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腐ってもタイ! 連載版  作者: 中村沙夜


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現地視察と攻略準備

 リューモーンの滝壺のフィールドボス討伐戦が明日に迫ったその日の午後のこと。

 戦闘ギルド『黒狼旅団』の面々は、スィールー河沿いに移動していた。このまま滝に着いたら戦闘配置の確認をしつつ一泊野営をして、翌日のフィールドボス戦に備えようというのだ。何故明日の朝早くに出発すれば間に合う距離なのにわざわざ野営をするのかと言うと、彼らのところのギルドマスターが何か他のボスなどに気を取られたり、テンションが上がりすぎて夜更かしし、寝坊したりして遅刻しないようにがっちり捕まえておこうという心算である。

 そんな彼らの後ろから、河をすいすいと進んでくるものがあった。鯛子に乗ったヤヒコである。

 集団の一番後ろにいたアルトがそれに気づき手を振ると、ヤヒコも彼等に気がつき、岸に上がってきた。

「ヤヒコさん、こんにちは。準備は整いましたか?」

「ええ、まあ……」

 見ると、ヤヒコは何だか疲労困憊している様子だ。どこかよれよれとした雰囲気がある。

「……大丈夫ですか? 別に今日あちらで野宿しなくても、明日の朝出れば間に合いますよ?」

「いや、いいんです。ちょっと昨日色々あっただけですから……」

「ヤヒコじゃん、元気かー? 明日のボス戦楽しみだな!」

 集団の先頭を歩いていた黒狼がヤヒコに気づき走ってくる。

「楽しみって……まあ、ぼちぼち頑張るよ」

「うんうん、頑張ろうぜ!」

 黒狼はうきうきしながらまた先頭に戻っていく。余程明日のボス戦が楽しみらしい。

「あ、そうだ、アルトさん」

「何ですか?」

「こいつ、俺の召喚獣なんですけど」

 ヤヒコはポケットから白銀を取り出す。白銀はポケットサイズから元のサイズに戻って挨拶する。

「初めましてでござる! 拙者は白銀と言うでござるよ!」

「こいつが戦闘に参加したいって言うんですけど、大丈夫ですか? リビングアーマーで前衛系なんですけど、泳げないんで主に岸の方から弓で射かける感じになります」

「問題ないと思いますよ。それに戦力は少しでも多いほうが良いです」

 アルトは頷いた。リビングアーマーは攻撃力も防御力も高く、パーティーの盾役に向いていると聞く。いざという時の保険にはなるだろう。

「殿に良い弓を買ってもらったでござるからな、拙者頑張るでござる!」

 参加を許可された白銀も張り切っているようだ。《始まりの町》のプレイヤーの露店で高い弓を買ってやったかいがあるというものである。

「そうだ、そろそろ釣り人が多くなるから鯛子を壺に入れないと……鯛子? 鯛子!?」

 気が付くと鯛子がいない。そのかわり、釣り人達が川岸で騒いでいた。


「鯛が網にかかったぞ……!」

「何で川に鯛が!?」

「でけえ、こいつは大物だぜ……」


「「…………」」

 ヤヒコとアルトの視線の先、釣り人達の引き揚げている網の中では、他の川魚達と共に鯛子がぴちぴちしていた。

「……ちょ、ちょっと待って! それ、俺の召喚獣だから、獲物じゃないから……! 水揚げしないでぇ!」

 ヤヒコの悲鳴が響き渡った。






 鯛子は簡単に返してもらえた。釣り人達が、

「そうだよな、普通の鯛が川にいるわけないよな」

 と、すぐに納得してくれたからである。

 しょんぼりと肩を落としながら歩くヤヒコに、『黒狼旅団』の面々は何と声を掛けてやったらいいのかわからないでいた。

「あはははは! 鯛釣られてやんの、おもしれ―!」

 空気を読まずに笑う団長こくろうを除いて。

 そのせいで黒狼は鯛子に先程から水球を投げつけられているのだが、彼はひょいひょいと避けてしまう。鯛子も鯛子で避けられてムキになっているのか、水球がさらに大きくなり、数も増えてきている。避けている黒狼の方はとても楽しそうで、傍から見れば戯れているように見えなくもない。何とも言えない行軍であった。

 





 しばらく歩くと、やがて周囲の木々が疎らになり、件の滝が見えてきた。

 まだ『漁協』の者達の影はなく、その代りに小柄な人物がひとり、滝を眺めて立っていた。ヤヒコ達に気が付くと、振り向いてぺこりと頭を下げる。背中まである栗色の髪を三つ編みで一つにまとめていて、常磐色の瞳に丸眼鏡を掛けた女性であった。

「こんにちは! あの、『黒狼旅団』の方達、ですよね? 団長の黒狼さんは貴方でお間違いないでしょうか?」

「そうだけど?」

 黒狼が適当な調子で肯定すると、少し安心したような様子でこう続けた。

「私、『ソーマジ時事報』のネムと申します。本日は皆さんに取材を申し込みに来ました!」

 そう言って、彼女は上着の胸ポケットから名刺を取出し、差し出してくる。黒狼はそれを受取って矯めつ眇めつした。

「取材ですか?」

 アルトが前に出てきて訝しげな視線をネムと名乗る女性に向ける。

「はい。今、『黒狼旅団』と『イリーンベルグ漁業協同組合』が合同で滝壺のボスの初撃破に挑むのでは、という噂がありまして、それが本当でしたら、ボス戦の様子を是非とも取材させていただきたいのです」

「……確かにボス攻略には挑みますが、参加するのは私達だけではないのですぐには許可しかねます」

「そうですか……何時ぐらいに可否がわかりますか?」

「今は『漁協』の方々がいないので、そちらが揃ってから話し合いになると思います」

「わかりました、それまで待たせてください」

 アルトは対外交渉役も兼ねているらしい。まあ、黒狼があんな性格なので、任せておけない、というのが本当のところだろう。

「ソーマジ時事報……聞いたことあるような、ないような……」

 ヤヒコが時々チェックする情報サイトの中に、そんな名前のものがあった気がして仮想ウィンドウを開き、検索を掛ける。そして出てきた昨日付の記事に、ヤヒコは凍りついた。


 その後やってきた『漁協』の面々との話し合いで、ネムの取材目的での参加を認めることになった。もちろん、戦闘の邪魔にならないように後方にいる、という条件付きで。

 小舟の準備や戦闘配置の再確認など、暗くなるまでにすべきことは多かった。ヤヒコももし戦闘に巻き込まれた時のための対処などに関して、ミーティングに参加させられてへとへとになった。

 夜になると篝火が焚かれて雰囲気がさらに物々しくなったが、キャンプファイヤーみたいだとか、明日のボスはどれだけ強いだろうか、などと黒狼のテンションは鰻登りで、寝かしつけるのに大分時間がかかった。根気良く寝かそうとしていたアルトに、こいつはなんだか保護者のようだ、とヤヒコは思った。

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