2-3. 舞踏会当日(3)
格好がまともになったからと言って、中身まで変わるとは限らない。
蓋を開けたらいつも通りの上司の話をスイッチが入りきる前にそれとなく逸らし、そのたびに話を切り上げられた令嬢やその親から痛いばかりの視線を貰いながら、その視線には気づいていない振りをしてアシュリーは微笑む。
一生分の愛想笑いを使っているような気さえするが、仕事だからと自分に言い聞かせる。給金を貰っていなければこんな仕事絶対に御免だ。
隣で愛想良く──アシュリーからすれば胡散臭く──笑っている上司をそっと横目で見る。
変人ではあるが、ローウェルが薬学の研究者として優秀であることには変わりない。そして王立図書館の館長を務めるだけあって知識もある。公爵家の生まれであるということもあり、彼と関わりを持ちたいと思う貴族は多かった。
普段あまりこのような場に来ないことも人が途切れない要因なのだろう。何せ普段は研究室に籠もっていてほとんど出てこない。一応図書館の館長であるはずだが、表に立つ仕事は副館長が務めていて彼が表に出たことはなかったように思う。
話を逸らして切り上げた傍から別の人に話しかけられ、延々とそれが続く。──つい親切心が働いて話を逸らしていたが、これは初っ端にきちんと変人ぶりを知って貰っていた方が良かった気がする。
ため息を吐き出したくなる気持ちを抑えて愛想笑いを浮かべる。賑やかすぎるこのような場は、やはり自分には合わない。
だが、アシュリーの限界がすでに近い理由はそれだけが原因ではなかった。
行くよとそれだけ言ってローウェルに連れて行かれた先は普段は遠目でしか見ることのない国王夫婦の前だった。ローウェルに紹介され頭を下げるが、自分は今身分と名前を偽ってこの場にいることを思い出す。
慌てたアシュリーに、ふたりは柔らかく微笑んだ。どうやら事情は伝えられていたようで、彼女が身分を偽ってこの場にいることは咎められなかった。それどころか、この場に来てからの彼女の奮闘ぶりを見ていたらしく、労いの言葉を貰ってしまう始末だ。
うっかり別人を装っていることを忘れ、素が出そうになってしまった。ローウェルが助けてくれたお陰で挙動不審な仕草は目の前のふたり──王様と王妃様ぐらいにしか見られなかっただろうが、それが一番恥ずかしい。
ふたりの前を辞して、そっと胸を撫で下ろす。そんなアシュリーの頭にぽん、と乗った手のひら。頭を上げると、ローウェルが笑みを浮かべていた。珍しくその笑みに胡散臭さはない。
「お疲れ様。よく気を使ってくれて、助かったよ」
「い、いえ……かん、お兄様こそ、先ほどは助けて下さってありがとうございました」
「君を守るのも、ボクの役目だからね。さて、あとは」
「──ローウェル」
ローウェルの言葉を遮って響いてきた声。そちらに視線を向けると、ひとりの青年が近付いてきていた。
彼の美しい金色の髪はシャンデリアの光に反射し、きらきらと輝いている。
先ほどローウェルとアシュリーが挨拶をした国王夫妻の子であり、次期国王と言われている第一王子だ。確かアシュリーの記憶によれば、年は自身よりも三つほど上だったはずだ。
だが何よりアシュリーの目を引いたのは彼の第一王子の後ろに付き従う、ヴィルヘルムの姿だった。
アシュリーが仕事中の彼と会うことは少ない。最近は何かと図書館内で会う機会が多い気がするが、王族の──特に第一王子の──傍に控えていることが多いヴィルヘルムとは本来行動範囲が違うのだ。
遣いのために図書館を出たときに偶然出会って世間話をすることはあるが、アシュリーが仕事中のヴィルヘルムの姿を見るのは王家が参加する行事のときぐらい。それも遠目からがほとんどで、こうして近くで彼の仕事をしている姿を見るのはほぼ初めてだった。
加えて第一王子も見目が麗しく、ヴィルヘルムも端整な顔立ちをしている。第一王子の護衛も、誰も彼もが美形揃い。そのため彼らの姿はひどく目を引いた。先ほどから聞こえる黄色い歓声は第一王子一行と、そしてローウェルに向かっていた。
それとなく一歩後ろに後ずさりながら、しっかりとヴィルヘルムの姿を目に焼き付ける。こんな至近距離で彼が仕事をしている姿を見られるのは今日を逃したらもうないかもしれない。
しかし、どうやらあまりにも熱心に彼のことを見つめすぎていたらしい。周囲に視線を走らせていたヴィルヘルムの視線がアシュリーの方を向いた。深紫の瞳とばっちりぶつかる。
視線が交差した瞬間、くちびるが何か言いたげに僅かに開かれ、彼は瞳を見開いた。
その反応にまさか気付かれてしまったのかとアシュリーは焦ったが、すぐに否定する。シェリーとアシュリーをイコールで繋げるには違いすぎていることに気付いたからだ。
大丈夫だと自分に言い聞かせ、アシュリーは誤魔化すように笑みを浮かべて彼に会釈した。だが途端に眉を顰められてしまって動揺する。
容姿も端麗で身分もあるヴィルヘルムは女性からよくアプローチを受けている。だがどうやら彼はそう言ったものが苦手らしく、困ったような顔をしているのを何度か見かけたことがあった。
恐らく今のアシュリーもそのときの女性と同じだと思われてしまったのだろう。笑みなんて向けなければ良かったと思うが、後の祭りだ。
「……それで、先ほどから君のフォローを頑張ってくれている彼女とは、どんな関係なのかな?」
「隣国に住む遠縁の子なんだけど、今この国で勉強中なんだよね。その勉強の一環で連れてきたんだ。シェリー、はい、自己紹介」
ローウェルに促されて、アシュリーは淑女の礼をして今だけの名前を名乗る。だが名前を口にしたら王太子が意味ありげな反応だったので、恐らくこの人もシェリーが偽の名前であることを知っているのだろうと察せられた。




