第5話【??】お泊り会を成功させよ!!
「……はぁ。今日も依頼が無事に終わった……」
僕——レイ・セルスティアは、夕道を踏みしめながら深々とため息をついていた。
手作りの「何でも屋」チラシを抱え、フリルたっぷりのクラシカルなロングスカートの裾をほんの少し持ち上げて歩く。
相変わらず、僕の師匠であり元Sランク冒険者、そして重度の男メイドフェチであるドスケベオヤジ・グレンツのせいで、ローン返済のゴールは遥か遠い。
けれど、疲れた体に鞭打って屋敷の門をくぐった瞬間、僕は思わず足を止めた。
玄関前に、大きな荷物を抱えた見覚えのある三人組が勢揃いしていたからだ。
「レイくん……! 今日は……お泊まり会をしに来ました……!」
大きな手提げバッグをぎゅっと抱きしめ、上目遣いに僕を見つめるのは、元引きこもり令嬢のルノアさん。
「レイ師匠! 師匠と同じ釜の飯を食べ、夜通し武芸とメイドの心得を語り明かすべく馳せ参じました!」
無駄に爽やかな笑顔でビシッと敬礼してくるのは、熱血剣士のカイルさん。
「レイくんと一緒にパジャマパーティーができるなんて夢みたいだよ〜! 僕、嬉しすぎて昨日の夜から眠れなくて緊張で胃が痛くてお腹壊しそうだよ〜〜っ!」
青髪のポニーテールを揺らし、すでにお腹を押さえて青ざめているのは、豆腐メンタル男メイドのフェリスさん。
「ええええっ!? ぼ、僕、何も聞いてませんよ!?」
パニックになる僕の背後から、パチパチと薪がはぜるような優雅な足音が近づいてきた。
ティーカップを片手にしたドスケベ師匠・グレンツである。
「ワシが許可したのだ。若い者が肩を寄せ合い、絆を深める……素晴らしいことではないか! …何より、可憐な男メイドたちが夜な夜な秘密の語らいに花を咲かせるなど……ロマンの宝庫だからな……」
「最後の最後で心の声が漏れてますよ師匠ーーーっ!!」
こうして、僕の意思など1ミリも挟む余地なく、「第一回・グレンツ屋敷お泊まり会」が唐突に開幕したのだった。
お泊まり会は、序盤から波乱の連続だった。
通された大部屋で、まずは着替え……となったのだが、師匠が気を効かせて(余計なことをして)用意した「ナイトウェア」のせいで大混乱が発生した。
フェリスさんは、もこもこのウサ耳がついたミニ丈の青いルームウェア。
「かわいー! レイくん見て見て〜!」と大喜びでピョンピョン跳ねている。
カイルさんは、なぜか黒地に金刺繍が入った「漆黒の男メイドシルクパジャマ」。
「これが……完璧なメイドが夜に纏う着衣……! 勉強になりますレイ師匠!」と謎の感動を浮かべて正座している。
そしてルノアさんはといえば、僕が着替えようとした瞬間、顔を赤らめ「防護魔法(超強力)」を暴発。
バシューン!という轟音とともに部屋のふすまが吹き飛び、カイルさんが「敵襲か!?」と裸足で剣を抜く大惨事となった。
ちなみに僕はというと、レースがこれでもかとあしらわれたネグリジェ風のフリルパジャマを着せられ、「なんで僕だけ露骨にフリル多めなんですか師匠ーーーっ!!」と廊下に向かって叫ぶ羽目になった。
その後、夜食作りではカイルさんが「剣聖流・一閃!」と叫んでまな板ごと調理台を真っ二つにし、
フェリスさんがパニックになって調味料を風魔法で撒き散らし、
僕が「全員厨房から出てくださいーーーーっ!」と一網打尽にしてから特製の「濃厚醤油バターラーメン&フレンチトースト」を振る舞うことで、どうにか全員の胃袋を鎮めることに成功したのだった。
「レイくん……毎晩つくってほしい……」
「うむ……この一杯に込められた気品と情熱、一生忘れんぞレイ師匠……」
「ふぅ……美味しかったぁ……! ……あ、あれ? 待って僕こんなに美味しいもの食べちゃってバチ当たらないかな!? 胃袋が幸福感で満たされすぎてて逆に怖いよ! もし僕がこの味を知っちゃったせいで明日からの普通のパンが砂の味に感じられるようになっちゃったらどうしよう!? レイくんのお料理は世界一だよ! 世界一どころか僕の人生の価値観を根本から破壊するレベルの神の領域だよぉぉ! 責任取って僕が死ぬまで一生レイくんの特製ラーメン食べさせてくれないと僕もう生きていけないよーーーっ!!!」
