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第三十三話:弟子

 王都に到着した翌日。ノインとライムエルは屋敷の中でこの日を過ごすことになった。というのも、外出しようにもライムエルの存在が目立ちすぎる。貴族が集まるこの王都で無防備にその姿を晒せば、厄介事に巻き込まれるのは確定だろう。今はブライルがその辺りの根回しをしつつ、王族の一人とアポイントメントをとっているとのことだ。それが終わるまではアルベールの街のときと同様に屋敷で大人しくしているしかなかった。


 とはいえ、アルベールとこの王都の屋敷では違いもある。なんといっても料理人が違うし手に入る食材も違う。ノインは料理長に話をする時間を作ってもらい、料理談議をした。驚いた事にこの屋敷の料理長はアルベールの屋敷の料理長、ダッツの兄であるとのことだった。名はジース。元々はアルベールの屋敷でダッツと共に料理を作っていた。しかし王都の屋敷で料理長を務めていた男が年齢を理由に引退したことから、王都の屋敷で料理長をするよう頼まれて王都へと来たらしい。


 話をしているうちに二人は意気投合し、ノインがこの屋敷に居る間、便宜を図ってくれるとのことだ。もちろん、予めブライルからそのようなお達しがあったというのも一つの理由らしいが。こうしてノインは王都でも料理をする場を得たのだった。


 それからノインは中庭にあった椅子に座ってのんびりとしていた。ライムエルも大人しく眠っている。ライムエルが特に用が無い時はいつも眠っているのは何か理由があるのだろうか。ノインは気にはなったが、特に問題でもないのでライムエルの好きにさせておいた。その方がノインも自由な時間を満喫できる。


 しばらくそうやっていると、ミレンがノインのもとにやってきた。どうやら今日の学園は終わったらしい。何やらノインに相談があるとのことだ。


「ノインさん、どうすればもっと魔法がうまく使えるようになるのでしょうか?」


 昨日会った時はノイン様と呼んでいたミレンだが、ノインは様をつけてよばれるのに慣れなかったのでやめてもらった。今は普通にお互いさん付けで呼んでいる。


 昨夜の魔法談義ではノインは自分が使える魔法やどのように魔法を活用するのかをミレンに話した。その話にミレンは感銘を受けたのか、すっかり打ち解けて仲良くなっていた。


 ミレンは王立学園初等部の生徒会長を務めており、学年トップの実力を誇る。特に魔法に関しては他の者の追随を許さない。


「うーん、俺はずっと魔法を料理で使っていたからなあ。それで細かい魔力コントロールが見に着いたのかもしれないな」


 そういってノインは片手にウォーターボールを、そしてもう片方の手でファイアボールを作り出す。


「ええっ!?同時に二つの魔法を行使!?そんなことが可能なのですか!?」


 ミレンはたまらず驚きの声を上げる。それは現在の魔法を扱う者からしたら信じられない光景なのだ。というのも、今の魔法使いは詠唱を使って魔法を行使するのが普通だから。つまり、人間には口が一つしかないのだから、詠唱するのならばその詠唱している魔法一つしか使えない。


 だがノインは詠唱など使わず無詠唱で魔法を行使する。もちろん、魔法を頭の中で複数イメージする必要があるのだが、ノインにとってはそんなのは朝飯前。何故なら料理をする際は複数の事を同時にこなさなければならないからだ。そうやって長年魔法を使って料理をしていた結果、ノインは複数の魔法の同時行使が当たり前に出来るようになっていた。


「一体どうすればノインさんのように魔法の同時行使のような真似ができるのでしょうか?」

「同時行使したいのなら、無詠唱で魔法を使うしかないんじゃないかな」

「しかし、無詠唱で魔法を使えば魔力ロスが起こりますし、威力も落ちます」

「うーん、そんなことないけどなあ。多分それは、しっかりと魔法をイメージできていないだけだと思う」


 魔法はイメージ。ノインは常々そう思っている。そしてある意味魔法の師匠でもあるライムエルもそう言っている。


 ノインも無詠唱で魔法を行使し始めたころは良く失敗をした。思った通りに食材が切れなかったり、料理を焦がしてしまったりと。こんなことでは美味しい料理が作れない、食べられないということでノインは発奮し、思い通りに魔法を操ることが出来るようになったのだ。同時に魔法を扱えるようになったのも料理をスムーズに行うためだ。


