トラックに轢かれたら、極悪フェイスの男に転生していた
神様、大変申し訳ありません。
私は今、人生で初めて「自分の顔面」に対して、これ以上ない恐怖を抱いています。
「おい、そこの不審者。ちょっと止まれ」
白銀の甲冑に身を包んだ、いかにもファンタジー世界の門兵といった風体の男二人組が、引きつった顔で槍を構えた。その手は目に見えてガタガタと震えている。
私はただ、新緑の美しい見知らぬ街道を、街の方へ向かって普通に歩いていただけだ。武器も持っていない。
「あ、あの……何か問題でもありましたでしょうか?」
できる限り穏やかに、愛想笑いを浮かべながら尋ねたつもりだった。
しかし、私の口から出たのは、地平線の底から響くような、重く、ドスの利いた低音ボイスだった。
ひぃっ、と門兵の一人が情けない悲鳴を上げて一歩下がった。
「しゃ、喋ったぞ……! なんだあの殺気は!?」
「おい、あいつの顔を見ろ! 左目の大きな裂傷、獣のように鋭すぎる三白眼……あの身長二メートルを超える巨体……! 完全にヤッてる側の人間だ!」
「まさか、西の鉱山を荒らし回っている指名手配犯『首狩り・ザックス』か……っ!?」
違う。誓って違う。
私はただの元社畜だ。名前は佐藤優斗。二十五歳。
昨晩、連日の深夜残業でボロボロになりながらコンビニの弁当を買い、帰路についたところで、居眠り運転のトラックに突っ込まれた。気がついたら、この知らない森の真ん中で、どう見ても「前科三十犯の凶悪犯」にしか見えない大男の身体に魂が入っていたのだ。いわゆる異世界転生というやつだろう。
(そりゃあさっき、川の水面に映った自分の顔を見た時は、俺だって腰を抜かしたけどさ……!)
鏡(水面)の中にいたのは、ヤクザの幹部すら裸足で逃げ出すレベルの、極悪非道という言葉を具現化したような男だった。普通にしているだけで周囲の空気がピリつくほどの「最凶の強面」である。
「あの、私はただの旅の者でして、怪しい者では――」
弁解しようと、私が一歩前に足を踏み出した、その時だった。
「グガァァァァァッ!!」
街道の脇の茂みから、突如として巨大な影が飛び出してきた。
体長三メートルはあろうかという、二足歩行の巨大な猪の魔獣――ワイルドボアだ。鋭い牙を剥き出しにし、狂暴な赤い目を輝かせている。
「う、嘘だろ……! 街のすぐ近くに魔獣だと!?」
「まずい、構えろ! ――いや、間に合わんっ!」
門兵たちの顔が絶望に染まる。魔獣の狙いは、完全にパニックを起こして棒立ちになっている若い方の門兵だ。あの突進を喰らえば、人間の身体など簡単に消し飛ぶ。
(危ない――!)
前世で揉まれまくった社畜の悲しい習性か、私は考えるよりも先に、身体を投げ出すようにして若い門兵の前に割り込んでいた。
無防備な背中に、魔獣の強烈な突進が直撃する。
ズドォォォォンッ!!!
激しい衝撃音と、凄まじい土煙が街道を包み込んだ。
「おいっ! 大丈夫か!?」
「あ、ああ……。俺は無事だ。でも、あの男が身代わりに……」
砂煙がゆっくりと晴れていく。
門兵たちが恐る恐る目を向けると、そこには、信じられない光景が広がっていた。
「……痛たっ」
私は、自分の背中をさすりながら、のそりと立ち上がった。
トラックに轢かれた時のような激痛を覚悟したのだが、今感じたのは「ちょっと硬いクッションがぶつかったかな?」程度の軽い衝撃だけだった。衣服は少し破れたが、肌にはかすり傷一つついていない。
逆に、私に全力で突撃したはずの魔獣ワイルドボアは、まるで鉄壁の城壁に激突したかのように、牙をボキボキにへし折られて地面に転がり、白目を剥いてピクピクと痙攣していた。
「な、なんだと……っ!?」
「魔獣の突進を、生の肉体だけで受け止めて弾き返した……!? どんな化物だ……!」
門兵たちが、先ほどとは全く違う「本能的な恐怖」の目で私を見つめている。
(え? 俺、なんで無傷なんだ?)
わけが分からず困惑していると、私の視界の隅に、突如として金色に輝く半透明のプレート――【ステータス画面】が浮かび上がった。
【名前】 ザックス(優斗)
【種族】 人間
【職業】 勇者(真)
【レベル】 99
【称号】 世界の救世主 / 神に愛されし者 / 聖人
【スキル】 『神聖魔法・極』『物理無効(極大)』『自動回復(超)』『全属性耐性』
(レベル99……職業、勇者……!?)
頭が真っ白になった。
神様、異世界転生の初期特典が盛りだくさんなのはありがたいですが、設定の割り振りを間違えていませんか。
中身は「最高位の聖なる勇者」なのに、外見のせいで「人類最大の敵」にしか見えないのですが。
私がステータス画面を見て呆然としていると、若い方の門兵が、恐怖にガタガタと歯を鳴らしながら、腰のナイフを抜いて私に向けた。
「お、お前……! 魔獣を囮に使って、俺たちを油断させる罠だったんだな!? そうやって何人の冒険者を騙して殺してきたんだ!」
「いや、本当に助けただけなんですが……」
私が困り果てて、ふぅ、と小さくため息をつきながら、一歩近づこうとした瞬間。
あまりの恐怖に限界を迎えた門兵たちは、槍もナイフもその場に投げ捨て、脱兎のごとく街の門の中へと逃げ帰っていった。
「ひぃぃぃぃっ! 街に応援を要請しろ! 超ド級の特級犯罪者が攻めてきたぞーっ!!」
閉ざされる頑丈な鉄の大門。
静まり返った街道。
足元で白目を剥いている猪の魔獣。
「……どうしてこうなった」
見た目は最凶の犯罪者、中身はピュアな聖人勇者。
私の、誤解と大混乱に満ちた異世界生活が、最悪のスタートを切った瞬間だった。




