図書館ではお静かに
「やばい……目がしぱしぱする……」
ここ数日、ヤヒコはイリーンベルグの図書館に通い詰め、魔術の本を読み漁っていた。
濡れたものを乾かす魔術。
ものが濡れないようにする魔術。
ヤヒコの望んでいた魔術はすぐに見つかった。恐らくここが海辺の町だからだろう。水関係の魔術については、他所よりも需要が大きそうだ。それに、ここの図書館には海に住む種族も本を借りに来るということで、建物自体が海の傍に建てられ、水路が張り巡らされている。それに加えて、全ての本に防水防湿魔術が掛けられていた。
尤も、防水魔術は、水中に完全に沈むことでHPMP回復ができる加護の関係で、自分には掛けられないことが確定しているが、魔術書を海の中でも読めるようにできるのはいいかもしれない。ここ最近倉庫に入りきらなくなった物品を海底神殿で借りている部屋に持って行くこともできるだろう。
「便利なものがいっぱいあっていいところなんだけど……ちょっと目が限界だな……」
ヤヒコが本を読んでいる間、鯛子は図書館内の水路から近くの海辺までを泳ぎまわり、どこでも騒ぐ白銀は図書館の中庭で腹筋だの腕立て伏せだのをし、福助は薄暗い書庫の中を気ままに飛んでいた。
「福助ー、一回外に出るから戻ってこいよー」
ヤヒコが声を掛けるも、福助は書庫が気に入ったのか、本棚の陰に隠れてしまう。まだここにいたいのだろう。
「外に行ったら、美味しい果物売ってるところ探そうぜ!」
そう言うとお腹が空いていたのか、しばらく逡巡してから大人しくポケットに入ってきた。
「次は白銀か……って、どこだあいつ?」
中庭を覗いたが姿がない。
「どこか行くときは一言行ってからにしろって言ったのにな……」
ぼやくヤヒコの元に、図書館職員が駆けてきた。
「すみません、お連れ様が図書館の外庭で決闘紛いのことをなさっているようなのですが、やめさせていただけませんか?」
「えええっ!? すみません、どこですか!?」
職員に連れられて外に出ると、図書館正門前の庭で、白銀と青みがかった黒い長髪と空色の瞳の見知らぬ男が戦っていた。もちろん模擬剣などと言う可愛いものでなく、いつも使用している真剣で、である。
「えーっと、あの銀の鎧のほうは俺の連れなんですけど、もう一方はどちら様ですかね?」
「お連れ様では……?」
「知らない人ですね……」
「「…………」」
2人の戦いは白熱しており、見物客までいる始末である。
「えー、ちょっともう1人の連れを呼んできます。それで何とかなるかもしれません」
「すみません、迷惑行為なので、お早めにお願いします」
すぐに図書館傍の海辺まで行き、鯛子を壺に回収する。
現場に戻ると、まだ戦っていた。
「こらー! 白銀、何やってんだ! 図書館で暴れるなって言ったろーが!」
「のわっ、と、殿!?」
知らない男と鍔迫り合いしながら白銀が振り向く。それで気が散じてしまったのか、男に押し込まれた。
「余所見してんじゃねーぞ、おっさん!」
物凄く楽しそうな顔で白銀に打ちかかる男に、
「それはてめーのほうだ」
ヤヒコが怒りの形相で言う。
次の瞬間、戦う2人の頭上から大量の水が降ってきた。
「さーせんでしたー……でもせっかくいいところだったのによー」
「うぬぬ、済みませぬ殿……ついうっかり楽しくなってしまって……」
ヤヒコは図書館職員に謝り倒し、びしょ濡れになった白銀に覚えたての乾燥魔術をかけて図書館を出た。その後ろを、何故か知らない男がついてくる。オレにもかけてくれよー、と煩いので乾燥させてやった。
「なーにーがー、いいところだっただ! やるなら人のいないとこでやれよな! 迷惑だろーが!」
ヤヒコはカンカンだった。あれだけ静かにしろ、騒ぎを起こすな、と言ったのにこの有様である。
「――で、なんで2人ともあんなところで喧嘩なんかすることになったんだ?」
「喧嘩ではないでござる、模擬戦でござるよ。拙者が中庭で鍛錬するのに飽き、図書館の周りを素振りマラソンしていたらですな……」
「なんで図書館の周りでそんな危ないことするんだよ! だいたい町中で剣抜くなって言ったろ! そんなに素振りしたいなら真剣じゃなくて木剣にしろ、買ってやるから……!」
鍛錬が好きなのはいいが、いつか死人が出かねない。木剣入手は急務であるとも言えたが、木剣でも場所を制限しないと危ないかもしれない。
「面目ないでござる……」
「で、マラソンと模擬戦とどういう関係があるんだよ」
「それは、拙者がマラソンしていたら……」
「このおっさんが面白そうなことしてたから、模擬戦しよーぜ! って誘ったんだオレが」
「てめーのせいか! ていうか白銀も、どこの誰かも解らん奴とほいほい模擬戦なんてやるんじゃねーよ!」
「む! そういえば貴公の名を聞いてなかったでござるな!」
「そーいやそーだったわ、忘れてた!」
「お、お前ら…………」
駄目だこいつら、とヤヒコは嘆息した。この2人をセットにしておいたらこのままどこまでも明々後日の方向に駆け抜けていくに違いない。早いところ引きはがさないと、この町の平和が危ない。
「で、いつまでついてくる気だお前は、ってーかどちら様だ」
「ん? オレ?」
「拙者は白銀にござる!」
「お前以外に誰がいるって言うんだ――あとお前には聞いてねーぞ白銀」
「オレのこと知らねーの? 結構有名だと思ってたんだけどなー」
「知らねーな。そこまで有名じゃなかったんじゃねーの?」
「よっしゃ、物知らずなテメ―に教えてやるよ!」
男が突然恰好をキメた。
「オレは傭兵ギルド『黒狼旅団』の団長、黒狼だ!」
「ふーん。白銀、福助に果物買うから果物屋行くぞ」
「承知したでござる! 黒狼殿、また今度手合わせ願うでござるよ!」
「待て待て待てーーい!」
そのまま立ち去ろうとしたヤヒコ達の前に男――黒狼が立ち塞がる。
「ここでこのままお別れとか寂しすぎるだろ! ちょっとオレの行きつけの店まで一緒に来いよ! つーか、オレ、そっちがこの町に来たメインの用事だったわ、忘れてた!」




