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2-4. 舞踏会当日(4)

 柔和な親しみやすい表情で王太子はアシュリーに話しかけた。


「ローウェルが舞踏会に参加すると聞いただけでも驚いたのにまさかこんなに美しい姫を同伴するとは驚きだった。是非一曲お相手を願いたかったんだが、実は少し寝不足でね。今日はダンスは控えているんだ。すまない」

「い、いえ、お心遣いだけで十分です。ありがとうございます、殿下」


 アシュリーは首を横に振り、礼を口にする。貴族の嗜みとしては習っているが、正直言うとダンスは苦手なのだ。うっかり足を踏んでしまう可能性があることを考えると踊らないに越したことはない。


「ああそうだ、殿下にちょっと話があるんだけどいい?」

「私に? 構わないが……」


 上司が王太子相手に砕けた口調であることは、もう突っ込むまい。

 そう思いながら、アシュリーは彼らの話の間どこで過ごそうかを考える。

 ローウェルの話がどんなものかはわからないが、王太子との話なのだ。この場で続けるにしろ別室に移動するにしろ、アシュリーが傍にいない方がいい。


 ──何も食べられてないし、壁際でじっとしてるのがいいかな。絡まれそうだけど……そうしたら中にいるより中庭に出た方が……


 そう考え込んでいると、澄んだ青い瞳と目が合った。王太子に覗き込まれていることに気付いて、アシュリーは固まる。


「──と言うことでどうかな?」

「い、いと思います」


 どうやら考え込んでいる間に何やら提案されていたらしい。条件反射で頷いてしまったが、肝心の内容がアシュリーにはまったくわからない。


「聞いていたね、ヴィルヘルム」

「はっ」

「シェリー嬢を宜しく頼むよ」


 王太子の口から呼ばれた名前にアシュリーは思わず固まる。名前を呼ばれ、一歩近付いてきたのは先ほど視線を逸らされたヴィルヘルムだった。


「以後、お相手を務めさせて頂きます、ヴィルヘルム・ラインフェルトと申します」


 胸元に手を添えて、礼をされる。ヴィルヘルムからすれば面識はないだろうが、アシュリーは彼のことを知っているのでひどく居心地が悪かった。

 どうやらアシュリーはとんでもない申し出に肯定の返事をしてしまったらしい。


「……お噂はかねがね伺っております。若くして騎士団の副団長を務める、とても優秀な方だと」

「光栄です」


 真っ白い手袋に覆われた手を差し出され、アシュリーもまた作法に則って指先を差し出した。

 手の甲にひとつ、口付けが落とされる。触れた箇所から広がる熱にアシュリーはどきりと胸を跳ねさせた。

 だが同時に突き刺さる令嬢からの視線が鋭さを増して、アシュリーは現実に帰る。

 たとえ変装して別人になりきってはいても、どこからシェリーがアシュリーの変装した姿だと漏れるかわからない。必要以上の接触は避けるのが最善だ。

 口付けを落とされた手をそっと引く。


「ですが、もう一度考えてみればそのような方にわざわざお相手をして頂くなんて申し訳なく思います。わたくしはひとりでも問題ありませんので、どうぞお仕事を続けてください」


 アシュリーは頑張って頬を持ち上げて笑みを作りながら、やんわりと断りを口にする。

 言葉にした理由に嘘はない。彼が駆り出されたのは王太子の身柄を守る警備のためで、けして隣国から遊学に来た侯爵家の令嬢の相手をすることではないはずだ。

 だがそれと同じぐらい、ヴィルヘルムには醜態を晒したところを見られたくなかった。彼に傍にいられたら緊張で何を口にしているかわからなくなってしまうだろう。

 今は演技を続けられているが、絶対どこかで化けの皮が剥がれるのが目に見えていた。所詮は張りぼて。礼儀作法を学んではいても本当の意味での令嬢にアシュリーはなれない。

 なのにヴィルヘルムは何故か眉を顰めて、どこか不機嫌そうな表情になる。

 その表情の変化には気付いたが、一体どうすればいいのかわからなくてアシュリーは戸惑いの視線をローウェルに向けた──ら、その途端、ヴィルヘルムの眉間の皺もより深くなる。


「っふ、はは、いや……っ申し訳、ない。──シェリー嬢、私の警備のことは気にしないで欲しい。ジェラルドもいるし、いざとなればローウェルを盾にするから大丈夫だ」


 王太子は楽しげに笑みを浮かべながら、アシュリーを安心させるように言ってくれる。だが彼女にとってはそれは逆に不安でならなかった。

 ジェラルドと言うのは王太子付きの近衛騎士の名前だ。ヴィルヘルムに気を取られていたが、王太子の後ろにはピンクがかった金髪の、端整な顔立ちの青年がいた。公爵家の四男で、泣かされた令嬢は星の数ほどもいると噂の色男だ。

 視線が合うと自然にウィンクをされる。アシュリーにとって最も関わりたくない人種だったので、愛想笑いを浮かべて、そっと視線を外す。

 しかし王太子にここまで言われてしまい、アシュリーは断りの言葉のレパートリーを失った。最後の砦と言わんばかりに上司に助けを求めたが、端整な顔立ちを愉快そうに緩めたローウェルはアシュリーの希望をばっさりと切り捨てる。


「殿下もこう言ってくれてることだし、ヴィルヘルムなら万が一の心配もないからエスコートされておいで」


 ひくり、とアシュリーの頬の筋肉が引きつった。


「じゃあヴィルヘルム、ボクの可愛いシェリーちゃんのこと宜しくね」

「……ああ」

「やだなあ。そんな怖い顔しなくたって──」


 そう言って言葉を途切れさせたローウェルは、続きをヴィルヘルムの耳元でそっと囁く。何を言ったのかはアシュリーには聞き取れなかったが、ヴィルヘルムが目を見開いたことだけはわかった。


「ローウェル」


 王太子に呼ばれたローウェルはひらひらと手を振って踵を返して行ってしまった。

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