最終話 漫画家な女子高生さんとアシスタントな魔人さん
「ねえねえ、このあとケーキ食べ放題いかない? 優待券あるんだ。新しく出来たレストランのとこだし、期待大!」
「いいね。でも悠由さ、ダイエットはどうしたわけ? 先週まで『甘いものは敵です、ケーキとか超地雷だから』ってわめいていたくせに」
「ダイエット? とっくに終了しましたけどなにか? 甘いものは敵どころか親友です! そもそも食べたいものを我慢する方が体に悪いんだから。ね、紬も行くでしょ? ケーキ!」
「あー……ごめん、私はちょっと」
とある私立高校の、放課後の教室の片隅。
今日も今日とて、授業後の解放感で騒ぐ仲良し女子三人組は、傍目から見ても賑やかだ。
悠由と凛子という大切な友人たちと、進級しても同じクラスになれたことは、紬にとってはかなりの幸運だった。
しかし残念ながら、此度のお誘いはお断りさせて頂く。
すると案の定、悠由からは「えー!」と抗議の声があがった。
「なんで、なんで!? 紬までダイエット!?」
「いや、そうじゃなくて!」
「もう、あれに決まってるでしょ。また漫画の方の〆切がピンチなんでしょ?」
「…………ずばりその通り、です」
以前までならバイトだなんだと嘘をついていたところ、いまはそんな必要もない。
凛子は「大変ね、女子高生漫画家も」と笑い、悠由も「〆切なら仕方ないねー」とあっさり納得している。
このふたりには、例の魔人が部屋からいなくなったあと、紬は己から職業事情を明らかにした。
何事もオープンな魔人の影響を受けて、前々から紬は、信頼する友人たちには打ち明ける機会を窺っていたのだ。
正直、描いている作品の内容が内容なので、秘密にし続けるかでギリギリまで悩んでいたが……。
結果的に悠由も凛子も、『ドン引き』なんて恐れていた事態はなく、快く受け入れてくれた。
それどころかふたりはいまや、立派な『恋ギガ』読者である。
「漫画の続き、楽しみにしてるから頑張ってね!」
「はやくあのヘタレ主人公をなんとかしてちょうだい」
「はは、ありがとう。善処します」
こんなふうに後ろめたいこともなく、気軽にエールをもらえると、本当に打ち明けてよかったと思える。
それから他愛のない会話をして、校門前で凛子たちとは別れた。
紬はふたりの姿が見えなくなったあと、スッと真顔になると、脇目もふらず猛ダッシュで家へと向かう。
急がないと! 〆切に! 間に合わ!
ない!!!
「終わんねええええええ!!!」
制服からスウェットに変身し、前髪を雑にピンでまとめて、作業用のBGMを流しながら未完成の原稿に取り掛かる。
相も変わらず、紬の作業はいまだアナログだ。
連載中の『恋はギガンティック!』があと三話で最終回を迎えることになるわけだが、おそらく今後ともデジタルに移行することはないだろう。ずっと担当をしてくれている心田からは、何度か移行を勧められているがそのつど断っている。
まだ帰らぬ相棒もアナログ派なので、ここは仕方ないとこなのだ。
「はー……疲れた。あ、ブログのチェックしなきゃ」
作業がひと段落する頃には、すっかり夜も更けていた。凝り固まった肩をほぐしつつ、スマホでのろのろと『温玉カレー丸の徒然ブログ』にアクセスする。
見れば、固定ファンである『ホワイトシチュー侍』さんから新着メッセージ。
最近の彼(ネカマでなければ喋り方から男性だろう)は以前よりちょっと砕けてきて、自身のリアル事情なんかもちょいちょいコメントに混ぜてくるようになった。
なんでもまた、学校で気になる女子に話しかけられなかったようだ。
通算何度目かのチャレンジ失敗である。
紬は励ますような返信をしたあと、よっこいしょと席を立つ。
なにか温かい飲み物が欲しかった。
こんなとき、アシスタント兼メシタントの彼がいたならば『お疲れ様だぞ、ツムギ! 疲れた体には甘いものだ、練乳入りのあったかココアを淹れてやったぞ!』とすかさず湯気の立つカップを差し入れてくれただろうが。
あいにくいまは、待てど暮らせどココアなんて現れない。
むなしくも紬は自らポットで淹れた。
「ジンさんがいなくなって、そろそろちょうど一年かな……」
アニメキャラのプリントされたマグカップに口をつけ、窓の外をぼんやり眺める。
今日はジンと別れた日と同じ、空からは舞うように雪が降っていた。
今年は昨年よりも暖冬で、これが初雪だ。
ついつい人肌恋しくなってしまう。
……恋しいのは、『人肌』ではなく『魔人肌』だけど。
