さようなら地球。ハロー異世界。
終わった。
マジで終わった。
「……ない」
机の上を、三回見た。
引き出しを五回は開けた。
カバンも十回ひっくり返した。
それでも。
「……ない」
俺の黒歴史ノートが、ない。
――――終わった。
人生が。
いや違う。
人生は続くけど、社会的に死ぬやつだこれ。
俺はその場に崩れ落ちた。
「うそだろ……」
あれはただのノートじゃない。
いわゆる中学二年生病の、結晶だ。
“暗黒大邪神ニコの戦い”
“世界を滅ぼす七つの禁断奥義”
“全人類支配計画・完全版”
――――誰かに見られたら終わる。
マジで。
俺はその日、学校を休んだ。
というか無理だった。
精神的に。
ベッドに潜り込んで、毛布をかぶる。
「……最悪だ」
「ニコ、大丈夫?いじめられたりとかしてない?苦しかったらお母さんに相談してもいいんだよ。」
ドアの向こうから母さんの声。
「お部屋に入ってもいい?」
「……いや、ちょっと……」
言えるわけがない。
「黒歴史ノートなくしましたっ!てへっ☆」なんて。
そんなもん。
人として終わる。
「そう……。無理しないでね」
足音が遠ざかる。
俺は天井を見上げた。
――――どこいったんだよ。
誰か拾ってないよな?
いや、拾ってても普通は捨てるだろ。
……だよな?
「……ハハ、ハァハァゼェゼェ…」
笑えない。
そのまま、意識が落ちた。
---
気づくと、朝だった。
いつもの部屋。
いつもの天井。
……夢であってくれ。
いや。
現実だ。
最悪の現実だ。
俺はフラフラと起き上がり、リビングへ向かった。
そして。
テレビをつける。
――――その瞬間だった。
『本日の特集です』
アナウンサーが、真顔で言った。
『暗黒大邪神ニコの戦い――その思想と影響について』
「…………は?」
画面が切り替わる。
そこに映っていたのは。
俺のノートだった。
「ちょっと待て」
『第一章――“闇より出でし神”』
女性アナウンサーの凜とした声が響き、朗読が始まる。
「やめろやめろやめろやめろおおおおおおおおおおお」
『世界は、すでに我が掌の上にある』
「読むなァァァ!!」
チャンネルを変える。
ニュース。
「本日、全国の教科書に新たな教科が追加され――」
「は?」
教科書が映る。
俺のノートの内容が載っている。
「は???」
さらに別の番組。
「この“ニコ理論”は現代社会において――」
最近見なくなったと思っていた金髪のヤンキーみたいなコメンテーターが語っている。
真顔で。
「ふざけんなァ!!」
スマホを見る。
SNS。
トレンド1位。
#暗黒大邪神ニコ
「死ぬ!!!!!!」
世界中が。
俺の黒歴史を。
楽しそうに語っている。
考察している。
称賛している。
「やめろぉぉぉぉぉ!!!!!」
その瞬間。
世界が歪んだ。
---
気づくと。
俺は、立っていた。
見知らぬ場所。
そして。
目の前には。
――――人がいた。
大量に。
ざっと、五十人くらいか?
「……は?」
さらに。
視線の先。
縛られている少女。
男が斧を振り上げる。
「――――おいおい!ちょっと待て」
斧が、振り下ろされる。
その瞬間。
俺は叫んでいた。
「ストーーーーっぷ!!」
――――静寂。
ピタリと、動きが止まる。
全員の動きが。
止まり、こちらをみる。
「…………っっっっっ!」
そして。
次の瞬間。
「成功したァァァ!!!」
歓声。
爆発。
「神が降臨されたぞ!!」
「世界なんてこれで完璧に滅ぼせる!!」
「俺ア!信じていたぜ!」
「は?」
呆けた声が口から漏れると同時に少女が叫ぶ。
涙を流しながら。
満面の笑みで。
「我らが神が降臨されました!!」
「だから――」
「早く私を生贄に捧げてください!!」
「は???」
「ハリーアップです!!!!」
「いやちょっと待て」
全員、俺を見ている。
キラキラした目で。
期待に満ちた目で。
狂った目で。
俺は、呟いた。
「……なんだこれ」
世界が。
完全に。
バグっていた。




