↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/29

エピローグ(1)

 見上げた空には、雲ひとつない清々しい青空が広がっている。

 図書館を出て日差しの降り注ぐ廊下を進み、アシュリーはいつものように、その腕に頼まれた本を抱えて研究室を訪れていた。

 顔馴染みの研究員に挨拶をすると、予め話が通されていたのか用件を尋ねられることもなく室長室に案内される。そしてノックをして入室の許可を得ると、アシュリーはその部屋に足を踏み入れた。

 相変わらず部屋中には本の山や書類の束が積み上がっている。

 珍しく来客を迎えるためのテーブルの上はいっぱいで、代わりにローウェルはきちんと執務机の前に座っていた。

 最後に顔を合わせたのは、アシュリーがヴィルヘルムと仕事が終わったあとの約束を話していたときだろうか。

 久々に会ったローウェルはいつも通りで、器用に指先でペン回しをしながら、書類を捲っている。アシュリーが持ってきた本をどこに置けばいいのかと逡巡していると、ローウェルがペンを持っている方の手で手招きをした。

 辛うじて床に積み重なった本やら書類やらの被害が出ていないのが幸いか、恐る恐るローウェルに近付いていく。


「持ってきてくれてありがと、アシュリーちゃん。それ、そこの書類の上に置いておいてくれる?」


 ローウェルが指し示したのは、書類と本、それからファイリングの山が積み上がったテーブルだった。

 一瞬呆然としたけれど、アシュリーはすぐに我に返り、持ってきた本を書類の山の上に置いた。幸いなことに崩れ落ちることはなく、ほっと胸を撫で下ろす。

 用は済んだので、図書館に戻ろうとアシュリーが踵を返すと、「あ、そうだ」と、背後から呼びかけられた。振り返るが、ローウェルは手元の資料に目を落としたままだ。

 しかしローウェルはアシュリーが返事をするよりも先に言葉を続けた。


「話はちゃんと、丸く収まった?」


 問いかけられて、一瞬アシュリーの目が丸くなる。しかしその意図を察すると、彼女は頬を僅かに赤く染めた。

 ローウェルが指し示す《話》とは、すれ違っていたヴィルヘルムとの関係のことだ。


 ──仕事終わりにヴィルヘルムに連れられ、騎士団の副団長室で話をしたのは、数日前のことだ。

 そこで彼の想いを知り、アシュリーも想いを伝えたことでふたりは両想いとなった。

 そのあとアシュリーは実家に手紙を送り、ヴィルヘルムから話があったことと婚約の話を前向きに進めたいことを伝えたのだ。

 頑なだったアシュリーが前向きにと返事をしたことで何か言ってくるかとも思ったのだけれど、ヴィルヘルムからもマクブライド家に手紙を送ってくれたそうで、驚かれはしたが、それ以上に喜びの言葉が書き連ねてあった。


 だが、婚約の話を始めから前向きに考えていたアシュリーの家族はともかく、果たして自分はヴィルヘルムの家族に受け入れてもらえるのだろうか。

 そう考えていたのだけれど、どうやらヴィルヘルムの家族も、ふたりの婚約を反対しているどころか歓迎してくれているそうだ。

 しかしそこまで歓迎される理由がわからず、首を傾げたアシュリーに、


「仕事ばかりしていたから、結婚に……と言うか、女性に興味を持てないと思われていたらしくてな」


 とヴィルヘルムは苦笑交じりに話してくれた。

 両親に好きな女性がいると話したら、ひどく喜ばれたそうだ。根掘り葉掘り聞かれて答えているうちにヴィルヘルムも熱が入ってしまい、結果的に好意的に受け入れてもらえたという。

 詳しいことは何故か赤面したヴィルヘルムは教えてくれなかった。

 今はふたり合わせて休暇を取れるときに、お互いの家に挨拶に行くと言う話をしているところだ。

 ここのところ会えないことが多く、ローウェルには伝えられていなかったが、背中を押す、どころか、お尻を叩いてくれた彼にはきちんと報告をするべきだろう。


「……お陰様で、良縁に恵まれることに、なりました」

「それは良かった。うんうん、ボクの言う通り、悪い話じゃなかったでしょ」


 ローウェルは持っていた資料を机の上にできた紙の束の上に重ねると、視線を上げてアシュリーを見つめた。

 前髪に隠されているはずなのに琥珀色の瞳にすべてを見通されている気がして、落ち着かない。


「ヴィルヘルムは、口は上手くないし、肝心なところで抜けてたり、言葉が足りなかったりするところもあったり、堅物なのにむっつりで、顔はいいから言い寄られることもあるかもしれないけど、本当にアシュリーちゃんしか見えてないから愛人を作る心配はないし、安心して嫁ぐといいよ」

「……っ」

「あれだけ完璧に変装させたのに一目で見抜くし。愛されてるね、アシュリーちゃん」


 畳み掛けるように言われて、アシュリーは熱が出てきたような錯覚すら覚えた。顔が熱くて、上げられない。


「ボクは神サマって奴を信じてはいないし、いたとしてもボクを転生させた理由は気まぐれだったんだって思ってるけど、アシュリーちゃんの場合は、ヴィルヘルムと出会うために、二回目の人生を神サマが与えてくれたのかもしれないね」


 くるりとペンを回しながら、ローウェルはしみじみと言う。その言葉が意外で、アシュリーはおずおずと顔を上げた。


「婚約おめでとう、アシュリーちゃん。……幸せになるんだよ」


 ローウェルはアシュリーと目が合うと、そう言ってどこか寂しげに笑った。

 ぱちくりと瞬きをしたら、次の瞬間にはその寂しさの色は消えていた。

 けれど見間違いでは、ないだろう。

 きっとアシュリーも同じ転生者であるローウェルが先に結婚すると聞いたなら、少なからず寂しさを感じたはずだ。


「ありがとう、ございます」


 震える声を誤魔化すためにそう言って頭を下げる。

 何だかんだで一番世話になった人だ。そのローウェルから言われた祝いの言葉に、少しだけ泣きそうになってしまった。


「と言っても、特別に祝儀は弾まないし、披露宴で恋のキューピッドとしてスピーチは読めないから宜しくね」

「心配されなくてもご祝儀は期待してませんし、披露宴でスピーチを読んでもらうつもりもありませんので安心してください」


 すかさず突っ込むと、ローウェルは悪戯っぽい笑みを浮かべて、こちらを見ていた。

 恐らく、湿っぽい空気になったことを察して話を変えてくれたのだ。お陰で込み上げてきた涙はすっかり引っ込んでしまった。

 ローウェルはアシュリーと目が合うと、話は終わりだと言わんばかりにすでに握られていた新たな書類に視線を落とす。

 ペンを持った手をひらひらと振られたので、アシュリーは「失礼します」と頭を下げると室長室を出た。

 抱えていた本がなくなったことで、行きよりも身軽になった格好で、アシュリーは図書館への帰路を戻る。

 頭の中で、戻ったらやるべき仕事に優先順位を付けていく。時間に追われるほどの忙しさではないが、やることに困らないぐらいの仕事はある。


 図書館へ戻ると、いつも通りに仕事をこなした。

 返却された本を棚に戻したり、カウンターで貸し借りの手続きをしたり、本の場所を尋ねられたり……それに加えて、裏方の仕事もある。

 やっているうちに、次から次へとやる仕事を思い出して、ひとつずつ消化していくうちにあっという間に時間が経っていた。

 同僚が声を掛けてくれるまで、近々入ってくる新刊のリストの睨めっこが終わらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。