第十七話:食後のお話
「いやはや、アレだけの量をどうやったらあんな小さな体に入るのやら……」
「すいません、すいません……」
ブライルに平謝りするノイン。貴族に対する謝り方ではないのだが、ブライルは特に気にしてはいない。それよりも、テーブルの上にある空になった大皿と満足気な表情のライムエルを交互に見ている。そう、ライムエルは3mはあった七色鳥をほぼ一匹で食べつくしたのだ。先ほどまでほろ酔いでいい気分だったが、それも今は醒めてしまっている。
ライムエルは満足気だ。だが彼女は、以前ノインに言われたことを忘れているようだ。食べ過ぎれば飽きが来るという事を。むろん、それはライムエルが食べ過ぎないようにする方便でもあったのだが、目の前の出来事を見て再教育をしなければならないと感じるノインだった。
しかし、ノインも油断していていた部分があったと言えよう。高級食材である七色鳥を使った料理にそれにあうワイン。それを堪能しつつ貴族とは思えない気さくなブライルとの会話。そして料理長に七色鳥の丸焼きの調理技法や、食材調味料などについての質問。まさにノインにとっての至福の時であったと言えよう。だからこそ、ライムエルから意識を離してしまった。
ライムエルの腹が底無しであろうというのは、猫舞亭での一件から予想はしていた。ただ、自分の十倍近い大きさの七色鳥を食べつくすとは思えなかった。どう見ても、自分の質量よりも食べた質量の方が大きい。だが、ライムエルの大きさは食べる前と然程変わっていない。アレだけ食べた肉はどこに消えたのだろうか。
「いやいや、七色鳥は君らのために用意したものだから気にしないでくれ。余ったらお土産にと思っていたし。だが、ライムエル君のお腹の中に入った肉はどうなったんだろうね……」
「すいません、私にもわかりません」
「まあ、そうだろうね。ドラゴンと食事をすることなど、君がテイムしなければありえないことだろうし。……いや、守護龍が鎮座するかの国ではあり得る事かな?」
「守護龍……。ウィズドラ王国のことでしょうか?」
「その通り。あの国はテイムではないが、守護龍ディヴァーナが御山に住んでいるからね」
白銀の龍に守られた国、ウィズドラ王国。かの国は、一人の青年が魔物の脅威や国々の侵略から人々を守るために作った国だと言われている。その青年が国を建国する際に協力を求めたのが、高い知能を有し人の言葉を理解するディヴァーナ。青年の想いに共感したディヴァーナは彼と契約を結び、守護龍として今もなおウィズドラ王国を守っているという。その契約の詳細は王族にのみ伝えられ、代々引き継がれているとのことだ。
「とはいえ、ディヴァーナは滅多に人前には現れないと言われていますが」
「まあ、単なる想像だからそこまで気にしないでくれたまえ。さて、私も次の予定が入っていてね。今日はこれでおひらきとさせてもらおうかな」
食事を始めて一時間ほどは経っているだろうか。ノインも特にブライルに対して用はないので、素直にその言に従う。
「わかりました。本日はこのようなもてなしをしていただき、ありがとうございました」
「いやいや。喜んでもらえてよかったよ。それに有意義な話し合いもできたしね。そうだ、ノイン君。近いうちにこの街を離れる予定はあるだろうか?」
「いえ、今のところそのような予定はありません。もしかしたら、ギルドでの依頼で離れる可能性があるかもしれませんが」
「なるほど。もし、この街から離れる場合は、私に一報入れてもらえるだろうか?不測の事態に備えるために、君の動向を知っておきたいのでね」
「わかりました」
これで話は終わりとばかりに、ノインは執事のゼイルに席を立つように促される。満足そうに目を閉じているライムエルをいつもの定位置に乗せて、ノインはブライルと向き合った。
「楽しい時間だったよ。それではまた会おう」
「はい、それでは失礼します」
頭にライムエルを乗せているために頭を下げることは出来ないが、その代わりに目礼をしてその場を後にしたノインだった。
ラウルレッド伯爵家の馬車で猫舞亭まで送ってもらったノインとライムエル。ちゃっかり屋敷を出る前にゼイルからお土産のクッキーを持たされてライムエルはご機嫌だった。ただ、あれだけ食べたのだから、今日そのクッキーをライムエルに与える事はしないと心に決めたノインだったが。
まだ日は高いが昼間からワインを飲んだノインは、今日はもう外に出歩かずに宿で身体を休めることにした。慣れない貴族との会話は知らず知らずのうちにノインに精神的な疲れを与えていたようだ。部屋に入るなり、ライムエルを頭から降ろしてベッドへと横になるノイン。眠気はないが、横になるだけでも心身は休まるはずだ。
それにしても、ラウルレッド伯爵が貴族としてノインに無茶な要求をせず、ノインの意思を尊重してくれたのはありがたかった。また、自分の後ろ盾にもなってくれそうというのは心強い。本日の話し合いは悪くない結果だと言えよう。
(しかし、改めて考えるとライムって謎だよな)
