第二十七話:ノインの野宿料理
今回ノインが作ろうとしているのは、以下の通りだ。
・トマトとキャベツのサラダ
・キノコと野菜のスープ
・ワイルドボアのステーキ
・平パン
煮込んだり手間のかかる料理は時間がかかる。野宿時の食事という事であまり凝った料理は出来ない。そのためノインはシンプルな料理を行うつもりだった。その中でも時間がかかるスープと平パンから取り掛かることにした。
まずはスープのベースとなるシイタケ、マッシュルーム、玉ねぎ、人参、キャベツを空中に浮かべたウォーターボールに入れて、水流を起こしてサッと洗う。それらの食材を風魔法で細かく切り刻むと、水と共に鍋に放り込んで煮込み始めた。もちろん煮込む際の火も魔法だ。
次に平パンの下ごしらえをする。本当はルワズの町でパンが売っていたらそれを出すだけにしようと思っていたのだが、売っていなかったので自分で平パンを作る事にした。パンを焼くよりも手間が少ないからだ。
小麦粉、塩、牛乳を混ぜ、それらを捏ねつつ少量の水を加えていく。最初はベトつくが、次第にいい感じの弾力が出てくると、その生地を丸めて少し寝かせておく。焼くのはもう少し後だ。
次はステーキの下ごしらえ。と言っても、既にワイルドボアは肉屋で手ごろな大きさに切ってもらっているので、肉に塩でなじませておくだけだ。
次はサラダのソースを作る事にする。ワインビネガーに塩とマスタードを加えて混ぜる。その後にオリーブオイルを少しずつ垂らして混ぜていき、少し白っぽくなればベースは完成。それに風魔法ですりおろした玉ねぎを混ぜる。味見をしても問題なさそうだ。マスタードの粒がいい感じにつぶれ、さらにすりおろした玉ねぎが合わさって程よい辛さになっている。もっと辛めがいいのなら、ソースの中に沈んでいるマスタードを自分で潰して調整してもらおう。
あとはサラダとなるトマトとキャベツを洗い、一口大のサイズに切って器に盛りつける。ソースは個人の好みでかけてもらうので、サラダはもう完成だ。
スープの方に戻る。細かく切り刻んだキノコと野菜が柔らかくなってスープに溶け込んでいる。味見をすると、野菜の甘みが出た優しい味がする。ただ、これだけではスープとは言えないので塩を加えて味を調整する。あとは玉ねぎ、人参、キャベツを一口大に切ってスープの中に入れ、しばらくすれば完成となる。
わざわざ後で野菜を入れたのは、煮込み過ぎて野菜の食感を無くさないようにするためだ。別に食感など要らないというのなら、最初の段階で一緒にスープにぶち込んでもいいが、今日のノインはそんな気分ではなかったので、ひと手間加えた。
あとは平パンとステーキを焼くだけ。ステーキは食べる直前に焼きたいので、先に平パンを焼くことにする。捏ねた生地を手ごろな大きさに伸ばして平にし、オリーブオイルをひいたフライパンに置いて焼く。フライパンは二つあるので、それらを使ってどんどん焼いていく。今回少し多めに作っているので、残った分は異時空間収納にでも入れて、明日の朝食に回すつもりだ。
そうやって調理をしていると、その調理風景を見ていたライムエルが呆れたような声でノインに話しかけてきた。
『……お主、いつもこんな風にして料理を作っていたのか?』
『んー?屋外で料理するときはこんな感じで作ってるな。魔法使って料理すれば薪も必要ないし、火加減も自分の思いのままだし』
ノインは調理しつつ念話で答える。陽が落ちてきて手元が少し暗くなってきたので、魔法でライトも出す。
『なるほど。火、水、風、さらには光に時空もか。お主いくつの魔法を同時に扱うことができるのじゃ?』
『さあ?どこまでできるか試したことないしなあ。調理に必要になるだけできるんじゃない?』
『ふむ……、まだ余裕があるということか』
今現在のノインは、魔法で火を三つ起こし、さらに光を出し続けている。加えて時折、異時空間収納から食材を取り入れしているので、時空魔法も合わせて行使しているだろう。先程は、水、風、火、時空魔法を同時に使っていた。他の魔法使いが見れば一様にして「ありえない」と答えるだろう。
