アイテムボックス・リベンジ③ 材料の下拵え
マックス君を退け、運よく需要と供給の波に乗り、初心者としては破格の大金を手に入れたヤヒコは、槐から材料を借り、一路イリーンベルグに向かった。
途中で船とすれ違ったり、その船がすれ違ったすぐ後に海竜に体当たりされたり、転覆した船の乗組員の救助を手伝ったりと、大幅に時間を取られたものの、無事にイリーンベルグに到着した。
神殿に入ると、フランツが出迎えてくれた。この前会った時よりも大分やつれているように見える。そこそこお年を召しているように見える彼だが、体調でも崩したのだろうか。
「お待ちしておりました、ヤヒコさん」
「お久しぶりです、フランツさん。……大丈夫ですか? 顔色が……」
「……大丈夫です。それより、海底本殿からお越しの巫女姫様がお待ちかねです、こちらへどうぞ」
この前は入らなかった建物の奥の方へと通される。
神殿内部にも大型の水路と橋が張り巡らされ、水路には恐らく海から来た女神の眷属であろう魚介類や人魚が泳いでいた。
神殿職員には人間だけでなく、体のところどころに鱗のある者――水龍の類だろうか――や、エルフのような長い耳の者もいた。皆忙しそうに駆け回っている。
ひときわ大きい水路の先、大きな円形の広間があり、そこはほぼ全面が水場になっていた。
「失礼します、フランツでございます。 ――こちらです、お入りください。」
フランツは広間内に一声かけると、ヤヒコを招き入れる。
中には、予想通りアリーシャがいた。
「待ちましたよ、ヤヒコ。 ――それで、例のものは持ってきたでしょうね?」
巫女とはいえ、挨拶もなしに何ともふてぶてしい態度である。
フランツの、否、職員たちの負担の大本はおそらくコイツだろう、とヤヒコは思った。
「持ってきました。これです」
オムライスの包みを2つ差し出すと、彼女の顔がほころぶ。
「ふふふ、美味だと聞いてとても楽しみにしていたのです。アイテムボックスの材料も持ってきましたか? 丁度いいので私直々に加護を授けましょう」
オムライスのおかげで相当ご機嫌らしい。
ヤヒコが槐から預かってきた材料を水際に並べると、アリーシャがどこから鈴のついた珊瑚の枝を取り出す。それを材料の上でしゃらり、とひと振りすると、枝から出た光の粒子が材料に吸い込まれていった。
「これを使ってアイテムボックスを作り、完成品をここに持ってきなさい。早く持ってこないと帰ってしまいますよ」
「わかりました、ありがとうございます」
材料を回収し、広間から出る。あとはオムライスが彼女の口に合うことを祈るだけだ。
港まで見送りに来てくれたフランツを労うため、オムライスの包みを1つ渡す。最初は恐縮して辞退しようとしていたが、最終的には受け取ってもらえた。多めに買ってきた良かった。これで少しは彼が元気を取り戻してくれるとよいのだが。
またやる気が出ないなどとのたまうかも知れない槐のために、もう一度卵を採りに行った。今度は10個だけにしておいた。マックス君がボロボロ目の前で泣きだしたので根負けしたのだ。これで泣き落としを覚えられてしまったらどうしようかとも思ったが、その際は無慈悲に卵を回収するしかないだろう。こちらも生活が懸かっているのだ。
白猫料理店につくと、何故か店の前で槐がスタンバっていた。どうやらヤヒコが来ると囮卵料理が出ると学習してしまったらしい。用意のいいことである。ヤヒコは野良猫に餌付けしたような気分になった。
「丁度いい。1つ俺様に寄越せ。卵かけごはんに挑戦してみたい」
「えっ……この大きさだと確実に茶碗からはみ出るんじゃ……」
「丼で食えばいいだろう!」
結局1つ取られた。丼どころかボウルでも用意しないといけない気がするが、大丈夫なのだろうか。今まで見た限りではあの店に台所はなかったが、寝室のそのまた奥にあるのかもしれない。それに、料理するのに結構スキルが必要らしいが……割ってご飯にかけるくらいならスキルを必要としないのだろうか?
