第二十九話:ライムエル先生の魔法教室~結界魔法編~
ノインはブライルの屋敷に客人として滞在することとなった。だが、外に出る事は極力避ける必要があった。今はまだノインがやったことについて知れ渡っていないので外に出ても大丈夫だろう。しかし、それが公になってくるとノインの力を取り込もうとする輩が少なからず出てくる。
伯爵であるブライルならば、そういった人物たちを少なからず抑える事もできるが、それも自身の目の届く範囲に居てのこと。そんな人物と相対するのがいつになるかわからないため、ブライルはノインに外に出る際はブライルの許可を得てからにしてほしいと頼んでいた。ノインも面倒に巻き込まれるのは御免だったので、その要請に素直に従うことにした。
だがずっと屋敷に閉じこもっているノインは、時間の使い道に悩んでいた。滞在し始めて一日二日あたりは、身体をゆっくり休めたり、屋敷内を見学して過ごしていた。しかし、三日目ともなるとやることがなく、どう過ごしていいかわからなかった。
「暇だなあ……」
ノインは屋敷の庭にある木にもたれかかりながらそう呟いた。
冒険者ギルドで依頼を受け、まとまったお金が手に入れば料理に明け暮れる。ここ数年はそういった毎日だったので、こうやって何日も何もしないでいる事がノインは今までなかったのだ。
『暇ならば魔法の練習でもせぬか?お主は筋が良いからワシが教えてやるぞ?』
いつもの定位置であるノインの頭の上にいたライムエルがノインに念話で伝えてきた。周囲に人はいないが、ブライルの屋敷の敷地内という事でノインは念話で答えることにした。
『魔法の訓練か……。それもいいかもしれないな。それで、教えてくれるってことだけどいったい何を教えてくれるんだ?』
『その前に、お主が使える魔法を教えてくれんかの?それ次第で何を教えるか決めるとしよう』
それも尤もだと思ったノインはライムエルに自身が使える魔法を明かすことにした。
ノインが使える魔法は、火・水・風系統の初級攻撃魔法。そして土・氷・光系統の初級補助魔法や防御魔法。それに加えて先日ライムエルから教わった時空魔法、抽出魔法だった。
攻撃魔法の例を挙げると、火や水をボール状にして敵にぶつけるファイアボールやアクアボール、風を刃上にして敵を切り刻むウィンドカッターなど。
補助魔法は周囲を照らすライトや土を壁にして攻撃を防ぐクリエイトウォールといったものだ。
実はノインのように幅広い系統の魔法を使う魔法使いは、今の世の中では珍しかったりする。大抵は一つないし二つの系統しか使わない魔法使いが多い。というのも、魔法使いによっては得意とする系統が違うからだ。所謂、魔法適正である。
得意とする系統の魔法であれば、高威力の魔法を放つことが出来る。逆に不得意な系統の魔法であれば、そもそも発動すれば御の字。実践に使えるものではない。
それでも根気よく時間をかけて練習や修行すれば実践でも使える事はできるだろう。だが苦手とする系統の魔法を練習するくらいなら、得意な系統の魔法を練習した方がその分覚えもいいし、短時間で習得することが出来る。そういうこともあり、魔法使いは自身の適性に合った得意な系統の魔法しか使わないのだ。
ただノインの場合は魔法は料理に使うために覚えたのである。他の魔法使いと考え方が根底からして違う。そういったこともあり、ノインは幅広い系統の魔法が扱えるようになるまで練習し、使えるようになった。
ただその弊害なのか、高威力の魔法を使うことが出来ず、冒険者のランクもDとそこまで高くはないのだが。それでも状況にあった系統の魔法を使う事で、これまで何匹もの魔物を倒してきた。
ライムエルはノインの使える魔法をふむふむと頷きながら聞いている。ノインが話し終えると、ライムエルはそこで気になったことをノインに尋ねた。
『なるほど。時にお主、今使える魔法で得意だったり苦手だったりする魔法はあるか?』
『うーん……。そういえばどの魔法も得意だったり苦手だったりと感じる事はないな。そんな事気にせずに普通に使えるけど、俺の適性魔法ってなんだろう?』
『魔法に適性なぞ存在せぬぞ?火魔法が得意という奴は、火のイメージがしやすいというだけだしのう。特に苦手がないという事は、どんな魔法をイメージするのにも苦はないということじゃろうて』
『いやでも俺は威力の低い魔法しか使えないんだけど』
