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腐ってもタイ! 連載版  作者: 中村沙夜


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おつかいと面倒事① 槐のご用事

 ヤヒコが《始まりの町》に入って一番先に向かったのは、NPCの穀物屋であった。

「おう! らっしゃい!」

「おっちゃん、大豆ある?」

「大豆はあと5袋でお仕舞だぜ」

 思った通り、大豆の需要は鰻登りのようだ。NPC店舗にも売り切れはあるので、真っ先に可能なだけ確保したいところだった。

「じゃ、それ全部くれ」

「まいど! 今日は皆大豆くれって言うな……何かあったのか??」

「ああ、吸血鬼が炒った大豆に弱いんだってさ」

「何だそりゃ? そんな話聞いたことないぞ……変な流行だな。まあいいか、今日は大繁盛だしな」

「ありがとな、おっちゃん。また来るよ」

 1つの袋が10キロの米袋ぐらいの大きさの豆袋を5つ鞄に放り込むヤヒコ。槐が鞄に重量無視のエンチャントを掛けておいてくれなければ、白銀と合わせて3袋が限界であったろう。

 店を後にすると、後ろから追いかけてくる者があった。

「す、すみません! 大豆を一袋でいいので分けていただけませんか!?」

 若草色の髪と瞳の少年である。砂色のローブを着ているので、恐らくは魔法職の類だろう。

「悪いがそいつは無理だな。こっちも必要に迫られてるんだ」

「そんなぁ……」

 子犬のようにうるうるした瞳で見てくるが、駄目なものは駄目だ。

「大体お前、ローブについてるそのマークは『明けの明星』だろ? お前のとこのギルドはでかいし、魔術師いっぱいいるんだから、豆くらい促成栽培魔術でどうにかできるだろ、生産系ギルドとも組んでるんだろうし」

「ううう、その大元の種になるお豆を集めてるところなんですよう」

「お前のところで育った豆はお前のところで使うんだろ? 俺のところには回って来ねーじゃねーか」

「うっ……い、一応余った分は市場に回す予定です!」

「それは一体どれくらいの量で、いつになるんだ? 騒ぎが終わってからじゃ遅いだろ。俺みたいなソロには結局来ねーオチだろ、それ」

「ソロならますますそんな数必要ないじゃないですかあ!」

「嫌だっつーの。俺も吸血鬼に絡まれてんだよ、必要ないなら買ったりしねーよ」

 気にせず白猫料理店本店に向かう。少年はさすがにもうついてこないようだ。白銀は何か言いたそうにしていたが、目線で黙らせた。どうせ分けてやれというのであろう。が、大規模ギルドに対してその必要はない、とヤヒコは思うのだ。彼等にはとっくに必要分の豆の量産体制がそろっているに違いない。その上での予備の収集だろう。

 来るときに囮卵をいくらか採ってきてあるので――ついでにマックス君に炒り豆をいくらかと、吸血鬼についての情報のメモを託けてきた――それを売りがてら、囮卵料理も混ぜて色々食べ物を買っていけばいいだろう。






「ヤヒコ君、丁度いいところに!」

 ヤヒコが店に入ると、即座に出てきたエリンに店の奥に引きずりこまれた。

「この前の巨大リビングアーマーと、今回の吸血鬼の件で直接聞きたいことがあるって人達が来てるんだけど、会ってもらえないかしら?」

「え……いいですけど……」

 通された奥の方の個室には知らない人物が3人。1人は灰色の髪に灰色の瞳の中年男性、もう1人はオレンジ色の髪をポニーテールにした山吹色の瞳の少女である。男性は灰色のローブ、少女は磨きこまれた銀色の鎧を付け、共に『極星騎士団』の団章をつけている。

 そして、最後の一人……2メートル半の濃い赤の鎧の人物、これは恐らく白銀と同じリビングアーマーだろう。この前の騒ぎでヤヒコや和子の他に3人、契約成功した者がいたはずだ。

