116. ホットミルク
あとがきに大事なお知らせがあります!
お菓子パーティーの後、案の定夕ご飯が食べられなくてイングリットに呆れられてしまったけれど、叱られるようなことはなかった。
すっかり夜になってしまったが、クラウディアを励ました後にレオンの相手をすると言ってしまったので、さすがにもう解散しただろうと思いつつ一応談話室に向かうと、信じられないことに室内にはレオンたちがまだいた。
ソファでウトウトした様子のレオンにしなだれかかられているユーリと目が合い、心臓がドキッと音を立てた。
「ああ、クラウディアの方は、もういいの?」
どんな態度をとったらいいか迷っていた私とは違って、ユーリの方は少し草臥れた様子ではあったがいつも通りの調子で話しかけてきた。
「すっかり元通りとはまだいきませんが、少しだけ元気を取り戻したようでした。こちらの方は大丈夫でしたか?」
「兄上に絡まれて、すっっっごく、疲れた。信じられる? ホットミルクしか飲んでいないのに、まるで酔っぱらいみたいだった。兄上の好物をたくさん用意してこの部屋に運ばせて、兄上の側近達と皆でご機嫌を取って、ようやくさっき大人しくなったところなんだ」
「そ、それはお疲れ様でした……。レオン兄様のお相手を押し付けたような形になってしまって申し訳ありません」
「いいよ、別に」
ユーリはげんなりした様子でソファに深く沈みこんだ。もうほとんど寝ているレオンの位置がずれ、少し身じろいでいた。
こっちの部屋でも、やけ食いパーティーが開かれていたのか。
むにゃむにゃと寝言のようなことを言っているレオンを見て、今日は彼の珍しい表情をよく見る日だなぁと思った。
レオンの寝顔を観察していると、おもむろにユーリが立ち上がった。
自身に凭れかかっているレオンが倒れてしまわないように頭を支え、そーっとソファの下ろしていた。口ではめんどくさそうにしていても、ユーリのこういうちょっとした優しさが、私は素敵だなと思うのだ。
レオンはソファに横になる形になったが、そのまま動かず寝息が聞こえてきたので本格的に寝入ってしまったらしい。
「ちょっとここで待ってて」
ユーリは一言そう言うと、談話室から出て行ってしまった。
「?」
レオンとは別のソファに腰かけてしばらく待っていると、ユーリが湯気の立ち上るカップを手に戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「……これは?」
差し出されたカップを受け取ると、中身はホットミルクのようで優しくて甘い香りがした。
「兄上にせがまれて、淹れ方を覚えたんだ。結構うまく淹れられるようになったから、リリーもよかったらどうぞ」
「ありがとうございます」
カップに口をつけると、ほんのりした甘さが口の中に広がった。
「おいしいです」
「そう、よかった」
感想を素直に伝えると、ユーリは嬉しそうに柔らかく笑った。
……よかった。このままユーリと気まずくなってしまったらどうしようかと思った。
もしかして、ぎくしゃくしないように気を遣って、あえて普通にしてくれてるのかな?
やっぱり、ユーリは優しいな。
ホットミルクは淹れた本人のように優しい味がして、本当に美味しかった。
これまでもホットミルクは飲んだことがあるけれど、ユーリが淹れてくれたものはもっと味に深みがあるような気がするし、体も、心も、ポカポカと温かくなってくる。
なにか特別な隠し味でも入っているのだろうか。
「もう少ししたら兄上を回収して部屋に引き上げるから、リリーもそれを飲み終わったら、部屋に戻って眠りなよ」
「うん、そうするね」
このポカポカした気持ちのままベットに入ったら、とてもいい夢が見られそうな気がした。
「……リリーはさ、学園を卒業したら、どうするか考えているの?」
ホットミルクをちびちびと舐めるように飲んでいると、先程と変わらない穏やかなトーンでユーリに質問された。
「どうするって?」
「この先の目標とかさ」
「目標は、そりゃあFIREでしょ」
「ふぁいあ??」
「うん。そのために、事業を立ち上げたりして、がんばってきたんだもん」
あれ……?
私、今、何をしゃべった?
