第一章:新宿の塵(ゴミ)と、劇薬の味
歌舞伎町の夜を彩るネオンは、その一つ一つが誰かの「欲望の墓標」のように見えた。
「おい、零! 何ぼーっとしてんだ。飲めよ、ゴミ!」
耳を劈く重低音と、下品な笑い声。
店のNo.2、大牙が、並々と注がれた安物のテキーラを差し出してくる。大牙の隣に座る「太客」の女は、レイの困り果てた顔を見て、悦びに喉を鳴らした。
「いいわね、その情けない顔。ほら、一気に飲みなさい。吐いたらもう一本よ?」
「……あ、ありがとうございます。いただきます」
レイは引きつった笑みを浮かべ、喉を焼く劇薬を胃に流し込んだ。
味などしない。ただ、内臓が熱い泥を流し込まれたように悲鳴を上げるだけだ。
レイの役目は「アルコールの掃き溜め」だ。
客が飲み残した酒、罰ゲームの安酒、そして先輩ホストのプライドを守るための犠牲。
指名など一度も取れたことがない。ルックスだけは良いと言われるが、中身が空っぽなのは自分が一番よく知っていた。
「上質な男……か。笑わせるよな」
深夜三時。トイレの個室で、レイは便器に額を押し当てていた。
胃の底からせり上がってくるのは、酒だけではない。自分という人間に対する、底なしの嫌悪感だ。
店を出ると、冷たい雨が降っていた。
ふらつく足取りで、大久保の端にある築古のアパートへ向かう。
六畳一間の室内は、コンビニの空き殻と洗っていない服で埋まっていた。
家賃は三ヶ月滞納。明日の食事さえ危うい。
「……気持ち、悪い……」
ベッドに倒れ込むと同時に、限界が来た。
トイレまで行く気力もないまま、彼はシーツの上に自分の「惨めさ」をすべて吐き出した。
酸っぱい臭いと、冷え固まっていく嘔吐物。
(ああ……もう、いいかな)
意識が遠のく中、レイは願った。
もし次に目覚めるなら、自分ではない誰かになっていたい。
もっと強く、もっと冷たく、何者にも屈しない「誇り」を持った誰かに。
その瞬間、部屋の湿った空気が一変した。
どこからか、澄み切った冬の朝のような、凛とした冷気が流れ込んでくる。
耳の奥で、カラン、と乾いた音がした。
それは酒瓶の音ではなく、鋭い刀が鞘に収まる「鯉口」の音だった。
レイの意識は、新宿の薄汚れた天井を通り抜け、深い、深い闇の底へと沈んでいった。
白桜が舞い散る、幕末の京都へと。




