決闘
視点は秋元に戻ります。
俺は、いつも通りフラフラな歩き方をして、フラフラと家に帰ってきた、はずだった。
でも、運命的に、ポケットにナイフを忍ばせてあった日に限って、こういうことが起きるんだ。
「戦いたいなら、俺が相手になるよ。だからその銃を捨てろ、秋元。俺と……決闘をしろ」
慎重に、言葉一つ一つ、選びながら発する。
しかし。
「何言ってるんだよ!」
秋元は目を丸くして、まるで向日葵の花のような純粋な笑顔で語り出す。
「敵がいないのに、ナイフを握ったってしょうがないじゃないか!」
「……は?」
今まさに銃を握って他人の家に忍び込んだ人間が言うセリフにしては不気味すぎる言葉だった。全く似合わない。彼の表情は言葉よりはるかに明るかった。
まるで俺が殺しにくるのを、待ち望んでいたかのように。
「悠一くんは、何かを勘違いしてるのかな? うん、きっとそうだよね、だって僕達は、敵同士にすらならないよ。君と戦っても、負ける気がしないんだ。どうせ勝つとわかっているのだし、そもそも僕に、君と戦うべき理由はないだろ?」
秋元は、銃を呆気なく足元へ放り捨てる。
ガッ、という音と共に、銃は床へ落ちた。
「そんな、俺はお前を……殺しに来たのに……。俺は、殺そうと、したんだぞ……?」
許せない。
こいつは俺が、殺そうと思っているのに。
こいつは、殺されることをなんとも思っていない。
「なら、今すぐ殺してくれよ」
ナイフの柄を持つ俺の右手に、秋元の左手が触れる。挑発的だが、そこに一切の殺意が見えない。
むしろ、秋元は囁きかけるような好意的な声色で、それが余計に俺の焦りを募らせた。
「っ……!らああああ!」
苛立ち、蔑み、嫉妬。自分の中の暗い感情を、全てナイフに乗せるようにして、秋元目掛け振り上げた。
「……」
一瞬だけ。
秋元の表情から、何もかもが失われる。時間が止まったようにも感じる。フェイントなのか、それとも、彼のスイッチが切り替わる瞬間なのか。そのまま、するりと秋元は上体を揺らし、俺の直情的なナイフを躱した。
カシュ、とナイフが地面に線を描く。
「秋元ぉ……」
「フフッ」
不敵な笑い声をこぼしたその直後、秋元の右腕が俺に向かって伸びてきた。
真正面から不意にやってきた現象に、動揺で心臓が跳ね上がる。
ヘラりと口元がだらしなく歪み、目眩を起こした。
まずい、このままでは殺される。
秋元の腕が俺の首筋へかかる。
ギリギリと力がこもるのを、ただ耐えていた。
少しだけ、このまま死んでもいいのではないか、という考えが脳裏によぎる。
ふいに。
秋元が口を開く。
「なってみろよ。人間に」
秋元の腕が急にほどけて、俺は、地面へ開放される。
「痛てぇ!おい、何だよ急に!」
見下ろされる形になって、彼の間抜け面を下から眺めていると、なんだかこの状況が馬鹿らしく思えてきて、感情の振れ幅が下がっていく。
落ち着きを取り戻してから、秋元が答えを待っていることに気づく。
秋元の表情は、先程とは違って、少し悲しんでいるようにも見える。
これがこの男の素なのかもしれない。だとしたら、俺の見立ては、やはり誤っていたのだろうか。
「俺は……人間にはなれない。なぜなら、もう既に俺は、人間だからだ」
秋元の先程の訴えに、俺は毅然と釈明をする。
それを聞いた秋元は、スタスタと台所に戻り、置いてあった銀色の丸い器からコップへ中身を移し替えると、軽く口をつけ飲み下し、そのまま俺の元へやってきて、俺に向かってコップを突きつけてきた。
「ミルクシェーキ、うまいぞ」
正直、意味がわからなかったが、秋元があのまま殺せたであろう俺を、こんなふうにほったらかすような真似をする時点で、彼に悪意があるわけではないのは確かだったし、口をつけたということは、毒が入ってるわけでもないだろう。
俺は秋元に差し出されたものを、素直に飲んでみる。
「……」
ろくに冷えていないし、氷も入っていない。ぬるぬるとしていて、後味もなんとも言えない酸味のようなものが残る。
「甘ったるい。精液を飲んでいるようで不快な気分だな」
「わかってないな、それがいいんじゃないか」
秋元はヘラヘラ言ってのける。
こんなものを飲まされるくらいなら、普通に水をくれよ。
というか、ここは俺の家だぞ。
俺による、俺だけの、俺のための欠陥住宅だぞ。
「やりたいことがあるんだ。そのために、とにかく金が必要なんだ。君だって、わかるだろう。この世界は理不尽だ。金がなきゃ、何も出来ないさ。君と戦って遊ぶのも楽しいけど、まあ、君を殺してもお金にならないからね」
何を言い出すかと思えばまたこの手の話か、もう聞き飽きた。
いい加減、こいつは俺が潰さなければならない。
夢見がちで、料理も下手くそで、決闘の場面ですらヘラヘラ笑いやがるような、気の抜けたクソ野郎、その上、暴力的に金を求める。
どうしようもない功利主義のこの男が、早く破滅するところが見てみたい。
こんな腐りきった人間は、俺が破壊しなければならない。
「なら俺は、金のない世界を作る」
「えっ?」
「今、決めたよ。俺はお前が息のあるうちに、お前が、楽に息ができる世界を作る。金がない世界なら、お前は羽を伸ばせるんだろ? お前の鎖を、俺が解放する。お前が、俺を殺さない限り、お前は俺に勝てないよ。俺が理想の世界を作って、お前を解き放ち、改めてボコボコにしてやる……。俺は、お前に、勝つ!」
コップを秋元目掛けて投げつける。
「……そうか、がんばれよ」
彼はコップをひらりと躱し、真正面の玄関を通って帰っていった。