 そういったノインの経験をミレンに伝えると、ミレンはハッとした表情で何かに気付く。


「つまり料理を作る工程を全て魔法で行い、美味しい料理が作れるようになれば魔法がうまくなるという事ですか!?」

「いや、絶対にそうだとは言い切れないけど、俺はそうやって使えるようになったからなあ……。実際のところどうなんだろ」


 ノインとしては、しっかりと魔法がイメージできるならその過程はなんでもいいと思っている。ノインの場合は魔法が無ければ美味しい料理が食べられないということから、必死になって使えるようになっただけなのだから。


「いえ、私にはそれ以外に魔法が上達する方法が思い浮かびません。ですので、これから私は魔法で料理を作っていきたいと思います!」


 水を差すのも悪いと思い、ノインはミレンの好きなようにさせようと思った。


「ちなみに今までに料理を作った経験は?」

「一度もありません!」


 貴族の娘なのだからそれも当然だろう。なにせ家には専属の料理人がいるのだから。であれば、いきなり一人で料理をさせるのはまずいだろう。どんな結果がもたらされるのかわからない。このことを教えたのもノインであるし、しばらくはノインの監視下の元、料理をさせるのが一番いい。


「わかった。それじゃあ当分の間、俺が料理を魔法で作る方法を教えよう」

「本当ですか!?」

「まあ、全部魔法を使って料理するなんてことを教えたのは俺だしね」

「ありがとうございます!よろしくお願いしますね、ノイン師匠!」

「えっ、師匠?」

「魔法を教わるのですから、ノインさんは私の師になりますよね?」

「あー、うん……。そうなるのかな……?」

「ですので、魔法を教わるときは師匠とお呼びしますね」


 気づいたらノインは弟子が出来ていた。だがそれもまたいいかとノインは思っていた。なにせ、ノインと同じように魔法を使って料理をする魔法使いが増えるという事なのだから。


「それでは早速ですが、まずは何をすればいいでしょう?」


 すぐにでもノインから魔法を学びたいという気が伝わってくる。それほど、ミレンは自身の魔法を扱う力を向上させたいという事なのだろう。しかしいきなりこれから料理をするのも難しい。既に夕食の準備はジースたちが行っているからだ。


「それじゃ、まずはミレンさんの魔力量がどれくらいあるか確認しようか。ライトボールをどれくらい連続して使えるかな?」


 ライトボールは辺りを照らす光の魔法である。光を灯すだけで辺りには被害や影響を与えないことから、一番初めに学ぶ魔法だ。


「ごめんなさい、わかりません。そんな風に連続して使ったことがないので……」

「よし!それじゃあ今からライトボールを出来る限り維持してみようか。途中で維持できなくなっても、魔力を使い切れば魔力量の向上にもなるからね」

「えっ!?魔力が尽きるまでやるんですか!?」


 驚くのも無理はない。なにせ自身の魔力が極端に減れば、頭痛や吐き気などの症状に見舞われるのだから。そして完全に魔力を使い切ると、気絶してしまう。現代の魔法使いは、一部を除いて出来る限りそのようなことを避ける傾向にある。魔力量が向上するとは言っても、実際にそこまで魔力を使うことなどほぼありえないからだ。もっとも、強力な魔物と相対して戦うとなれば話は別だろうが、貴族の子弟でそのような事になるのはほとんどない。


「魔力が多いってことは、それだけ魔法が使えるってことだから。長い時間魔法を使えるようになれば上手くなるのは当然だよ。ああ、併せて無詠唱でライトボールを使ってみようか。イメージ力の向上にもなるだろうし、これから無詠唱で魔法を使っていくならその練習にもなるからね」

「わっ、わかりました」


 ノインの言っていることに間違いはないので、ミレンはノインの言葉に従って無詠唱でライトボールを行使しようとする。流石に簡単な魔法なだけあって、ミレンは無詠唱でもスムーズにライトボールを行使することができた。


「無詠唱でも魔法ができました!」

「うん、いいね。それじゃあそのまま魔力を使い切るまで維持してね。あと出来るなら、そのライトボールを自分の思うように動かすことが出来ればいいかな」

「えっ、ライトボールを自分の思うように動かすのですか!?」


 そう。それが無詠唱のメリットの一つであると言えよう。無詠唱で発現した魔法は、発現した後も自分の意思で操ることが出来る。もちろん、しっかりとイメージできていればの話だが。


