課外授業
軽く自己紹介を済ませた後、私たちは校舎を後にする。
先生の後について敷地を出て街に繰り出した。
「教室で授業するんじゃないの?」
「教室でする授業なんて数えるくらいしかないわよ」
「そうなの? じゃあ、普段はなにしてんだ?」
「決まってるじゃない。魔物退治よ、魔物退治」
「へぇ」
へぇって。
「話には聞いてたけど、本当になんも知らないのね」
「ははー、つい一週間前まで一般人だったからね。最上は」
「そんなの連れて行って大丈夫なの? 足手纏いにならなきゃいいけど」
「大丈夫だよ。その辺は先生が保証する」
「ふーん、ならいいけど」
一週間前までただの一般人って聞くと滅茶苦茶不安だけど。
まぁ、先生のお墨付きって言うなら、そんなに心配しなくていいのかも。
「そういや魔物ってさ。どっから湧いてくんの?」
「あんた……よくそんな知識量で魔法使いになろうと思ったわね」
訂正。
やっぱり心配だわ。
「いや、だってこの一週間ずっと大和先生にボコられてただけだし」
「人聞きが悪いなぁ、実戦形式の訓練をしていたって言ってくれないと。まぁ、そういうことだから。望月」
「えー、私が?」
「これも授業の一環だよ。人に教えることで新しく得るものもある」
「はぁ、わかったわよ」
面倒臭いけど、これも学びに繋がるならいっか。
「いい? 魔物ってのは大気中の魔力濃度が濃い場所に現れるから、魔法使いは事前にその場所にあたりを付けて張り込みすんの。で、魔物が現れたら即座に殲滅ってわけ」
「でも、その割には魔物の被害が増えてるじゃん。なんで?」
「突発的に濃度が高くなったりすることもあんのよ。出現位置を全部、特定できたら苦労しないわ。それに魔法使いは万年人手不足だし」
「そんなに少ないのか……もっとスカウトに力入れたほうがいいんじゃないの?」
「やってるわよ。でも、しようがないでしょ。スキル持ちが中々見つからないんだから」
「スキル……餅? なにそれ」
「えぇ?」
思わず足が止まった。
「もしかしてだけど、自分のスキルがなにかも知らない?」
「知らない。ってか、スキルってなに?」
すぐに先生のほうへと視線を送る。
けらけらと笑っていた。
「なに笑ってんのよ! 自分のスキルも知らないってどうなってんの!?」
「まぁまぁ」
「まぁまぁじゃないでしょ!? はぁぁああ、頭痛くなってきた」
こんなの素人同然じゃない。
一緒に課外授業なんてしたらどうなるか、考えただけでも憂鬱になる。
「最上のスキルは知らないほうがいいんだ」
「はぁ? なにそれ」
「心配しなくても支障はないから大丈夫。それにほら、目的地は目の前だよ」
指差すほうを見ると人波が目に入る。
老若男女が行き交う活気溢れる商店街。
「こんなに人が多いところに魔物が?」
「そう。現れるかも知れない」
「なら、早く避難させたほうが」
「出来ないのよ、そういうの」
「出来ないって、なんで」
本当になんにも知らないのね、この転校生。
「避難勧告を出して魔物が現れなかったら、あんたどう思う?」
「そりゃ、あぁよかったなって」
「そう思わない人もいるってことよ」
そう言ってあげると、小首を傾げられた。
「わざわざ避難したのに魔物なんか出てこないじゃないか。大事な仕事の邪魔をされた。折角の休日だったのに。大袈裟なんだ。そんな感じの苦情が殺到すんの」
「はぁ?」
心底、理解できないって表情をする。
「だって、魔物が出たら死ぬかも知れないんだぞ?」
「そうよ。でも大半の人にとって起こるかどうかもわからない危険より目先の日常なのよ。それで逃げ遅れて被害が出ようものなら魔法使いが責められるんだから堪らないわ」
無力な市民はいつだって生活が保障されていると考えているし、守られて然るべきだと思ってる。
「だから警告に留めてるんだけどね。それでもこの有様さ」
先生の言う通り、この人だかり。
「なんか……魔法使いって思ったより面倒なんだな」
「面倒じゃない仕事なんてないわ」
「……なるほどなぁ」
転校生が納得したところで商店街に入る。
暢気に買い食いしている学生とか、店頭に立って声を掛けてくる店員とか、こっちを見てひそひそ話してる噂好きの主婦とか。
色んな人とすれ違って私たちは半ばほどまで足を進めた。
「でも、実際どうすんの? 魔物が出たら」
「それは――おおっと」
先生が顔を持ち上げ、私達もそれに続く。
見上げた先、硝子の天井から黒い靄が流星群のように落ちてくる。
それらが地面に落ちて弾けると、実体化して獣の姿を象った。
「ま、魔物っ!?」
「魔物だっ! 逃げろ!」
唐突な魔物の出現に商店街が悲鳴で包まれる。
前から後ろから、魔物から逃げてくる人たちで入り乱れた。
「望月」
「わかってるわよっ」
私は即座に膝を付いて、道路に両手をついて魔力を流す。
瞬間、商店街が光に包まれて逃げ惑う人々が姿を掻き消した。
「え? えぇえぇえええ? なにがどうなったんだ!? 今!」
「うっさいわね。結界よ、結界」
「結界って訓練で使ってたあの白い空間のこと?」
「その通り、道路の下に魔法陣が敷いてあるんだよ。今、望月がそれに魔力を流して市民を結界に避難させたってわけ。強制的にね」
「へぇ……逆じゃないんだな。俺達が魔物を連れて行くんじゃないんだ」
「それだと時間差で魔物が出てきたとき対処できないでしょ」
「あ、そうか」
転校生が納得したところで魔物が私達の存在に気がつく。
犬科の四足獣型、群れで行動するタイプの魔物ね。
「さぁ、二人の実力を見せてもらおうかな」
「大和先生は戦わないの?」
「この先生は戦闘用じゃない分身だから戦えないんだよ。だから、キミが死にかけても助けられない。二人で仲良く協力してね」
「いつの間に……最初から?」
首を傾げる間に、魔物達が地面を蹴る。
「ぼさっとしない! 来るわよ!」
「お、おう!」
臨戦態勢を取った転校生から魔力が溢れて、それが綺麗な蝶々になる。
一瞬、それに見とれたけど、今のはなし。
向かってくる魔物に意識を集中させて、私も内なる魔力を解放した。
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