タイミングの問題
ヤヒコが一度《始まりの町》に戻ろうと、南門までやって来ると、門の前で地面に突っ伏して泣いている青みがかった黒い長髪の男がいた。
「うっ……ぐすっ……また間に合わなかった……ううっ……」
男――黒狼の周りには困った顔のプレイヤーが何人もいて、彼を必死で宥めようとしているようだ。
「何やってんだよお前……」
「黒狼殿、どうなさったでござるか!」
ヤヒコ達が黒狼に話しかけた途端、黒狼がヤヒコに抱き着いてきた。
「うわあああん、ヤヒコおおおおおお! 吸血鬼のボスがどっか行っちまったよおおお、また戦えなかったああああ!」
「うぐっ、何すんだやめろ馬鹿、離せ!」
「ぬおお、殿!」
白銀や周囲の人々の助けも借りて、必死に引きはがすヤヒコ。黒狼はまだ泣いている。
「せっかく転移符まで使って急いで来たのに……プレイヤーが何人も倒されてるっていうから絶対強いと思ったのに……豆投げられて逃げてったってどーいうことだよ……!」
「吸血鬼も鬼の仲間だったってことだろ」
「なんで海竜も地竜もでかい鎧も吸血鬼も、皆してオレが来る前に解決しちまうんだよ……!」
全部に心当りのあるヤヒコはそっと目を逸らした。
「ほら、団長、他のボス倒しに行きましょう! あと1時間くらいで東門近くの草原のボスがポップしますよ! ね!」
「その前に、北の街道のフィールドボスもそろそろ出てくる時間ですよ、そっちにも行きましょうよ!」
恐らく彼のギルドのギルド員であろう者達が口々に話しかけているが、あまり効果がないようだ。
「……ほれ、梨やるから、機嫌直せよ」
ヤヒコは鞄から梨を取り出して黒狼に手渡す。彼は甘いものが好きなようだが、果物はどうだろうか?
「ぐすっ……ありがとう……」
「それ食ったらギルドの皆と一緒にそこら辺のボス巡り行って来いよ。どうせすぐまたさっきの吸血鬼か別の魔族が攻めてくるんじゃねーの? ほら、吸血鬼の騒ぎが終わってすぐに鎧が来て、鎧が帰ったらまた吸血鬼が来てたろ? またすぐ何か来ると思って、他のギルドも準備してるんじゃないのか?」
「うん……そーだった……他のとこも厳重警戒って言ってた……」
「じゃ、今度こそ他のところに負けないように、一番乗りできるように、今から頑張って準備しておけよ」
「そーか……そーだな! よし! わかった!」
黒狼が泣きやみ、勢いよく立ち上がる。
「よし、テメーら! 今日はフィールドボス巡りだ!」
「「「「「おーーー!!」」」」」
黒狼はそのまま走り出す。追いかけていくギルド員達。
そんな中、赤髪緑眼の男がヤヒコに近づいてきた。イリーンベルグでケーキ屋に黒狼を迎えに来た男だ。
「うちの団長がすみませんでした。団長は戦闘方面はピカイチなんですけど、ちょっと気分の浮き沈みとか思い込みとかが激しいところがあって……宥めてくださってどうもありがとうございました」
「いえいえ、そちらこそ大変でしたね」
「俺は『黒狼旅団』副ギルドマスターのひとり、アルトって言います。本当にお世話になりました!」
「ヤヒコです。お気になさらず」
2人が話していると、ドドドと大勢が走る音が戻ってくる。何故か黒狼が戻って来たようだ。
彼はヤヒコの前まで来ると、まるで大変な重大事件を話すような口調で言った。
「ヤヒコ! そういえばオレ、お前のことフレンド登録してねーよな!? すっかり忘れてた!」
「えっ、そんなことで戻って来たのか!?」
「しようぜフレンド登録!」
「ええ!?」
黒狼の背後で旅団の皆さんが申し訳なさそうな顔でこちらを拝んでいる。
お願いだからフレンド登録してやってくれ、ということだろう。
「…………仕方ねーな、してやるよ」
「よっしゃー!」
ヤヒコと黒狼がお互いにフレンド登録を済ませると、何故かアルトにまで登録をお願いされた。仕方なく登録すると、旅団の皆さんからは大変な感謝をされた。
「またなー!」
と叫びつつ黒狼は去り、その仲間たちもその後を追いかけて行った。
「何か煩いのが増えちまったな……」
袖を引っ張って梨を催促する福助に梨を剥いてやりながら、ヤヒコはぼやいた。
「しかし、黒狼殿は良い方でござるよ」
「まあ、そりゃそうなんだろうけどさ……」
悪いやつではないが面倒くさい。副ギルマスまでフレンド登録していったということは、今後何か黒狼絡みの厄介事に巻き込まれる可能性が高い。
そのことを考えると、頭が痛くなるヤヒコであった。