「お前さんが俺の他に契約できたって言う召喚士さんか?」

 灰色の男が口を開く。

「俺はやじろべえって言うもんだ。よろしくなー?」

 続く少女は実にはきはきと自己紹介した。

「私はカリンと言います、宜しくお願いします。やじろべえさんの護衛をしています」

「おれ……えんじ……よろしく……」

 恐らく色の名前から名づけられたのであろうリビングアーマーも、のっそりとした挨拶をする。

「ヤヒコです。ソロで召喚士してます」

「拙者は白銀でござる!」

「きー!」

「このコウモリは福助で、腰の壺にもう1匹、鯛子ってのがいます」

 福助も挨拶したいらしいので紹介してやった。ついでに、姿は見せられないが鯛子の紹介もする。

「ああ、鯛が初期召喚獣になったのってお前さんかあ。鯛に鎧にコウモリか……ずいぶん面白いことになってんなあ」

 やじろべえがにやりと笑う。

「で、今日の本題なんだけどな、お前さん、この前のキュイラースとかいうリビングアーマーから巨大化の薬のレシピもらったんだってなあ?」

「私達としては、それをWikiなどで広く公開していただきたいと思っています」

 カリンが言葉を継ぐ。

「あの薬があれば、我々プレイヤー側は戦力を増強することができます。今のところ、あのイベント以外でリビングアーマーを召喚獣にしたプレイヤーは確認されていませんが、この先も出ないとは限りません。魔族領域ではそこそこの頻度で出くわす相手ですし」

「いいですよ、これです」

 秘匿する必要も感じられないので、ヤヒコはキュイラースにもらったメモを2人の前に出す。

「これか。……あー……こりゃあ、作るのに苦労すんなあ。うちの職人に総掛かりさせても、どれくらいかかるかね……」

「我々も魔族領域には行きますし、材料は揃えられますが、薬もインゴットも数が必要みたいですしね……即戦力、というわけにはいかないかもしれません」

 2人はメモを写しながら、難しい顔をする。さすが大規模ギルド、材料自体は揃うらしい。

 その隣でエリンもメモを取り、早速Wikiに情報を流しているようだ。

「……ありがとな、コレ。持ち帰って、作れねーかやってみるわ」

「やじろべえさん、吸血鬼の話がありますよ!」

「あー、はいはい」

 そのまま帰ろうとしたやじろべえにカリンが待ったをかける。

「吸血鬼って、この前町で暴れてたイーヴリンさんのことですか?」

 ヤヒコの名前が直接出ているかはわからないが、一応ソロで召喚士のプレイヤーが彼女を殺したことは、各主要ギルドは知っているはずだ。

「それはもう会議で聞いてるんだけどよ、今日聞きたいのは別のやつだ。南門に来た吸血鬼ランドルのほうな」

「豆に弱いという情報は、どこで手に入れたものなんですか?」

「勘で」

「「え」」

「レベル29では真正面から対決できないと思って、ニンニクとか、銀のナイフとか、豆とか、いろいろ揃えてみたら当たっただけです」

「そ、そーかい……じゃ、なんで自分が狙われたかってーのは」

「狙われてる職人の知り合いがいたので、逃げる用意を手伝って一緒に町を出たら遭遇しました。前から知り合いと一緒にいるところを見られてたらしくて、それで俺は排除対象、みたいな感じらしいですよ」

「……そいつはご苦労さん」

 やじろべえはやれやれという顔をした。その横でカリンは考え込むような顔をする。

「ソロで狙われているとなると、大変ですね。どこかのギルドに所属する予定はないのですか?」

「いや、それはちょっと……むしろ嫌がられませんか? トラブル抱えてるって」

「中小ギルドならともかく、大きい攻略ギルドならそこまで問題ないでしょう。プレイヤー同士の揉め事ならともかく、相手が吸血鬼なら、これから戦う相手ですし、何ならうちで……」

「おいおいカリンちゃんよう、俺はそんな話聞いてねーぜ?」

「私も、ヤヒコ君に勧誘掛けるなんて話は聞いてないわ」

 やじろべえとエリンの制止が入る。勧誘はカリンの独断らしい。

「でも、団内に魔術師が少ないのは事実です。女神の加護もついてるらしいですし、いいじゃないですか」

「カリンちゃんが良くても、こういう話には相手ってもんがあってな……」

「俺はお断りですよ。知り合いもソロ多いですし、今のままでも特に不便を感じてません」

「ほら、ヤヒコ君も嫌がってるじゃない。だいたい、うちの本店であなたのところに勧誘する話なんてやめてちょうだい。今度から場所貸さないようにするわよ?」

「うっ……すみません……」

 この場は何とか収まったようである。ヤヒコは内心安堵した。大ギルドとの揉め事なんて御免被りたい。


 話し合いを済ませ、エリンに囮卵を売り、料理を何食分か買い込み、ヤヒコは店を出た。

 次の目標は、海竜の長に頼まれた甘味の山である。


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