いつものしかめっ面がほんのり嬉しそうになる槐。それを見て、ヤヒコも卵かけごはんが食べたくなった。とりあえず今日売るのは8つにしておこう。そしてどこかで米と醤油と炊飯器、があるかどうかわからないので鍋を手に入れてこよう。
卵を食べることを考えていたら、温泉卵も食べたくなってきた。この卵を食べるために料理スキルを取得するのもいいかもしれない。出先で自分で料理ができると便利だろう。
ヤヒコが店に入ると、槐もついてきた。まだ開店していないはずなのだが。
「あ! ヤヒコ君いらっしゃーい! 槐さんも一緒なんだ?」
ウエイトレスのサーシャ――この店の看板娘らしい――が声を掛けてくる。この数日ですっかり顔を覚えられてしまったようだ。
「こんにちは。卵採って来ました。槐さんとはついそこで会いました」
「うんうん、良かったー! 槐さん友達いないから心配してたんだよー」
「こいつとは友達でも何でもない。ただのクライアントだ」
むくれた顔の槐が抗議する。ヤヒコとしても、こんな無愛想な猫まみれ男と友達になった覚えはない。
「今日は8個です」
「はーい了解。ギルマスー! 囮卵入りましたー!」
「はいはーい! ありがとねー!」
エリンが出てきて卵を買い取ってくれた。ありがたい収入だ。これで目標金額の10万に届いた。
「じゃ、俺は先にお店の方に行ってます」
開店前だというのに席にでんと陣取ってしまった槐に声を掛ける。
「仕方ない、店で待ってろ」
「おお! 良かった、ちゃんとお仕事受けてもらえたのね!」
エリンが槐の隣に座る。仕事はいいのだろうか。
「最初はイーヴリンさんのところを紹介しようと思ったんだけどね、名前聞いたら寒気したっていうから、槐さんとこにしたの」
「……俺様はあんな女は好かん」
「初心者から攻略組まで人気あるのにねぇ、なんでかしら?」
イーヴリンさんとやらの名前を聞いた途端に槐がブスッとしてしまう。これは彼の前でこの話題は禁句だと思った方が良いのだろう。
店の机で龍語の習得を試みる。アイテムボックスからの使用コマンドも試してみたが、不可だった。
やっと文字だけは書けるようになった。あとは単語を覚えて文章を読み書きできるようにならないといけないと思うと、ヤヒコは気が遠くなるような思いがした。
「やばい……難しすぎる……」
口から魂が抜けそうになったころに、槐が戻ってきた。満足そうである。
「何をしている、材料はどうなった」
やる気もバッチリらしいので、ヤヒコは作業台の上に加護を掛けられた材料達を並べる。
「……ほう、強い加護がかかってるな。そこらでは中々お目にかかれないぞ」
「槐さんもどこかの加護もらってるんですか?」
「俺様は技術神と闇女神だな。技術神は己の作品を、闇女神は大量の闇魔石か猫グッズを奉げれば加護がもらえる。お前は初心者の癖に強い加護があるようだが、何をやったんだ?」
「えーっと……初期召喚獣の鯛子さんが、巫女姫アリーシャ様の侍女だったらしくて、いきなり海底神殿まで連れてかれました」
「まあ、運が良かったな。普通は加護を受けられるまでに結構な労力が必要だからな」
「そんなのは深海の恐怖を知らないから言えるんです……レベル100越えの海産物とか深海魚とか水龍とかうようよいる中を通らないと神殿に行けないんですよ!?」
「……そ、そうか」
海底の恐怖を思い出して涙ぐむヤヒコに、若干引き気味の槐。
「……まあ、できるまで3日はかかる。それまで町の観光なりレベル上げなりでもしてろ」
「よろしくお願いします!」
これでなんとか良い品を手に入れられそうである。ヤヒコはひとつ肩の荷が下りた思いであった。