ライムエルの言う通りにイメージする力が高いのならば、高ランクの魔物を倒すくらいの魔法が使えてもおかしくはない。しかしノインにはそういった魔法は使えなかった。
『威力が高い魔法は使えないという事か……。そもそもお主、威力の高い魔法とやらが使いたいか?』
『そりゃ使えるにこしたことはないから使えるなら使いたいさ』
『うーむ、その言い方ではそこまで使いたいというようには聞こえぬのじゃが……。では、聞き方を変えよう。料理に使えるほどの精密な魔法と強い魔物を倒せるほどの高威力の魔法、どちらが使いたい』
『料理に使えるほどの精密な魔法に決まっているだろう』
ノインは考えるそぶりも見せずにそう言い切った。確かに高威力の魔法が使えれば、高ランクの魔物を倒せることが出来る。そして高ランクの魔物肉が手に入るという事でもある。しかし、そういった魔物肉は一部の例外を除いて金さえあれば手に入れる事は可能だ。必要な金は莫大なものにはなるが。
加えて今現在はライムエルという従魔がいる。ライムエルはプレデターデーモンプラントというランク外の魔物すら倒せる力を持つのである。であれば、そういったことはライムエルにまかせればいいと今のノインは思っている。
しかし、料理に使える魔法はノインにしか扱うことが出来ないだろう。それに今のノインは魔法ありきで調理するのが普通になってしまったため、薪を使っての火加減調節や刃物を使って切るということができない。いや、できないというのは語弊があるか。ずっと魔法を使って調理をしてきたため、魔法を使わない調理は腕が落ちたりカンが鈍ってしまっており、ノインが望むような結果をもたらさないといった方が正しいだろうか。
だからこそ、料理に使えるほどの精密な魔法と強い魔物を倒せるほどの高威力の魔法の二択では、料理に使えるほどの精密な魔法の方を取るという事なのだ。
『うむ。その想いがあるからこそ、今のお主のような精密な魔法の使うイメージが出来ていると言えるのじゃ』
『なるほどな』
『そういうわけで、お主の料理に対する想いと同じように、何か目的があって高威力の魔法が使いたいという想いがあればすぐに使えると思うぞ?そもそも、時空魔法や抽出魔法はすぐに覚えて使えるようになったじゃろうに』
『あー、うん。確かに』
どちらも料理に使うということもあり、ノインはすぐにイメージすることが出来た。時空魔法、そして抽出魔法は火や水といったものと比べるとイメージはしにくいはずなのにだ。
『何か高威力の魔法が使いたい理由とかはないのか?魔法はイメージとそれを実現するための魔力さえあればできるというのはお主もわかっておろう』
『うーん、高威力の魔法なあ……。それが使えれば高ランクの魔物も倒せて美味い魔物肉を自分で手に入れられるけど。でもそれって、ライムに頼んで倒してもらえばいいだけじゃない?』
『確かに美味い肉が食べられるならお主を手伝うのも吝かではないが……。しかし、そういった魔物と相対しているとき、お主自分の身を守れるのか?』
『えっ?』
『ワシにとってはザコ同然だとしても、倒すためにお主の側にいられるとは限らぬ。多数の魔物がいる場合などもな。その際、せめて自分の身を守るための術がなければ最悪死ぬぞ?いや、ワシもそうさせぬために手を尽くすつもりではあるが、その術がないのならお主を伴って危険な場所には赴けん』
確かにライムエルがもの凄いドラゴンだったとしても、確実にノインを護りきれるとは言えないのかもしれない。
『例えばの話じゃが、フェンリルが番いで目の前に現れた場合、お主を守りながら戦うのは難しいじゃろうな』
『流石にSランクの魔物が二体も目の前に現れるのなんて考えたくもないんだけど……。というか、それって俺が高威力の魔法使えるのとか関係なくない?何の役にも立たないと思うんだけど』
『いや、少しの間だけでも自分の身を守ることができるのであれば、ワシは攻撃に専念できるから倒すのは簡単じゃぞ?』
ライムエルはそういうが、フェンリルは獣系の魔物最強とも名高いSランクの魔物である。そんな魔物に相対して正気でいられる自身がノインにはなかった。
『それなら、この前のプレデターデーモンプラントのときのようにライムだけ倒してもらいたい魔物のとこに行ってもらえばいいのでは?』
