第十六話:七色鳥の丸焼き
投稿を再開いたします。
その後ブライルがノインに質問する形で話を続けていると、正午を告げる鐘の音がカランカランと聞こえてきた。それを合図にして、部屋の扉がノックされる。
「入りたまえ」
ブライルが返事をすると、扉を開いたメイドが一礼して報告する。
「昼食の準備ができましたので、お知らせに参りました」
「うん、わかった。待たせたね、ノイン君、ライムエル君。準備ができたようだから行こうじゃないか」
そういってブライルはソファから立ち上がり、腕をドアの方へと向けてノイン達を促す。ノインが立ち上がるとライムエルも飛び立ち、ノインの頭の上へと着地した。いつもの定位置である。
メイドの先導のもと、ブライルに連れだって歩いていくノイン。その間もブライルとの会話は続く。
「来た時もそうだったが、ライムエル君はノイン君の頭の上に乗っていたね」
「移動時は何故かいつも頭の上に乗るんですよ。俺としても逸れる心配がないからこれでいいかなと」
ノインの歩くスピードに合わせるのが面倒だから、というきっかけでノインの頭の上に乗り始めたライムエル。歩くには歩幅が短いし、飛ぶには遅いし無駄な力を使う。
「はっはっは。傍から見ると、君が主ということがわかりやすくていいんじゃないか。ただ、ずっとそれだと首が痛くなりそうではあるが」
「いえ、それが不思議なことにほとんど重さを感じないのですよ」
小さなドラゴンとはいえ、見た感じ十数キロはありそうなライムエル。だが実際には体重はそこまでないようなのだ。重いのならば、ノインもここまで簡単にライムエルを頭に乗せて歩こうとは思わなかっただろう。
「おや、そうなのかね?見た目通りの重さではないのかな、ドラゴンというのは」
「どうでしょうか。俺が知っているドラゴンは、このライムだけですし」
「確かに、比較しようもないな。おっと、もう着いたようだ」
案内されたのは庭園を一望できるテラスであった。この屋敷に最初に足を踏み入れた時も思ったが、やはりここの庭園は美しい。庭師の腕がいいのだろう。華やかさを演出する色とりどり花を前面に押しつつも、それが下品にならないように濃い緑の葉がバランスをとっている。
庭園からテラスに目を向けると、中央に少し大きめな円卓のテーブルと数脚の椅子が並んでいる。どうやら昼食はここでいただくことになるらしい。
メイドに案内されるままに椅子に座るノイン。その横には、子供用の少し脚が高い椅子が用意されている。どうやらライムエルのために用意してくれたようなので、ノインはライムエルを頭の上からそちらの方へ移動させる。
「ここで庭園を見ながらお茶を飲むことが多いのだが、たまにこうやって昼食をとることもあってね。簡単にピクニックへと行くわけにもいかないから、こうやって似たような雰囲気の中で、とね」
「同じ料理だったとしても、食事をする環境によって味というのは変わりますからね」
「うん、そうだね。私はこういった自然に囲まれての食事は、四方を壁で囲まれた部屋の中で食べるのよりも一層おいしく感じるよ」
ノインもブライルが言う事はよくわかる。弁当片手に冒険者ギルドの依頼に向かうことが多いノインは、外で食事をする事がよくある。大自然の中でする食事は、何故かおいしく感じるのだ。
そんな会話をしていると、香ばしい匂いがノインの周囲に漂ってくる。その匂いの方に視線を向けてみると、執事のゼイルとコック帽の男性の二人がかりで無茶苦茶大きなお皿に乗った料理を運んできた。パッと見たところ、鳥の丸焼きに見える。が、でかい。3mくらいはあるだろうか。
「あれは……、もしや七色鳥?」
「よくわかったね。昨日、冒険者ギルドから連絡があってね。運よく見つけた冒険者が狩ったらしい。せっかくだから用意させてもらったよ」
七色鳥とは七色の羽を持つ美しい魔物である。羽は多大な魔力が込められており、魔道具に使用されることが多いが、その美しさから工芸品にも使われることもある。また羽だけでなく、その肉も非常に美味なことから、非常に人気のある魔物である。ただそのためか、七色鳥は見つけ次第狩られてしまい、今ではあまり見かけなくなってしまった非常に珍しい魔物だ。
『ほう、七色鳥か。いい匂いがしているがうまいのか?』
『ああ、文句なしにうまい。これは楽しみだな』
念話でノインから返答を聞いたライムエルは、目を輝かせている。
ノインも七色鳥は食べたことはある。単純な塩焼きであったが、その味にはひどく感動した覚えがある。鳥系の魔物は基本的にサッパリとした肉質なのだが、七色鳥の肉はうま味がすごかった。お金があればいくらでも食べられた気がする。七色鳥は滅茶苦茶値段が高いので、当時は串焼き一本で我慢したのだが。
目の前のテーブルに置かれた七色鳥の丸焼き。それをコック帽の男性が切り分けようとしている。彼がこの七色鳥の調理を行ったのだろうか。3mほどある七色鳥を真ん中から豪快に真っ二つにすると、中から色とりどりの野菜やキノコ、ライスが出てくる。どうやら、七色鳥の内臓を取り出して、中に野菜らを詰め込んでいたようだ。それらの野菜とライスを含めて、切り分けた七色鳥をバランスよく丸皿に取り分けると、ノインたちの前へと置かれる。
「格式張ったコース料理では、テーブルマナーも面倒だと思いこのようなものを用意させてもらったよ。取り分けは料理長がやってくれるので、好きなだけ食べてくれたまえ」
そういってブライルはフォークを手に取り、七色鳥を食べ始める。それを合図に、ノインとライムエルも食べ始めた。
