

「であろうな。そなたは貴族との駆け引きに慣れた様子はなく、気質からしても庶民の育ちだ」


 グラスの中のワインを揺らしながら伯爵は続ける。

「そこで豊穣の角の意匠がある家系をあたってみたのだが、見事にあてが外れた。今や存在しない貴族(・・・・・・・・)であったからだ」

「そこまで把握なされていたのですね」

「調べずにはいられぬのが探偵稼業の悪い癖ではある」


 お恥ずかしながらと彼は打ち明ける。

「没落したわたしの家系……ダイモーン家は父の代から家名を取り上げられたもので、その唯一の財がこれになります」

「ではそなたは一族の復興を目指して──」

「その使命は既に潰えましたよ」


 アガトは首を振った。自分は既に失敗した人間だった。

 彼女(・・)に拒絶された時点で父から押しつけられた悲願はもう絶たれているのである。

 ふと、脳裏に結えられた赤髪の女剣士の姿がよぎる。



(……ユースティア。君は今も夢を追いかけられているのかい?)




 一方では同じ夜空の下、デナリウス王国の城でも社交界が開かれていた。

 シャンデリアが吊された大ホールには優雅な演奏が響き渡り、上流階級の人間たちが閑談にふけっている。



「本日は聖剣殿がお伺いになったと聞いてはいたが、よもやこれほど若いとは」

「とても冒険者には見えないお嬢さんだこと」

 貴族の中で鮮烈な赤のドレス姿で目立っていたのは、女剣士ユースティア。この国での活躍により聖剣使いの名で知れ渡っていた。

 その首には髪や服装と同じ色合いでありながら、この場には不釣り合いな安水晶の飾りを提げている。


 出席にあたって仕立屋には別のものに変えたほうがいいと促されたのだが彼女は断固として身に着けることにした。


「噂はかねがね耳にしている。私は──」

「かの聖剣とお会いできて光栄です。是非詳しくご活躍のほどをお聞かせ──」

「実は貴殿に紹介したい者がいるのだが──」

「どうかね? また日をあらためて──」

「折り入ってご相談が──」


 顔も知らない人たちが名乗っては挨拶を求め、なんらかの約束ごとや縁談の取り付けなどを結ぼうとやってくる。

 物珍しさ。政治的な策略。どんな腹積もりで近付いているのかは定かではない。


 言われたとおり愛想笑いを繕い、言葉遣いに気をつけて、謹んで辞退を申し入れる。それをひたすら繰り返す。

 しかし、次から次へと彼女に殺到する様は、まるでキリのない魔物の群れを相手にしているようで限度があった。


「聖剣殿? 一体どちらへ」

「申し訳ありません。何分このような集まりには慣れていなくて少々空気に酔ってしまって。外の空気を吸って参ります」


 城下町を展望できるバルコニーへと移動する。灯りを点けた市民の営む夜景を眺めていた。

 半年前ユースティア一行は優秀な戦力としてこの国に腕を買われて招かれた。

 その筈だったのに、何故かこんな場所で貴族や王族の真似事をする羽目に遭っているのが不服以外のなにものでもなかった。


 長いテーブルにところ狭しと用意されたご馳走の数々も彼女の心を揺さぶらない。冒険者生活ではお目にかかることはなく、こんな機会があと何度あるのかもわからないというのに。


 そんなものよりあのマッシュルーム入りの手作りミートローフの味が恋しくて、もう口にすることはできないのだと思うと気が滅入る。



「辛抱が足りませんね」

 背後からの声に、振り向きもせずユースティアは答える。


「私はコネ作りのためにデナリウスへきたわけじゃない」

「お気持ちはわかりますが、今夜集まっている方々は《柱の悪魔》を討伐するためにあたっての大切な出資者。我々が不自由なく闘えているのも彼らの恩恵に与られるからですよ。もう少し愛想よくなさらないと一介の冒険者を招いた国王陛下の面目が丸潰れです。もっとも、貴女がそう我が儘に振る舞えるのはそれだけ戦力として内包しておきたいという思惑があってのことでしょうけれど……聞いていますか?」



 言葉で諫めようとするのは『銀葬の剣』のパーティメンバーである魔術師サーダン。目が覚めるような美男子の容姿に加えて貴公子然とした装いに、抜け出してくるまで淑女たちの熱い視線は彼に釘付けであった。

 しかし彼女は夜空を眺めてどこ吹く風の様子。



「まだ彼のことを気にかけているのですね」

「……」

「あの時点でパーティからアガトさんを切ったのはお互いのためにも賢明な判断であったと思いますよ。いずれにせよこの国の戦争にあたって王からもお荷物として爪弾きにされていたことでしょう」


 そうした判断へ至るのに彼女の私情があったことはサーダンも熟知しており、その意志を尊重してユースティアを補佐している。


「それとも彼女の脱退がやはり気がかりになりましたか?」

 だが、もう一人のパーティメンバー……獣人の戦士職であるティグに関しては違った。


 これまでの依頼の請負とは異なり、国お抱えの騎士と結託しての討伐作戦を行うことに前々から不満を漏らしていた。

 隊列を乱すな。指示通りの動きをしろ。被害を考慮して深追いするな。など、行動を縛られることがなによりも耐え難かったらしい。



 まるで首輪をかけられているようだと評し、ついには先日、置き手紙を残して姿を消してしまった。

 しかしデナリウス王国にとってはあくまで『聖剣のユースティア』が重要で他のパーティメンバーはおまけに過ぎず、立ち去ろうとどうでもいい扱いである。


 もしもアガトが騎士とティグの仲を取り持ってくれたのなら、彼女は脱退を踏みとどまっていたかもしれない。ふと浮かんできた希望的な観測をユースティアは首を振って霧散させた。


「あの子には此処での戦いが肌に合わなかっただけ。私に引き留める権利はない」

「その通り。だから貴女はどちらに関しても気に病む必要はありません」


 美青年の魔術師は彼女の中で芽吹いていた不安の種を摘み取るために魔法の言葉をかける。


「ご安心ください。たとえアガトさんがついてこられず、ティグさんが立ち去ろうと、わたしは貴女のもとからいなくなることはありませんから……わたしの力を必要とする限り、ね」

「サーダンにはいつも助けられてばかり」

「お礼の代わりならば淑女の微笑みを所望しますよ」


 ユースティアはキザったい台詞を吐いた彼にほんの少し笑みを取り戻す。



 どこにいて誰といようと己のやることは変わらない。《柱の悪魔》と闘い、人類の平和を取り戻す。それこそが自分に課せられた役目である。

 他ならぬ聖剣に選ばれ、そのような神託を受けたのだ。



(アガト、全部終わったら私は貴方に……)

 

次回更新予定日9/19(土)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