数百年、下手すると千年以上を生きているのにも関わらず、身体の大きさは三十cmほど。ノインが知らないだけで、そのようなドラゴンの種族があるのかもしれないが。それでもその身体の大きさで、自分の身体以上の肉を食べてもお腹が膨らんでいるという事も無い。人の言葉も話す事が出来るし、様々な魔法も扱えるという。ノインの知らない知識も有しているだろう。そんなドラゴンが、何の因果で自身の使い魔になったのかノインはわからなかった。考えれば考えるだけ疑問が出てくる。とりあえず、今まさに気になっていることをライムエルに聞いてみることにした。
『なあ、ライム。お前、さっき自分の身体以上の七色鳥食べてたけど、食べた肉はどうなったんだ?』
『ん~?そんなもの、既に分解して魔力になったに決まっておろう』
「は?分解して魔力?」
思わず念話ではなく声に出してしまったノイン。
『知らんのか?多かれ少なかれ、全ての動植物は魔力を宿しているものじゃ。魔力を有するものを食べる事によって、自身の魔力にするのはワシにとっては造作もないこと。ワシはお主ら人に比べて、その分解能力が非常に高いということじゃな』
『へー、そうなのか。ん?つまりは俺とかも食事をすれば魔力を回復できる?』
『人も含めて、食べるという行為を行う者は多かれ少なかれ魔力を得ておる。ただ、人はすぐに満腹になるようであるからのう。変換効率も見た感じ悪そうだから、魔力回復の為に食べるというのは違っているように思うぞ。人の食事とは、魔力を得るというより自身の身体を作り維持するためのものじゃないかの?』
『人とドラゴンとの生態の違いというところか』
なるほどと頷くノイン。ただ彼は気づいてしまった。食べた端から消化(分解)するということは、どれだけ食べても腹には溜まらない。ということはだ。ライムエルはどれだけでも食べられるという事。もしかしたらノインは、この世を食べつくすモンスターを誕生させてしまったのかもしれない。しっかりと一食で食べる量を覚えさせねば。そう思うノインであった。
『それにしても、先ほど食べた七色鳥は美味かったのう。他にもあのような美味い魔物の肉はあるのか?』
『うーん、美味いって有名なのはやっぱり討伐ランクが高い魔物かなあ。グリフォンとか千期亀、キマイラとか美味いって聞いた事あるけど、俺は食べたことないな』
魔物には討伐ランクが定められており、SランクからEランクまである。討伐ランクは基本的に魔物の強さで定められている。今ノインが挙げた魔物は全てSランクであり、生半可な力では倒す事の出来ない魔物だ。それゆえに、市場には滅多に流れない肉であり、売っていたとしても一般人には買うことは出来ない。
あえてノインは言わなかったが、ドラゴンの討伐ランクは最低Sランクである。さらに、最も有名な美味い肉である。もちろん、ノインはライムエルのことをそんな目で見たりしてはいないが。
先程二人が食べた七色鳥はBランク。多彩な魔法を放つ上に、自身の魔法抵抗力も高い。ただ臆病な性格であり、あまり積極的に攻撃してくる事も無く、すぐに外敵から逃げることが多い。そのため、倒す手段を持ち、逃げ道を防ぐことが出来るのであればBランクの中でも倒しやすい部類である。
ちなみに、討伐ランクと冒険者のランクは基本的には連動している。新人冒険者のFランクを除き、討伐ランクの魔物を倒す力がなければ、冒険者のランクは上がらない。つまり、七色鳥を倒す力を持つ冒険者であるならばBランクになる。ただ、一人で魔物に対するという事もない。数人でパーティを組んで魔物を倒すというのが一般的だ。そのため、個人のランク以外にもパーティランクというのも存在する。これらは全て冒険者ギルドで情報がまとめられており、個々人が持つギルドカードにも記載されている。
閑話休題。
『ふむ、あやつらの肉は美味かったのか。そこまで強いとは思わんが、美味いのであるなら今度見かけたら狩るとするか』
「え!?今挙げたのってSランクモンスターなんだけど、ライム的に強くないの!?」
『うむ。そこいらによくいるホーンラビットと然程変わらん』
「……」
ライムエルの見た目は愛くるしい子供のドラゴン。ただそうは言ってもドラゴンはSランク。強いというのはわかっていたが、まさかEランクのホーンラビットと然程変わらないとまで言うとはノインも思っていなかった。
(ん?ということは、ライムがいればそういった高ランクの魔物肉が食べられるという事か!?)
今まではライムエルをテイムしたことで厄介事を抱え込んでしまったと思っていたノインであったが、そこに気付いた事でその思いは逆転した。素晴らしい魔物をテイムしたと。これなら今まで手が出せなかった高ランクの魔物肉を買うのではなく、狩ることで得られると。
(となればだ。これから狩る魔物の計画を立てるべきだな!併せて、どういう風に料理するかも考えないと!!)
フフフと外から見れば不気味な笑い声をあげるノインをよそに、ライムエルはノインからの問いかけがもうないのがわかると、先程食べた七色鳥の味を思い出しながら眠りにつくのだった。