魔法の併用というのが今の一般の魔法使いにはできない。何故ならノインのように魔法をイメージで使うことが出来ないからだ。一般の魔法使いも、詠唱を連続して行うことで複数の魔法を連続行使することは出来るだろう。だがそれは併用ではない。一つ目の魔法を放ち二つ目の魔法を行使するという際、一つ目の魔法のコントロールは既に手元から離れている。一つ目の魔法に再度干渉することはできない。詠唱という行為で魔法は完結してしまっているからだ。
だがノインは違う。ノインの魔法は全てイメージ、つまり無詠唱で思うままに使われており、使用されている魔法のコントロールは離れていない。火加減をすぐに変えることが出来るのを見ればわかるだろう。それがどれだけすごいことか、ノインは気づいていないのだが。
『まあ、魔力操作は既に昔の魔法使いよりも上かもしれんのう……。教えれば教えるだけ、使えるようになるかもしれんな……』
『うん?いったい何の話だ?』
『いや、こっちの話じゃ。それよりも今は調理に集中するがよい。ちなみにあとどれくらいでできるのじゃ?』
『んー、あとはワイルドボアの肉を焼くだけなんだけど、食べる直前に焼きたいからなあ。出来立ての方が美味しいから、ラシュウさんが作業終えて戻ってきて十分後くらいって考えておいて』
平パンをひっくり返しながらそう答えるノインだが、ライムエルはまたも呆れた声で言う。
『お主、異時空間収納使えるのを忘れておるのか?焼けた肉は異時空間収納に入れておけばいつまでも出来立てを維持できるじゃろうに』
「あっ、そっか……」
いつもの癖で仕上がり時間も考慮しながら料理していたノイン。だが言われてみれば確かにその通りだった。焼いたステーキをすぐに異時空間収納に入れ、食事の時に出せばいつでも出来立てを提供できる。そのことに気付かされたノインは、土魔法で窯をもう一つ増やし、さらに鉄塊からフライパンをもう一つ作る。今行っている作業に加えてステーキを焼く作業も追加するようだ。
『さらに魔法を併用して使うか……。うむ、魔法を覚える土台は十分。あとは知識とイメージできれば……』
『うん?何の話?』
『気にするな。その内教えてやろう』
ノインは気になりつつもワイルドボアの肉を焼くのに集中する。ワイルドボアは臭みも少なく食べやすい肉だ。脂身は少なく、肉の味をしっかりと噛みしめるのには最適だろう。そのため味付けはシンプルに塩のみ。もしソースが欲しければ、サラダ用に作ったワインビネガーソースで代用してもいいかもしれない。同じソースでも、肉は少なからず脂もあるので舌で感じる味はサラダとは別になるはずだ。ただ、使いすぎると飽きが来るかもしれないので、アクセント程度にとどめるべきだろうが。
ステーキの焼き加減はミディアム。とりあえずは三枚焼いたが、もし足りなければ後で追加で焼けばいい。ノインは一枚一枚焼き上げると、皿の上に置いてすぐに異時空間収納に入れる。ついでに平パンも焼ければ異時空間収納に入れていく。こちらも焼きたての方がいいだろうということで。
『ノインよ、もう料理はもうできたのではないのか?』
ライムエルの言う通り、平パンは全て焼き終えたし、ステーキも人数分である三枚焼いた。サラダの準備は既に終えているし、後はスープを器に盛れば全ての準備が完了したことになる。
『できたけど食事はラシュウさんが戻ってきてからだな。そろそろ戻ってくるとは思うけど』
そんな話をしていると、腕に多量の枯れ木を抱えたラシュウが戻って来た。
「おお!?魔法を使って料理するとは聞いてたが、窯が四つもあるのかよ……」
「窯一つだと同時に調理できないですから。時短です」
ノインはラシュウが戻ってくると、魔法で土のテーブルと椅子を作り、異時空間収納に収納していた料理を取り出す。あとは器にスープを入れて本日の夕食の準備は完了した。
「おいおい……。期待はしていたが、野宿だってのに豪華な夕食じゃねえか。というか、設備も無い中で、これだけの料理をもう作り終えてたのか」
ラシュウは持ち帰った枯れ木を適当に地面に置くと、テーブルにある料理を見て驚く。一般的な野宿時の料理は、石のように硬く固めたパンにシチューなどの汁物だ。材料が乏しい場合は、干し肉をお湯で戻した塩っ辛いスープになる。
「まあ、材料があって魔法が使えれば誰でもできますよ」
「その二つの条件が厳しいんだがな」
