鯛子、着替える②
エリンに連れられ服飾生産系ギルド『月夜の森』にやってきたヤヒコ達。店員の少女に絡まれた人型鯛子はすっかり萎縮してしまった。ヤヒコの後ろに隠れてぷるぷるしている。いつもの無言で行動ありきの鯛子とは大違いである。こんな様子で彼女の装備など注文できるのだろうか。
「ヤヒコ君、こちらのミカちゃんが『月夜の森』のギルドマスターさんよ。ミカちゃん、こちらは召喚士のヤヒコ君と、ヤヒコ君の召喚獣の鯛子ちゃんと白銀君と福助君。それからそのお友達のマックス君」
エリンがてきぱきと双方を紹介していく。手際のいいことだ。
「今日はね、鯛子ちゃんが人間に化けられるようになったから、その装備を整えに来たの。とはいっても、あんまり長い時間変身してられないのよね?」
「あ、はい、そうです。あと1時間くらい……だよな? 鯛子」
「……はい、そのくらいです……」
「ということで、今のデフォルトの目立ちすぎる装備を、ちょっと目立たない服装に変えたいの。良いのあるかしら?」
「召喚獣ですか……」
ミカが少し考え込む仕草をする。
「彼女、元々はどんな召喚獣なんですか?」
「鯛よ」
「……タイ? 魚なんですか?」
「言われてみれば、服の色とか髪の色とか鯛っぽいかも……」
むむむ、とミカとアカネは唸る。
「となると、耐水性があったほうがいいのかな? でも一から服を仕立てている余裕はない、と……召喚士さん、その子はどれくらいの間隔で変身できるんですか?」
「週一で2時間とか言ってたけど……」
「じゃあ、今日はとりあえず採寸して適当な既製服を見繕っておいて、来週までに本命を仕上げて、来週変身した時に試着と手直し、ってことでいいでしょうか?」
「じゃあ、それでお願いするわ」
「ちょ、え、えーと、エリンさん……」
「じゃ、アカネちゃん、お客さんの採寸するから手伝ってー」
「はーい」
ヤヒコが口をはさむ隙もなく、今後のスケジュールが決まってしまったらしい。鯛子はヤヒコの後ろから連れ出され、ミカとアカネにより店内にあった試着室に連れ込まれてしまった。
「ヤヒコ君のことだから、絶対に上着か何かを着せればいいとか言うと思ったんだけど」
「え、駄目なんですか」
「駄目よ、女の子に適当なもの着せてお終いなんて……あんなに可愛い子だもの、色々揃えてあげたほうが、鯛子ちゃんだって喜ぶでしょ」
エリンは拳を握って力説する。そんなものなんだろうか。
『たいこさん、きっとよろこぶとおもいますよ! わたしもぬしさまといっしょにおかいものにいきたいなあ』
その声に背後を見ると、いつの間にかマックス君が蛇の恰好に戻っていた。変身時間が過ぎてしまったらしい。
「げっ……どうしよう……町中ででかい蛇とか、絶対目立つ……」
「ヤヒコ君がいるんだから大丈夫でしょ。召喚獣ですって言っとけばいいのよ。それに、マックス君はちっちゃくなれるじゃない。ポケットにでも入っておいてもらいなさいよ」
『もっとながいあいだへんしんできるように、れんしゅうしないといけませんねー』
マックス君はしゅるしゅると小さくなり、ヤヒコは福助の入っていない方のポケットにマックス君を入れた。福助はまだ変身できないか頑張っているらしく、色々なポーズをとったり、「きー!」と掛け声をかけてみたりと忙しいようだ。白銀も白銀で、何事かブツブツと呟いたり、「ふん!」と気合を入れてみたりしている。……思いっきり営業妨害である。
「白銀も福助も、もっと静かにしろ。店の中だぞ」
「しかし殿、まだ変身できてないでござる!」
「ききっ!」
「お前らは別に今変身する必要ないから、大人しくしてなさい」
「そんな殺生な……」
「きい……」
うなだれる1人と1匹。今は他の客がいないからそこまで迷惑にはならないかもしれないが、しかし、店の中でそんなことをしてうっかり何か壊してしまっても困る。
一体何を話しているのか、試着室の中からはきゃわきゃわと少女達の姦しい声が聞こえてきて、鯛子は大丈夫なのかとふと心配になるヤヒコであったが、覗くわけにもいかない。店内を見回すと、どちらかと言うと若い女性向けの衣装が目立つ。これでは商品を見て時間をつぶすこともできない……とヤヒコは困り果てた。
エリンはエリンで商品を見てまわり、あれが良い、とかこれなんかどうかしら、などと言っているが、ヤヒコは暇だ。ひますぎたので、仕方なく、ポケットの中の福助とマックス君を弄りまわす。福助は撫でてやると機嫌がよくなるが、マックス君はどうなのだろう、とりあえず腹をくすぐってみた。
『きゃー、なにするんですかやひこさん、おなかはやめてくださいー!』
そんなマックス君の抗議の声を無視し、2匹をくすぐったり撫でたりすることしばし。ようやく顔を真っ赤にした鯛子といい笑顔の店員2人が試着室から出てきた。鯛子の衣装が変わっている。白を基調にしたローブを羽織らされているようだ。
「魔法職系みたいだったので、装備は魔術師向けでいきますね。ローブを基本にして色は赤とかピンク系に白あわせていこうかなと」
「とりあえずはこのローブを着ておいたらいいですよ。耐水のエンチャントもついてますし」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとう二人とも。じゃ、また1週間後ということでいいのかしら?」
「はい、楽しみにしててください!」
とりあえずのローブの代金を払い、店を出る一行。とりあえず白猫料理店本店に戻ることになった。
店を出て、しばらくしたところで鯛子が口を開く。
「……あの、皆さん……今日は、ありがとうございました」
「え、急にどうした?」
「その……私は、あまり陸の上で過ごしたことがなくて……だから、今日はとても、楽しかったなって……いつも、陸のとこは壺から覗いてるだけでしたし……」
小さな声で、しかしはっきりと、鯛子は言う。
「だから、これから……もっと自分で陸の上のこと、見てみたいなって思うんです。ヤヒコさま、これからも、こうして一緒に陸のこと、見せてくれますか……?」
「鯛子……」
「鯛子ちゃん……」
「鯛子殿……」
何だかしんみりする一行。いつも陸ではヤヒコの腰の壺に入りっぱなしだった鯛子だが、やはりそれではつまらなかったのだろう。
ヤヒコはしばらく考えて、答える。
「……鯛子には海ではいつも世話になりっぱなしだしな。また人型になったら、もっといろんな店行こうぜ!」
「私も! 私にも色々言ってくれていいから! もっと可愛い服とか、美味し物とか、一緒に楽しみましょうよ!」
エリンも世話焼きの血が騒いだらしい。言葉に物凄い熱がこもっている、気がする。
そんな2人を見て、鯛子は笑って
びちーん
淡い紅い光と共に、鯛子はいつもの鯛の姿に戻り、往来で跳ねた。
「…………時間切れね」
「うわ、早く壺に入れないと……」
ヤヒコは慌てて鯛に戻った鯛子を腰の壺に回収する。
「とにかく、ヤヒコ君、もっとレベル上げないとね……」
「そうですね……」
その日の買い物はどうにもしまらない終わり方をしたのであった。
「なあ、マックス君。お前、和子さんとこに帰らなくていいのか?」
『あっ』




