黒霧の騎士② 交戦
『ヤヒコ君は運営からのメッセージや公式ページとかを見た?』
「いえ、気づきませんでした。今見ます……って、まさか、これだけしか情報出てないんですか!?」
『そうなの。運営からはこれしかアナウンスがないの。皆これから何が起こるんだろう、また次報がでるのかも、なんて言ってたんだけどね……そしたら《始まりの町》の北門に変な鎧着た化け物が現れたのよ。よろよろふらふらしながら周りのプレイヤーや、他の町から来て丁度門のところにいたNPCの商人に切りかかりながら町に入って来ようとして……これはモンスターに違いないって言って、皆でその1体はやっつけたんだけど、なかなか強くて複数人でやっと倒したの。でもすぐにまた同じような化け物が現れたの、今度は複数。』
相変わらず騎士の攻撃は止まない。ヤヒコを乗せた鯛子が小刻みに移動して攻撃を回避していく。相手の動きが鈍く、剣を縦にしか振らず、攻撃の間隔がそこそこ開いているのが救いだ。
『そいつらは段々と数を増やしながら、東西南北の門から町に入り込もうとしてるの。武器も剣とか槍とか弓とか、色々でね。うちのギルドは他の生産系ギルドと一緒に後方支援というか、兵站担当にまわったわ』
「大変ですね……プレイヤータウンを直接狙ってくるとは、運営も性格悪いですね」
『それがね、《始まりの町》だけじゃなくて、他の町でも同じ状況みたい。イリーンベルグは『漁協』、サイリュートは『極星騎士団』、リンデンロウは『明けの明星』が中心になって防戦しているみたいよ。でも、他の小さい村とかまでは手が回らなくて……』
サイリュート……《始まりの町》から見て北方の城塞都市だった気がする。リンデンロウは西方にあるNPC魔術師を養成する魔術学院と大図書館で有名な都市だ。『極星騎士団』は主に騎士ロールをするプレイヤー主体の前衛系、『明けの明星』はトップが優秀な魔法職であることもあり魔術師系が多い、Wikiに乗る程度に大規模な攻略系ギルドだ。2つのギルドはそれぞれその都市を拠点にしていたのだろう。大ギルドならNPC都市の土地を購入するくらいの資金力はあるはずだ。特に魔法職の多いギルドにとって大図書館は宝の山だろう。漁協の戦力はどうなっているか知らないが、他の2都市は大丈夫そうだ。
『もしかしたらヤヒコ君、町の外でレベル上げしてるんじゃないかなーなんて思って……もし町の外にいるなら、変な人影とかあったらすぐ逃げてね! 絶対よ! それと、今どの町も変な化け物に包囲されてるから、うかつに近づいちゃダメだからね!』
それだけ言うと、エリンからのチャットは切れてしまった。
「……つまり、逃げ込める場所がないってことか」
それはつまり、目の前の化け物を自力でどうにかするほかない、ということである。
「くそっ……《ファイアアロー》!」
何度も術を喰らわせたが、敵のHPはまだ8割は残っている。対して、こちらのMP残量が3割を切った。これは拙い。
「MP回復薬、買っておけば良かった……ってうわあっ」
いきなり鯛子が潜航、岸から離れようとする。
完全に海に沈むと、ヤヒコのMPがわずかながら回復を始める。
「! まさか女神の加護か!?」
海中なら体力や魔力が自動回復するらしい。海中のみなのが惜しい加護である。
騎士のほうを見ると、海中に沈んだヤヒコを追いかけてこようとしているのだろう、ずんずんと海の中に入ってくる。そのまま海中の砂地をゆらゆら歩き……すっかり頭まで海中に入ってしまった。呼吸の必要はないのだろうか?