ノインが初めに手に付けた部分はもも肉だろうか。皮はパリパリとした食感なのだが、肉はとてもジューシー。下手な焼き方だと肉がパサパサになりかねないが、ここの料理長は腕がいいのだろう。3m近い肉の丸焼きにもかかわらず、見事な火加減で焼き上げている。
「美味い……。焼き加減も絶妙だけど、味付けが凄くいいですね。塩だけでも十分に美味いでしょうに、複数のハーブやニンニク、はちみつも使っているみたいですね」
ノインの言葉を聞いた料理長の眉が一瞬ピクリと動くが、すぐにノインに向かって一礼をした。
「ほう、はちみつかね?言われてみれば塩味の中に甘みがあるような気もするが」
ブライルが料理長の方に目を向けてうなずくと、料理長もその問いに答えを返した。どうやら、主人の許可なく声を発するのを控えていたらしい。
「ええ、ノイン殿の仰るようにはちみつを使っております。はちみつを使うことで甘辛い味付けになるのは勿論ですが、表面の皮の色合いを良くするのと、肉を柔らかくする役割もあるのですよ」
「ふむ、そこまで考えて料理していたのだな。流石は料理長。それに一口で気づくノイン君も流石と言ったところだね」
「恐れ入ります」
七色鳥の肉が美味いのは勿論なのだが、中に詰めていた野菜とキノコ、ライスの味も見事なものだ。七色鳥から溢れ出た肉汁を十分に吸っている。じゃがいも、かぼちゃ、パプリカ、たまねぎ、ブロッコリー、カリフラワー、キャベツ、にんにく、トリュフ、マッシュルームなどなど。溢れ出た肉汁を吸い込んだこれらの野菜やキノコは、七色鳥のうま味を取り込んでワンランク以上の味となっている。素晴らしい味わいと言えよう。
そしてライス。七色鳥の肉汁を含んだこのライスは絶品だ。肉汁を吸ってここまでうまくなるのであれば、ライスは他にも使い道がありそうではなかろうか。この国でもほとんど出回っておらず、遠い東の国でパンの代わりに食べられていると聞いて数回食べたこともある。だがライス単体ではパサパサでほとんど味のない食材で、ノインはこれまで注目はしてこなかった。だがライスとは、様々な色に染める事ができる食材といえるのではなかろうか。七色鳥の肉汁に染められたライスを口にし、そう感じるノインだった。
そうやってじっくりと味わいつつも料理について思いを巡らせるノイン。一方ライムエルは、七色鳥を口に入れるとカッと目を見開いて勢いよく料理を口に運んでいた。どうやらライムエルの口にもあったらしい。既に目の前の取り皿には料理は乗っておらず、嬉しそうにキューキューと声を上げている。どうやらおかわりを所望しているというのを感じ取った料理長が、七色鳥を取り分けている。
「うんうん、七色鳥はこれだけの大きさだ。遠慮せずに好きなだけ食べてくれたまえ。ドラゴンと言えどまだまだ小さいのだから、たくさん食べて大きくならないとな」
と、どこか子供にご飯をたくさん食べさせるおじさんのような発言をするブライル。確かに見ただけではライムエルは小さく、子供のドラゴンに見えるだろう。だが、ノインはライムエルと言葉を交わしたからこそ、ライムエルが子供のドラゴンでないという事がわかる。地形が変わるほどの間、眠っていたと言うのだから。
(そういえば、なんでライムはこんな小さいサイズなんだろう?)
ドラゴンといえば、大きいものであれば数十メートル以上はある。だが、ライムエルは数十センチメートル程度の大きさであり、見ただけでは子供。全ての魔法が使えると以前言っていたので、その言を信じるのであれば物凄い力を持っているのだろう。ただ、巨大なドラゴンと比べるとその実力はどうなのだろうか。
(まあ、今はそんなことを考えるよりも、目の前の七色鳥だな)
ノインは意識を目の前の皿に戻し、七色鳥に集中しようとする。と、そこで目の前の皿を開けたブライルがノインに声をかける。
「さて、まずは正常な状態で七色鳥を味わってもらうため出さなかったが、ノイン君。ワインでもどうかね?このような素晴らしい料理にはワインがあうだろう」
まだ昼間だがね、と言いながら笑い声をあげるブライル。この料理にワイン。あわないはずがない。ノインは激しくうなずいて、真昼間からアルコールを摂取することに決めた。
「ライムエル君はワインは……」
「いえ、ライムエルにはお酒はやめておきましょう。……何かあったら怖いので」
「うん……。そうだね」
ドラゴンは酒好きという話も聞いた事はあるが、ライムエルがまともに食事をし出したのはここ最近。おそらくは酒など飲んだことは無い。もしも酔っぱらって制御不能にでもなったりしたらどうなることやら。
当のライムエルは自分の名前が呼ばれたからか、食べる手を一瞬止めて声を上げた二人の顔を見るライムエル。
『ワインとやらは美味いのか?』
『まだライムには早いから駄目だ』
『むぅ……。まあ、食事に関してはお主にまかせておるから、それに従うとするかのう』
念話でワインについて尋ねられたが、ノインにダメだしされるとすぐにまた食事を再開した。ものすごい勢いで食べているライムエルは、既に3回おかわりしている。そんな小さな体にどれだけの量が入るのだろう。
メイドが持ってきたワインを二人の前にあるグラスに注いだ。
「既に食事は始まっているが改めて。我々の出会いに乾杯しようじゃないか」
ブライルがおもむろにグラスを持ち上げると乾杯の音頭を取る。それに合わせてノインもグラスを持って応える。
「ええ、乾杯」
こうして食事会は進んでいくのであった。