(一人だけ長い…)
時計の針は深夜12時を過ぎていた。
ふすまの壊れた大部屋に並べられた4つの布団。あかりを消すと、外の秋月が静かに部屋を照らしていた。
お腹がいっぱいになって横になったものの、昼間の興奮が冷めないのか、誰も寝落ちする気配がない。
と、隣の布団で丸くなっていたフェリスさんが、ぽつりと口を開いた。
「ねえねえ、レイくん……みんな。せっかくだから……『大切な人の話』とか、してみない……?」
「大切な人の話……ですか?」
「うん。僕、みんなのこと……もっと知りたいんだ。どんな人が好きか、とか……誰を大切に思ってるか、とか」
暗闇の中で、パジャマの布地が擦れる音が聞こえた。
一番端っこにいたカイルさんが、がばりと起き上がる気配がする。
「俺から言わせてもらおう!」
「静かにしてくださいカイルさん、近所迷惑です」
「む、すまん……。しかし俺の答えは最初から決まっている!」
カイルさんは暗闇の中で、真剣そのものの鋭い視線を僕に向けてきた。
「俺にとって心から尊敬し、この身と剣を捧げると決めたお方はただ一人……レイ師匠! 貴方だけだ!」
「えっ、僕!?」
「そうだ! あの日、俺の剣を優雅にいなし、服の破れを裁縫で完璧に直してくれたあの瞬間……俺は悟ったのだ! 強さとは破壊ではなく、気品と慈悲なのだと! 俺は一生、レイ師匠の背中を追い続ける!」
まっすぐすぎる熱血な言葉に、僕は思わず顔が熱くなった。
「いや、あの、弟子にした覚えはないんですけど……でも、ありがとうございます……」
すると反対側から、フェリスさんがガバッと起き上がって僕の手を両手で握りしめてきた。
「僕だって負けてないよ! 僕にとってレイくんは、暗闇の中に差した太陽なんだから!」
「へ、フェリスさん!?」
「僕、メンタル弱くて、すぐネガティブになってパニックになっちゃうでしょ? でもね、あの農園で僕が失敗したとき、レイくんは絶対に僕を見捨てないでくれた……『優しさがあったから解決できた』って笑ってくれたんだ! 僕にとってレイくんは、心の支えで、神様で、推しで、世界で一番大切な運命の人なんだよ! だから絶対離れないし、一生お給仕のお手伝いするんだからねっ!」
息継ぎなしの高速マシンガントーク。けれど、その言葉にはフェリスさんの溢れんばかりの純粋な好意が詰まっていた。
「フェリスさん……そこまで言ってもらえると、なんだか照れちゃいますね……えへへ」
二人の熱い想いにタジタジになっていると——
僕のすぐ隣の布団から、すっと細い手が伸びてきた。
繊細で、少し冷たい、ルノアさんの手だ。
彼女は僕のメイド服の袖ではなく、僕の「手」を、指を絡めるようにぎゅっと握りしめてきた。
「ルノアさん……?」
ルノアさんは布団からゆっくりと顔を出し、月光に水色の瞳をうるうると濡らしながら、まっすぐに僕を見つめていた。
いつもの控えめな声。けれど、そこには決して引き下がらない、重く固い決意が込められていた。
「……わたしを、あの暗くて狭い部屋から連れ出してくれたのは……レイくんだけです」
「ルノアさん……」
「外の世界が怖くても……レイくんが隣にいてくれるなら、わたし、どこへでも行ける……。美味しいスープをくれたのも、お庭でお茶を淹れてくれたのも……ぜんぶ、レイくんがわたしにくれた宝物です」
ルノアさんはぎゅっと僕の手を強く握り返し、消えそうな、でもはっきりと響く声で囁いた。
「だから……レイくんの特別な人は、わたしだけがいい……。他の誰も……渡したくないです……」
「っ……!?!?」
暗闇のなか、僕の顔は一瞬でリンゴみたいに真っ赤になった。
矢印が! 矢印が全員から僕に向かって一直線に刺さっている!!
