第二十四話:塩とタレ
ノインはルワズの町ではなく、町に近いところに位置する森へと降り立った。流石に街まで飛ぶのは目立ちすぎると思ったのだろう。
「ああ……、久々の地面だ……」
おおよそ三十分ほど飛び続けただろうか。ノインは頭に出来た傷を魔法で治しつつ、地に足をつける喜びをかみしめていた。飛んでいる途中からはあまり考えないようにしていたが、高速で空を飛ぶというのにはまだ恐怖を覚える。
『大袈裟じゃのう。もっと普段から飛ぶようにして慣れた方がよさそうじゃな』
「その前に安全安心で飛べるように俺が魔法覚えてからだな」
ノインはジャンプなどで身体を軽く動かして足の感覚を確かめる。特に問題はないようなので、ノインはそのままルワズへと歩き出した。ルワズはフーズベール大森林の魔物に対抗するために作られた前線の町であるため、今いる場所からそこまで距離は無い。十分程度も歩けば町が見えて来た。
ノインは門番にギルドカードを見せて町の中へと入る。ラシュウと別れてから一時間ほどで戻ったことになる。ラシュウは急いでルワズへと戻ってきているだろうが、まだあと数時間はかかるだろう。やはり空を飛んで移動するのは大幅な時間短縮につながったようだ。
『うーん、このままギルド行ってもしばらくはラシュウさん待つことになるよなあ。先に報告していてもいいけど、ラシュウさんいた方が話がスムーズにいきそうだし』
町の中に入り人通りもあるため念話での会話に切り替えたノイン。
『ならばそろそろ昼食の時間であるし、食事にしようではないか!』
『あー、確かにお腹減ったな。適当に何か食べるか。でもこの町は名物料理とかないってのが残念だなあ』
ここルワズはフーズベール大森林に一番近い町である。そのため町の住人もフーズベール大森林で魔物を狩る冒険者が多く、フーズベール大森林で狩れる魔物や果実といったものを使った料理がメインになる。フーズベール大森林しかいないという固有の魔物はいないし、果実も他の森などでも取れる。そのため、ルワズといったらこの料理、というものがないのだ。
『ワシは美味ければなんでもいいのじゃが』
『美味いっていうのも大事だけどさー。やっぱり新しい町に来たらその町特有の料理を食べたいな。新しい食材や料理方法の発見とかインスピレーションが湧いてきたり。そういう経験が俺の料理にも活きてくるからな』
『ふーむ、そういうものなのか?』
『そういうものなんだ。料理の幅が広がるっていうか。あと美味いもんばっか食べるのもどうかと思うぞ。いつしかそれが普通になってしまうからな。だから同じものばかりじゃなくて色々なものを食べるんだ』
ノインが冒険者になったのも、冒険者はクエストで他の町に行くことがあるからだ。その町でしか食べられない料理や名物料理を食べるのも楽しみの一つ。ここルワズには残念ながらそれがなかったが。
その他にも、自分で魔物の肉や果実といった食材を手に入れることができる。それを使って自分で料理をして美味いものを食べられるのもいい。
それに冒険者は自分の好きなように時間が使える。農家だと毎日決まった時間に畑作業をしないといけない。兵士も決まった時間に決まった仕事をしないといけない。
では料理屋を開けばいいのではないかと思うかもしれない。それなら確かに毎日料理が出来るが、毎日同じ料理を作るというのも何か違う。今のところは好きな料理を好きな時に作るのがノインの性に合っていた。
その点冒険者は、好きな時に好きなクエストを受けて仕事をすればいい。急に料理がしたくなったら、その日はクエストを受けずに料理に没頭する。もちろん、生活に必要なお金がなければ話にならないが、魔法が使えるノインは仕事を選ばなければ生活するくらいのお金を稼ぐことなど簡単な事だった。冒険者という職業は、ノインの趣味と実益の両方を兼ねた仕事なのだ。