FIREのことはユーリには言わないつもりで、言うにしてもどういう伝え方をしたらわかってもらえるかたくさん考えなくちゃって思っていたはずなのに……。
なんだかふわふわして、靄がかかったみたいに頭が上手く働かない。
「ふぁいあって、具体的にはどうするの?」
「えっとねぇ、まずは自然が豊かなところに、小さくてもいいから私だけの城を手に入れてー、白い子猫を飼ってー」
「城は……まぁなんとかなるか」
「うん?」
「なんでもないよ。それより、白い子猫って、ミル?」
「そうだよ」
「ミルとはもうずっと一緒にいるのに、ずいぶん不思議な言い方をするんだね」
「だって、ずっと憧れだったんだもん」
なんだかとても楽しい気分になってきて、側にあったクッションをギュッと抱いてソファに深く沈みこんだ。
「ふぅん。それで、その後は?」
「朝はゆっくり起きてー、日当たりがいいところでコーヒーを飲みながら本を読んだりー、お散歩したりー、のんびり暮らしたいんだ。あと、たまに旅行に行ったりもしたい」
「うん、わかった。……自然が豊かなところって、どのくらい? 領都の街のはずれくらいでも大丈夫そう?」
「ふふん。実はねぇ、ハーリアル様の棲み処にお家を建てられないかと思ってるんだよね」
「棲み処って……ハーリアルの森の奥深くにあるっていう?」
「そうだよ。あそこ、キラキラしててとっても綺麗なんだよ。ハーリアル様にはまだ何も言ってないから、勝手に思ってるだけなんだけどねー」
「そこって、魔力濃度が高すぎて、人間には毒なんじゃなかった?」
「魔力量が少ない人にとってはそうみたい。でも、私やミルにとっては、むしろ、調子が良くなるくらいで……」
「……そう」
ユーリに聞かれたことを頭で考える前に、返事がポロポロと口から零れ落ちる。
あれ? 今、何の話をしてるんだっけ?
なんか、すごく眠い。
眠くて眠くて何も考えられなくて、どこか遠くに聞こえるようなユーリの声をBGMにして、静かに瞳を閉じた。
ソファに横たわり、頬を桃色に染めて、気持ちよさそうにすよすよと寝息を立てるリリーをユーリは見ていた。
ふと、背後に人の気配を感じて振り向くと、リリーの実兄であるカインが立っていた。
目の前の男は気配を消すのがうまいから、今こうして自分に気付かれたのはたぶんわざとなのだろう。
カインは、鋭い目つきでユーリを睨みつけていた。
「リリアンナ様に、何を飲ませたんですか?」
ユーリはつき刺すような殺気を感じ、敵意がないことを示すためホールドアップして一歩リリーから離れた。
カインは本当に、リリーに仇なす者には誰であろうと容赦がないのだ。
「薬なんて盛っていないよ。よく眠れるように、ホットミルクにブランデーを数滴たらしただけ」
「それだけで、こんな……?」
カインは訝しげにしているが、自分だって驚いているのだ。
まさか、リリーがこんなにお酒に弱いとは知らなかった。
不意打ちを食らわせたみたいで申し訳ない気持ちもあるけれど、自分にとっては幸運だったと思う。
普段リリーが心の奥底にしまって表に出さない本当の望みを、聞き出すことができたのだから。
さて、今得た情報を踏まえて、これからどう行動するべきか……。
「?」
殺気をしまったカインが、まだ自分をジッと見つめていることに気が付いた。
「なに?」
「一時休戦といきませんか?」
「……どういうこと?」
「リリアンナ様の望みなら何でも叶えて差し上げたいですが、ハーリアル様の棲み処に移住することだけは、諦めてもらわなくてはなりません。そのような場所では、護衛騎士も、側仕えも、誰もついていくことができないではないですか」
「そんなの、僕だって阻止したいに決まってる」
「……誰かと共にあるという未来を、何故かはじめから選択肢から外してしまっているリリアンナ様の考えを改めることができる者がいるとしたら、それはユリウス様以外ありえないと思います。大事な妹が誰かのものになるのは、非常に業腹ですが」
「それって褒めてるの……?」
「貴方の執念だけは、認めてもいいと言っているのです。どこの誰とも知らぬ馬の骨に任せるよりは余程いい。私も協力いたしますから、なんとかリリアンナ様を落として計画を変更していただきましょう」
「落とすって……。まぁいいや。カインの協力なら願ってもないことだ。よろしく頼むよ」
「言っておきますが、リリアンナ様は非常に頑固ですよ。一度こうと決めたら、目標を達成するまで手を変え品を変え、突っ走るお方です。手強いですよ」
「そんなの、承知の上だよ。リリーの性格は、僕だってよくわかってる」
「なら、いいのです。では、俺たちは一時休戦し、協力体制を築くということでよろしいですか」
「うん。よろしく」
その夜、カインとユーリは固く握手を交わし、リリー移住阻止同盟が結ばれた。
【お知らせ】
異世界FIREの書籍版の発売日が決定いたしました!
発売日は2026年6月10日(水)!
イラストレーターはLINO先生です!
こちらがカバーイラストになります。
LINO先生が描いてくださったリリー、ミル、カイン、ユーリ……みんな、可愛すぎる~!!
前回のお知らせから書き下ろしがさらに増え、4万字超えとなっております!
ぜひ、発売をお楽しみに~!
また、作者のXアカウントを作りました。
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