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腐ってもタイ! 連載版  作者: 中村沙夜


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サイリュート到着

「なあ、鯛子さん……どうしても、駄目か?」

 リューモーンの滝の前で、今にも泣きそうな表情のヤヒコと無言の鯛子の問答は続いていた。

「鯛子さん、仕事してくれるのはありがたいんだけどさ、やっぱ俺、普通に登りたいよ……痛いし怖いし」

 切々と訴えるヤヒコに、無情にも鯛子は水球を喰らわせた。

「なあ、回り道、しよう? 滝さえすぎちまえばその後は鯛子さんに乗るからさ」

 なおも訴えるヤヒコに、鯛子はくるりと背を向けた。無言の『どうでもいいからさっさと乗れ』の合図である。

 ヤヒコは沈鬱な面持ちになった。


 白銀が滝の前で腕立て伏せをしていると、ヤヒコがとぼとぼと歩いてきた。

「おお、殿、お話は終わったでござるか?」

「……やっぱ乗らなきゃ駄目だってさ」

「まあ、いいではござらんか。鯛子殿も殿のお役にたちたいのでござるよ、きっと」

「じゃあ、着水失敗してお前の体がへこんでも治してやらないからな!」

「そ、そんな殺生な!」


 こうしてヤヒコ達はまたしても

「うぎゃあああがぼがぼがぼ」

「のわあああー」

「きー!?」

 鯛子の背に乗って滝登りをしたのであった。






 若干ぼろぼろの水浸しになったヤヒコ一行は、広大な平野を流れる河をすいすいと遡上していた。

 ヤヒコのポケットの中で、福助と白銀は目を回している。

「ううう、体中が痛い……」

 鯛子の背の上で、ヤヒコは泣き言を言い続けていた。実際、滝登りの際に体をそこらじゅうにぶつけたせいで体中が痛むのである。下級回復魔術で少しは治したが、ヤヒコ自身そこまで高度な回復魔術を使えるわけではないのでまだ痛みが治まらない。

「今度ジェイレット島に行ったら、回復魔術も勉強しよう……」

 ぼやくヤヒコであった。


 滝までの道程では釣り人を多く見かけたが、滝を過ぎてからは全く見かけない。何故なら、滝を境にして周辺のモンスターがノンアクティブからアクティブ、つまりプレイヤーを認識した途端に襲い掛かってくるようになり、それに加えて強さも段違いに強くなるので、のんびり釣り糸を垂らして座っているどころの話ではなくなるからである。

 現在も、河岸近くにいるモンスター達が、ヤヒコ一行が目の前を通り過ぎるたびに襲おうとしている。しかし鯛子の泳ぎが速いため、すぐに興味を失ったり追いかけそびれている状態である。

「鯛子さん、急いでくれよ……捕まったら俺達ミンチだぜ……」

 チキンなヤヒコは周囲のモンスター達をきょろきょろと眺めつつ、鯛子の背で怯えていた。

 何しろ、ここら周辺のモンスターはみんなヤヒコよりもレベルが高いのである。万が一捕まったら、あっという間に殺されてしまうだろう。一対一なら白銀や福助まで動員してまだ何とかできないこともないかもしれないが、どのモンスターも群れを作って行動しているようなのである。何とも厄介な相手だ。

「帰りもここを通るのか……もう、やんなってきちゃったなあ……」

 どこまでも小心者なヤヒコであった。






 やがて日が暮れる頃、ヤヒコ一行はサイリュートの門前に辿りついた。

 門は二つあり、ひとつは歩行者用の門で、もうひとつは河を進んできた船用の水門であった。どちらの門でもNPCらしき兵士達が通行者をチェックしているらしく、列ができていた。

「俺達はどうしようか?」

「河を進んできたのでござるから、このまま河の門で良いのではござらんか?」

「それもそっか」

 そんなわけで、ヤヒコ一行は数隻並んだ船の一番後ろに並んだ。


 兵士達はやって来る船の荷を順繰りに検め、危険物の持ち込みがないかどうかを入念にチェックしていた。

「うむ、この船、行って良し! 次、は小さい……な??」

 それは、大きな薄紅の魚であった。

 その背に一人の青年が乗っている。

「「「……」」」

 兵士達は考えた。これは何の冗談だろうか、と。

「……き、君は……何かね?」

「え? この町に入りたいんですけど」

「何故、ここに並んでいるのか、というか、何で魚に乗っているんだ?」

「何でって……こいつは俺の召喚獣です」

「そ、そうなのか、召喚獣か……」

 しかし、召喚獣だからなんだというのか。

「河を遡って来たのでそのままここに並んだんですけど、駄目でしたか?」

「ううむ……」

 人間が魚に乗ってここを通行するなど、前例がない。というか、この門は河を行き来する者用の通路とはいえ、今までは船専用だったのだ、魚に乗った人間など想定外のケースである。

