第一章 : 週1里帰りその2~報告会~
あの後、レイさんが用意してくれた朝食を食べ、その余韻が、まだ小屋の中に残っていた。
何処からかやってきた小麦粉で作られた焼きたてのパンの香りと、レイさん特製スープの温かさ。
さっきまでの世界規模の話が嘘みたいに、穏やかな時間だった。
そんなことを考えていた時、空気が微かに歪んだ。
「……来たか。」
ノクスが低く呟く。
「え?」
次の瞬間。
小屋の中に歪みが裂けるように現れた。
ただ空間に穴が開いたみたいな、歪みだ。
そこから、カイが現れた。
「よぉ。今日でちょうど1週間だ。地球に戻る時間だぞ。」
「カイ……そっか、もうそんな時間か。」
思ったより時の流れは早いみたいだ。
「今回は随分あっさりだね」
レイが肩をすくめる。
「あんな仰々しいの、出すのめんどくさいし、なんかもう、要らないだろ。」
天使がそんなこと言ってていいのだろうか、なんて思いながら連れられるまま空間の中に入る。中は今までと変わらなかった。
「行ってきます。」
そう3人に伝え、私は地球へと戻った。
世界を行き来する感覚は、何度経験しても慣れない。
視界が白く塗り潰され、次の瞬間には硬質な現実が戻ってくる。
アスファルトの匂い。排気ガス。遠くで鳴るクラクション。
「……帰ってきたんだなぁ。」
そう小さく呟いた。
異世界の静かな空気に慣れ始めていたせいか、この世界の情報量の多さがやけに刺さる。
「そうそう、ここ、総理官邸?の近くだから。報告会とやらがあるらしいぜ。」
「え?ちょ、もっと早く教えてよ!」
それだけ言い残してカイは消えてしまった。
ふと視線を感じるほうに視線を向けると、すでに黒塗りの車が待機していた。ドアの横には無駄のない動きのスーツ姿の人間たち。所謂黒服と呼ばれる人たちであることは一目でわかる。
「え、ちょっと、またこれ?」
「総理がお待ちですので、車にご乗車ください。」
黒服はそう言うと、半ば流される形で車に乗せてきた。
ドアが閉まると同時に、外界の音は完全に遮断される。
走行は滑らかで、異様なほど静かだ。電気自動車なのかな。EVとか、最近言うしね。
ただ、状態が状態なだけに窓の外に流れる街並みは見慣れているはずなのに、どこか遠いもののように感じる。
(……あっちにいた時間、そんな長くないはずなのにここまで知らない土地にも見えるんだな。)
感覚がズレている。
それを自覚する前に、車は減速した。
「到着しました」
目の前には、以前も訪れた総理官邸がそびえたっていた。
「結様、こちらへ」
頭がちゃんと理解するよりも先に、中へ通される。
警備は厳重で、視線は多いが無駄な声は一切ない。
全員が状況を理解している側の人間だ。
「やっぱり総理って凄いんだな......。」
思わずそう呟くと、
「無駄な私語はお控えくださいますようよろしくお願いいたします。」
と釘を刺されてしまった。
案内された部屋は、よくテレビで見るような部屋だった。どうやら記者の方も同席しているらしく、そこそこ広い部屋だ。
扉が開くと、中では総理が待っていた。
「お久しぶりですね。旭月さん。」
「お久しぶりです。総理。」
小さく頭を下げる。
席を促され、向かい合う。
「早速なんですけどね、近況報告をしていただこうと思って。」
空気が変わる。
「異世界、行ってみてどう?どんなことしたのかしら?」
行ってみてどう、か。
中々にどう答えていいかわからない質問に少し言葉を詰まらせる。
「……はい、そうですね。まだ救世主として多くの人の目に触れたわけではないので、どう、と言われると猟だったり山菜採取などをして食いつないでいるので大変です、としか。」
「あら、そうなの。」
「はい。ただ、意外と人の運には恵まれていまして、共に過ごす方たちはとても優しくしてくださいます。」
「へぇ良いわねぇ。」
そう答える総理はニコニコしている。
多分、求められている答えはこういった当たり障りのないことではないのだろう。
やるしかないよね......。
「後、魔法をたくさん覚えましたね。凄く楽しいんですよ。毎日が訓練ですけど、その分大がかりな魔法が使えるようになるんです。」
その言葉に総理は目を輝かせる。
「まぁ!そうなのですね。良かったら中庭の方でそちらをお見せいただくことは出来まして?」
あぁ、やっぱり求められていた答えはこれだったんだなと思う。
「わかりました。」
そうして中庭に移動することとなった。




