鍛冶屋はいずこ
槐の工房に行くと、珍しく店主が起きていた。
「ということで、鍛冶屋の知り合いとかいませんか?」
「何が『ということで』だ。さっぱりわからん帰れ。そしてあれはなんだ。俺様の店を壊す気か?」
あれ、とは背が高すぎるせいで、工房の入り口に顔面を盛大に打ち付け、呻いて床をのたうちまわっている白銀のことである。
ヤヒコは渋い顔をした。本当は小さくなったまま見せようかとも思ったのだが、やはり実物を見せないと修理の見当がつかないだろうと思い、そのままのサイズで来させたのだが……失敗だったろうか。
「この前のイベントモンスターのリビングアーマーです。何体か倒したら1体だけ契約できたんですけど、戦った時についた凹みとか傷とかは鍛冶屋じゃないと治せないっていうんですよ……どこかに腕の良い鍛冶屋さんとかいませんか?」
「あいつが例のモンスターか、というか契約成功したのはお前だったのか。結局5人しか契約成功報告がなかったと聞いたが……。しかし、よく倒せたな」
「あいつら海の中では沈むしさらに動き遅くなるしで大幅に弱体化するんで、適当に海中に誘い込んで魔術で袋にしました」
「…………えげつないな」
引き気味の槐。
「知り合いの鍛冶屋なら何人かいるが、どいつもギルド専属で、エンチャントの仕事を俺に回してくるだけだぞ。そういう初心者相手にも商売しているやつのことはエリンに聞いた方が早いだろうな」
「そうでしたか……ありがとうございます。ところで、槐さんってどこか所属とかしてないんですか?」
「フリーに決まっているだろう、ああいうのは面倒くさいからな。しかしそうでなけりゃ、お前みたいな一見客を相手にしたりなんかしてないぞ」
「それじゃ、エリンさんとこに行ってきます……あっそうだ、槐さんってこんなの使います?」
ヤヒコはこれまでに何枚か拾ったものの、使い道に困っていた手鞠鳥の羽根を差し出す。情報料程度になればいいのだが。
「寄越せ。複数ある場合は全部寄越せ」
卵だけでなく羽根にも食いつくらしい。
「良いですよ。……これ、エンチャントの材料かなんかになるんですか?」
「こいつを矢羽にすれば、複数の追加効果付の矢が作れる」
「すごいですね! また拾ってきますか?」
「……卵だの羽根だの……一体どこでこんなに拾ってくるんだ?」
「え、手鞠鳥の棲家ですけど。普通に地面に落ちてますよ? 木の上の巣を狙わなければ攻撃されませんし」
「……しばらく留守にする」
「あの島そこそこ良い武装の船がないと行けませんよ。今、海竜が出て船ひっくり返したりしますし。俺は鯛子がいるから海はフリーパスですけど」
「…………島だと……くっ」
実に悔しそうな顔をしていたが、断念したようだ。
運の良いことに、白猫料理店はまだ開店前のようだった。
「すみませーん、エリンさんいますかー?」
「はーい、どなた? って、ヤヒコ君じゃない! イベントモンスター契約成功おめでとう!」
丁度間の良いときに来たようだ。この前店に来たときは彼女は留守にしていて話せなかったのだ。
「その子がそうなの? 名前は?」
「白銀でs」
「初めましてでござる! 拙者は白銀と申す者、宜しくお願いするでござる!」
思いっきり割り込まれた。自己主張の激しい鎧である。
「よろしくね、白銀君。そうだ、ヤヒコ君は、今日はどうしたの?」
「あ、それがですね、こいつと戦った時に体凹ませちゃったんですけど、鍛冶屋じゃないと治せないらしいんです。エリンさんは俺相手でも仕事してくれそうな鍛冶屋さん知ってますか?」
「うーん……それがね、最近攻略系ギルドの職人の囲い込みと取り合いが激しくてねー、それに加えて、この前のイベントの時に後方支援として担当したギルドに加入した子とかが多くてね。鎧を扱える鍛冶屋でフリーの人、今いないのよ。しばらくすれば、またフリーになったりする人もいるかもしれないけど、ギルドのほうも引き止めるのに必死になるだろうから、いつになるかしらね……」
「……そうなんですか」
これは困ったことになった。
武器や防具は使用するたびに耐久値が減り、修理しないとロストしてしまうため、どうしても修理をしてくれる職人とのつながりが不可欠である。ある程度まではNPC職人でも直せるが、やはりレベルやレアリティが高い良い武器は高レベルのスキルを持ったプレイヤー職人でなければ直せない仕様になっているため、どこのギルドも常にお抱え職人の確保に必死である。
今から自分で鍛冶スキルを取得しても、スキルレベルはそう簡単に上がるものではなく、上げるのには時間もお金も大量に必要なため、いつになったら白銀を修理できるかわからないのだが――
「そうだ! ヤヒコ君、鍛冶始めたら良いんじゃない?」
とてもおすすめされた。
「えええっ! 今からやってもいつ治せるようになるか……」
「でも、これから白銀君とはずっと付き合っていくんでしょ? やっぱり自分で修理できた方がいいと思うわ」
「そ、そうですか……?」
「そうよ! そうと決まれば、まずは初心者向けの材料を採りに行かないとね!」
エリンは仮想ウィンドウで地図を開く。
「《始まりの町》の近くに山があるのは知ってるでしょう? そこの中腹にある洞窟で、質は悪いけど鉱石を採掘できるの。コウモリが結構な数いるけど、アクティブなのは少ないから、変に刺激しなければ、一斉に襲い掛かって来たりとかはないと思うの。NPC店舗で売ってる安い鶴嘴でもちゃんと掘れるから、そこで材料を確保したらいいわ。一番低級な金槌と金床もNPCから買えるし、炉はNPCの鍛冶ギルドでお金を払えば借りられるしね。それで十分レベルを上げたら、次のレベルの道具は自作できるはずよ」
「なるほど……」
魔法職よりも生産職になってしまう勢いではあるが、今は他に方法がない。
白銀の修復を後回しにするという手もあるが、それだとこの先が心もとない。どうやら凹みだの傷だのが白銀のステータスに悪影響を与えているようで、彼の防御力とHP上限にマイナスがついている状態なのだ。
結局ヤヒコ達はエリンに見送られ、洞窟へ旅立つのであった。
何で鍛冶屋さんが担当したギルドに入ったかというと、ギルドチャットで連絡を取り合うためでした。
個人同士の連絡しかないと連絡員が倒されたら音信不通になっちゃいますので。
そして今、各ギルドは引き留め工作に必死です。
生産職の修業はお金がかかるので、先行投資の形での資金と材料の援助の提案が多いのではないでしょうか。個人営業って何かと大変ですからね。