渇いた笑いを上げて答えるラシュウ。必要最低限の荷物しか持ち歩かない冒険者は、食事は保存のきく焼き固めたパンや干し肉くらいしか持っていかない。余計な荷物を持ち歩くのは体力を消耗するし、戦闘時の邪魔になる。また、魔法も戦闘用に魔力を残しておかなければならないので、ノインのように調理に魔法を使うのはあり得ない。
「野宿で美味しい料理が食べられていいじゃないですか。さ、早く席について食べましょう」
ノインの呼びかけで席に着くラシュウ。ライムエルはいつでも食べられるように既に席についていた。
「よし、じゃあいただくとするか!って、おいノイン。ステーキがあるのにナイフがねえぞ?」
「あー、俺はいつもこういう時は風魔法で切るから忘れてたな……」
ノインは木で作ったスプーンとフォークしか用意していなかった。自分一人なら問題ないが、ラシュウとライムエルがいるのだからナイフも用意しておくべきだっただろう。もっとも、ライムエルも魔法が使えるので、ノインと同じように風魔法で切れるのだが。
「すいません、すぐ用意します」
ノインは異時空間収納に入れていた鉄塊を取り出し、三本のナイフを作り出す。ノインは風魔法でステーキを切り分けてもいいのだが、せっかく作るのだからと自分の分も用意した。
「……ちょっとまて。なんで鉄の塊からナイフを作り出せるんだ?」
「魔法使えるのならできますよ」
「そんな魔法、聞いた事ないんだが……」
「あー……、俺も最近出来るようになったばかりなので」
ライムエルに教えてもらったということを明かすのはまずいので、適当に最近出来るようになったと誤魔化すノイン。
「まあいい。せっかくの料理が冷めるのもアレだしさっさと食おう」
ラシュウはノインからナイフを貰うと、ステーキから豪快に食べ始める。ライムエルはナイフは要らないようだ。既に風魔法でステーキを一口サイズに切り分けて食べている。ノインも遅れじと食事を開始する。
ノインはまずサラダから手を付け始めた。サッとソースを一回しかけ、キャベツから口にする。シャキシャキとした食感が気持ちいい。程よい辛さのソースもキャベツに合う。トマトも新鮮で瑞々しく、甘酸っぱさが口の中に広がる。
次いでスープを飲む。野菜のエキスが十分に溶けたスープはホッとする優しい味だ。後から追加で煮込んだ玉ねぎや人参、キャベツは程よい歯ごたえと甘みを提供してくれる。同じ食材だが役割を使い分けたこの野菜のスープは正解だ。
平パンは普通といったところだろうか。そのまま食べてもいいが、スープに浸して食べてもいい。これはステーキや野菜を上に乗せ、巻いて食べてもいいのではなかろうか。後で試してみよう。
ステーキも一口大に切って口に運ぶ。せっかくだからナイフを使って切り分けている。良い焼き加減だ。塩もいい感じになじんでいる。ワイルドボアの肉は脂身が少なく、まさに肉を食べている感じがして非常に満足感を得る事が出来る。獣臭さも無く、塩だけの味付けで十分に肉の味が楽しめる。だが、サラダ用に作ったソースを少しかけてみるとどうだろう。程よい酸味と辛さが加わり、重厚な肉の味がサッパリとした味わいに変化し、いくらでも食べられそうだ。
「おいノイン、なんだその食べ方は!?俺はもうステーキ食べきっちまったじゃねえか!」
「きゅーきゅー!!」
ステーキにソースをかけて食べるのを見ていたラシュウとライムエルが騒ぎ出す。彼らは真っ先にステーキに手を出していたので、既に食べきっていたのだろう。そんな食べ方があるなら教えてほしかったとばかりに怒っている。
「あー、もう一枚ずつ焼くから大人しくしてください」
「お?まだあるのか!?それならあと二、三枚焼いてくれ!!」
『ワシも同じくらい焼いてくれ!』
ノインは苦笑気味に頷いて席を立ち、新たなステーキを焼くべく竃に火を灯す。
「あ、スープも残ってるのでおかわりが欲しければ自分で入れてください」
「おう、わかったぜ!む、ライムエルも飲み干しているな。ついでに入れてやろうか?」
「キュー」
ラシュウの問いに頷くライムエル。流石にライムエルに自分で入れてというのはまずかったかと反省するノイン。そんなこんなで野宿とは思えない食事を楽しむ一行であった。