第35話 これぞ雰囲気という名の恐るべき罠、これぞ師弟の絆――! ★現状・最終話
今さらになって〝思えば出会った日も、こんな夕陽だった〟と、奈子はぼんやりと思う。
一方、晃一はサングラス越しに夕陽を眺めつつ、不意に口走った。
「そういえば、奈子と出会った日も、こんな夕陽だったな」
「! あ……そ、そうでしたか? 良く、覚えていませんけど……」
同じようなことを考えていたのが、奈子は何となく恥ずかしかったのか誤魔化すが、晃一は話を続ける。
「俺はあの日、奈子、キミに出会えて……本当に、良かったと思っている。あの何気なく終わるはずの一日は、俺にとっての運命だったのだ」
「え。……は!? い、いえ、急に、なっ……また変な冗談――」
「――冗談などではない、俺は本気だぞ」
「!!」
その時、晃一は無造作に、サングラスを外し――鋭くも、けれど真摯な眼差しで、奈子と向き合う。
「――奈子――」
「! あ、ゎ……こ、コーチさん、ちょっ……」
長身の偉丈夫が奈子の前に立ち、細く小さな両肩に、その大きな両手を置く。
「は、わっ。あ、あの……あの」
「奈子、いいか――俺はな」
「…………は、はい。…………」
奈子は、待った――続く彼の言葉を、黙って待った。
その胸の奥が、強く鳴るのに、気付かぬまま。
そして、晃一が告げた――その真っ直ぐな思いとは。
「栄海奈子という、素晴らしいサッカー(袋詰めする方)の才能の持ち主に出会えて――心の底から感動している! キミというサッカー選手(袋詰めする方)を、俺は本気でコーチとして支えるぞ! これが俺の、冗談抜きの本気の気持ちだ!」
「………………」
「む? 奈子……どうした? 奈子、おーい、奈子?」
真顔で沈黙してしまった奈子に、晃一が何度も呼びかけるも、返事はない。
が、少しだけ間を置いて――奈子が低い声で告げた。
「とりあえず離れろ。引っ叩かれたくなければな」
「なっ奈子!? どうしたのだ、闇堕ちしたのか!?」
「コホン。……いいから離れてくださいっつーんですよ、じゃないとグーでいきますよ、今度こそグーで」
「あ、ああ、わかった。何が気に食わなかったのかは、全く全然これっぽっちも、わからなかったが……うーん? ??」
奈子の要求通り、晃一は奈子の肩に置いた手を離し、一歩だけ後ずさる。
「……はぁ~~~~~っ……」
そして奈子が盛大な溜め息を吐きながら、後ろを向き――がばっ、とその場にしゃがみこんだ。
(い、い、い……今、私、なにをっ……なにをボーッとしてたぁ~~~!? 何で黙ってコーチさんの言葉を待ってた!? ちがっ、そんっ、夕陽の……夕陽の! このシチュエーションの、雰囲気のせい! なな流されやすいにも程があるでしょ私ぃ~~~! しっかりしなさい栄海奈子! あんな変人に流されてドキドキしてんじゃねーですよー!? ばかーっ!)
「な、奈子? 急に屈み込んで、どうした? 大丈夫か――」
「そっ……それ以上、私のそばに寄るなぁ~~~っ!」
「どうしたというのだ奈子ーーーっ!? ……とりあえず今の雰囲気に適していそうなので、さっきのDVDの鎮魂歌のトコでも再生しとこう」
本当にDVDを再生する晃一。彼が言うには敗北した選手なのだが、実際、曲自体は非常に上手い。
まあ奈子的には、そこも軽く腹が立つポイントのようだが、気を静めるのに少しは役立っているようだ。
(ふ、ふう、落ち着いてきた……本当、このバイオリン弾きだした人といい、才能の無駄遣いだよなぁ……そのせいで負けてるんだし、袋詰めの競技なんかせず、バイオリンに絞ればいいのに。まあ他の人もだけど。特にコーチさんとか妙に強いんだし、他のスポーツやればカッコイ……愚かなり悔い改めよ奈子ォ! BGMのせいっ……この妙に上手いのが腹立つBGMのせいじゃ~~~いっ!)
「うーむ、どうしたのだろう、奈子。今度はぷるぷると震えだして――」
心配そうにする晃一に――がばっ、と奈子は立ち上がって叫んだ。
「わ、私はホンットに、コーチさんのこと――ただただ誰よりも変な人だとしか、思ってませんからねっ!!?」
「お、おお? 前にも聞いたが……フッ、照れるな」
「褒めてねーんですよ。前にも言いましたけど」
言い切ったからか、奈子も少しは落ち着きを取り戻したらしい。
そして晃一は晃一で、改めて気を引き締めるべく言う。
「奈子。少し前にも言ったが、このサッカー(袋詰めする方)の世界は広く、まだ見ぬ強敵たちがひしめき合っている。これから先、更なる進化が必要だぞ」
「すいません私、全く全然これっぽっちも、その気とかナイんですよ。……全く全然これっぽっちもって、言われるのは腹立つけど、自分では使いやすいな……」
「奈子……俺はキミに、〝新しい世界〟を見せると言った。そしてこの世界にキミを誘い、あの激動のサッカー大会(袋詰めする方)を通じ、少しは誓いを果たせたと思う。だが……まだまだ、これからだ。キミに見せたい〝新しい世界〟は、それこそ九万里の彼方にまで続いている。だからな――」
「そして人の話を本当に聞きませんよね。何のためについてるんですか、耳。ちゃんと人の話を聞く耳を持って――」
コーチに対してでも、奈子は容赦なくツッコむ。
だが、話を聞かないことに定評がある、木郷晃一はそのまま言い放った。
「キミに〝新しい世界〟を見せ続けるために、これから先も――
栄海奈子、キミのコーチとして一生すら捧げると、誓うぞ――!」
「!!!」
聞きようによっては、大胆過ぎる発言に、奈子は衝撃を受け――そして、顔を真っ赤にしながら、辛うじて返事する。
「……か、か……勝手にすれば、いいじゃない、ですかぁ……あぅ」
「? うむ、ならば、勝手にしよう! このコーチに任せておけ、奈子!」
どん、と自身の胸を強く叩くコーチに――ぷいっ、と奈子はそっぽを向き、夕陽の赤さで頬の色を隠そうとする。
そうして、晃一が最後に、締めくくるように叫んだ。
「さあ、いくぞ奈子――キミはまだ、走り始めたばかりなのだからな!
この、長く険しい、サッカー(袋詰めする方)の世界への道を――!」
「……う、うるせぇ、ですぅ……うぅ」
《サッカーの女王》が走り出した、その道は、長く険しく、厳しいかもしれない。
だが、一つだけ、言い切れることがあるとすれば。
そんな彼女の姿は、間違いなく――コーチが見守り続けているだろう――
※ちゃんとコーチングしているかどうかは、また別の話です。
―― fin ――
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