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猫耳獣人


 猫耳に猫尻尾。

 望月の魔力の発露からなる魂の形は猫だった。

 例えるなら獣の特徴を持った人間、獣人のような姿になる。


「私は前、あんたは後ろ。いいわね?」

「わかった」

「よし。じゃあ、やるわよ。転校生」


 そう言うや否や、望月は高く高く跳躍した。

 かと思えば、虚空に二振りの剣が現れ、それを握り締める。


「あれが望月のスキル、刀剣工房だよ。自在に剣を造れる」


 体を捻り、その分威力を上乗せした二閃を振るう。

 それをまともに食らった魔物は一溜まりもなく、三枚に下ろされた。

 あっと言う間に一体の魔物を討伐し、望月はしなやかに着地を決める。


「凄いな、格好いい」

「ほら、そこ! 自分の仕事しなさいよ!」

「あぁ、そうだった」


 振り返って任されたほうへと視線を向ける。

 すると、すでに至近距離にまで魔物に迫られていた。

 一週間前の俺だったら慌てふためいて何もできなかっただろうけど、今は違う。

 今朝の感覚を思い出し、周囲を舞う蝶で刃を打つ。


「胡蝶刃」


 一振りの刀が完成し、すぐさまそれで一閃を描く。

 振るった軌道上に飛び込んだ魔物を一刀両断した。


「よし、ちゃんと出来てる」


 魔法使いとして確かな実感を得ながら、次に集中する。

 商店街を駆け抜けて、色々なものを薙ぎ倒して突き進む魔物たち。

 刀の間合いに踏み込んできた順に返り討ちにするべく、剣閃を描いた。

 振るうこと六度。

 そのいずれにも確かな手応えを得た。

 迫りくる六体の魔物の命を断ち、最後の一撃を振り終えて、刀身から血飛沫が散る。

 それが地面に広がる血の海に波紋を描いて、横たわる亡骸にぶつかった。


「ふぅ……」


 見渡す限りに残党はいない。

 自分の役目は果たせたかな。


「初陣とは思えない活躍だね」


 振り返ると大和先生がかるく拍手をしていた。

 その更に向こう側では腕組みをした望月がいる。


「まぁ、そこそこやるみたいね。心配してたほどじゃなかったわ」

「俺、心配されてたの?」

「そうよ、あたりまえでしょ。魔法使い歴一週間で実戦なんて危なっかしくてしようがないわよ」

「そっか、ありがとな」

「……はぁ、わかってない」


 なぜか溜息をつかれた。


「まぁ、いいわ。とりあえず魔物は殲滅できた?」

「たぶん、見える範囲にはいないけど」

「なら、今のうちに濃度の確認を――」


 望月が懐から携帯端末を取り出そうとした時、地響きが鳴る。

 反射的に目を向けた先には見上げるほど巨大な魔物が二本足で立っていた。

 獣の顔に人のような四肢、屈強な胴体は紫紺の毛並みに覆われている。

 腰から生えた長い尾は、打ち付けるだけで軽自動車をひっくり返せそうだった。


「必要なさそうね。あれを倒せば濃度は正常値に戻るわ」

「どうしてそう言い切れんだ?」

「あいつらが大気中の魔力を消費して出てくるからよ」


 思わず耳を塞ぎたくなるほど大音量の咆哮を上げ、魔物は俺達を睨み付けた。

 大きく息を吸い、吐き出すように、巨大な火球が放たれる。


「躱して、反撃!」


 望月の指示に従い、互いに別々に回避を行う。

 軌道上から対象がいなくなった火球はアスファルトの地面に着弾し、その地点を破壊した。

 どろどろに融けてマグマみたいに煮えたぎっている。

 まともに喰らっていたら骨も残らない。


「こんのっ!」


 商店街に並ぶ店の壁面を蹴って跳び、いち早く望月が剣を振るう。

 二閃を描いて浴びせた剣撃は、しかし魔物の硬い角によって受け止められた。

 同時に突き上げるようにして弾き上げ、硝子の天井に望月を叩き付ける。


「望月!」

「自分の心配……してなさい!」


 忠告通り、魔物の意識がこちらに向かう。

 その拳を握り締め、叩き潰そうと振るわれた。

 それを転がるように躱して事なきを得て、道路を砕いた拳に足を掛ける。

 腕を駆け上がり、肘を越えて肩へと向かう。

 その途中で俺を払おうと、腕を撫でるように払われる。


「おおっと」


 それを跳んで躱して、更に駆け上がった。


「ガアァアアァアァアァアアアッ!」


 だが、そう調子よくもいかず、魔物は大口を開く。

 口腔に火が灯り、吸い込んだ空気を得て膨張した。

 またあの火球がくる。

 回避を行おうとした刹那、上から望月が落ちてきた。


「舐めてんじゃないわよっ!」


 残光を引いた二閃が落ちて、背中を深く斬り裂いて過ぎる。

 その二撃に思わず怯んだ魔物は顔を持ち上げ、火球は天に向かって飛んでいく。

 硝子の天井を突き抜けて、空の彼方に消えていった。


「きっちり決めなさい!」

「任せとけッ」


 魔物の肩を蹴って跳び、握り締めた刀に魔力を注ぐ。

 供給を受けた刀身は鱗粉を残光のように散らし、虚空を斬り裂いて馳せる。

 丸太ほどある首に刃が食い込み、肉を裂いて骨を断つ。

 振り抜いた先で蝶が舞い、魔物の首は刎ね上げられた。


「よっと」


 攻撃終わりに跳ねて店の看板に手を掛け、落下を免れる。

 首を無くした巨体は力なく膝をついて道路に倒れ込んだ。

 あの四肢はもう二度と動かない。


「どうにかなるもんだな」


 刀を蝶に還して掻き消し、看板から降りて着地する。


「いたた、もう最悪」

「大丈夫か? 背中」

「平気よ、このくらい」


 強がっているのか、本当に平気なんだかわからないけど、望月はぴんと背中を伸ばした。


「お疲れ様、二人とも」


 死屍累々の魔物の亡骸をひょいひょい跨ぎつつ、大和先生が側にくる。


「これで魔力濃度も正常値に戻ったはずだ。一応、すこし様子を見てから結界を解こう。それまで休憩だ」

「はぁ……終わった、終わった。帰ったらお気に入りの入浴剤開けちゃおっかな」 


 学生服の汚れを払い、猫耳と尻尾を掻き消して、望月は呟く。


「どう? 初陣を乗り越えた感想は」

「正直、あんまりよくわからない……けど」

「けど?」

「悪くない、かな。商店街の人を守れたし」


 そう言うと、大和先生はにやりと笑った。


「ははー、やっぱりキミは魔法使いに向いてるよ」


 そうだと良いけど。


「あ、そうだ。望月、引き続き最上に色々と教えてやってほしいんだけど」

「えぇ? まぁ、いいけど。知識を叩き込んで置かないとこっちの気が休まらないし」


 溜息交じりに望月は了承する。


「そうと決まれば早速、今日から勉強会ね。ほかの諸々が終わったら喫茶店に行くわよ」

「あぁ、よろしく。望月」


 こうして俺の初陣は大成功に終わり、そのまま勉強会が始まった。

 望月は意外と教え方が上手く、すらすらと魔法使いの知識を憶えられる。

 当分は課外授業の終わりに勉強会が続きそうだった。

 そして、それから三日後、俺と望月はとある事件で緊急召集されることになる。

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