『んー、何か作るか?でも食材調達からしないといけないから時間かかるしな……。異時空間収納覚えたんだから、ある程度の食材はいつでも持ち歩いておけるようにしておけばよかったなあ……。まあ、今はそこまで使える資金があまりないから難しいかもしれないけど』
ノインは食材さえあればどこででも料理ができる。土魔法で鍋などの調理器具や食器は作れるし、水魔法で食材の洗浄や水を出す事も出来る。風魔法で食材を切ることも可能だし、火魔法で食材を加熱することもできる。
その食材も異時空間収納を覚えた今なら、資金さえあればいくらでも保存が可能だ。付け加えるならば、各町の名物料理も異時空間収納に入れておけば、いつでも出来立ての名物料理が食べられるだろう。
『しかし、さっきプレデターデーモンプラントの魔石を手に入れたじゃろ?あれを売ればその資金は十分手に入るのではないか?』
『確かにな。でもあれ売れるのかなあ?あそこまで巨大な魔石なんて見たことも聞いた事も無いからどうなることやら……』
ゴブリンのようなEランクの魔物ならば小粒くらいの大きさの魔石だ。ゴブリン・シャーマンなら小石くらいの大きさになるだろうか。それと比べるとプレデターデーモンプラントの魔石は大きすぎるし、一人ではまず持てないだろう。
『でかすぎて売れないなら砕いて細かくすればよいのではないか?』
『んー、それはそれで勿体ない気もするよなあ。でかい魔石の方が売れるのは当然だし。まあその辺の判断は、実際に売れるか確認してからだな』
プレデターデーモンプラントの魔石のことはとりあえず置いておき、昼食を食べるべく適当にぶらつくノイン。流石に今から食材調達をして作るのは時間がかかるので、どこかの店に入るか屋台で買う方針にした。
『む、あちらの方からいい匂いがしてくるぞ』
『この香ばしい匂いはタレを焼いた匂いだな。この先で串焼きの屋台でもあるのかな』
『行ってみるとしようぞ』
あまりルワズの町中を歩き回っていないこともあり、どこにどんな店があるのかわからないノインとライムエル。匂いに誘われるまま歩いていくと、そこにはいくつもの屋台が並んでいた。
「屋台通りかな。どこの町も屋台が立ち並ぶ通りはあるもんだ。ここで適当に何か食べていくか」
『この匂いがするのが食べたいぞ』
「はいはい」
ライムエルの希望に従い、香ばしい匂いがする方へと足を進める。ノインの想像していた通り、串焼きを売っている屋台だった。
「いらっしゃい!……ん?頭のはテイムした魔物かい?」
「まあね。ここは何の串焼きを売ってるんだ?」
「うちはフォレストウルフだな」
フォレストウルフはフーズベール大森林で多く生息している魔物である。手に入りやすい肉なのでここの屋台でも売っているのだろう。
「とりあえず二本頼むよ」
「塩とタレ、どっちにする?」
「へえ、塩焼きもあるのか?」
「たまーに塩焼きがいいってやつもいるから一応用意してるんだよ。まあ、おススメは俺様特製タレの方だがね」
味付けを選べるとは思っていなかったノイン。しかし、フォレストウルフの肉は独特の臭みがあり、苦手という人も多い。塩焼きではその臭みがモロに感じられてしまうだろう。だがこの臭みがいいという者も少なからずいるらしい。
ノインはこれはライムエルの食教育にはいいのではないかと思った。
「ひとまず塩で」
「ほう、お客さん。臭みが気にならない人か」
「ちょっと食べたくなってね」
「わかった、ちょっと待ってくれ。塩は注文受けてから焼くからな」
屋台の店主は注文を受けると、串に刺されたフォレストウルフの肉を焼き始めた。すると辺りに獣臭い独特の匂いが漂う。とはいえ、タレが焦げる香ばしい匂いの方が強いので、そこまで気になるというほどではないが。わざわざ注文を受けてから焼くというのは、この独特の獣臭さが辺りに広がるのを嫌ってのことだろうか。
