攻略計画と現地視察
作戦会議の後、ヤヒコは一度海底神殿に戻った。
槐はすっかり寝込んでしまっていて、白銀は暇つぶしに逆立ちして腕立て伏せをしていた。
ヤヒコは白銀に先程の作戦会議の模様を話して聞かせる。
「ふむ、拙者のいない間にそんなことが……」
「というわけで、明日現場に実際に行ってみようと思うんだが、お前はどうする?」
「もちろん、拙者も行くでござるよ。できれば大鯉討伐に参加したいでござるからな!」
本当は作戦会議にも出席させればよかったのだろうが、まさかそんな会議に巻き込まれるとは思っていなかったので置いてきてしまったのが悔やまれた。
翌日、ヤヒコ達は鯛子の背に乗り、《始まりの町》の東側を流れる大河、スィールー河を遡っていた。クレインから教わった術は何とも使い勝手の良い術で、術を掛けた対象の周囲の水を海水魚でも淡水魚でも問題なく過ごせる性質に買えてしまう結界を張る、というものだった。こうして河を泳いでいても、鯛子のステータスには何の異常もない。
アルトからのフレンドメールに添付されていた作戦のしおりには、《始まりの町》から件のボスの出るリューモーンの滝までの道程が地図と共に詳しく書かれていた。
「結構時間かかるな。徒歩よりは早いはずだけど」
「しかし殿、この河は釣りの絶好のスポットだと書いてあるでござる。拙者も釣りをしてみたいでござるよ」
「俺は釣り竿なんて持ってねーよ。そういうことは町で言え、そしたらどこかで買うなりできるしな」
滔々と流れる河のほとりでは幾人もの釣り人を見かける。どの人もこちらを見ると顔色が変わるが、一体どうしたというのだろうか。
「鯛子さん、釣り針には気を付けてな。食っちゃ駄目だぞ」
思ったより釣り人が多いせいで、釣り針を避ける手間が増えている。上流に行くにつれ釣り人が増えていっているようなので、あまりに多くなったら途中からは自分の足で行くしかないだろう。
果たして、行程の三分の二を越えたあたりから釣り人の数がめっきり増えたので、鯛子を壺に入れ、岸に上がった。釣り人達からはものすごくじろじろ見られている。余所者扱いなのだろうか。幸いにもいちゃもんをつけられたりはしなかったので、そのまま川の上流に徒歩で向かう。
「福助は空飛べるから攻撃に参加できるか? でも真昼間だしなあ」
ポケットの中の福助は幸せそうな顔で寝ていた。一応作戦会議中もポケットの中にいたはずだが、話を聞いて理解していたかどうかは謎である。
「やはり拙者も何か攻撃魔術を覚えようと思うでござる」
白銀が何か重大な決意をしたような声で拳を硬く握る。
「殿には何か拙者に合いそうな魔術を紹介してほしいでござるよ」
「え? 身体強化魔術か属性付加魔術じゃだめなのか? リビングアーマーはあんまり魔法職に向いてないんだろ?」
「やはり遠距離攻撃ができないと駄目だと、この前のゴースト退治の時に思い知らされたでござるよ……」
「別に魔術にこだわらなくても……弓でいいんじゃねーの?」
「え」
白銀の動きが固まった。全く念頭になかったらしい。
「お前は力持ちなんだから、そこそこ強い弓でも引けるだろ。そしたらそれに属性付加すればいいんじゃないか?」
「なんと……そのような方法があったとは……」
そんなことを話しているうちに、件の滝らしきものに辿りついた。
「……この滝、でけーな……」
「うむ、壮観でござるな!」
滝は遥か見上げるほどに高く、轟々と大量の水が流れ落ちてきている。滝壺も大きく、これなら巨大な鯉のモンスターが泳ぎ回っても支障がでないだろう。
「水没するのってここら辺から先か。でも水が引くまで岸で待ってるとボスが逃げちまう可能性があると」
たとえ周囲が水浸しになろうとも攻撃の手を休めるわけにもいかず、しかし攻撃のほとんどが届かない可能性が高い……それで多くの船を所有するという『漁協』と組むことになったのではないだろうか。
「河を遡ってサイリュートまで行くつもりだったんだがなあ。これだけ河もでかい、滝もでかい、水の流れも結構強い、となると、別の道を探したほうが良いだろうな、さすがに滝なんて登れないだろうし」
ヤヒコがそう言った途端に、腰の壺の中がばしゃばしゃと騒がしくなった。
「何だよ鯛子さん、泳ぎたいのか?」
壺から鯛子を出してみると、彼女は黙ってヤヒコに背を向ける。……乗れということらしい。
「? どうしたんだ??」
ヤヒコが訝しみながらもその背に乗ると、鯛子は急なスピードで泳ぎだした。
滝に向かって。
「へ? え? ちょ、ちょっと鯛子さん!? 何してんの!?」
これまでにない速さだった。思いっきりしがみつかなければ振り落とされそうなくらいに。
眼前に迫る滝。
「え、ええええええええええ!?」
鯛子は跳ねた。
跳ねて、滝の流れ落ちる水に着水し、また跳ねた。どうやっているのかは解らないが、水流を壁のように使っているらしい。
「~~~~~~!!」
何度も水面に叩きつけられ、悲鳴を上げかけるヤヒコ。しかし水が容赦なく口に入ってきてガボガボとしか言えない。こうなっては鯛子に必死でしがみついていることしかできない。
鯛子が一際大きく跳ね、ヤヒコはついに振り飛ばされ、投げ出されてしまう。どこか地面に体を強打して、転がる。全身に走る痛みに耐えてふらふらと立ち上がると、当たりを見回す。
「げほっげほっ…………どこだここ」
そこは河岸で、すぐ目の前には絶景が広がっていた。
「マジかよ……」
ヤヒコは滝の上にいた。見下ろすと、滝の飛沫に霞む滝壺のほとりで、豆粒のような大きさの白銀が大きく手を振っているのが見えたので、とりあえず手を振りかえしておいた。ポケットを覗くと、びしょ濡れの福助がぶるぶる震えていた。一体何事か、とでも言うように、周囲を忙しなく見回している。
ふと視線を感じて河を見ると、鯛子がじっとこちらを見つめていた。
ヤヒコはできることなら山と文句を言いたかったが、鯛子も頑張ってくれたのだろうと思い直した。
「…………鯛子さんすげーな。かっこいいな。でもな、やっぱり危ないし痛いから、別の道探そう、な?」
ヤヒコがそう言うと、ばしゃん、と水の塊をぶつけられた。鯛子としては不服らしい。
「いや、でも危ないじゃん?」
ばしゃん。
「鯛子さんも大変だったろ?」
ばしゃんばしゃん。
「……わかった。わかったよ。サイリュートにはこのルートで行けばいいんだな?」
鯛子はその返答に満足したのか、再びヤヒコに背を向ける。
「また乗るの? 今度はどこ行くんだよ……」
ヤヒコを乗せた鯛子は、何の躊躇もなく滝を飛び下りた。
ヤヒコの悲鳴は、轟々という滝の流れ落ちる音に混じって消えていった。




