閑話 七夕
その日、《始まりの町》中央に位置する噴水広場に大きな笹が立てられた。これはプレイヤーの有志達の手によるものであるという。笹飾りや短冊などが次々と用意され綺麗に飾り付けられている笹竹には、面白がったプレイヤー達により多くの願い事を書いた短冊が飾られ、噴水広場は普段よりも賑わっていた。
ヤヒコが囮卵を白猫料理店本店に運び込むと、エリン達はとても上機嫌であった。
「あら、ヤヒコ君いらっしゃい。今日は七夕だから七夕スペシャルなのよ」
「すぺしゃる?」
「そう。本日ご来店いただいたカップルには割引サービスとか、今日だけの特別メニューとか」
「へえ、楽しそうですね」
良く見ると店内には小さな笹が持ち込まれ、色とりどりに飾り立てられている。ヤヒコが持ってきた囮卵も特別メニューの素材に使用されるらしい。道理で、今日はできるだけ多く持ってきてくれというエリンからの依頼があったわけだ。
囮卵は相変わらずの高い値段で取引されている。ヤヒコがよく行くあの3つの島以外にも手鞠鳥が住んでいる島は発見されたらしいが、中々供給が増えないらしい。どの島も陸からそこそこ離れた小島であるので、いちいち卵を採りに行くのが面倒らしい。
「そうそう、ヤヒコ君は噴水広場にはもう行った?」
「行ってませんけど、何かあるんですか?」
「《始まりの町》自治会主催で大きな笹を何本か用意したの。頑張って飾って噴水の傍に立ててあるから行ってみてよ。短冊とペンも用意してあるから、何かお願い事とか書いてくればいいんじゃない?」
「わかりました、後で行ってみます」
《始まりの町》自治会が主催のイベントだけあって、白猫料理店本店だけでなく、他の多くの店も七夕にちなんだサービスをしていた。七夕サービスをしている店舗をまわるスタンプラリーをしているところもあるようだ。随分と大がかりなプレイヤー主催イベントである。
「ていうか、運営は何もしなかったのか……」
多くのネットゲームでは運営が率先して季節のイベントを開催するものだが、このゲームの運営はあまりイベントをやらないらしい。かといって、イベントをやったと思えばこどもの日のような大惨事を引き起こすことも多く、プレイヤーのほうからも要望を出すに出せない状態らしい。ということで、少なくとも《始まりの町》のプレイヤー側としては、今日この日の自主的イベントに運営からのちゃちゃを入れられないように祈る方が先に来ている様子である。
「噴水広場ってどっちだったっけな」
噴水広場へと向かうべく道を探すヤヒコの視界の端に、カッと光が走る。
思わず視線を向けた町の向こうに、大きな大きな鎧が見えた。
「え!? なんで!?」
「ちょっと運営何してくれてんだよおおお!」
「どうして今このタイミングで!?」
プレイヤー達は口々に言い、空気を読まない闖入者の現れた西門に殺到する。
これで町に入られて、イベントをめちゃくちゃにされてはたまらない。
プレイヤー達は閃光と共に再び現れた巨大鎧――魔鎧将キュイラースに立ち向かうため、西門に集うのであった。
「……絶対運営の差し金だろコレ!」
ヤヒコもまた西門へと駆ける。安心安定の運営への低評価っぷりには笑うが、この事態は笑えない。
門の前はとんでもない人だかりで、中々前へは進めない。
「人族共! 少しは鍛錬しておったか!? 今日と言う今日こそは我と戦ってもらうぞ!」
キュイラースの大音声が響き渡る。
「不味いわね……これじゃあせっかくのイベントが台無しよ!」
ヤヒコの傍にはいつの間にかエリンが来ていて、悔しそうにキュイラースを見ている。
「どうします、エリンさん。このままここで戦闘になったら、町がめちゃくちゃになりますよ」
ヤヒコの問いかけに、エリンは難しい顔をする。
「……どうにかして、この前みたいに戦闘から思考を遠ざけることができれば……!」
そこに、サーシャが息を切らして駆けてくる。
「大変ですよ、ギルマス! 『黒狼旅団』が話を聞きつけてこっちに向かってるそうです!」
「そんな……あいつらが来たらあっという間に戦闘……いえ、戦争になるわ! 何としてでもあいつらが来る前にことを納めないと……イベントが……イベント……そうだわ!」
「え、何かいい案が?」
エリンがいかにもすごいこと考えついちゃった系のドヤ顔で言う。
「キュイラースさんに、イベントに参加してもらうのよ!」
キュイラースが腕に自信のある人族が名乗り出るのを今か今かと待っていると、人ごみが割れ、一人の少女が進み出てきた。
「ふむ、貴様が我の相手ということか?」
「……キュイラースさんは、大変いい時にいらっしゃいました」
少女はにっこりと笑って言葉を続ける。
「今日、この町はお祭りの日なんです。町の中に色々飾りつけされてるのが見えますよね?」
言われて門の内側を覗いてみれば、確かに色とりどりの紙と思しきもので作られた装飾された植物が町のところどころにあるのが見える。
「今日は七夕と言って、自分の願い事をこの短冊と呼ばれる紙に書いて願を掛ける習わしなのです。良かったら、キュイラースさんも参加されませんか?」
「祭りか……そのような人族の祭りがあるとは、我は知らなんだ」
「ならぜひご参加ください。きっと楽しいですよ!」
「……うむ、良かろう。今日はそのタナバタとやらに参加してくれようぞ!」
「「「「「おおおおお!!」」」」」
少女――エリンはガッツポーズをし、プレイヤー達は割れるような拍手で持って巨大鎧を出迎えた。
『黒狼旅団』が息を切らして《始まりの町》に辿りついた時、町は和気藹々とした雰囲気に包まれていた。町の中心部の噴水広場では、少しサイズが小さめになったキュイラースが『武運長久』などと書いた短冊を飾ったり、プレイヤー達から貢がれる七夕限定菓子を頬張ったりしていた。
「え? ……え? なんなんだこれ……」
呆然とした黒狼の声が虚しく響く。
「強い敵が来たんじゃなかったのかよ、一体どうなってんだよ……」
そんな黒狼の肩を叩く者があった。ヤヒコである。
ヤヒコは黙って黒狼に短冊とペンを差し出した。黒狼もまた黙って受け取る。
「…………」
長いこと黙り込んでいた黒狼が書き上げた短冊には『つよいやつとたたかいたい』と書かれていたという。




