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さよならは言わない

「というわけで、世話になったなセンセイ! しばらくの間だけ、ジンジンは借りていくぜ」

「借りられていくぞ!」


 夜、紬のアパートの自室にて。

 時刻は日付が越えようか越えないかというところ。


 サラッと何事もなく帰って来たマオは、紬たちの顔を見るや開口一番、「話はまとまったみてえだな」とニッと口角を上げた。


 紬が『ジンとは永遠にお別れコース』だと勘違いしていることも見越して、放置した上で楽しそうにしているマオは、やはり食えない奴だった。

 魔王、侮りがたし。

 てか性格悪し。


 それから三人で夕食を共にして(マオの希望で人間界最後のごはんは白米とお肉たっぷりのスキヤキになった)、お風呂やら支度やらも終わらせ、気づけば時間はだいぶ経過していた。



 マオとジンは今まさに、魔界に帰ろうとしているところである。



「この穴を通って魔界に行くんですね……」

「ああ。通ってみれば一瞬だぜ?」


 押し入れの中の壁には、ポッカリと丸い空洞が出来ていた。

 紬はおそるおそる近付いて覗き込むが、先は真っ暗でなにも見えない。大きさ自体は小柄な紬が通るのにちょうどいいくらいなので、ジンたちは体を丸めてやっとだろう。


 さながら、押し入れに生まれた小さなブラックホールのようだ。


「それにしても……その格好で魔界に戻って大丈夫なんですか?」


 押し入れの前に立つジンとマオの格好は、紬がプレゼントした『恋ギガ』の特別企画用Tシャツである。ジンとマオ、それぞれ別のヒロインがメイド服姿でドでかく描かれている。


 ジンはまだしも、偉大なる魔王様がそんなヲタク丸出しのスタイルでいいのか。


 そう思ったが、マオはカッカッカッと高らかに哄笑した。


「いいんだよ、これぞ最高のプレゼントだからな。魔界じゃ羨ましがる奴がいっぱいいるぜ? まあ宰相はガチ泣きするかもしれんが」

「ダメじゃん」

「王としての最低限の威厳を持ってください……って常日頃からうるせえんだよ、アイツ。だが余は王だぜ? 部下の指図など受ける意味がわからねえな。そしてこのTシャツは絶対に脱がん。必ず着て帰る。例え宰相がぶっ倒れようとな!」

「無駄に強い意思……!」


 やはり宰相は可哀想だった。


「そんじゃあな、センセイ。なかなかに楽しかったぜ? 余は先に行くから、ジンジンも早く続けよ」


 軽やかに手を上げると、マオは銀髪を揺らしてさっさと穴の中に入っていく。

 最後の最後に、「ジンジンとセンセイの愛の巣に邪魔して悪かったな! 次は手土産でも持ってまた魔界から遊びにくるぜ!」なんていらん一言を残して。


 魔界式のブラックジョークだとは百も承知だが、なんという気まずい爆弾を落としていくんだちくしょう。


 紬は内心でそう悪態をついた。

 しかしジンは気にしたふうもなく、「さて我も行くか」と押入れの中板に手をかける。


「しつこいようですけど……本当の本当に、ちゃんと戻って、ええと、『帰って』来るんですよね?」

「無論だ! ツムギこそ、我のいない間に浮気はダメだぞ!」

「いやなんですか浮気って」

「新しいアシスタントを雇うとかなんとか、公園でチラッと言っていたではないか!」

「ああ……それは否定したでしょう。ジンさんほどの優秀なアシはそうそういないって」


 地味に気にしていたのか。

 浮気なんて妙な言い回しをしなくても、紬にはもとよりジン以外のアシを雇うつもりなんて微塵もなかった。単に能力面でジンが優秀だという理由も当然あるが……。


「…………私の相棒は、ジンさんだけでしょう」

「ツムギ……!」


 感極まったように、ジンがぎゅむっと抱き着いてくる。

 ふたりの身長差がえげつないので、幼い子供が大型犬にじゃれつかれているようにも見える構図だ。


 紬は特に引き離すこともせず、おとなしく腕の中に収まったままでいる。

 それどろこかおずおずとジンの背に腕を回してみた。


「ジンさんには、『恋ギガ』の最終回まで付き合ってもらわないといけませんしね」

「想像するだけで寂しさで死にそうだが……最終回した後だって、次の作品まで付き合う気は満々だぞ。あれだな、『先生の次回作にご期待ください』だな」

「それ打ち切りじゃん……」


 軽口を交わし合ってから、それとなく自然と離れる。

 向き合ったけど『さよなら』は言わない。けっして『さよなら』じゃないからだ。



「いってらっしゃい、ジンさん」

「いってくるぞ、ツムギ!」



 よいしょと中板に身を乗りだし、今度こそジンは穴の中に消えようとしている。彼の三つ編みがゆらゆらと左右に振れて、まるでバイバイと手を振っているようだ。


 紬が動いたのは咄嗟だった。



「ジンさん……!」



 振り返ったジンの頬をめがけて、少々強引な体勢ながら、紬は自身の唇を軽く押し付けた。


 一瞬だけの雑な頬キス。

 ほんの餞別代りだ。

 これといった意味はさほどない。


 だけどジンの紫の瞳が真ん丸に見開かれる様子は、なんだかちょっと気分がよかった。


「ジンさんも、魔界でなんか美人な魔物さんとかと浮気しないでくださいね!」

「え……え!?」

「ほらさっさと行ってください!」


 行動の意図を追求されたら面倒……というか、自分でも咄嗟だったので『出来心』としか言えず、紬は誤魔化すようにジンの背を押す。

 ジンは「ええー!?」と情けない声をあげて、穴の中におむすびコロリンのように落ちていった。


 別れの間際まではめちゃくちゃうだうだしていたというのに、ここはやけにあっさりである。


 しん……と急速に静かになった部屋で、紬は自分の唇を一撫ですると、気を取り直すように伸びをした。向かう先は仕事用デスクだ。



「――さあて、原稿でもしますか」



 あの魔人が帰ってくるまで、マジで打ちきりになんてならないように。


 少しだけ笑って、女子高生漫画家は真面目に原稿へと取り組むのであった。



次でラストです!

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書籍版が4/17、ファン文庫から発売です!
タイトルがちょっと変更してます~
内容はけっこう改稿しておりますが、ほっこりコメディなところは同じです♪
よろしくお願いいたします!
― 新着の感想 ―
[一言] 一年アシなし生活突入割と普通にきつくなーい?
[気になる点] 微妙だったので、ここで 「自信の唇」 →「自慢の唇?」随分偉そうじゃん →「自身の唇?」続きは深夜帯で どっちでしょう?
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