ルノアさんの重すぎるストレートな告白に、心臓がバックバクと嫌な音を立てて跳ね上がる。
「え、えっと! み、みんな、あの……! 僕たちはその、かけがえのない『お友達』としてですね……っ!?」
「「「友達以上の絆です!!!」」」
「息ピッタリかーーーーーっ!?」
照れと困惑で頭がどうにかなりそうになった、その時だった。
ギシ……。
頭上から、かすかな木枠の軋む音が聞こえた。
見上げると——天井の小さな点検口の蓋が、そーっと1センチほど開いていた。
そこから覗いていたのは、怪しく光る録音機能付きの最新型魔導具と、ギラギラとした歓喜の目を輝かせるドスケベ師匠の顔だった。
「うむ……! 尊い! 尊すぎるぞ! 純愛、執着、敬愛……あらゆる『萌え』が男メイドを中心に渦巻いておる! これは永久保存版として録音し、後でじっくり鑑賞するとしよう……!」
「………………」
静寂が訪れた。
次の瞬間、ルノアさんの周りに青い防護魔法の圧がバチバチと渦巻き、カイルさんがパジャマのまま剣を抜き、フェリスさんが涙目で風の刃を形成した。
「「「「人の告白を盗み聞きしてんじゃないですーーーーーーっ!!!!」」」」
ドカァァァァン!!!!!
四人の合体魔法と剣撃が天井を突き破り、屋敷の屋根に綺麗な大穴があいた。
「ぬわーーーっ!? 盗み聞きくらいでそこまで怒らんでもーーーっ!?」と空へ吹き飛んでいくドスケベ師匠の悲鳴が夜空に木霊した。
翌朝。
澄み切った秋晴れの光が、屋根に穴があいた大部屋に爽やかに差し込んでいた。
昨夜の大騒ぎの末、疲れ果てた三人は、僕の布団の周りに寄り添うようにしてぐっすりと眠っていた。
左手には僕の袖を放さないルノアさん。
右手には安心したようにスヤスヤ息を立てるフェリスさん。
そして足元で「レイ師匠……お守りします……」と寝言を言うカイルさん。
「……ふぅ。まったく、みんな勝手なんだから」
僕は苦笑しながらも、そっとみんなに毛布をかけ直してあげた。
前世では、誰からも必要とされず、冷たい部屋で一人でお腹を空かせていた。
居場所なんてどこにもなくて、生きていることすら嫌になっていた。
でも、今は違う。
こんなにも僕を必要としてくれて、真っ直ぐな想いを向けてくれる仲間がいる。
フリル服を着せられて苦労ばかりの毎日だけど……なんだかんだ、今の生活は悪くないかもしれない。
胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、僕は優しく微笑んだ。
……と、そこへ。
頭にコブを作り、ボロボロになったドスケベ師匠が、ひょっこりと部屋に入ってきた。
「おお、レイよ。昨夜は素晴らしい青春の1ページであったな!」
「師匠……反省してないですね? まだ殴り足りないですか?」
「待て待て! ワシはな、大家として昨夜の清算をしに来ただけだ!」
そう言って師匠がニコニコ顔で差し出してきたのは、一枚の「請求書」だった。
「はい、これが昨夜カイルが破壊した『調理台の修理費』、ルノア様が吹き飛ばした『ふすまの修繕費』、フェリスが撒き散らした『高級調味料代』……そして、先ほど全員で開けた『屋根の穴の補修工事費』だ!」
「……え?」
「合計で……大金貨5枚だな! ワシが立て替えておいたから、お前のローンに上乗せしておいたぞ!」
「………………」
僕は請求書と、屋根にあいた大きな穴(秋晴れの綺麗な青空が見える)を交互に見つめた。
そして——
「なんで僕の借金が増えてるんですかーーーーーーーーっ!?!?(涙の絶叫×∞)」
僕の魂のツッコミが、屋根の穴からどこまでも高く、秋晴れの空へ響き渡った。
ローン残高:あと大金貨40枚。(絶望)
僕の波乱万丈な『何でも屋メイド』の日々は、まだまだ終わる気配がないのだった。