『ノインよ、匂いはあのタレとかいうのから漂ってくるのではなかったのか?何故そちらを頼まなかったのだ?』
『タレの方も後で食べさせてやるから。まず最初は塩からな。そっちの方が肉本来の味がわかるからさ。一回経験で食べてみるぞ』
『そういうものなのか。まあ、食事に関してはお主に従おう』
そうやって念話でしばらく会話をしていると肉が焼き上がったようで、店主がノインに渡して来る。
「ほい、塩焼き二本。銅貨二枚な」
フォレストウルフの肉は手に入りやすいという事もあり安いようだ。ノインは銅貨二枚を店主に手渡し、串焼き肉を二本受け取る。そのうちの一本を頭上のライムエルに渡した。
ノインは手に持つフォレストウルフの串焼きを口に入れる。独特の獣臭さが口に広がるが、ノインはそこまで嫌いではない。野性味溢れるこの獣臭さは、正に肉を食べている感があるからだ。ただ、味そのものはそこまでではないので、毎日フォレストウルフの肉ばかりはちょっと遠慮したいが。
『うーむ、これならオークの串焼きの方が良かったのう。この串焼き肉は臭みが強いし、味もそこまで美味いとは思えん』
ライムエルも貰った串焼き肉を食べたのだろう。念話で味の感想を伝えてくる。ライムエルの口には合わなかったようだ。
『ま、そうだよな』
『……ノインよ。お主、わかっていながらワシに食わせたのか?』
ライムエルはノインに少し弱めの威圧をかけてくる。ノインは慌ててライムエルに弁明する。
『まあ落ち着け!塩焼きを食べさせたのには理由があるんだよ!』
『ほう、理由とな?それはなんじゃ?』
『今からタレにつけて焼いたフォレストウルフの串焼きを注文するから、それを食べてみてくれ。塩焼きは肉本来の味だからな。それと比べればなんでかわかるよ』
ノインは店主に追加でタレを二本注文する。タレの方は予め焼かれているので、すぐにノインに手渡された。ちなみにタレの方は二本で銅貨四枚であった。タレの分値段が高くなっているのだろう。
ノインは先程と同様に一本をライムエルに手渡す。ライムエルはそれを素直に受け取り、すぐに口に入れた。
『む!?これは先程とは違い、獣臭さがほとんど感じられないな。味もタレがいいのじゃろう。香ばしくて食べやすいではないか!』
ノインもライムエルに続いて食べる。獣臭さが消えていて食べやすい。加えてニンニクや複数のハーブを使っているのか食欲が刺激される。酢やレモンといった酸味豊かなものも使っているのかさっぱりした味わいだ。
『タレで肉の臭みを消して食べやすくしてるんだ。そのままだと食べづらいものでも、しっかりと下処理や味付けをしてやることで、美味くなるんだよ』
『ほう。それをワシに教えるためにわざと塩焼きを食べさせたと?』
『そうそう。説明するだけよりも、自分で体験した方がわかりやすいだろ?』
『うむむ、確かにな』
あっと言う間に串焼きを食べるノインとライムエル。一本では足りなかったので追加でまた一本ずつ追加で頼んだ。
「うーん、このタレは絶妙にフォレストウルフに合うなあ。一体どうやって作ってるんだ?」
「ニンニクとか香りが強いハーブをメインにしたガツンとした味にしてるのはわかるんじゃねえか?詳しい材料とか配分までは教えられねえな」
タレは作った料理人を表すものと言ってもいい。それを簡単に教えるなんて物好きはいないだろう。だが、ノインも本気で教えてもらおうとは思っていない。こういう話を投げかける事で料理人の腕を褒めているのだ。聞かれる方も褒められているのはわかっているのでまんざらではない。
『よし、今度はあっちの屋台にいこうぞ』
『はいはい』
ノインは串焼き屋の店主に再度美味かったと告げると、腹を満たすべく次の屋台へと行くのだった。