地竜さん、ふねに乗る② 港町観光
「さて、イリーンベルグに到着しましたけど、レィエルディスさんは何か見たいものってあります?」
「我はこの町のことはよく知らぬからな……とりあえずマンゴーなる果物が食えればよい」
「んじゃ、どこ行こうかな……」
現在ヤヒコ達はイリーンベルグの港にいた。ここからすぐに果物屋に行ってもいいが、それだけで帰ってしまうのも何とも味気ない話である。
地竜によれば人間の宿泊施設は緊張するので使えない、というので日帰りになるが、帰りの船が出るまで時間はかなりあった。
「レィエルディスさんって人間の飯って食えましたっけ?」
「屋台でなら食ったことがあるな」
「飲食店には入ったことないんですか?」
「……気後れしてしまってな……何度か入ろうと思ったことはあるのだが……」
「んじゃ、一緒に何か食いましょう。確か白猫料理店の支店がここにあったはずですから」
「しろねこりょうりてん?」
「最初に皆で話し合いをしたところです。あそこはエリンさんの店なんですよ。《始まりの町》に戻ったら行ってみたらどうです?」
エリン率いる『白猫料理店』の店舗は《始まりの町》本店とイリーンベルグ支店、そして《始まりの町》の東方に位置する農林畜産業の町ソスにある支店の合計3店舗があるはずだった。
イリーンベルグ支店にはヤヒコも何度か行ったことがあるので、スムーズに案内することができた。
「いらっしゃいませ、白猫料理店イリーンベルグ支店へようこそ!」
店に入ると水色のおさげのウェイトレスが出迎えてくれた。
「あ、お久しぶりですヤヒコさん。今日は3名様ですか?」
「ミズノさんもお久しぶり、3名でよろしく」
店内はまだ人が少なく、ヤヒコ達は窓際の端のほうの4人掛け席に案内された。
地竜は物珍しげに店内を見回している。
3人で席に座り、メニュー表を開いたところでヤヒコが重大なことを思い出した。
「そういえば、レィエルディスさんって、箸とかナイフとかフォークとか使えましたっけ?」
「!」
物凄くハッとした顔で地竜は固まった。
「もしかして、使えないとか……」
「い、いや、はしとか言う物は知らぬが、ナイフとフォークは知っておる!」
「使ったこと、あります?」
「…………」
黙る地竜。使ったことがないらしい。
「まあ、そこまで難しいものでもないですから、一回やってみましょうか。これで使えるようになれば、他のお店でもご飯食べられるようになりますよ」
「そ、そうか、そうだな。やってみよう」
ヤヒコは簡単な肉料理で切り易そうなハンバーグを選ぶ。地竜の分も同じものを頼み、一緒に練習するつもりだ。この店の売りは港町ならではの魚介料理だが、今回は仕方ないだろう。白銀はカジキのムニエルを頼んでいた。そういえば、白銀にはナイフとフォークの使い方を教えた覚えがないが、箸まで普通に使っている。どこで覚えたのだろう。
結局地竜は危なげながらもナイフとフォークの使い方をマスターし、無事に食事を終えることができたのであった。
「うむ、人間の食べ物も中々の味であった」
地竜は上機嫌だ。
「気に入ってくれて良かったです。また今度何か食べに行きましょうか」
「そうだな」
《始まりの町》では地竜が人間に化けて買い物をしに来ているというのは広く知られているので、多少ぎごちないところがあっても周囲が助けたりするだろう。そのうち慣れれば普通の人間と変わらず生活できるところまで行けるに違いない。
そう思うヤヒコの視線の先で、海竜の長が『ゆめひつじ』に何の躊躇もなく入っていく。仕事はもう終わったのだろうか。
「おい、ヤヒコ。今のは竜ではないのか……?」
竜は人間に化けていてもお互い竜だと判るのだろうか。海竜の長が店に入っていくのを目撃したらしい地竜は困惑しているようだ。
「ああ、あの人、じゃない、あの竜は海竜の長なんですけど、ここの店の常連なんですよ」
「大丈夫なのか……?」
「大丈夫の意味が分かりませんけど……いいんじゃないですか? 普通にお客してれば問題ないと思います」
「そ、そうか」
「レィエルディスさんだって、この調子で慣れていけば普通に人間の町でも生活していけると思いますし」
「本当か!?」
「今のところ特に問題起きてないでしょう? なら、大丈夫ですよ」
「うむ、精進しよう」
何を精進する気なのかはわからないが、彼が納得したようなのでヤヒコは安心した。
その後、彼等は果物屋でマンゴーをしこたま買い込み、再び船と言う名の海竜の背に乗って《始まりの町》へと帰還したのであった。