「泳げ……ないのか??」
騎士は相変わらず浮く気配がない。海底をこちらに向かってゆっくりのしのし歩いてくるだけである。急傾斜のあるところではずるりと滑り落ち、ゆっくりと起き上がってくる。相変わらず剣を振るい、衝撃波を放ってくるが、その動きは陸上にいた時よりも明らかに鈍り、衝撃波の射程も3メートル弱にまで落ちている。
つまり、体が重くて浮くことができず、水の抵抗で思うように動けない、ということらしい。
「《ショックウェーブ》!……!?」
こちらの術の射程が1メートル程伸びている。なぜこのような便利な加護が陸上では使えないのか。
「……これは……俺でも勝てる! かもしれない!」
ヤヒコの目が輝く。
要するに、鯛子に移動と回避を任せ、相手の射程外から攻撃してしまえばいいのだ。MPを完全に切らして攻撃できなくなってしまうと相手がこちらから標的を外して他所へ行ってしまうかもしれないので、適度な間隔で攻撃して気を引き続ければ、ほぼ一方的にサンドバッグにできるということだ。
「ひゃっはーー! よくもビビらせてくれたな! 覚悟しやがれ!」
ヘタレでビビりな内弁慶が、今、雄叫びを上げた。
「ヤヒコさーん! 鯛子ちゃーん! どこにいるのー!? 返事をしてー!」
和子はマックス君、マリーちゃん、ゴローさん、そして新たに下僕となった漆黒のリビングアーマーのクロガネさんを連れ、ヤヒコと騎士が対峙していた浜辺を訪れていた。そう、マックス君は逃げたのではなく、和子に救援要請しに行ったのだ。
『ううう、もしかしたらやひこさん、あのおばけにたべられちゃったのかも……』
めそめそするマックス君。たとえ卵を採りあうライバル同士と言えど、心配なものは心配なのだ。何とも良心的な蛇である。
「……ぴょん!」
和子の肩に乗っていたマリーちゃんが沖を羽根で指す。
そこにはびしょ濡れになりながらも元気そうに、浜に向かって泳いでくるヤヒコと鯛子の姿が!
ヤヒコが浜辺に降り立つと、和子が駆け寄ってきた。
「ヤヒコさん、大丈夫でしたか!?」
「和子さん! どうしてここに?」
「マックス君が、ヤヒコ君が変なお化けに襲われてるって言ってうちに帰ってきたから、探しに来たんです。その、お化けは……?」
「さっき何とかやっつけました。時間かかりましたけど、水中だと動きが鈍るみたいで、どうにかなりました」
ヤヒコはあの鎧との戦闘でレベルが17まで上がっていた。一度に3もレベルが上がる相手との連戦は難しかっただろう。相手が1体だけで良かった、とヤヒコはほっとしていた。
「そっか、良かった……びっくりしました。そうそう、私の家にもひとり来たんです」
そういって傍らの漆黒の大きな――2メートル半はある西洋鎧を見上げる。
「…………もしかして、召喚契約、できたんですか……?」
「ええ、やっつけたら喋れるようになって、お友達になってくれたんです」
にこにこ話す和子に戦慄を覚えるヤヒコ――彼女はどれだけの強さを持っているのだろう?他の召喚獣がいるとはいえ、イベントモンスターをこうも容易く片付けてしまうとは。怖くて彼女のレベルを調べられない。
「……結局なんだったんでしょうね、アレ」
「うーん、種族名はリビングアーマーらしいですよ。普段は現在の攻略最前線のひとつ、魔族領域でちらほら出現するお化けみたいです。それが世界中に出現しているのはイベントのせいだと思いますけど……ほら、5月5日、端午の節句の五月人形の替わりじゃないですか?」
「殺伐としすぎだろ運営……」
そんなほっとした、気が抜けた空気の中、音がした。
がしゃん
海の中から。
がしゃん
まるで――鎧がたてるような音が。
「……!? HPはゼロにしたのに!」
「また別のお化けかも知れません!」
各々が戦闘態勢に入る中、ソレは海から這い上がってきた。
「いてて……何やら酷い目にあった気がするでござる」
ソレは、先ほどヤヒコが戦った騎士と思しきものだった。衝撃魔術で鎧が凹んでいる位置が同じであった。ただ、纏っていた黒い霧はなくなっている。2メートル半ほどの大きさの銀色の西洋鎧であった。中から野太い男の声が響いてくる。
「ややっ、これは……一体何事でござるか!?」
ソレは、戦闘態勢を取っているヤヒコ達を見て驚いたようだ。
「殿、戦でござるか! 一大事でござるな! 拙者も助太刀いたす所存でござる!」
ソレはがしゃがしゃとヤヒコに近づいてきてそう言った。正しいかどうかも不明な、なんちゃってござる口調で。
「……ヤヒコさん、もしかして」
「……契約、しちゃったみたいですね……ははは……」
浜辺に、ヤヒコの乾いた笑いが虚しく響いた。
リンデンロウの魔術学院にはPCも入学金が払えて試験に通りさえすれば入ることができます。
授業とかが結構あるので、それなりにまとまった期間拘束されますが、使用コマンドや独学で覚えるよりも体系的に魔術を習得することができるので、入学するPCは少なくないとか。
まあ、ヤヒコ君は入る予定ないですけどね!
町の名前やギルド名はその時その時の気分、フィーリングで決めています。
イリーンベルグは女神の神殿との兼ね合いでそんな名前になった例外です。
もっとうまい決め方があると良いのですけど。