『あれは緊急時ゆえのことじゃ。ワシは基本的にお主の側を離れるつもりはないぞ?』
「なんだと……」
ライムエルまかせで高ランクの魔物肉が手に入ると思っていたノインだった。しかし、その目論見は崩れてしまった。
『そういうわけじゃから、高威力の魔法とは言わぬ。せめて自身の身を守る防御魔法でも覚えてもらえれば、その高ランクの魔物とやらを倒しに行ってもよいのじゃが』
「よし分かった!その防御魔法を教えてくれ!」
防御魔法を覚えれば高ランクの魔物をライムエルに倒してもらえることが分かったノイン。今のノインの意欲は異時空間収納の魔法を覚えた時にも劣らない程だった。
『まあ、今の意欲とお主の魔力量があればすぐにでも覚えられよう。ワシがプレデターデーモンプラントの根からお主を守った際に使った透明な防御膜じゃ。自身の周囲全体を守る結界魔法じゃな』
『透明な防御膜ねえ。土とかを隆起させて防ぐとかじゃダメなのか?』
『それだと周囲が見えぬから対応するのに一手遅れるからのう。透明ならその心配もないし、どこでも使えるから使えるようになれば便利じゃぞ』
『とはいえ、土と違って実物が見えないからイメージしにくいなあ』
『ふむ。ならば最初は薄い水を周囲に張り巡らせたイメージをするとよい。水も透明じゃろう?』
『おお、なるほど!』
ノインは立ち上がって木の側から離れると、自身の周囲を薄い水の膜で張り巡らせるイメージで魔法を行使する。すると、ノイン周囲を覆う水の膜が現れる。ライムエルはノインの頭から飛び立ち、その水の膜に触れた。
『ふむ。まさに水の膜じゃな。それではこの水というイメージを取っ払い、透明な防御膜を作るのじゃ。まずは作るのが目的じゃから、防御面は考慮しなくてもよいぞ』
『わかった』
ノインは今度は水ではなく、透明な膜を周囲に張り巡らせるイメージで魔法を行使する。今回も先程と同様にスムーズに魔法を行使することができた。ノインの周囲には薄い膜が張り巡らされている。
ライムエルがその膜に触れると、ふよふよとした柔らかい感触が手に伝わって来た。
『うむ。柔らかい透明な膜ができておる。あとはこれを硬くして攻撃を通さないようにすれば完成じゃな』
『なるほど。この膜を硬くすればいいんだな』
ノインは今作った透明な膜を消さずに、そのまま魔力を加えて硬くするイメージを追加する。
『行使中の魔法に属性を追加するとは……。器用な真似をする』
『え?なんかまずかった?』
『普通は魔法をいったん終了させて、新たに魔法を行使するじゃろうな。そちらの方が簡単じゃし』
『そういうもんなの?俺はよく火の大きさとか途中で変えるから、こういうのは普通だと思ってたけど』
『まあ、それで魔法が使えているならそれでいい』
ライムエルは再度ノインの作った透明な膜に触れる。今度は先程とは違い、硬い感触が手に返って来た。ライムエルはそのまま何カ所か触れてみるも、どこも同じ感触だった。
『うむ。硬くなっておるし、どこも同じような硬さじゃ。あとは魔力量を調節すれば、防御力も変えられるじゃろう』
『お!ということはこれで防御魔法はOKってことだな!つまり高ランクの魔物狩りにいけるってわけだ!』
『いや、お主この結界魔法にどれくらい魔力を込めれば、どれほどの攻撃を防げるか自分でもわかっておらんじゃろ?まずはどれくらいの魔力でどれくらいの攻撃を防げるかわからねば、攻撃を通してしまったり、無駄に魔力を消費してしまうことになるぞ』
『あー、確かにな。それじゃ、弱い魔物から徐々に強い魔物で試していくしかないか』
『そうじゃの。それはそうとして、そろそろ昼食の時間ではないか?』
ライムエルと話をしていたり、魔法の練習をしていると結構な時間が経っていたようだ。それでも数時間もかからずに新しく魔法を覚えるノインは、他の魔法使いからしてみればあり得ないのだが。
『あれ、もうそんな時間か。そろそろ食堂に向かうとしようか。それにしても、ここにいると料理作る機会がないな……』
『作りたいのなら作ればいいのではないか?』
『そうだな。ちょっと相談して、近いうちに何か作らせてもらおうかな』
ノインは客人という扱いだが、料理長とは料理談議で何度も花を咲かせた間柄だ。頼めば料理を作らせてくれるかもしれない。そう思ったノインは、とりあえず昼食を食べてから料理長に相談することに決めたのだった。