 詠唱の場合は基本的に魔法の発現とその魔法がどう進み、どのような効果を発揮するのかまでのイメージが全て詠唱に含まれている。そのためミレンは魔法の発現の後に自分の思うように動かすという発想が出てこずに驚きの声を上げたのだ。


「最初は難しいかもしれないけどね。でも料理を作るのなら、途中で火加減を変えたりしないといけないからね。自然とできるようになるけど、今のうちに出来るのにこしたことはないよ」


 ノインは何でもないように言うが、ノインが言うのは一般の魔法使いにとってはレベルの高いことなのだ。なにせ、まず無詠唱で魔法を使う人物がほとんどいないのだから。


 ミレンはライトボールを動かそうとするが、そうするとライトボールを維持できずに消えてしまった。


「ああ、消えてしまいました……」


 ライトボールが消えたのは、無詠唱でイメージした魔法がライトボールを出すだけのイメージだったからだろう。もし、そのイメージに【自身が魔力の供給をやめた際にライトボールが消える】という条件も含めてイメージしたのであれば、簡単にはライトボールが消える事はない。


 詠唱には、魔法の種類、動き、時間、必要魔力量など、魔法を行使するための条件を含めて詠唱という形でイメージされている。詠唱という手段が頭でイメージする代わりとなっており、その詠唱イコールその魔法の構成から動き全てに当たるのだ。


 それを全て無詠唱でやるとなると、一からしっかりと頭で魔法を意識し、イメージしなくてはいけない。そうでなければ、今のミレンのように魔法が消えてしまう。


 ということを側で寝ていたはずのライムエルがノインに念話で教えてくれた。


『というわけじゃ』

『おお、わかりやすい』


 いつから見ていたのかわからないが、流石はライムエルである。感覚で無詠唱魔法を扱えるようになったノインは人に上手く教える事ができない。魔法を極めたエキスパートのライムエルだからこうして上手く言葉に出来るのだ。


『せっかく弟子が出来たのじゃ。しっかり教えてやるとよい。お主の学びにもなろう』

『ライム寝てたんじゃないの?』

『寝てはいたが、周りに意識を割いておるから何が起きているのかは常にわかるぞ。まあそんなことはよい。ワシが今言ったことをこの子に教えてやるとよい』


 ノインはライムエルから念話で教えてもらったことをそのまま口にした。それを聞いたミレンは目を輝かせてノインに尊敬の念を向けている。そういう風な眼差しをノインに向けるという事は知らなかったという事だろう。王立学園でも教えていない内容に違いない。


(うーん、全部ライムエルに教わっただけだから、凄いのは俺じゃないんだけどなあ)


 ノインはあいまいな笑みを浮かべながら頭をかいた。


「ごめん、まだ動かすのは早かったね。ひとまずはどれくらい維持できるか知りたいから、もう一度ライトボールを出してみよう。今度は動かさなくていいから」

「わかりました」


 ミレンは素直に頷き、再度無詠唱でライトボールを作る。今度は余計なことはせずに、どれくらいの時間ライトボールを維持し続けられるかに集中してもらう。


 一人でさせるのもなんだと思ったノインは、自身もライトボールを作って同じように維持させる。


 おおよそ三十分くらい経っただろうか。ミレンが息を荒げて調子悪げになってきた。どうやらそろそろ限界が近いらしい。だがノインは止める事はせず、ミレンが魔力を出し切るのを待つ。


 それから数分すると、ミレンのライトボールは消え、ミレンも椅子に沈み込むようにして気絶した。


『大体三十分ちょっとってところか。これってどうなの』

『あの魔力消費量じゃと、中級クラスの魔法数発撃てれば良いところじゃな。上級クラスの魔法は撃てんじゃろう』


 ノインは念話でライムエルに聞くとそう返ってきた。ただ、そう言われてもノインには凄いのか凄くないのかよくわからない。


『それはそうと、気絶したこの子はどうするのじゃ?流石にそのままではかわいそうじゃろう?』

「あっ……」


 ノインはそこまで考えていなかったらしい。すぐさまメイドを呼んで説明をし、ミレンを部屋まで運んでもらうのだった。



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