113. 優しく抱きしめ励まして
今回はいつもより少々短めです。
「えっと、俺、今、もしかして振られた……?」
クラウディアが走り去った後、呆然とした様子のレオンが呟いた。
「た、多分……」
この場に残されたのはレオン以外には私しかいないので、居たたまれない気分で短く返事をした。
「……俺、女の子に振られたの、初めてだ……」
言葉の通り、自分が振られるとは露ほども思っていなかったようで、非常にショックを受けた顔で立ち尽くしている。
「俺の自惚れじゃなければ、クラウディアは俺のことを憎からず思ってくれていると感じていたんだけど、違ったのかな……?」
「……先ほどクラウディア自身も言っていましたし、レオン兄様の事をお慕いしていたことは間違いないかと思いますよ」
「じゃあ、なんで……」
困惑した様子のレオンは、本気で自分の何が悪かったのか分かっていないようだった。
ううむ、なんと声を掛けたものか……。
「あの、少々気になったのですが、こちらの花束はガーベラですよね? どうして、この花を選んだのですか?」
クラウディアが受け取った後テーブルの上に置かれ、そのままになっている花束を見て尋ねた。
「うん? これは、仲良くなった王都の花屋の女の子に頼んで選んでもらったんだ。女の子の間で今人気があるんだって」
え、プロポーズの花を他の女の子に選んでもらったの?
恋愛経験値がほぼゼロの私でも、それはダメだとわかるぞ!
「……クラウディアの好きな花は、フリージアですよ? 他の女の子の好きな花を渡されたクラウディアは、きっとショックだったと思います」
「え、そんなことで……?」
レオンはその程度の事で自分は振られたのか、とでも言いたげな顔をしている。
「それはきっかけの一つで、レオン兄様との未来を色々想像した結果ではないでしょうか……」
「未来を想像……?」
「……クラウディアは、結婚した後も、わたくしの側仕えを続けたかったのだそうです。それに、選定式が終わっても歌を続けたいとも言っていました。クラウディアがレオン兄様と婚約することで、そういった彼女の思い描いていた未来が変わってしまうということを、考えたことはありますか?」
「え……?」
レオンは私の言葉で今初めて思い至ったように目を丸くしている。
「そ、れは、考えたことなかったけど、でも、言ってくれれば……」
「そういうことではないのです。クラウディアとの婚約を望むのならば、きっと、レオン兄様が自ら知ろうとしなければいけないことだったのだと思います」
「そんな……」
レオンがしょんぼりと肩を落とした。
女の子に初めてフラれたことが堪えているのか、なんだか珍しくしょげている。
「なんか自信無くすな……。俺のプロポーズ、そんなにダメだった……?」
「正直に言っていいですか? 怒りませんか?」
「いや、もうすでに結構グサグサきてるから今更だよ。もう一思いに言ってくれ!」
もうどうにでもなれ、と投げやりに言われたので、正直に答えることにする。
「正直、『俺は風だ』はないと思います」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
レオンは雄たけびを上げると、両手で顔を覆ってその場に蹲ってしまった。
「酷いっ! 傷心の義兄になんて仕打ちだ!」
いや、正直に言っていいって言ったのあなたじゃん。
嘆きながら蹲っているレオンを見て、なんか誰かに似ているような、とふと思う。
ああ、そうだ。
「レオン兄様、ちょっとヴィクトール王子に似ていますね」
「ええ!? どこが!? それ絶対褒めてないよね? 勘違い王子と同類にされるのはとっても不本意なんだけど!」
「いえ、自分に自信があって、他人の事情や気持ちに無頓着なところが結構……」
「もうやめて! 傷口に塩を塗り込まないで!」
ううう……と呻き、レオンは本格的にグズり始めてしまった。
いつも堂々としているレオンのこんな姿は初めて見た。
なんでもできてしまうが故に挫折の経験がなく、意外と打たれ弱かったりするのだろうか。
レオンに憧れている女の子達がこの姿を見たら、百年の恋も冷めそうだ。
「王子は耳に痛い言葉も受け止めて、前を向こうとしていましたよ。兄様もがんばらないと」
「なんかわかってきたぞ。ヴィクトール王子にも、こんな調子で鋭利な言葉でメッタ刺しにしたんだろう。俺、初めてあの王子に心底同情する……」
メッタ刺しとは失礼な。
そこまで攻撃的な言葉を使った記憶はないぞ。ただ思ったことを素直に伝えただけだ。
……そのはず、だよね……?
「うう……リリアンナが厳しい。優しくない……」
「すみませんが、私はクラウディアの味方なので……」
「でも、君は俺の義妹だろ! 義妹ならもっと優しくしてよ! 励ましてよ!」
なんかめんどくさいな、この人……。
常に自信に溢れて余裕のあるレオンだが、落ち込むとめんどくさくなるということを初めて知った。
「励ますって、どうすればいいんですか……」
「抱きしめて。優しく抱きしめて、可哀想にって言ってよ」
「ええー……」
心底めんどくさいが、顔を上げたレオンに恨みがましい目で睨まれたので、諦めて両腕を開く。
「はぁ、今日だけですよ……」
のっそりと寄ってきたレオンがしがみついてきたので、私も腕を回してその背をよしよしと撫でてあげた。
「どうですか? 励まされましたか?」
「いや、あんまり……」
レオンの返事にイラっとして、意外と厚みのある胸板に手をついて引き剥がした。
「あの、もう帰っていいですか? 私は、レオン兄様よりもクラウディアを励ましてあげたいんですよ。今頃きっと部屋でひとりで泣いているはずです」
「うう、薄情者……」
「クラウディアを励ました後なら、相手してあげてもいいですから」
めそめそとうざったい義兄に、だんだんと遠慮というものがなくなっていく。
「じゃあ、談話室で落ち込んでるから、そっちが終わったら励ましに来てね……」
「……落ち込むときは普通、一人になりたいものじゃないんですか?」
「そう? 一人で落ち込むのはさみしいじゃないか。俺は誰かに励ましてほしい……」
このめんどくさい義兄は寂しがり屋でもあるということを知った。
「さようでございますか。では、失礼いたします」
「後でね……」
めそめそ虫のレオンと別れ、クラウディアがいるであろう彼女の部屋へと急ぐ。
……クラウディア、きっと落ち込んでいるだろうな。
カインに頼んで、何か美味しいスイーツでも用意してもらおうか。
今日ばかりはカロリーなんてものは一切気にせず、好きな物を好きなだけ食べるおやつパーティーを開催してもいいかもしれない。
事情を説明すれば、きっとイングリットもわかってくれるはずだ。
そうだ、メラニーも誘ってみよう。
そんなことを考えながら、早足で寮の廊下を歩いていると、突然横からにゅっと伸びてきた手に腕を取られ、気が付いたら近くの部屋に引き込まれて壁に押し付けられていた。
あまりの早業に一瞬何が起こったのか分からず、驚いて顔を上げると、『氷の美貌』と評される麗しい顔がびっくりするほど近くにあり、ギラギラと鋭い光を放つアイスブルーの瞳に射貫かれていた。
「さっきの……何?」
完璧に見える義兄の意外な一面……。




