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腐ってもタイ! 連載版  作者: 中村沙夜


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地竜さん、釣りをする

「――――ってかんじで、すごく忙しかったんですよ」

「ふむ、なるほどな」

 ここは地竜鉱山、その主たる地竜の棲家である。

 長い洞窟の中にぽっかりあいた大きな広間には、人型に化けた地竜レィエルディスとヤヒコがいた。

 

 今日ヤヒコがここにきたのは採掘のためではなく、地竜にジェイレット島の土産を渡すためである。一応蝋燭とゴースト除けランプも渡したのだが、一番地竜のお気に召したのはゆうれいまんじゅうであった。今も彼はもしゃもしゃとまんじゅうを咀嚼している。

「我もゴーストは見たことがあるが、あれは何とも気色の悪い物よな。まあ、我が尾のひと振りで消し飛んでしまう小物ではあるが」

「いっぱいくっつくとさらに気持ち悪かったですよ」

「そんなものは見たくないな。それよりも、その島はどれくらい遠いのだ」

「うーん、少なくともイリーンベルグよりは遠かったです」

「ぬう……」

 地竜が残念そうな顔をする。大方、島が近ければまんじゅうを買いに行きたいとか、そんな話だったのだろう。

「まあ、また今度行く予定なので、その時にまたまんじゅう買ってきますよ」

「頼む。船と言うものはどうにも慣れぬ」

 もしゃもしゃ。地竜は瞬く間に2箱のまんじゅうを食い尽くした。竜と言うものは皆大食漢なのであるかもしれない。

「このゆうれいまんじゅうと言うのも良かったが、あれはどうなのだ」

「へ? あれって?」

「魚だ。鯉とかいうでかい魚と戦ったと言っておったではないか」

「えっ、あれですか!? 食べませんでしたよ、というか全体的に攻撃しまくったから食べられる状態じゃありませんでしたし」

「なんと……せっかくの獲物だというのにもったいないな!」

 地竜は憤慨した顔をする。

「それではどんな味がするかわからんではないか」

「……レィエルディスさん、もしかして鯉も食べたいんですか……?」

「当たり前だろう!」

 地竜の顔は真剣そのものだった。

「それだけの食いでのありそうなものを、みすみす捨てるなど……けしからん! ヤヒコ、その滝はここから歩いて行けるのだろう? 今から食いに行くぞ!」

「えええええ!?」

 その日は丁度快晴だった。ポップするまでの時間もまだ十分に余裕があり、何より地竜は人型のままずんずん歩いていってしまう。

「…………はあ、仕方ないなあ」

 ここに地竜の鯉狩りが始まってしまったのであった。






 白猫料理店本店で荷運びの手伝いをさせていた白銀を回収し、ヤヒコは地竜を連れてスィールー河のそばを流れを遡って歩いていた。今日は鯛子は最初から腰の壺に入ってもらっている。また網に攫われたりしないようにだ。

 川の両脇では釣り人達がのんびりと釣りを楽しんでいた。

「ヤヒコ、あの者達は何をしているのだ?」

「釣りです。人間は魚を海や川でああやって吊るした糸の先に餌をつけて釣り上げたり、網で一気に何匹も捕まえたりして獲ってるんですよ」

「ふむ……」

 地竜はものすごく興味をそそられている様子であったが、さすがに釣りをしていると時間に間に合わなくなるのでそのまま進んだ。どうせ滝壺で鯉を釣るのだ。

 河沿いを歩いていると、

「あれ、この前の鯛の……」

「鯛の飼い主じゃん……何してんだろ」

「竜連れてるぞ、おい……」

 などというひそひそとした会話が聞こえてくる。どうやら釣り人達に顔を覚えられてしまったらしい。ヤヒコは地味にへこんだ。


 しばらく歩いて滝に着くと、ヤヒコは鞄から釣竿を取り出す。

「雲ひとつないくらい晴れた日の、14時から15時の間に、滝壺のど真ん中に釣り糸を投げ込むと出てくるんです」

「何とも面倒な条件があるのだな……」

「じゃ、ちょっとやってみますから、そこで待っててください」

 地竜と白銀を岸から離れたところで待機させ、ヤヒコは釣竿を振り、釣り糸を滝に投げ込む。一発で真ん中に投げなければいけないことはないらしいので、後は釣竿を操作して釣り糸を滝の真ん中に近づけていく。

 そして釣り糸が滝壺の真ん中に来た瞬間、凄まじい力で釣竿が引っ張られる。ヤヒコも負けじと引っ張ると、滝壺から大鯉が躍り出た。

「出た!」

「来たでござる!」

「おお、これはでかいな! 町で売っている魚とは大きさが違うぞ!」

 地竜はいつの間にか元の巨大な竜の姿に戻っている。

 大鯉は周囲に水弾を撒き散らした、が、既にヤヒコは釣り糸を切り、攻撃範囲から逃げ出している。

「この深さなら、我でも溺れることはないな」

 地竜は滝壺の中にずんずん進んでいき、大鯉に体当たりした。

 吹っ飛び、岸壁に叩きつけられる大鯉。

「ちょ、大丈夫なんですか!?」

「問題ない!」

 確かに地竜の巨体なら水底に足がつくだろうが、何と強引な戦法だろうか。

 地竜はその太い尻尾をひと振りして大鯉を岸辺にもう一度叩き付け、ぐったりさせたところを前足で押さえつけ、そのままバリバリ食べ始めてしまった。赤く染まる滝壺、そして河の水。

「…………豪快すぎるだろ」

「地竜殿はすごいでござるなあ! 拙者達はあれを倒すのに随分と手間がかかったでござるのに」

 白銀は無邪気に感心している。

 確かに、この前の自分たちの苦労は何だったのかと思えるくらいの実力の差。この地竜、確かにとんでもなく強い。

 だが、川魚を生食していいのだろうか。腹を壊さないのだろうか。ヤヒコにはそちらばかりが気になった。しかし、この地竜はいつも巨大ミミズを生で食べているのだから、わりと今更な話なのかもしれない。

 気配を感じて後ろを向くと、大勢の釣り人達が、地竜が鯉を食べているところを呆然と見ていた。いきなり河の水が赤くなったため、びっくりして様子を見に来たのだろう。

「……うむ、美味かった!」

 アレな感じに赤く染まった口元をぺろりと舐め、地竜は満足そうだ。大鯉は頭と背骨と尻尾しか残っていない。鱗も小骨も全部食べてしまったらしい。

「ヤヒコ、今度は我が釣ってみたいのだが、釣竿を貸してくれぬか?」

「…………どうぞ」

 また人型に化けた地竜は見よう見まねで釣竿を振る。とても楽しそうだ。その様子を応援する白銀を除き、ヤヒコや他の釣り人達は黙って見守るしかなかった。

 結局地竜は5匹ほど大鯉をたいらげ、非常に満足して棲家へと帰還した。


 翌日のWikiやニュース系サイトのトップが、大鯉を襲う地竜のSSで埋め尽くされたことは言うまでもない。

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