「うう、寒い……ブランケット、どこに仕舞ったっけ……」
カップをミニテーブルに置いて、スウェットの上から羽織っていたカーディガンの前を合わせる。
ひと段落したとはいえ、作業はまだ残っている。
ココアを飲んだら仕事再開の予定なので、紬は防寒具をもうひとつ増やすことにした。
ふあっと欠伸をこぼしながら、仕舞った心当たりのある押し入れを開ける。
「へ」
そしてお約束といえばお約束。
マオのときも含めて、二度あることは三度ある。
「――ん? お、おお! ツムギ! ツムギではないか!」
「ジン、さん……?」
上の段で体を丸めて、紬の漫画を読んでいるコスプレ美男子がひとり。
切れ長の深い紫の瞳も、見事なプラチナブロンドの髪も、民族衣装みたいな服も、記憶にある姿と寸分違わない。
もちろん、羊みたいな巻き角と、後ろからチラリと覗く龍の鱗のような尻尾も健在だ。
約一年ぶりに会うジンは、よいしょうんしょと押し入れからいそいそ下りてくる。
「数時間も前にこちらに帰ってきていたのだが、どうにも久しぶりで出づらくてな……ああ、魔界の方は、敵軍は我とマオマオが余裕で殲滅したから心配はいらぬぞ。完全に舐めプだったからな! その報告と再会の挨拶を考えていたら、いつのまにか漫画を読み始めてしまっていたのだ。『恋ギガ』はいつ何時読んでも名作だな! それで、元気にしておったか、ツムギよ? ……ツムギ?」
無言かつ真顔で微動だにしない紬に対し、ジンは「んん?」と首を傾げていたが、やがてどんどんと整った相貌に不安の色が乗る。
「ツムギよ、その、もしやもう、我の居場所はなかったりするか? は、離れている間にお払い箱になってしまったか……?」
「…………ジンさん」
「は、はい!」
ジンはピンっと背筋を伸ばす。
紬はあふれる感情を抑え込んで、そんなジンをまっすぐに見据えた。
「……実は現在、私はアシスタントをひとり募集していまして。条件は住み込みで、アナログ作業が一通りできて、料理も作れる人。ちなみに種族は問いません。人間でも魔人でも。世話焼きな性格だとありがたいですね。私の漫画が大好きで、気の合う相手を募集中です。なかなか条件に合うアシが見つからなくて、困っていたんですが……」
ジンさんは、どうですか?
「や、やるぞ! 立候補するぞ! むしろ我以外は受け入れ拒否にすべきだ!」
「なんですかそれ……わかりました」
はいはい! と手を勢いよく挙げたジンに、紬はようやくフッと笑顔を見せた。気の抜けた、心からの安心を滲ませた笑みだ。
紬はもう我慢なんてせず、ジンの胸に一思いに飛び込む。
ジンも軽々と受け止めた。
「……おかえりなさい、ジンさん」
「うむ。ただいまだぞ、ツムギ」
狭い室内で互いの温度を確かめ合う。
ああ、ジンさんだなあ……と紬はひどく懐かしい気分で、心地のよい相方のぬくもりに意識を預けた。
外の雪も相まって、ふたりの間にはなにやらいい感じのムードが流れていたが……。
「--さて、無事にアシスタントの再雇用が決まったところで。それではジンさん、お仕事ですよ」
「なぬ、早速か!?」
「はい、原稿がヤバいんで」
「もっと再会を楽しむ時間があっても……」
「原稿がヤバいんで!」
「お帰りなさいのパーティーとか……」
「原稿が! ヤバいんで!」
紬はさっさとジンから離れて、彼を引っ張って作業に戻ろうとする。ジンもなんやかんやとそれに従った。
これから修羅場が待ち受けているというのに、どちらも心なしか楽しそうだ。
「魔界にいる間に、腕は落ちていないでしょうね?」
「愚問だぞ。見よ、この鮮やかなベタフラッシュを!」
「インク飛ばすな! あー、もう!」
--今日も漫画家な女子高生さんとアシスタントな魔人さんは、ふたり仲良く一緒に漫画を描いている。
これにて完結です!
途中、頓挫してしまった連載でしたが、最後まで追いかけて頂き本当に感謝申し上げます!
最後までのんびり楽しく書けた作品でした。こんなご時世なので、ちょっとでも笑ってもらえたらなによりです。
書籍版も発売中です!
ただもう本当にご無理のない範囲で!
けっこう改稿頑張ったので、違いを見比べてもらえたらいいなと思います。
あと同時に新連載も始めました。
〈世界で一番『可愛い』雨宮さん、二番目は俺。〉
自分に自信のあり過ぎる女装男子×自分に自信のない磨けば光る女子のラブコメです。
そちらもよかったら!
最後に改めまして、本当にありがとうございました!





