ラジー 1
「君を抱くことはできない」
え、それ、どういう意味?
実家での監禁生活からようやく解放されたと思ったら、これだ。
ナリーア伯爵家令息のガリー様と婚姻することになって、ようやく連れ出してもらえたのに。
私は、母の顔を知らない。
顔どころか、名前も、どんな人だったかも知らない。
物心ついた時には、離れに閉じ込められていた。
食事は1日2回、黒パンと野菜くずが浮いてるだけのスープ。
いつもお腹をすかせていた。
物心ついてから何年も経ってると思うけど、実際どれくらい経ったかはわからない。
栄養状態が悪いせいか、全然大きくならないから、自分でも今何歳なのか想像も付かない。
前世の記憶がなかったら、言葉もロクにしゃべれなかったんじゃなかろうか。
そう、私には前世の記憶がある。
日本のどこかで、会社勤めしてたみたい。
なんか記憶の隅っこに「異世界転生」なんてジャンルの小説があったらしいことが残ってるし、きっとそういうのなんだろうなぁ、なんて思う。
でも、具体的な作品名とか知ってるわけじゃないし、何の小説に転生したのかとか、全然わかんない。
たぶん「ドアマット」とかいういじめられ役になっちゃったんだよね。
いじめられるのは嫌なんだけど、どうすればいじめられなくなるのかわかんないし、なるべくおとなしくしてようと思って、実家ではなるべくベッドで丸くなってた。
動くとお腹がすくしね。
閉じ込められてるだけで、殴られたりとかはなかったし、家族の顔もほとんど見たことなかったんだよね。
ある日突然、ナリーア侯爵家に嫁ぐことになったって言われて、結婚式もなく引っ越してきて、初夜。
旦那様になったガリー様は、私の寝室にやってくると、額にしわを寄せてイスを引っ張ってきて座った。
すっごい大人な感じの人。
28歳だって。
「家政に関しては、君は何もしなくていい。
社交もいらない。
パーティーなどへの出席もしなくていい。
ドレスでも宝石でも、欲しいものがあればメイド長に言って業者を呼ぶように。
君のための予算があるから、その範囲内なら何に使ってもいい。
母屋の中の移動は構わないが、外に出るならメイド長に言うように。護衛を手配させる」
「お庭に出てもいいんですか?」
実家では、離れから出るのは禁止されてた。出る元気もなかったけど。
「庭を散歩するのは構わないし、君に一角を預けるから、そこは好きに使って構わない。
ただし、護衛は必須だ」
「贔屓の店はなかったはずだな。
屋敷には信用できる者しか入れないから、メイド長の方で出入りの商人を呼ぶ。
メイド長は、明日あいさつに来させる。
今日はもう休め」
ガリー様は、それだけ言うと部屋を出て行った。
「休め」って、寝ろってことだよね。
こんなふかふかのベッドで寝てもいいのかな?
1人でベッド使ったりしたら、怒られるかも。
床のじゅうたんだって毛が長くて、実家の掛け布団より厚みがある。
ここなら、怒られないよね。
「ラジー様! ラジー様!」
揺り起こされて、目が覚めた。
ピシッとメイド服を着たおばさんがいる。この人がメイド長かな?
「絨毯に埋もれるのがお好きというのでなければ、次からはベッドでお休みなさいますよう」
「ベッド、使っていいの? ふかふかだよ?」
「あれはラジー様のベッドです」
私のらしい。すごい。
「朝食をお持ちしました。
全部召し上がっても、お残しなされてもようございますので、お好きなものをどうぞ」
部屋の真ん中のテーブルに、今世では見たこともないようなごちそうが並んでた。
とても食べきれない量。
「こんなに…」
「お好みのものだけ召し上がっていただけば結構です」
パンを食べてみる。ふわふわ。中が白い。やっぱりこっちにも白いパンはあったんだ。
「おいしい…」
いい匂いのスープがある。一口飲んでみる。おいしい。
パンを1個とスープを飲んだら、お腹いっぱいになっちゃった。
まだいっぱいあるけど食べられない。
もったいない。
せっかく食べていいって言われたのに。
涙が出てきた。
「ごめんなさい」
「いいえ、ご無理なさいませんよう。これは、別の者がいただきますので」
怒られなかった。優しい。
お腹いっぱいになったら、眠くなった。
「どうぞ、お昼寝なさってください」
ベッドに入って、目が覚めたらお昼ごはんが用意された。。
今度はちょっと少なめだけど、それでも食べきれない。
お昼は、フレンチトーストみたいなのとスープを食べた・
メイド長が
「夕食までお寛ぎください」
と言って、残したごはんをさげたから、ベッドに腰掛けてボーッとしてた。
次回更新は28日午後7時になります。




