黒霧の騎士④ せいぎのみかた
海辺の小さな漁師村。
そこは今、危機に瀕していた。
突然黒い霧に包まれた騎士が現れ、村人を斬り始めたのである。
騎士の動きが何故かのろかったため、幸いまだ死者は出ていないが、遠くまで見えない斬撃が飛んでくるし、重傷者も多く、とても遠くまで逃げ切れるものではなかった。
少年はその小さい足で、一生懸命に駆けていた。背中には去年生まれたばかりの妹を背負っている。母親は父親が重傷を負ったため、そちらに肩を貸していた。
「あっ!」
「きゃあ! エドが!」
少年が小さな石に躓き、転んだ。振り向いた母親の悲鳴が響く。夫を肩から外し、息子を助け起こそうとするも、縺れて夫と一緒になって倒れてしまう。
だが、誰も助けない。否、助けられない。誰もが自分とその家族のことで精一杯なのだ。
背後からはがしゃ、がしゃ、と鎧の擦れる音が響く。今からではきっと逃げられないだろう。
彼はせめて妹を守ろうと、背から降ろし、小さな腕で抱え込む。
ぎゅっと目を瞑って迎えようとしたその瞬間は、やって来なかった。
かわりに聞こえたのは硬質な音。キンッと金属を打ち合う音に続いて、がっしゃんっ、と一際大きな音が響く。
「立つでござる少年! 拙者達が来たからにはもう大丈夫でござるよ!」
そんな声が上から降ってきて、少年は顔を上げた。
一瞬の、眩しい銀色の光。
彼が見たのは彼を守るように立つ銀色の騎士の背中と、倒れ、もがき、起き上がろうとする黒い騎士。その手にあったはずの剣は、そこから少し離れた場所に突き立っていた。
その向こうには魔術師然とした格好の青年。杖を構えている。
「早く妹御を連れて逃げるでござる、ここから先は拙者達の仕事でござるゆえ!」
一瞬ぼうっとしていた少年はその声に我に返り、妹を抱きかかえ、両親ともども逃げていく。
彼は、一度だけ振り返った。
自分を助けてくれた彼等の姿を――
「――おいてめー、何ひとりだけかっこつけてんだよ」
「ややっ、そんなつもりは無かったでござるが……」
ヤヒコが魔術で気を引き、白銀が化け物を転ばせ剣を跳ね飛ばしたおかげで、村人たちは皆逃げきれたようだ。白銀が存外に強かった。先程相対した時よりも動きが素早くなっていて、剣の腕もなかなかのものと見える。尤も、ヤヒコは剣など振るったことがないのでよくわからないが。
やっと立ち上がった化け物は己の剣を探しているようだが、それはヤヒコが目の前で海に投げ込んでしまった。
後は化け物を海にまでおびき出し、叩き落として魔術で袋叩きにすれば仕事は完了である。
思った通り、化け物は海に投げ込まれた剣を追って、ふらふらと自ら海に入っていったが、海中では鯛子が水を操って剣を更に沖の方にこれ見よがしに流していく。
「でかした鯛子!」
ヤヒコも海に入り、寄ってきた鯛子の背に乗る。化け物はもう海に完全に入ってしまったので、白銀は手のひらサイズにしてポケットに入れておいた。リビングアーマーが呼吸の必要ない種族でよかった、とヤヒコは思ったが、
「殿、後で体の手入れのために錆落としと油を頂きたいでござる。できたらオリーブオイルがいいのでござるが……」
「……わかった。知り合いに料理人がいるから、後で聞いといてやるよ」
プレートアーマーは思ったよりお手入れが大変なようだった。仮想ウィンドウでネット検索してみたが、物凄く手間がかかるようだ。凹みは鍛冶屋に直してもらわないといけないようだし、将来的なことを考えても、自分で鍛冶スキルを取るなどした方が良いかもしれない。いや、こいつはリビングアーマーという魔法生物や魔族に分類されるモノだ。回復魔術でもかければ凹みも取れるはず――
「あと、殿のお知り合いに腕の良い鍛冶屋はいらっしゃいませぬか? 体の凹みを治したいのでござるが……」
「…………直接の知り合いはいないが、職人の知り合いに聞いてみる」
「ありがたき幸せにござる!」
武器を探して、海底をうろうろするだけの化け物に衝撃魔術を打ち込みながら、腕の良い鍛冶屋を探すか、自分で鍛冶の鍛錬をするか、真剣に悩むヤヒコであった。
前半書いてて自分で「あれ?なんだこれ……」って思ってました。
いつものノリと全然違う……。
あと、描写はしませんでしたが、多くのギルドは重要拠点防衛に力を割いてましたが、班に分かれてたりして小さい町村を巡回してるところもあったりしました。
それにしても、金槌で叩くだけで凹みをどうにか綺麗に直すって、結構難しいことだと思うのですよ。車とかでもやるみたいじゃないですか。
今はもう少なくなった鋳掛け屋さんとか、すごいですよね、鍋の穴継いだりなんて。実際の仕事を見学させていただきたいものです。




