ひつじの甘いゆめ
傭兵ギルド『黒狼旅団』の名は、ヤヒコも知っていた。
彼等はゲーム内ではそこそこ名の売れたギルドである。攻略にも手を貸すが、彼等が好むのはもっぱら戦闘行為。故に、攻略ギルドではなく、戦闘ギルドと呼ばれている。
攻略ギルドがボス攻略をしたいが人手が足りない、戦闘力に劣る生産系ギルドがちょっと遠出して良い素材を得たいが目的地は危険地帯、そんな時に彼等に助力を依頼するのだ。似たようなことをしている傭兵ギルドは他にもあるが、知名度と武勲では彼等『黒狼旅団』が一番だろう。依頼のないときは、適当に強力なボスモンスターを狩りまくっているらしい。
――尤も、団長がこんな迷惑な男であるとは知らなかったが。
「ここだここ! ここのケーキ美味いんだぜ! おっさん気に入ったし、今日はオレが奢ってやるよ!」
黒狼に連れられてやってきたのは、意外にもシックで洒落た外装のケーキ屋だった。中で食べられるらしい。看板には『ゆめひつじ』とある。
中に入ると、モノトーンでまとめられた衣装の可愛いウェイトレスが席まで案内してくれた。体が大きい白銀でも問題なく座れるようだ。
店内は一人客も複数客もそこそこいて、ヤヒコ達が座った後も、隣の席に一人の男性客が案内されてきた。
「今日は何にするかなー、なんかおすすめあるー?」
黒狼がメニューを片手にウェイトレスに気軽に話しかける。常連なのだろう。
「今月はマンゴーやメロンにオレンジ、さくらんぼなどが旬ものとしてでてますよ、あとイチゴのものは大体がもうちょっとでおしまいになります」
このゲーム内では季節や土地に合わせて収穫できる作物が違うらしい。尤も、植物を促成栽培する魔術もあるのでそれを利用して一年中好きな作物を栽培することもできるが、この店ではなるべく季節に合わせたケーキを出すことにしているという。
「じゃ、オレはマンゴームースとザッハトルテとショートケーキにする! 紅茶は食後で。 お前らは?」
「え、俺はじゃあ、イチゴタルトとオレンジムースかな……」
「拙者は季節のフルーツタルトにするでござる!」
それにしても、隣の客がすごい。無言でウェイトレスにメニュー表を見せ、指でつーっとなぞる。要は「大人買い」というやつなのだろう。いっぺんにそんなに沢山食べられるのか、見ているこちらが心配になる。
「おー、青いおっさんも来たの? 久しぶりじゃん!」
黒狼が隣の客に声を掛ける。無言で頷きかえされていることから、隣の客は常連その2らしい。いつもこうなのだろうか。
「……みんなおっさんなのかよ」
「んー? おっさんだからおっさんでいいじゃん! 判りやすいだろ? そっちは白銀のおっさんな!」
「拙者は別に構わないでござるよ」
そんなことを話しているうちに各々のケーキが運ばれてきた。
ヤヒコはイチゴタルトに乗っているイチゴを福助に食べさせ、オレンジムースを掬って鯛子の壺に入れてやる。
「え、その壺なんか生き物入ってんの?」
黒狼が興味津々な様子で壺を覗きこむ。
「俺の召喚獣だよ。魚なんだ。ちなみに、白銀とこのコウモリも召喚獣な」
「え、おっさん召喚獣なの!? 人間じゃねーの!?」
「拙者、実はリビングアーマーでござる」
「空っぽの鎧なのに物食えるってすげーな! 中どうなってんの?」
白銀が体の前を外して食べ物が消えるところを見せてやると、黒狼はさらにはしゃいだ。まるで子供のような男だ。
いつの間にか隣の客はあのすごい量のケーキを食べつくしていた。再びウェイトレスを呼び、別のケーキを頼んでいる。
「青いおっさんはいつもすげーよな、毎回全種類制覇してさらに往復してくもんなー」
「…………すごいですね……」
隣の客は涼しい顔で無言である。
「はあ、やっぱここのケーキはいいなあ、癒されるわー」
「へー」
「海竜討伐も急に被害がでなくなったとかでなしになるし、地竜討伐も町に買い物に来ただけだったとかでなくなっちゃってさ……ワームの巣も見つかったってのに狩っちゃダメって言うじゃん。楽しいことが最近みーんななくなっちまって、心がささくれてたんだよー。どっちも招集かけられてせっかく戦闘準備までしてたのにさー、あんまりじゃね?」
「そ、それは大変だったな」
「そうなんだよ! ドラゴンとか絶対強いじゃん、戦ってみたかったんだよ……! あーどっかにドラゴンいねーかなー!」
「…………」
そのどちらの事件の終息にも関わっているヤヒコとしては、知らぬ存ぜぬを決め込むしかない。
隣の客も黙ったままだった。
ゆっくり食後の紅茶を飲んでいると、赤い短髪に緑の瞳の男が慌ただしく店に入ってきた。
「団長! 探しましたよ、連絡くらい出てくださいよ!」
「あーすまんすまん、忘れてた」
「忘れてた、じゃありませんよ! 大運河のボス狩るって言ってたの、団長じゃないですか!」
「そーだそーだ、忘れてた! 何時からだっけ?」
「集合時間とっくに過ぎてます。そら、もう行きますよ!」
「ごめんなーオレもう行かないといけないみたいだわ、じゃーな!」
急いで会計をする黒狼は、最後に振り返り、
「そーだ、おまえの名前聞いてないじゃん、なんていうの?」
「……ヤヒコだ」
「そっか、じゃ、ヤヒコ、白銀のおっさん、また会おうな!」
にかっと笑って去って行った。
「――で、海竜の長さん、例の犯人どうなったんですか?」
「…………」
まさか人間の町にのんびりケーキを食いに来ているとは思わなかった。黒狼も、まさか常連の顔なじみが今回戦うかも知れなかった相手だとは夢にも思っていなかっただろう。
長は相変わらず無言である。そのかわり、とても分厚い紙の束を差し出してきた。
ヤヒコがそれを受け取ると、長は席を立ち、会計を済ませ、去って行った。
「なんなの? 俺嫌われてんの……?」
ここで読むわけにもいかず、ヤヒコ達も店を出た。会計は黒狼が済ませておいてくれたようだった。ありがたいことだ。
イリーンベルグにて宿をとり、書類を読み始めたヤヒコ。
どうやら、犯人達はひと月ほど壺に閉じ込められて飯抜きになったあと、謝罪のための奉仕活動をするらしい。主に船を失った者達のところで、新しい船ができるまで船の代わりをするようだ。
しかし――
「え? なんなのこれ? なんで7割が世界の港町のスイーツ紀行なの? 残り3割庭のサンゴの話だし……事件の話題、最初の1枚だけじゃねーか!」
無言な彼は、紙の上では饒舌らしかった。




