118. 春の妖精
本日短めです。
「あの、本当にやるんですか……?」
「当たり前であろう! 演出が大事だと言ったのはリリーではないか! ドドーンと神っぽくド派手に登場するのだ!」
いや正確には、言ったのは私じゃなくてレオン兄様……。
昔、土産話として聞かせた領地の村の結界を復活させて回っていた時の話が、何かハーリアルの琴線に触れたのか、どうやらずっと覚えていたらしい。
ここは選定式の会場である音楽堂の裏手。人目につかない場所で人型に戻ったハーリアルが、ド派手に登場したいと先程から強く主張している。
神っぽくって、神様本人なのにそんなこと考えるんだ……。
華やかに見えるインスタの舞台裏を見てしまったような微妙な気持ちになったが、本人はやる気満々だし、この作戦にはカインも賛同しているので、私は気を取り直してハーリアルから貰ったリボンを握る手にぎゅっと力を込めた。
「わかりました……。いきます」
リボンに全力で魔力を込めれば、それはすぐに三又の槍へと変化し、空に暗雲が立ち込め雷の音が鳴り始める。
つまり、ハーリアルはケラウノスを発動したときに勝手に出てくる雷雲と稲光を、自身の登場の演出として使おうというのだ。
ケラウノスを打たずに魔力を込めるだけならば、倒れるようなこともないし、地面に穴も空かないだろうと。
「よし、行ってくる!」
ハーリアルは元気よくそう言うと、雷の柱が乱立する暗い空に高く飛び上がっていった。
何事もなく無事に選定式を終えられるといいけど……無理かなぁ。
教皇から審査の権限を奪うのは予定していたこととはいえ、ハーリアルの様子に一抹の不安を覚える。
小さくなっていくハーリアルの背を見つめながら、式の成功をただ祈るほかなかった。
ハーリアルは、当初の目的である隷属の魔導具のことはすっかり忘れ、クラウディアたちの歌をただ純粋に楽しみにしているようだった。
以前宣言していた通り、魔導具を手に入れるためにクラウディアを贔屓して神の乙女に選ぶようなことはしないだろう。
実は、もしクラウディア以外のどちらかが選ばれた場合、神の乙女に正直に事情を説明して、隷属の魔導具をレプリカと交換させてもらえないかと交渉することになっている。
ユーリの提案で、タイガーリリー商会のつてを使って、既に本物と遜色ないほどの高品質の素材でできた模造品が完成している。
まだハーリアルやクラウディアには知らせていないが、これは確実に隷属の魔導具を回収するため、そして、もしクラウディアが選ばれなかった時に自分を責めてほしくないという思いからのことでもある。
クラウディアの努力は隣でずっと見てきたのだ。これ以上はないというほど、がんばってきたのを私は知っている。
勝敗に関係なく、後悔のないように舞台を終えてほしい。
がんばれ、クラウディア……!
それに、これは私の自惚れかもしれないけれど、真摯に話せばきっと耳を傾けてくれると思えるだけの信頼関係を、ベアトリクスとアガーテとは構築できていると思っているのだ。
ハーリアルが客席に降りて行ったのを確認して、ケラウノスを解除する。
会場内に急いで戻ると、そこはカオスな雰囲気に包まれていた。
審査員長の席に座ったハーリアルはウキウキと楽しそうな様子で式の開始を急かしているし、自分の席を奪われた教皇は顔を真っ赤にして悔しそうにしながら一般席に座っているし、その他の観客はシンと静まり返りながらも、チラチラとハーリアルの方を気にしている。え、神様? ホントに? 自分、ここにいていいの? という心の声が聞こえてくるようだ。神様の前でザワザワ騒ぎ立てるわけにもいかず、黙って混乱しているに違いない。
観客の皆さん、ごめんなさい。これも平和な世の中のためなんです。許してください……。
本番になってしまえば私のやることはもうないので、ハーリアルの様子を気にしつつ客席に座り式の開始を待つ。
ステージ上ではオーケストラ隊が配置につき、最後に入場した指揮者が客席に向かってお辞儀をし、静まり返っていた会場に拍手の音が響き渡った。
いよいよ、選定式の始まりだ。
オーケストラによるゆったりとした優しい音楽が流れ出し、舞台袖から淡いピンク色のふんわりとした衣装を身に纏ったクラウディアが現れた。
緊張からか、クラウディアの表情は少し硬いように見えたけれど、その第一声はのびやかで、一気に世界観の中に引き込まれる。
『四季の宴』は四季の妖精が、それぞれの季節の訪れを喜び祝福する歌だ。
クラウディアの役割は春の妖精。
可憐で可愛らしい彼女にぴったりだと思う。
クラウディアの歌声は、少女らしい儚げな繊細さを感じさせつつも、それでいてどっしりとした安定感もあり、安心して聞いていられる。
これは、地獄のデュッケズブートキャンプによって発声の土台である肉体を鍛えた賜物だろう。
そしてその表現力も練習当初と比べて格段に進化していて、まるで会場全体が春の陽気に優しく包まれているかのようだった。
ほぅ、と観客の誰かが感嘆の息をついたのが聞こえる。
先ほどまではハーリアルに気を取られていた観客たちが、今はうっとりとした様子でクラウディアの歌に聞き入っている。
ハーリアルもうんうんと頷きながら満足そうだ。
観客は皆、クラウディアの歌に感動しているようだけれど、彼女がこの短期間の間にどれだけの成長を遂げたのか知っている人間は少ない。
ステージの上で堂々と歌い上げるクラウディアは、自信に満ち溢れていて、まるで内側から光り輝いているように感じて、熱いものがこみ上げてくる。
横目でレオンの様子を伺うと、ポカンと口を開けて舞台を見つめ呆然としていた。
君なら神の乙女に選ばれてもおかしくない、なんてかっこよくキメていたのに、クラウディアがここまでの成長を遂げるだなんて思ってもみなかったのだろうか。それとも、ステージ上で輝く彼女を見て、これほどまでに魅力的な子だったのだと初めて知ったのだろうか。
ふふん、逃した魚は大きかったんじゃないですか、レオン兄様?
初恋の痛みも己の糧として、クラウディアは美しく成長した。
この、可憐で頑張り屋さんな春の妖精は、なんと私の側近なんだぞーと全世界に自慢して回りたいほど誇らしい気持ちになった。
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