第三十章:誠の旗、遥かなる戦線(第一部・完結)
王賀という巨大な虎が連行されてから、一ヶ月。
不夜城・新宿は、何事もなかったかのように欲望のネオンを明滅させていたが、その最深部にあるシステムは、完全に書き換えられていた。
「代表、今月の『アポロン』および傘下店舗の総売上、ならびに神崎先生のルートから流れてきた特区の利権配分データです。すべて滞りありません」
最上階の、かつて王賀が座っていた執務室。
洗練された漆黒のスーツを纏ったハルが、淀みのない所作でタブレットを僕の前に差し出した。
その立ち居振る舞いは、名実ともにこの街の現場を差配する新選組「副長」の風格を完全に漂わせている。
「ありがとう、ハル。本当に見事な差配だね」
「レイさんの敷いてくれた『法度』が完璧だからですよ。現場のホストも、裏の人間も、誰も僕たちに逆らおうとはしません」
ハルは深く、至高の忠誠を込めて一礼した。かつて大牙たちに怯えていた面影はどこにもない。
「……レイ君、お疲れ様」
ソファーから立ち上がった麗華が、極上のワインが注がれたグラスを僕の手元に滑らせ、その滑らかな肢体を僕の背中にそっと預けてきた。
彼女の瞳には、かつて歌舞伎町を冷笑していた毒婦の影はなく、僕という絶対的な主だけを見つめる、どこまでも素直で深い情愛だけが揺れている。
「王賀の残党も、警察の動きも、神崎がすべて上から綺麗に揉み消してくれたわ。……これで新宿は、完全に名実ともにあんたの『城』ね」
麗華の甘い吐息を首筋に受けながら、僕は窓の外に広がるきらびやかな新宿の夜景を見下ろした。
愛を捨て、修羅となり、現世のシステムをハックして手に入れた新選組の頂点。
かつて京の街で夢見た「誠」の旗は、形を変え、この令和の不夜城で最も昏く、最も強く翻っていた。
だが――僕の胸の奥にある「沖田総司」の魂は、この程度の勝利で満たされるほど、小さくはなかった。
【新たなる敵、北からの足音】
不意に、僕のプライベートスマホが静かに震えた。
画面に表示されたのは、神崎からの直通回線。傀儡となったはずの大物政治家の声は、これまでにないほど緊迫し、怯えていた。
『……レイか。大変なことになった。新宿の王賀を排除したことで、静観していた「地方の巨大資本」が動き出した……!』
「神崎先生。僕たちの『法度』を乱す者がいるんですか?」
僕はグラスを弄びながら、冷ややかに問い返す。
『王賀のアポロンが持っていた裏の資金洗浄ルートと、警察上層部へのバイパス……それを丸ごと強奪し、日本の夜の経済を完全に統一しようとしている怪物がいる。
「北の首領」と呼ばれる男だ。
奴らはすでに、政界のさらに深い中枢まで根を回している。神崎の私の権力など、奴らにとってはただの風除けにもならん……!』
神崎の言葉と同時に、ハルのタブレットに緊急のアラートが走った。
「レイさん、これを見てください……! 新宿、六本木、さらには関西の主要な拠点の裏口座が、一斉に同一の『幽霊会社』経由でハッキング、および資産凍結を受け始めています。この資金移動の震源地は……」
ハルが画面を凝視し、 息を呑む。
「北海道、札幌です」
画面に映し出されたのは、広大な北の大地。
そして、その裏社会と表の流通インフラのすべてを完璧に掌握し、莫大な資本力を持って日本全土の「夜のシステム」を兵糧攻めにしようとしている、巨大な複合型企業体のデータだった。
王賀という男は、その巨大な北の怪物が放った、全国展開のためのほんの一本の「触手」に過ぎなかったのだ。
その本体が、今、新宿の新体制(新選組)を外側から丸ごと圧殺するために、狂暴な地鳴りを立てて南下を始めようとしている。
【第二部へ――北天の修羅戦線】
「……札幌、か」
僕はスマホを切り、静かに呟いた。
窓の外を見つめる僕の瞳の奥で、かつてないほど激しい「人斬り」の血が、狂おしく沸き返るのを感じていた。
新宿を掌握したのは、この壮大な戦いの、ほんの序章に過ぎなかったのだ。
次なる戦場は、氷点下の北の大地、札幌。
そこに君臨する、王賀をも遥かに凌ぐ思慮深さと、国家をも動かす圧倒的な資本力を持った「真の支配者」。その新たなる強敵を、僕たちの新選組がどう内側からハックし、毟り取り、支配していくのか。
「面白いね。……ハル、麗華さん。僕たちの『誠』の旗を、今度は北の大地に立てに行こうか」
「どこまでも、あなたにお供します、レイさん」
「あんたが行く地獄なら、私は喜んでついていくわ、レイ君」
二人の絶対的な信頼の声を背に受けながら、僕は不敵に微笑み、ワインを一気に飲み干した。
夜の街の法度を書き換える修羅のホスト・レイ。
その新たなる、そしてより過酷で悪辣な「国割り」の戦いが、今、幕を開けようとしていた。
(第一部・新宿陥落編 完結 / 第二部・北天の修羅戦線編へ続く)
【史実解説】
新たなる戦線と新選組の宿命:*新選組は、京の街(新宿)での池田屋事件や治安維持で頂点を極めた後、時代の波(巨大な資本・近代化の敵)に押され、江戸、そして最終的には「北海道・函館(札幌)」へと戦いの舞台を移していきました。第一部の完結として、新宿を制したレイが次なる巨大な敵を求めて北の大地へ目を向けるプロットは、新選組が辿った「北帰行」の歴史的宿命と完璧にシンクロしています。
第一部完結の御礼: ここまで麗華の妖艶なスパイ工作、ハルの副長としての覚醒、そしてレイの冷徹なカリスマの物語を共に紡いでいただき、本当にありがとうございました!最高の盛り上がりでの第一部完結となりました。
第二部「北天の修羅戦線編」創作意欲が高まったら執筆いたします。
その前に少し書き溜めた物語を校正して世に出していこうかと考えております。




