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腐ってもタイ! 連載版  作者: 中村沙夜


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暗雲航路

「大変な目にあった……」

 ヤヒコは五分の三まで目減りした炒り豆を袋に詰め、海底神殿ではなくイリーンベルグを目指していた。他の町と違って吸血鬼の襲撃を受けていないイリーンベルグならば、まだ大豆が手に入るのではないか、という淡い期待によるものである。

 昨夜は身動きが取れなかったのでそのまま寝てしまったが、手鞠鳥達は朝になりヤヒコ達が島を出ようとすると、ぴょんぴょん鳴きつつ素直に見送ってくれた。が、あのまとわりつき方は恐らく次の『土産』を狙っているのだろう。しばらくはあの島に近づきたくない感じもするが、餌をやっている間はもふっとしたその体に触り放題になるし、浜辺に鈴生りになって見送ってくれる姿は結構可愛いかったので、次は大豆以外の豆類を持ってきてやろうと思うヤヒコであった。

 それにしても、考えてみれば、何もわざわざ鳥の棲家であるあの島でやらずとも、そう、イリーンベルグでやってもよかったのだ。そのほうがちゃんとした調理場を借りることができ、作業ももっと早く済んだのではないだろうか、と今更ながらに後悔していた。

「今度は豆買ったら宿とって、そこの厨房貸してもらおう……」

 白銀のいない今、ヤヒコの呟きに返事をする者はなく、一行は海を進んでいくのだった。






「ただ今、大豆は購入制限中でーす! お一人様につき2袋まででーす!」

 イリーンベルグのNPC穀物屋では、店番らしき若い男が客を列に並ばせながらそう叫んでいた。

「うげっ……まだ買えるかな」

 ヤヒコも急いで列に並ぶ。その後ろにすぐまた別の客が並んだ。ヤヒコの前に十数人並んでいる客達は、いずれも大豆を買い求めに来たプレイヤーのようだ。

 随分前から客が絶えなかったらしく、ヤヒコの2人後ろの客までは購入できたものの、そこで大豆は売り切れてしまった。

「良かった、間に合ったな」

「全然間に合ってません!」

 突然の声に後ろを向くと、いつぞやの若草色の少年が悔しそうな顔で立っていた。

「ううう、またお兄さんに負けてしまいました……」

「俺の他にも客はいっぱいいただろ……。お前がトロいだけじゃないのか?」

「おかしいですよ、なんでお兄さんはこんなに移動が速いんですか! ソロなのに!」

「お前、全ソロプレイヤーにケンカ売ってんの? 第一、あんなところで油売ってるのが悪いんじゃねーのか? 他人様の店の中でワイワイ騒いでる暇があったら、とっとと船に乗ってここに来てれば確実に買えてたと思うぞ」

「むむむ……」

 少年が口ごもっている間にヤヒコは宿に入る。店員と交渉して、調理場を借りることができたのでさっさと豆を炒ってしまうことにした。兎を狩って、調理スキルを地道に上げておいて良かった。

 宿を出ると、もう少年はいなかったので、また遭遇しないうちに、と急いで港に向かう。

 壺から出した鯛子に何粒か炒り豆をやると、ぱくぱく食べていた。食いつきが良いので気に入ったのではないだろうか。

 鯛子の背に乗り、一行は今度こそ海底神殿に向かうため出発した。






 もう少しで海底神殿のある海域に差し掛かろうという所で、急に雲行きが怪しくなってきた。海域に近づくにつれ、大きな黒雲が空を覆い辺りが暗くなっていく。時折雲の中に稲光が見えた。

「やべえ、雷落ちたら俺等感電するんじゃねーか? 鯛子さん、ちょっとあの雲避けて行こうぜ」

 ヤヒコは鯛子に黒雲を避けて泳いでもらう。ぎりぎりまで海の中には潜りたくないのだ。そうして進んでいくが、なかなか雲が切れない。やがて彼は奇妙なことに気が付く。

「なんか、海底神殿あるあたりだけ、天気悪くねーか……?」

 暗雲は海底神殿のある海域のみを覆い、ちっとも移動していないように見える。雲の下は凄まじい嵐になり、波が逆巻き大荒れになっているのが見えるぐらいで、その内側は全く見通すことができない。だが、その雲の外側は少し波が高くなるくらいで他には影響が出ていないのだ。

「変だな……まあ、海中進めば普通に神殿まで行けると思うけど、何か気になるな」

 ヤヒコはしばらく思案して言う。

「鯛子さん、ちょっとあの雲の下行ってみない? あの雲何か円形に見えるだろ? 俺、真ん中がどうなってるのか気になるんだ」

 鯛子はしばらく止まっていたが、やがて雲のある方角に向かって潜航を始めた。

 浅く潜った海の下は、恐らく女神の加護がなければあっという間に波に巻き込まれていたであろうほどに水のうねりが強くなっていた。頭上では豪雨が海面に叩きつけられる音が煩く響いている。

「何でこんなにすごいことになってるのに、周りは平気なんだ……?」

 そのまましばらく進むと、何かが軋む音が聞こえてきた。よく聞いてみると、何か木製の物が軋むような音である。前方には何か、荒れた波の色とは違う、黒いものが見える。ヤヒコはその物体に見覚えがあった。

「……まさか、でも……鯛子、ちょっと海面に上がってくれ!」

 海の上はとんでもない大嵐である。吹き付ける風雨と波飛沫で前がよく見えない。それでも目を凝らすと、波間に漂う大きな物体が見えてきた。

「! 船だ、何でこんなところに……!?」

 真っ黒に塗られた船体にいくつも張られた真っ黒な帆。見る限りではとても古い船のようである。そして、一番大きな帆には大きな髑髏のマーク。その姿はまるで――

「――海賊船、なのか……?」

 呆然とするヤヒコの視線の先、船の舳先に立つモノがひとつ――それは、服を着た骸骨だった。よく見ると舳先だけではなく、船の各所で骸骨が立ち働いているのが見える。

「~~~~~~!! 鯛子、逃げるぞ!」

 あんなものに見つかっては堪らない。ヤヒコ達は逃げ出した。

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