「えー……魚は……どうにかできないのかね? 水槽に入れて持ち込むとか……」

「一応この壺に入りますけど」

 そう言って差し出されたのは明らかに魚より小さい壺だった。どうやったら詰め込めるというのか。

 無言になった兵士たちの前で、青年は魚から降りて、魚を壺に入れた。どういう仕組みなのかはわからないが、大きな魚は、その小さな壺の中につるりと入ってしまった。恐る恐る壺を覗くと、中には小さな魚が入っていた。……何が起こったというのか。

「…………世の中、まだまだわからんことが沢山あるな」

「は?」

 青年は怪訝な顔をするが、兵士は首を振った。

「召喚獣は魚だけか?」

「ええと、あと二人……福助、白銀、出て来い」

「ききっ」

「わかったでござる」

 青年がそう声を掛けると、彼のローブの左右のポケットからコウモリと小さなリビングアーマーが出てきた。そして兵士たちの前でにょきっと巨大化するリビングアーマー。

 金属ってこんなに伸縮するのか。ついに兵士達は思考を放棄した。

「……君達はあっちに並びなおしなさい」

「えっ」

「いいからあっちに並べ!」

「は、はい!」

 兵士達は青年達を歩行者用の列へと追い出した。これ以上の想定外が飛び出してくる前に。


「ちぇっ、何だよ、せっかく並んだって言うのに……」

「わけがわからなでござるなあ」

 歩行者用の列の最後尾に並びなおしたヤヒコ一行であったが、こちらの列は河の門より渋滞していて、夜までに町に入れるかどうかわからなかった。

「――君達は、この町は初めてか?」

 丁度ヤヒコの前に並んでいたNPCの旅人と思しき人物が話しかけてくる。

「はい、初めてです」

 素直に返事したヤヒコであったが、

「なら、どうしてあんなに目立つことをしたのかね? あれでは衛兵達に目をつけられるに決まっているだろう!」

 物凄く厳しい声でお叱りを喰らった。

「え、はい、すみません」

「大体何かね、魚に乗ってくるなどと。他にまともな移動手段はなかったのか?」

「え、な、ないです」

「それにそんなに水浸しで町に入るつもりだったのかね? しかも着ているローブはボロボロじゃないか!」

「」

「全く……《ドライ》! 《リペア》! 少しは身だしなみに気をつけたまえ!」

 こうして、旅人の魔術によってヤヒコ一行は乾かされ、装備を修理された。

「あ、ありがとうございます」

 礼を言いつつ改めて旅人の顔を見る。

 くすんだ金髪を丁寧になでつけた、神経質そうな顔をした眼鏡の男性で、金の刺繍の入った暗い赤色のローブを着て、赤い宝玉のついた黒い杖をついている。その恰好からして恐らく魔術師だろう。

「礼を言う時は相手の名前を聞くべきだろう!」

 彼はまだ怒っていた。

「私の名はアルバ――そう、アルバだ。君の名は?」

「えっと、ヤヒコです」

「し、白銀でござるよ」

「……きい」

「こっちの壺に入ったのが鯛子で、こっちのコウモリが福助です」

 返事をしながら、ヤヒコはこの旅人はいったい何者なのかと考えた。会話は質問というより詰問だし、いきなり見ず知らずの人間相手に説教してくるし、でも親切にしてくる。一体彼は何がしたいのか。

 姿勢が悪いからこうしろ、装備が貧弱だからこれこれの杖を持て、などと、彼の説教なのか親切な忠告なのかわからないお話は、結局彼等が兵士達の検査を受けて門をくぐるまで続いた。

 

「やっと町に入れたでござるなあ」

「待ちくたびれちゃったな」

「きー」

「で、これからどこか行くあてはあるのかね?」

「えっ、アルバさんも一緒に来るんですか?」

「何か不満でもあるのか、君は」

「ええっと……何でもないです……」

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